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NNTC合宿編
第七十七話 優しい時間
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「鞍月、陣堂が言っていた三保野FCを壊されたっていうのは一体どういうことなんだ?」
陣堂が去り、再び二人きりとなったラウンジで、修人は鞍月に問いかける。
鞍月は少し悩んだ表情を見せていたが、「そうね。」と呟くと、ポツポツと過去の出来事を語りはじめた。
「ヨウがさっき言っていた通り、三保野FCが全国大会で負けてから、クラブは本気で全国優勝を目指すようになったわ。
今まで地区予選敗退が当たり前のクラブが初めて全国大会に行けたことで、当時の監督も俄然やる気になっちゃったのよね。
子どもたちに優しかった監督が、突然人が変わってしまったかのように厳しく指導するようになってしまったの……。」
「……ああ。」
修人は共感するように小さく頷いた。
自分にも身に覚えがあったからだ。
小学校にあがったぐらいの頃から、優しかった父親が急に厳しく指導するようになったこと。
そしてその頃から、サッカーへの情熱が急激に冷めていったことを。
「今までやっていた練習メニューが倍に増え、より高度な戦術練習もやるようになったわ。
それで、練習についていけなくなった子たちが、一人また一人と辞めていった。
ヨウがいなくなってしまったのも、ちょうどその頃ね。」
「そうか……つまり、今まではみんなで楽しくサッカーをやっていたクラブだったけど、全国優勝を目指す厳しい部活みたいになってしまったということか。」
「まあ……そんな所ね……。」
「だとしたら、陣堂が俺のせいだと言ったのも分かるよ。」
「片桐くんのせいじゃないよ!」
「……じゃあ聞くけど、子どもたちが次々と辞めていって、最終的に三保野FCはどうなった?」
「……!」
修人の突然の問いに、鞍月は思わず口ごもる。その鞍月の反応が、答えを雄弁に物語っていた。
「無くなったんだろ?この三保野FC自体が。」
「………ええ。」
観念したように、鞍月が肯定する。
「陣堂や辞めていった他の子どもたちは、楽しくサッカーがしたかっただけなのに……俺が壊してしまったも同然だ。」
「……それは、違うよ。」
鞍月の目が少しだけ潤む。
「違くないさ。俺は前にも似たような間違いを犯している。
それこそ、話に出た町田リユニオンでのことさ。俺はそこに入団し、鞍月たちと同じように全国大会優勝を目指していた。
でも、入団初日で気づいてしまったんだよ。俺が全力でプレーをすると周りがついていけなくなってしまっていることに。
だから俺は周囲にバレないように力をセーブした。そうしていれば、全て上手くいくと子供心ながらに思っていたんだ。」
「片桐くんは、あの町田リユニオンで力を抑えていたというの!?信じられない……!」
「自分では隠せているつもりだったんだけど、それが当時の監督にバレてしまってね。
監督は俺が周囲のレベルに合わせてプレーしているのがどうしても許せなかったらしく、選手全体のレベルを引き上げる厳しい特訓が始まったのさ。」
「町田リユニオンでも、三保野FCみたいなことが起きていたのね……。」
「ああ。そんでもって、俺は周りから嫌われるようになった。お前さえいなければって感じでな。あの時恐れていた最悪の事態が起きてしまったんだ。
唯一、親友だった折場は最後まで俺を庇ってくれていたけど、梁山中学進学の為にチームを離れた。そこからはもう……誰も味方はいなくなっちゃったよ。」
修人は努めて明るく話そうとしていたが、その声は少し震えていた。
「結局俺は周りからの圧力もあって、町田リユニオンを自主的に辞めた。その後は東京ユナイテッドのユースに入って、斗真さんたちと一緒にサッカーを続けていたんだ。」
「……。」
「そんで、東京ユナイテッドの選手たちは、みーんな俺より上手くてさ!まったく力をセーブすることなくプレーできたんだよな!それが本当に気持ち良くてさ!
もっと早く町田リユニオンを辞めてれば良かったって思ったよ!」
そう言って修人は、ケラケラと笑う。
しかし一方で、その話を聞いた鞍月の目からは涙がこぼれ落ちていた。
そして鞍月は、おもむろに修人の身体を抱きしめた。
「辛かったね、片桐くん。」
鞍月は優しい言葉で修人を慰める。
「……っ!別に辛くなんて……!」
「我慢しなくていいよ。片桐君だって、みんなと楽しくサッカーがしたかったんだよね?だから、自分のレベルを落としてまでチームに溶け込もうとした。そうでしょ?」
「……ああそうだよ!俺はただ、みんなと一緒に楽しくプレーがしたかった!俺にサッカーの才能なんていらなかったんだ!」
修人は半ば自暴自棄になり、言葉を吐き捨てる。
「あまり自分を責めないで。君に出会えて本当に良かったと思っている人だっているんだよ。」
「いないよ……そんな奴。」
「いるよ。ここに、いる。」
「ーーーっ!」
その瞬間、修人の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「片桐くんがいたから、今の私がいる。
君のプレーに魅了されて、今もまだ君を追いかけ続けてる。
あの時から君はずっと私の憧れだったんだよ?」
鞍月は少し恥ずかしそうに笑いながらカミングアウトする。
その言葉に、修人は今までの自分が救われたような気持ちになっていた。
「だからもう、自分を責めるようなことは言わないって約束してくれる?」
「……ああ、わかったよ。」
修人は憑き物が落ちたように、穏やかな笑みを浮かべる。
「うん……約束、だよ。」
そう言って鞍月はもう一度、修人をギュッと抱きしめる。
