しゅうきゅうみっか!-女子サッカー部の高校生監督 片桐修人の苦難-

橋暮 梵人

文字の大きさ
上 下
87 / 101
NNTC合宿編

第八十三話 希望と言う名の呪い

しおりを挟む
NINEナショナルトレーニングセンターにある代表取締役の執務室。

その部屋の中央には、立派なデスクと革製の椅子が置かれ、壁沿いに並ぶガラスケースの中には数多のトロフィーやメダルが飾られていた。

限られた者しか入ることができないこの場所で、武人と奏介による尋問が今まさに行われているのであった。

「さあ森谷。お前の目的を話してもらおうか。俺が運営するこの施設で一体何をしようとしていたのか、洗いざらい吐いてもらうぞ。」

厳しい目を向ける九条 奏介に対して、尋問の対象である森谷 千里は悪びれもせず、ニヤリと笑った。

「私の目的はずっと変わらない。片桐 修人を選手に復帰させる。ただそれだけさ。」

「しかしお前は修人君に対して、日本代表監督の後継者として育てたい、と言ったな?選手に復帰して欲しいと何故言わなかったのだ?」

「知れたこと。修人は選手に戻ることに対して、かなりの抵抗感を持っている。私の目的をダイレクトに伝えるだけでは断られるだけだと思ったからさ。
監督として育てたいと言ったのは……まあ言い方は悪いが、ただのだよ。
どんな形であれ、私の管理下に引き込んでしまえば、どうにでもできると思ったからねぇ。」

「てめぇっ!」

「やめろ片桐。」

今まで黙って話を聞いていた武人の怒りがついに爆発した。
森谷に向かって飛びかかろうとした所を、奏介が羽交締めでなんとか押さえつける。

「人の子どもを何だと思ってやがる!」

「君と同じさ。日本サッカー界の希望の象徴だよ。」

「はぁ!?」

「もはや一個人の問題では片付けられない。世界と対等に渡り合う為には、彼の力が必要なのだ。それが何故君らには分からないのかね?」

激昂する武人を押さえつけながら、奏介は冷静に非難の言葉を浴びせる。

「森谷。お前の言っていることは滅茶苦茶だ。他人の人生を弄ぶ権利など誰にも無い。」

「もちろん、私とてこのような強硬手段には出たくなかったさ。だが仕方が無かったのだ!彼なしでは日本のサッカー界の繁栄はあり得ない!希望を失う訳にはいかないのだ!」

「希望……?」

「私は一番近くで見たんだ……希望が砕けた瞬間を。W杯出場をかけたあの試合で!」

「!」

「……俺の膝が壊れたあの試合か。そういや、お前もあのピッチに立っていたんだったな。」

武人は苦々しく吐き捨てる。

「忘れるはずがないだろう……片桐が負傷退場したその試合は、結局逆転負けを喫し、日本はW杯出場を逃した……。だがそれ以上に、片桐 武人という希望が失われたという事実が何よりも痛手だったのだ!」

「……。」

「お前がいなくなってからの日本サッカー界は低迷し続けた。その一方で世界の基準はぐんぐんと上がっていき、その差は広がる一方だった。」

「……。」

「そんな暗黒期が十数年続いたある時、お前の息子のプレーを見たんだ。
衝撃だったよ。子どもながらに大人をも凌駕する圧倒的なテクニック。まさにかつての片桐 武人そのものだった。
ゆくゆくは日本サッカー界を引っ張っていく選手になると信じて疑わなかった。
片桐、お前自身もそう感じていたんじゃないのか?だから幼い頃から厳しく指導をしていたのだろう?」

「……ああ、そうだな。」

「結局は同じなんだよ。君も、私も!今更間違っていたなどと言っても、サッカーを強要していたのは事実だろう!」

「そ……それは……。」

口籠る武人を見た奏介は小さくため息を吐き、二人の間に割って入った。

「そこまでだ二人とも。そんな過去をほじくり返して水かけ論をする為にここへ呼んだのではない。」

「……すまない。」

奏介の一喝で、冷静になった二人は罰が悪そうに謝罪する。

「森谷の目的は分かった。そして俺の意見としても、当然そのような強硬手段を断じて許すことはできない。」

「理解してもらわずとも結構だ!私は諦めない!必ず修人を選手に……次こそは……!」

ブツブツと呟く森谷を見て奏介は再び呆れたようなため息を吐く。

「もう諦めろ森谷。彼はもう既にになっているんだよ。」

「なに…?」

「修人君と共にいた、うちの娘と鞍月さんの目を見たか?全国優勝できると本気で思っている迷いの無い目をしていた。それだけ、彼に対して絶大な信頼を寄せているんだよ。」

「なにを馬鹿な。できる訳ないだろう!高校生の監督が全国優勝など!」

「俺は見てみたいよ。桜ヶ峰が全国優勝する所を。片桐、お前もそう思わないか?」

「ああ、もちろんだ。」

奏介の言葉に武人は力強く頷いた。

「修人君は、日本サッカー界にとっての希望なのかもしれない。だが、彼女たちにとってもまたかけがえのない存在なのだと気づかないのか?
失った辛さを知るお前は、それでもなお彼女たちから修人君を奪うつもりなのか?」

「し…しかし、そうでもしないと日本のサッカーが……!」

煮え切らない態度の森谷を見て、ついに奏介の怒りも爆発する。

「それでも何とかするのが監督の仕事なんじゃないのか!いつまでも未練がましく言い訳するんじゃあないっ!!」

「ひっ…!」

超巨大企業NINEグループを取り仕切る代表取締役の一喝が執務室に響き渡る。

「いい加減気づけよ森谷。日本サッカーの低迷の原因は、代表監督であるお前自身だ。」

「……私……自身だと?」

「今の話を聞いて分かった。お前はただ、片桐の幻想を追いかけ続けているだけなんだよ。」

「なに……?」

「日本が強くなる為の手段は他にも色々あったはずだ。だが、お前は片桐のような天才の出現に固執続けた。そう、まるで呪いのようにな。」

「呪いだと?」

「ああ。もうそんな呪いは解き放ってしまった方が良い。その呪いこそが日本サッカー界の進歩を遅らせている原因なんだ。
俺は監督をやったことがないから分からないが、どんな戦力差だろうと勝たせることが監督の仕事なのだろう?」

「その通りだ、九条。」

武人は奏介の言葉に賛同するように頷いた。

「それに、今の日本代表の選手たちは世界で十分に通用する逸材ばかりだ。俺や修人がいなくたってやっていける。少なくとも選手たちはそう思っているはずだぜ。」

「片桐……。」

「一から出直しだ森谷。修人を渡す訳には行かないが、俺も代表の仕事に関わっちまった以上、日本が強くなる為に協力はしてやる。九条も手伝ってくれるよな?」

武人の提案に九条はニヤリと笑った。

「もちろんだ片桐。それで?森谷はどうなんだ?」

二人は森谷の方をチラリと見る。

森谷はボリボリと頭をかきながら、観念したように吐き捨てる。

「あーーもう分かったよ!君たちの意見をぜひ聞かせてもらおうじゃないか!」

しかし、その顔はまるで憑き物が落ちたように晴れやかであった。












しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

龍青学園GCSA

楓和
青春
学園都市の中にある学校の一つ、龍青学園。ここの中等部に、先生や生徒からの様々な依頼に対し、お金以外の報酬で請け負うお助け集団「GCSA」があった。 他学校とのスポーツ対決、謎の集団が絡む陰謀、大人の事情と子どもの事情…GCSAのリーダー「竜沢神侍」を中心に巻き起こる、ドタバタ青春ラブコメ爽快スポ根ストーリー。 ※龍青学園GCSA 各話のちょっとした話しを書いた短編集「龍青学園GCSA -ぷち-」も宜しくお願い致します。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...