81 / 101
NNTC合宿編
第七十七話 優しい時間
しおりを挟む
「鞍月、陣堂が言っていた三保野FCを壊されたっていうのは一体どういうことなんだ?」
陣堂が去り、再び二人きりとなったラウンジで、修人は鞍月に問いかける。
鞍月は少し悩んだ表情を見せていたが、「そうね。」と呟くと、ポツポツと過去の出来事を語りはじめた。
「ヨウがさっき言っていた通り、三保野FCが全国大会で負けてから、クラブは本気で全国優勝を目指すようになったわ。
今まで地区予選敗退が当たり前のクラブが初めて全国大会に行けたことで、当時の監督も俄然やる気になっちゃったのよね。
子どもたちに優しかった監督が、突然人が変わってしまったかのように厳しく指導するようになってしまったの……。」
「……ああ。」
修人は共感するように小さく頷いた。
自分にも身に覚えがあったからだ。
小学校にあがったぐらいの頃から、優しかった父親が急に厳しく指導するようになったこと。
そしてその頃から、サッカーへの情熱が急激に冷めていったことを。
「今までやっていた練習メニューが倍に増え、より高度な戦術練習もやるようになったわ。
それで、練習についていけなくなった子たちが、一人また一人と辞めていった。
ヨウがいなくなってしまったのも、ちょうどその頃ね。」
「そうか……つまり、今まではみんなで楽しくサッカーをやっていたクラブだったけど、全国優勝を目指す厳しい部活みたいになってしまったということか。」
「まあ……そんな所ね……。」
「だとしたら、陣堂が俺のせいだと言ったのも分かるよ。」
「片桐くんのせいじゃないよ!」
「……じゃあ聞くけど、子どもたちが次々と辞めていって、最終的に三保野FCはどうなった?」
「……!」
修人の突然の問いに、鞍月は思わず口ごもる。その鞍月の反応が、答えを雄弁に物語っていた。
「無くなったんだろ?この三保野FC自体が。」
「………ええ。」
観念したように、鞍月が肯定する。
「陣堂や辞めていった他の子どもたちは、楽しくサッカーがしたかっただけなのに……俺が壊してしまったも同然だ。」
「……それは、違うよ。」
鞍月の目が少しだけ潤む。
「違くないさ。俺は前にも似たような間違いを犯している。
それこそ、話に出た町田リユニオンでのことさ。俺はそこに入団し、鞍月たちと同じように全国大会優勝を目指していた。
でも、入団初日で気づいてしまったんだよ。俺が全力でプレーをすると周りがついていけなくなってしまっていることに。
だから俺は周囲にバレないように力をセーブした。そうしていれば、全て上手くいくと子供心ながらに思っていたんだ。」
「片桐くんは、あの町田リユニオンで力を抑えていたというの!?信じられない……!」
「自分では隠せているつもりだったんだけど、それが当時の監督にバレてしまってね。
監督は俺が周囲のレベルに合わせてプレーしているのがどうしても許せなかったらしく、選手全体のレベルを引き上げる厳しい特訓が始まったのさ。」
「町田リユニオンでも、三保野FCみたいなことが起きていたのね……。」
「ああ。そんでもって、俺は周りから嫌われるようになった。お前さえいなければって感じでな。あの時恐れていた最悪の事態が起きてしまったんだ。
唯一、親友だった折場は最後まで俺を庇ってくれていたけど、梁山中学進学の為にチームを離れた。そこからはもう……誰も味方はいなくなっちゃったよ。」
修人は努めて明るく話そうとしていたが、その声は少し震えていた。
「結局俺は周りからの圧力もあって、町田リユニオンを自主的に辞めた。その後は東京ユナイテッドのユースに入って、斗真さんたちと一緒にサッカーを続けていたんだ。」
「……。」
「そんで、東京ユナイテッドの選手たちは、みーんな俺より上手くてさ!まったく力をセーブすることなくプレーできたんだよな!それが本当に気持ち良くてさ!