それから暫く、二人は静かに泣き続けた。
ラウンジには、二人だけの優しい時間がゆっくりと流れていた。
陣堂が去り、再び二人きりとなったラウンジで、修人は鞍月に問いかける。
鞍月は少し悩んだ表情を見せていたが、「そうね。」と呟くと、ポツポツと過去の出来事を語りはじめた。
「ヨウがさっき言っていた通り、三保野FCが全国大会で負けてから、クラブは本気で全国優勝を目指すようになったわ。
今まで地区予選敗退が当たり前のクラブが初めて全国大会に行けたことで、当時の監督も俄然やる気になっちゃったのよね。
子どもたちに優しかった監督が、突然人が変わってしまったかのように厳しく指導するようになってしまったの……。」
「……ああ。」
修人は共感するように小さく頷いた。
自分にも身に覚えがあったからだ。
小学校にあがったぐらいの頃から、優しかった父親が急に厳しく指導するようになったこと。
そしてその頃から、サッカーへの情熱が急激に冷めていったことを。
「今までやっていた練習メニューが倍に増え、より高度な戦術練習もやるようになったわ。
それで、練習についていけなくなった子たちが、一人また一人と辞めていった。
ヨウがいなくなってしまったのも、ちょうどその頃ね。」
「そうか……つまり、今まではみんなで楽しくサッカーをやっていたクラブだったけど、全国優勝を目指す厳しい部活みたいになってしまったということか。」
「まあ……そんな所ね……。」
「だとしたら、陣堂が俺のせいだと言ったのも分かるよ。」
「片桐くんのせいじゃないよ!」
「……じゃあ聞くけど、子どもたちが次々と辞めていって、最終的に三保野FCはどうなった?」
「……!」
修人の突然の問いに、鞍月は思わず口ごもる。その鞍月の反応が、答えを雄弁に物語っていた。
「無くなったんだろ?この三保野FC自体が。」
「………ええ。」
観念したように、鞍月が肯定する。
「陣堂や辞めていった他の子どもたちは、楽しくサッカーがしたかっただけなのに……俺が壊してしまったも同然だ。」
「……それは、違うよ。」
鞍月の目が少しだけ潤む。
「違くないさ。俺は前にも似たような間違いを犯している。
それこそ、話に出た町田リユニオンでのことさ。俺はそこに入団し、鞍月たちと同じように全国大会優勝を目指していた。
でも、入団初日で気づいてしまったんだよ。俺が全力でプレーをすると周りがついていけなくなってしまっていることに。
だから俺は周囲にバレないように力をセーブした。そうしていれば、全て上手くいくと子供心ながらに思っていたんだ。」
「片桐くんは、あの町田リユニオンで力を抑えていたというの!?信じられない……!」
「自分では隠せているつもりだったんだけど、それが当時の監督にバレてしまってね。
監督は俺が周囲のレベルに合わせてプレーしているのがどうしても許せなかったらしく、選手全体のレベルを引き上げる厳しい特訓が始まったのさ。」
「町田リユニオンでも、三保野FCみたいなことが起きていたのね……。」
「ああ。そんでもって、俺は周りから嫌われるようになった。お前さえいなければって感じでな。あの時恐れていた最悪の事態が起きてしまったんだ。
唯一、親友だった折場は最後まで俺を庇ってくれていたけど、梁山中学進学の為にチームを離れた。そこからはもう……誰も味方はいなくなっちゃったよ。」
修人は努めて明るく話そうとしていたが、その声は少し震えていた。
「結局俺は周りからの圧力もあって、町田リユニオンを自主的に辞めた。その後は東京ユナイテッドのユースに入って、斗真さんたちと一緒にサッカーを続けていたんだ。」
「……。」
「そんで、東京ユナイテッドの選手たちは、みーんな俺より上手くてさ!まったく力をセーブすることなくプレーできたんだよな!それが本当に気持ち良くてさ!
もっと早く町田リユニオンを辞めてれば良かったって思ったよ!」
そう言って修人は、ケラケラと笑う。
しかし一方で、その話を聞いた鞍月の目からは涙がこぼれ落ちていた。
そして鞍月は、おもむろに修人の身体を抱きしめた。
「辛かったね、片桐くん。」
鞍月は優しい言葉で修人を慰める。
「……っ!別に辛くなんて……!」
「我慢しなくていいよ。片桐君だって、みんなと楽しくサッカーがしたかったんだよね?だから、自分のレベルを落としてまでチームに溶け込もうとした。そうでしょ?」
「……ああそうだよ!俺はただ、みんなと一緒に楽しくプレーがしたかった!俺にサッカーの才能なんていらなかったんだ!」
修人は半ば自暴自棄になり、言葉を吐き捨てる。
「あまり自分を責めないで。君に出会えて本当に良かったと思っている人だっているんだよ。」
「いないよ……そんな奴。」
「いるよ。ここに、いる。」
「ーーーっ!」
その瞬間、修人の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「片桐くんがいたから、今の私がいる。
君のプレーに魅了されて、今もまだ君を追いかけ続けてる。
あの時から君はずっと私の憧れだったんだよ?」
鞍月は少し恥ずかしそうに笑いながらカミングアウトする。
その言葉に、修人は今までの自分が救われたような気持ちになっていた。
「だからもう、自分を責めるようなことは言わないって約束してくれる?」
「……ああ、わかったよ。」
修人は憑き物が落ちたように、穏やかな笑みを浮かべる。
「うん……約束、だよ。」
そう言って鞍月はもう一度、修人をギュッと抱きしめる。
それから暫く、二人は静かに泣き続けた。
ラウンジには、二人だけの優しい時間がゆっくりと流れていた。
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