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NNTC合宿編
第八十八話 辻本美希3
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またその次の練習日。
さらに三人のチームメイトが三保野FCから去って行った。
残ったチームメイトたちの顔からはかつての笑顔が消え、ただ辛そうに俯いているだけだった。
流石にこのままではまずいと踏んだのだろう。私の叔父、長瀬監督は残ったチームメイトたちにとある提案を持ちかけた。
「練習、前のレベルに戻さないか?こんなことしてても、みんな楽しくないだろう?」
監督の救いの言葉に一部の子どもたちの顔が上がる。
出来るのであればそうして欲しい。
そんな希望にすがるような目をしていた。
でも、私はそれを許すことが出来なかった。
そうしてしまうと、せっかくここまで積み上げてきたものが台無しになってしまう。
私が意を唱えようとしたその時、隣にいた少女が立ち上がり声を上げた。
「大丈夫です!私たち、まだやれます!今はまだ大変だけど、結果がついてくるようになれば今までの練習は無駄じゃなかったって、そう思えるようになるから!
だからみんな!もう少しだけ頑張ってみようよ!」
その少女、鞍月 光華はチームメイトを鼓舞するように笑顔でガッツポーズをしてみせた。
一部のチームメイトからは「余計なことしやがって」という怪訝そうな目を向けられていたが、チームの中心人物である光華の影響力は大きく、厳しい練習の継続が決定したのであった。
光華のおかげで助かった。
私は内心、そのように思っていた。
光華のようなカリスマ性がない私が言った所で、大きな反発が生まれるだろうと予想していたから、光華の一声はまさしく渡りに船だった。
そして、私は私の出来ることをしよう。
そう思って、私は落ち込んでいる選手たちをひたすら励まし続けた。
「すごいすごい!前よりもずっと上手くなってるよ!」
「今のドリブルすごかったね!練習の成果、すごい出てるよ!」
「大丈夫!この練習を続けていけば、絶対試合に勝てるよ!」
そう、大丈夫。
この厳しい練習を続けていけば結果は必ずついてくる。そして、あの町田リユニオンにだって勝つことが出来る。
私は、半ば自分に言い聞かせるように仲間たちを励まし続けていた。
---------------------------------------
そして、全国大会出場をかけた県大会決勝戦。
「……え?」
三保野FC 1-3 掛川サッカースクール
私たちは、全国大会出場の切符を逃した。
『なにが、いけなかった?』
『いったい、何を間違えた?』
私の胸の内はそのような疑問文で埋め尽くされていた。
それは他のチームメイトも同じだったようで、試合が終わったにも関わらず、皆フィールドの上で呆然と立ち尽くしていた。
去年よりもたくさん練習をしてきたのに、
全国優勝を目指していたのに、
なんで、こんな所で終わってしまうのか。
あまりに理不尽な現実を叩きつけられ、
もう涙も流れてこなかった。
それを見兼ねた長瀬監督は私の肩を優しく叩き、「帰ろうか。」とだけ小さく呟いた。
---------------------------------------
その次の週の練習日。
県大会敗退がよほど応えたのだろう。
チームメイトはさらに大きく減り、かつての半分以下の人数にまで減ってしまっていた。
長瀬監督はいつものように、クラブを辞めたチームメイトの名前を淡々と読み上げる。
辞めた選手の中には、ヨウを始めとするチームの主力選手の名前も何名か含まれていた。
しかし、人が辞めていってしまうことに慣れすぎてしまった私は、読み上げられる名前をただボーーッと聞き流していた。
主力が数人抜けて、また一からやり直しだ。
次の大会が、私たち年代で全国大会に出れるラストチャンス。
今よりももっと、気を引き締めて練習を頑張らなければ。
そう決意を新たに意気込んでいた時、私の耳に思いもよらない言葉が飛びこんできた。
「三保野FCは、本日の練習をもって解散となる。みんな、今まで本当にありがとう。」
え?
待って待って?
今、叔父さんなんて言った?
どうして、深々と頭を下げているの?
まだ、大会は残っているんだよ?