もっと早く町田リユニオンを辞めてれば良かったって思ったよ!」
そう言って修人は、ケラケラと笑う。
しかし一方で、その話を聞いた鞍月の目からは涙がこぼれ落ちていた。
そして鞍月は、おもむろに修人の身体を抱きしめた。
「辛かったね、片桐くん。」
鞍月は優しい言葉で修人を慰める。
「……っ!別に辛くなんて……!」
「我慢しなくていいよ。片桐君だって、みんなと楽しくサッカーがしたかったんだよね?だから、自分のレベルを落としてまでチームに溶け込もうとした。そうでしょ?」
「……ああそうだよ!俺はただ、みんなと一緒に楽しくプレーがしたかった!俺にサッカーの才能なんていらなかったんだ!」
修人は半ば自暴自棄になり、言葉を吐き捨てる。
「あまり自分を責めないで。君に出会えて本当に良かったと思っている人だっているんだよ。」
「いないよ……そんな奴。」
「いるよ。ここに、いる。」
「ーーーっ!」
その瞬間、修人の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「片桐くんがいたから、今の私がいる。
君のプレーに魅了されて、今もまだ君を追いかけ続けてる。
あの時から君はずっと私の憧れだったんだよ?」
鞍月は少し恥ずかしそうに笑いながらカミングアウトする。
その言葉に、修人は今までの自分が救われたような気持ちになっていた。
「だからもう、自分を責めるようなことは言わないって約束してくれる?」
「……ああ、わかったよ。」
修人は憑き物が落ちたように、穏やかな笑みを浮かべる。
「うん……約束、だよ。」
そう言って鞍月はもう一度、修人をギュッと抱きしめる。
それから暫く、二人は静かに泣き続けた。
ラウンジには、二人だけの優しい時間がゆっくりと流れていた。
陣堂が去り、再び二人きりとなったラウンジで、修人は鞍月に問いかける。
鞍月は少し悩んだ表情を見せていたが、「そうね。」と呟くと、ポツポツと過去の出来事を語りはじめた。
「ヨウがさっき言っていた通り、三保野FCが全国大会で負けてから、クラブは本気で全国優勝を目指すようになったわ。
今まで地区予選敗退が当たり前のクラブが初めて全国大会に行けたことで、当時の監督も俄然やる気になっちゃったのよね。
子どもたちに優しかった監督が、突然人が変わってしまったかのように厳しく指導するようになってしまったの……。」
「……ああ。」
修人は共感するように小さく頷いた。
自分にも身に覚えがあったからだ。
小学校にあがったぐらいの頃から、優しかった父親が急に厳しく指導するようになったこと。
そしてその頃から、サッカーへの情熱が急激に冷めていったことを。
「今までやっていた練習メニューが倍に増え、より高度な戦術練習もやるようになったわ。
それで、練習についていけなくなった子たちが、一人また一人と辞めていった。
ヨウがいなくなってしまったのも、ちょうどその頃ね。」
「そうか……つまり、今まではみんなで楽しくサッカーをやっていたクラブだったけど、全国優勝を目指す厳しい部活みたいになってしまったということか。」
「まあ……そんな所ね……。」
「だとしたら、陣堂が俺のせいだと言ったのも分かるよ。」
「片桐くんのせいじゃないよ!」
「……じゃあ聞くけど、子どもたちが次々と辞めていって、最終的に三保野FCはどうなった?」
「……!」
修人の突然の問いに、鞍月は思わず口ごもる。その鞍月の反応が、答えを雄弁に物語っていた。
「無くなったんだろ?この三保野FC自体が。」
「………ええ。」
観念したように、鞍月が肯定する。
「陣堂や辞めていった他の子どもたちは、楽しくサッカーがしたかっただけなのに……俺が壊してしまったも同然だ。」
「……それは、違うよ。」
鞍月の目が少しだけ潤む。
「違くないさ。俺は前にも似たような間違いを犯している。
それこそ、話に出た町田リユニオンでのことさ。俺はそこに入団し、鞍月たちと同じように全国大会優勝を目指していた。
でも、入団初日で気づいてしまったんだよ。俺が全力でプレーをすると周りがついていけなくなってしまっていることに。
だから俺は周囲にバレないように力をセーブした。そうしていれば、全て上手くいくと子供心ながらに思っていたんだ。」
