しゅうきゅうみっか!-女子サッカー部の高校生監督 片桐修人の苦難-

橋暮 梵人

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NNTC合宿編

第八十五話 三日目

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NINEナショナルトレーニングセンターにあるトレーニングルーム。

タッタッタッ、タッタッタッ。

そこには、朝早くからランニングマシンで汗を流す一人の男がいた。

早い時間ということもあり、トレーニングルームは彼一人だけしかいない。

「……。」

タッタッタッ、タッタッタッ、タッタッタッ。

静寂の中、男はただただ一心不乱に走り続ける。
まるで、自身の不安や迷いを振り払うかのように。

しかしーー

「……あっ!」

限界を迎えた膝がガクッと曲がる。
踏ん張りが効かなくなった足元は、高速で回るコンベアにすくわれてしまい、転倒。
そのまま尻餅をつく形で後方へと投げ出されてしまうのであった。

「くそっ!」

その男、陣堂 要はフロアに向けて力強く拳を叩きつけた。

「認めない……僕は、認めないぞ。」

陣堂は震えた声で、ボソッと独り言を呟く。

怒りに支配されたその頭の中では、昨日の森谷との会話がリピートされ続けているのであった。


---------------------------------------


「要も既に耳にしているだろうが、片桐 修人が現役に復帰することはもう無い。残念ながらな。」

昨日の夜。
日本代表が使用する宿泊施設の廊下で、森谷にそう告げられた。

しかし、はいそうですかと納得できるはずが無い。
僕はすぐさま森谷に食い下がった。

「ふざけるなよ。何としてでも現役復帰させると言ったのはお前自身だろう?まさかもう諦めるつもりか?」

あれだけ散々壊しておきながら、自分だけが上がりなど許せる訳が無いだろう。
何としてでも復帰させてもらわないと困る。勝ち逃げなど、絶対にさせてなるものか。

「私の方でも色々手は尽くしたさ。多少、強引な手を使ったりもした。
だが、それでも彼の意志は変わらなかった。片桐 修人は、もう既に一人前の監督になっていたんだよ。」

「黙れ!僕は今まで片桐 修人を負かすためだけにサッカーを続けていたんだ!
奴がここに来るというからこの合宿にも参加した!それなのに、選手にはもう戻らないなんて……それじゃあ僕は……僕は何の為に今まで……!」

「……気持ちに整理をつけるのは、今は難しいかもしれない。
だが、これからは自分の為にサッカーを続けていって欲しい。そして私たち日本代表に、君のその力を貸してくれたらと切に願っているよ。」

そう言い残し、森谷は去っていった。


---------------------------------------


「僕は、これから一体どうすれば……」

そうぼやきながら、ランニングマシンの前で力無く項垂れる。

当然、答えが返ってくるはずもない。
明確な目標が思わぬ形でなくなってしまった今、サッカーに対するモチベーションは完全に失われてしまった。

もういっそ、このままサッカーを辞めてしまおうか。

その思った時、背後から扉の開く音が聞こえてくる。

誰か来たのだろうか。
足音がこちらに少しずつ近づいてくる。
そして、

ヒヤッ

頬に冷たいものが当たった。

「冷たっ!?」

弾かれたように振りむくと、そこには悪戯っぽく微笑む可憐な女性が立っていた。

「なーに、そんな所でうなだれてんの。はい、これあげるから元気出しなよ。」

そう言って、彼女は僕にペットボトルの水を手渡す。

「あ……ありがとう、ございます。」

「うーん……なんかずいぶん他人行儀ねぇ。もしかして、私のこと忘れちゃった?」

「え……?ええと、どこかでお会いしたことありましたか?」

「ひどーい。やっぱり覚えてないんだ、私のこと。」

「い…いや、知りませんよ……あなたみたいな可愛い人……あっ。」

うっかりこぼれた本音に思わず口を塞ぐ。
それを聞いた彼女はニヤッと嬉しそうに笑う。

「ふーん……まあ可愛いって言ってくれたから許してあげるか。昔一緒にサッカーやってた美希よ、辻本美希。思い出した?」

「えっ!?み……美希ちゃん?ホントに!?」

「久しぶりねー、ヨウ。ちょっと休憩がてら一緒にお話しない?」


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NINEナショナルトレーニングセンターの屋上テラス。

二人はベンチに腰掛け、爽やかな朝の風に当たっていた。

「うーん、朝は風が気持ちいいねー。」

辻本は大きく伸びをする。

「そ、そうだね。」

一方で、陣堂は居心地悪そうにもらったペットボトルの水をちびちびと飲んでいた。

「それで?ヨウはなんであんな所で座り込んでいたの?」

「……ちょっと考えごとをしててね。」

「考えごと?」

「サッカー、辞めようかなって思ってるんだ。」

「それはどうして?」

「やる意味が無くなったんだよ。片桐 修人が選手じゃなくなった今、僕がもうサッカーをやっていく理由がない。」

それを聞いた辻本は、呆れたように大きなため息を吐いた。

「ヨウ……アンタまだ片桐くんのこと根に持ってるのね。」

「当たり前だよ。僕は三保野FCをめちゃくちゃにしたあいつのことは絶対許さない!
大体、美希ちゃんは悔しく無いのかよ!片桐 修人のせいで何もかも変わってしまったんだよ!」

「悔しい?私はむしろその逆だよ。あの時、片桐くんたちのチームと試合ができて感謝してるんだ。」

「感謝だって?言っている意味がまったくわからないよ。」

「私は片桐くんたちと試合をするまで知らなかった。
全国にはこんなに上手い選手がいるんだって。そして、普段の練習だけじゃその人たちに追いつくのは到底無理だって思った。
だから私は当時の三保野FCの監督に言ったの。もっともっと練習量を増やして欲しいって。より実践的トレーニングを取り入れて欲しいって。」

「美希ちゃん……?一体何を言って……。」

「あなたが言っている三保野FCをめちゃくちゃにしたの、私なの。」

辻本は悪びれもせず、先程と同様に爽やかな笑顔を陣堂に向ける。

「う……嘘……だ。」

しかし、彼の目から見た彼女の笑顔は、狂気に満ち溢れたものとして映るのであった。




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