「なんでですか?」
私は震えた声で、問いかける。
それを聞いた叔父さんは、いつものように困った笑顔を浮かべていた。
「僕の仕事の都合でね……県外に転勤することになってしまって、君たちにサッカーを教えることができなくなる。だから……解散するんだ。」
「そんなの、教えてくれる代わりの人を連れて来ればいいだけじゃないですか。」
私は負けじと食い下がった。
「そうだね。僕の方でも交友関係を辿って色々探してはみたんだけど、どうしても後任をやってくれるって人が見つからなくってね。
その代わりと言ってはなんだけど、君たちが他のサッカークラブに入団するための手続きは僕の方でさせてもらうよ。だから皆、その気があったら僕の所へ相談に来てね。」
叔父は努めて笑顔で語りかける。
「「はい。」」
他のチームメイトがクラブの解散を受け入れる中で、私ひとりだけが納得出来ないでいた。
---------------------------------------
その日の練習は早めに終了し、最後にはチームメイト同士での紅白試合が行われた。
長瀬監督から「最後くらい、みんなで楽しくサッカーしよう。」という言葉もあり、全員笑いながらサッカーを思いっきり楽しんでいた。
その時になってようやく、私は気づいた。
このチームがずっと前からバラバラだったんだということに。
表面上では全国優勝を目指し一丸となっていたつもりだったけど、心の奥底ではやっぱり違う考え方を持っている人もいて、ずっと厳しい練習を強いられていた。
結局の所、全国優勝を目指す者と楽しくサッカーをしていたい者の心の乖離が最後まで埋まることは無かったのだ。
今、この試合の中では間違いなくチーム全員の心が一つになっている。
『全力でサッカーを楽しもう』という気持ちがひとつひとつのプレーに溢れ出ている。
「本当に馬鹿だ……私は……。」
その光景を見て、私は自分のしでかしたことを大いに後悔した。
何が『私がこのクラブを変えてみせる』だ。
結局私がしたことは、このクラブを引っ掻き回して、クラブを解散に追い込んだだけだ。
私があの時、叔父さんの家に直談判しにいかなければ、このクラブで今もみんな楽しくサッカーをしていたはずなんだ。
私のせいで、この三保野FCが無くなってしまうんだ。
「う……あぁ……ごめ……みんな……ごめんなさい……!」
そう悟った時、私はその場で崩れ落ち、人目をはばからず大声で泣いた。
チームメイトたちが心配そうに駆け寄り、泣きじゃくる私の元へと集まってくる。
「美希のみんなと離れたくないって気持ち、わかるよ。私も悲しいけどさ……でも最後はみんな笑ってお別れしようよ!」
「ああ、湿っぽいのはなんか嫌だよな!だからほら、涙ふけよ!まだ試合時間は残ってるんだからさ!」
「うっ……うっ……うわあああーーーーーーーーーん!」
違う、そうじゃない。
私のせいで、このクラブが無くなってしまうの。みんなに申し訳が立たな過ぎて、どうしていいかわからなくて、泣いているの。
結局、その日私は泣くばかりで、みんなに真実を伝えることが出来なかった。
このクラブで初めてできた友達に幻滅されることを恐れて、自己保身に走ったのだ。
こんな時まで、打算的な考えをする自分に嫌気が差す。
私は改めて、自分が臆病でずるい人間なのだと実感した。
さらに三人のチームメイトが三保野FCから去って行った。
残ったチームメイトたちの顔からはかつての笑顔が消え、ただ辛そうに俯いているだけだった。
流石にこのままではまずいと踏んだのだろう。私の叔父、長瀬監督は残ったチームメイトたちにとある提案を持ちかけた。
「練習、前のレベルに戻さないか?こんなことしてても、みんな楽しくないだろう?」
監督の救いの言葉に一部の子どもたちの顔が上がる。
出来るのであればそうして欲しい。
そんな希望にすがるような目をしていた。
でも、私はそれを許すことが出来なかった。
そうしてしまうと、せっかくここまで積み上げてきたものが台無しになってしまう。
私が意を唱えようとしたその時、隣にいた少女が立ち上がり声を上げた。
「大丈夫です!私たち、まだやれます!今はまだ大変だけど、結果がついてくるようになれば今までの練習は無駄じゃなかったって、そう思えるようになるから!
だからみんな!もう少しだけ頑張ってみようよ!」
その少女、鞍月 光華はチームメイトを鼓舞するように笑顔でガッツポーズをしてみせた。
一部のチームメイトからは「余計なことしやがって」という怪訝そうな目を向けられていたが、チームの中心人物である光華の影響力は大きく、厳しい練習の継続が決定したのであった。
光華のおかげで助かった。
私は内心、そのように思っていた。
光華のようなカリスマ性がない私が言った所で、大きな反発が生まれるだろうと予想していたから、光華の一声はまさしく渡りに船だった。
そして、私は私の出来ることをしよう。
そう思って、私は落ち込んでいる選手たちをひたすら励まし続けた。
「すごいすごい!前よりもずっと上手くなってるよ!」
「今のドリブルすごかったね!練習の成果、すごい出てるよ!」
「大丈夫!この練習を続けていけば、絶対試合に勝てるよ!」
そう、大丈夫。
この厳しい練習を続けていけば結果は必ずついてくる。そして、あの町田リユニオンにだって勝つことが出来る。
私は、半ば自分に言い聞かせるように仲間たちを励まし続けていた。
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そして、全国大会出場をかけた県大会決勝戦。
「……え?」
三保野FC 1-3 掛川サッカースクール
私たちは、全国大会出場の切符を逃した。
『なにが、いけなかった?』
『いったい、何を間違えた?』
私の胸の内はそのような疑問文で埋め尽くされていた。
それは他のチームメイトも同じだったようで、試合が終わったにも関わらず、皆フィールドの上で呆然と立ち尽くしていた。
去年よりもたくさん練習をしてきたのに、
全国優勝を目指していたのに、
なんで、こんな所で終わってしまうのか。
あまりに理不尽な現実を叩きつけられ、
もう涙も流れてこなかった。
それを見兼ねた長瀬監督は私の肩を優しく叩き、「帰ろうか。」とだけ小さく呟いた。
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その次の週の練習日。
県大会敗退がよほど応えたのだろう。
チームメイトはさらに大きく減り、かつての半分以下の人数にまで減ってしまっていた。
長瀬監督はいつものように、クラブを辞めたチームメイトの名前を淡々と読み上げる。
辞めた選手の中には、ヨウを始めとするチームの主力選手の名前も何名か含まれていた。
しかし、人が辞めていってしまうことに慣れすぎてしまった私は、読み上げられる名前をただボーーッと聞き流していた。
主力が数人抜けて、また一からやり直しだ。
次の大会が、私たち年代で全国大会に出れるラストチャンス。
今よりももっと、気を引き締めて練習を頑張らなければ。
そう決意を新たに意気込んでいた時、私の耳に思いもよらない言葉が飛びこんできた。
「三保野FCは、本日の練習をもって解散となる。みんな、今まで本当にありがとう。」
え?
待って待って?
今、叔父さんなんて言った?
どうして、深々と頭を下げているの?
まだ、大会は残っているんだよ?
「なんでですか?」
私は震えた声で、問いかける。
それを聞いた叔父さんは、いつものように困った笑顔を浮かべていた。
「僕の仕事の都合でね……県外に転勤することになってしまって、君たちにサッカーを教えることができなくなる。だから……解散するんだ。」
「そんなの、教えてくれる代わりの人を連れて来ればいいだけじゃないですか。」
私は負けじと食い下がった。
「そうだね。僕の方でも交友関係を辿って色々探してはみたんだけど、どうしても後任をやってくれるって人が見つからなくってね。
その代わりと言ってはなんだけど、君たちが他のサッカークラブに入団するための手続きは僕の方でさせてもらうよ。だから皆、その気があったら僕の所へ相談に来てね。」
叔父は努めて笑顔で語りかける。
「「はい。」」
他のチームメイトがクラブの解散を受け入れる中で、私ひとりだけが納得出来ないでいた。
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その日の練習は早めに終了し、最後にはチームメイト同士での紅白試合が行われた。
長瀬監督から「最後くらい、みんなで楽しくサッカーしよう。」という言葉もあり、全員笑いながらサッカーを思いっきり楽しんでいた。
その時になってようやく、私は気づいた。
このチームがずっと前からバラバラだったんだということに。
表面上では全国優勝を目指し一丸となっていたつもりだったけど、心の奥底ではやっぱり違う考え方を持っている人もいて、ずっと厳しい練習を強いられていた。
結局の所、全国優勝を目指す者と楽しくサッカーをしていたい者の心の乖離が最後まで埋まることは無かったのだ。
今、この試合の中では間違いなくチーム全員の心が一つになっている。
『全力でサッカーを楽しもう』という気持ちがひとつひとつのプレーに溢れ出ている。
「本当に馬鹿だ……私は……。」
その光景を見て、私は自分のしでかしたことを大いに後悔した。
何が『私がこのクラブを変えてみせる』だ。
結局私がしたことは、このクラブを引っ掻き回して、クラブを解散に追い込んだだけだ。
私があの時、叔父さんの家に直談判しにいかなければ、このクラブで今もみんな楽しくサッカーをしていたはずなんだ。
私のせいで、この三保野FCが無くなってしまうんだ。
「う……あぁ……ごめ……みんな……ごめんなさい……!」
そう悟った時、私はその場で崩れ落ち、人目をはばからず大声で泣いた。
チームメイトたちが心配そうに駆け寄り、泣きじゃくる私の元へと集まってくる。
「美希のみんなと離れたくないって気持ち、わかるよ。私も悲しいけどさ……でも最後はみんな笑ってお別れしようよ!」
「ああ、湿っぽいのはなんか嫌だよな!だからほら、涙ふけよ!まだ試合時間は残ってるんだからさ!」
「うっ……うっ……うわあああーーーーーーーーーん!」
違う、そうじゃない。
私のせいで、このクラブが無くなってしまうの。みんなに申し訳が立たな過ぎて、どうしていいかわからなくて、泣いているの。
結局、その日私は泣くばかりで、みんなに真実を伝えることが出来なかった。
このクラブで初めてできた友達に幻滅されることを恐れて、自己保身に走ったのだ。
こんな時まで、打算的な考えをする自分に嫌気が差す。
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