「片桐くんは、あの町田リユニオンで力を抑えていたというの!?信じられない……!」
「自分では隠せているつもりだったんだけど、それが当時の監督にバレてしまってね。
監督は俺が周囲のレベルに合わせてプレーしているのがどうしても許せなかったらしく、選手全体のレベルを引き上げる厳しい特訓が始まったのさ。」
「町田リユニオンでも、三保野FCみたいなことが起きていたのね……。」
「ああ。そんでもって、俺は周りから嫌われるようになった。お前さえいなければって感じでな。あの時恐れていた最悪の事態が起きてしまったんだ。
唯一、親友だった折場は最後まで俺を庇ってくれていたけど、梁山中学進学の為にチームを離れた。そこからはもう……誰も味方はいなくなっちゃったよ。」
修人は努めて明るく話そうとしていたが、その声は少し震えていた。
「結局俺は周りからの圧力もあって、町田リユニオンを自主的に辞めた。その後は東京ユナイテッドのユースに入って、斗真さんたちと一緒にサッカーを続けていたんだ。」
「……。」
「そんで、東京ユナイテッドの選手たちは、みーんな俺より上手くてさ!まったく力をセーブすることなくプレーできたんだよな!それが本当に気持ち良くてさ!
もっと早く町田リユニオンを辞めてれば良かったって思ったよ!」
そう言って修人は、ケラケラと笑う。
しかし一方で、その話を聞いた鞍月の目からは涙がこぼれ落ちていた。
そして鞍月は、おもむろに修人の身体を抱きしめた。
「辛かったね、片桐くん。」
鞍月は優しい言葉で修人を慰める。
「……っ!別に辛くなんて……!」
「我慢しなくていいよ。片桐君だって、みんなと楽しくサッカーがしたかったんだよね?だから、自分のレベルを落としてまでチームに溶け込もうとした。そうでしょ?」
「……ああそうだよ!俺はただ、みんなと一緒に楽しくプレーがしたかった!俺にサッカーの才能なんていらなかったんだ!」
修人は半ば自暴自棄になり、言葉を吐き捨てる。
「あまり自分を責めないで。君に出会えて本当に良かったと思っている人だっているんだよ。」
「いないよ……そんな奴。」
「いるよ。ここに、いる。」
「ーーーっ!」
その瞬間、修人の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「片桐くんがいたから、今の私がいる。
君のプレーに魅了されて、今もまだ君を追いかけ続けてる。
あの時から君はずっと私の憧れだったんだよ?」
鞍月は少し恥ずかしそうに笑いながらカミングアウトする。
その言葉に、修人は今までの自分が救われたような気持ちになっていた。
「だからもう、自分を責めるようなことは言わないって約束してくれる?」
「……ああ、わかったよ。」
修人は憑き物が落ちたように、穏やかな笑みを浮かべる。
「うん……約束、だよ。」
そう言って鞍月はもう一度、修人をギュッと抱きしめる。
それから暫く、二人は静かに泣き続けた。
ラウンジには、二人だけの優しい時間がゆっくりと流れていた。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
僕とやっちゃん
山中聡士
青春
高校2年生の浅野タケシは、クラスで浮いた存在。彼がひそかに思いを寄せるのは、クラスの誰もが憧れるキョウちゃんこと、坂本京香だ。
ある日、タケシは同じくクラスで浮いた存在の内田靖子、通称やっちゃんに「キョウちゃんのこと、好きなんでしょ?」と声をかけられる。
読書好きのタケシとやっちゃんは、たちまち意気投合。
やっちゃんとの出会いをきっかけに、タケシの日常は変わり始める。
これは、ちょっと変わった高校生たちの、ちょっと変わった青春物語。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。
ながしょー
青春
ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。
このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる