しゅうきゅうみっか!-女子サッカー部の高校生監督 片桐修人の苦難-

橋暮 梵人

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NNTC合宿編

第八十一話 森谷の提案

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NINEナショナルトレーニングセンターのVRルーム。

そこに突如として現れた現日本代表監督森谷 千里もりや せんりを前に、鞍月と九条は完全に萎縮してしまっていた。

一見、物腰の柔らかい優男に見える森谷だが、その鋭くギラついた眼光は相手に強大なプレッシャーを与えていた。

『これが、一癖も二癖もある日本代表選手をまとめあげている監督のオーラか……』

森谷と対峙する修人もまた、その圧倒的なまでの雰囲気にあてられていた。

そのひりついた空気感の中、九条が遠慮がちに手を挙げる。

「あの……大事な話ということなので……私たちはこの部屋から出ていった方が良いでしょうか?」

九条の質問に対して、森谷は首を横に振った。

「いいや。君たち二人にもここにいてもらう。何せ君たちにも関係のある話だからね。」

「……わかりました。」


九条が引き下がった所で、森谷は改めて修人の方へ向き直り穏やかな口調で話し始める。

「さて……。修人くんは今、彼女たちのチームの監督をやっているそうだね?どうだい監督の仕事は?」

森谷の質問の意図を探る修人。
それを悟られないよう、言葉を選びながら回答する。

「……そう、ですね。とてもやり甲斐を感じています。選手の時とはまた違った楽しさがあって、新鮮ですよ。」

とりあえず、無難に答えてみせる。

「ほう、それは結構結構。なかなか充実した監督生活を送っているみたいだね。」

「まだまだ未熟ではありますがね。勉強の日々ですよ。」

「そうかそうか。時に……修人くんは今後も監督を続けたいと思っているのかな?」

「え……?今後、というのは?」

「君の将来の話さ。高校を卒業した後も、君は監督を続けたいと思っているかい?」

「そ……それは……」

正直、考えていなかった。というのが修人の本音である。

桜ヶ峰を全国優勝させるという目の前の大きな目標の為に、今まで修人は全力で直走ってきた。

その後のことなんて、まるで考えていなかった。
言葉に詰まる修人を見て、森谷はさらに畳み掛ける。

「もし、君が今後も監督を続けるというのであれば、我々日本サッカー協会は全力で君を支援しようと思っている。」

「えっ……!?」

思いもよらない提案に、修人は動揺する。

そばにいた鞍月と九条もまた、突拍子もない森谷の発言に驚きを隠せずにいた。

「支援するって……一体どういうことなんですか?」

「言葉通りの意味だよ。君が優秀な監督になる為の手助けをしたい、と言っている。
具体的にいうのであれば、ライセンスの取得……さらには実践経験を積ませる場を用意したり、必要とあれば名将を招き直々に教わったりとか、かな。他にも君が望むことであれば、可能な限り対応をしようと思う。」

「い……意味がわかりません!なんで日本サッカー教会が、俺にそこまで肩入れをするんですか!?」

「君を手放したくないからだよ、片桐 修人くん。」

「!?」

「選手時代の君のプレーは圧巻だった。
この先何十年……下手したら二度と現れないかもしれないほどの逸材。まさに日本の宝と呼ぶにふさわしい存在さ。
将来は日本代表を背負って、世界で戦う姿を誰もが信じてやまなかった。
だが、君は怪我をきっかけに選手を引退。日本サッカー界に暗い影を落とした……。」

「……。」

「だが君は監督として、再びサッカー界に戻ってきた。どんな形であれ戻って来てくれたという事実が、私にとっては何よりも嬉しいことだったよ。
そして、それと同時に思ったよ。
君を私の後継者に、将来のとね。」

「……俺を、日本代表の監督に……?」

「そうさ。君の持つ類稀なセンスなら監督としても大成する。私はそう、確信している。」

そう言い放ち、自信満々の笑みを浮かべる森谷。
修人はあまりにもスケールの大きい話を前に言葉を失っていた。

「今から監督のイロハを学べば、ニ、三年後には立派な監督になれる。
まずは、私の元で学ぶ所から始まるだろうが、学生の本分である学業に支障が出ないように考慮することを約束しよう。」

「……。」

将来、監督としてのキャリアを歩むのであれば、この上ない提案だ。
現日本代表監督の元で学ぶことは、きっとかけがえのない財産になるだろう。

しかし、引っかかることが一つある。

「森谷監督の思いは分かりました。監督として歩んでいく上でとても大切な話だということも。
でも俺は今、桜ヶ峰高校のサッカー部で監督をしているんです。
俺の個人的な理由で、たびたびチームを離れる訳にはいきません。そこについては考えてくれていますか?」

修人の問いに対して、森谷は小さくため息を吐き、首を横に振った。

「申し訳ないけど、桜ヶ峰サッカー部の監督は辞めてもらうことになる。
その了承をもらう為に、彼女たち二人にも同席してもらったんだ。」

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