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第五十九話 ボールは〇〇

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ゴールキーパー。

それは、チームにとっての最後の砦。

身体を張って相手のシュートを防ぎ、時には一番後ろから味方を鼓舞しチーム全体を盛り上げる。
いわばゴールキーパーは、チームにとっての精神的な柱でもあるのだ。


「宇田川は、ゴールだけを守っていれば良い。セービング技術を磨いていけば、ゴールキーパーとして成長していける。そう思ってるんじゃないか?」

修人は、隣にいる宇田川に問いかける。
一方、宇田川は図星をつかれたといった表情で、小声でその問いに答える。

「うっ……。正直言って、今まではそう思っていたッス。」

「じゃあ、寛治の練習風景を見てどう思う?」

修人は、今なお大声を張り続ける折場を指差して、再度宇田川に問いかけた。

「えと……。キーパーは、ワタシが思ってた以上にやることが多いんだなって、そう思いましタ。」

「そうだな。宇田川の言う通り、キーパーの仕事はゴールを守る以外にもたくさんある。守備位置の指示、味方の鼓舞、さらには攻撃の組み立て……優秀なゴールキーパーってのは、それらを全て高いレベルでこなしてるんだ。」

「なるほど……。でも、ワタシにも出来るんでしょうか……?まともに前線にボールを蹴ることも出来ないのに。」

「やれるさ、宇田川なら。だからこそ、こんな山奥くんだりまでやってきたんだぜ。だから……無駄足にならない為にも、まずは寛治を説得しなきゃな。」

そう言って、修人は練習中の折場の元へ駆け寄る。

「お疲れ、寛治。調子良さそうだな。」

気軽に話しかける修人を、折場はギロリと睨んだ。

「修人……遠くで見ていろと言ったはずじゃが?」

「確かにそうだけど……!やっぱり諦められねーんだ!俺はキーパーの経験がないからさ。悔しいけど、どうしたって宇田川に対してちゃんと教えてやることができない。
俺は宇田川にキーパーのなんたるかをしっかりと学んで欲しいと思ってる!その為には寛治、お前の力がどうしても必要なんだ!頼む!この通りだ!」

「修人……。」

必死で頭を下げる修人を見て、折場の心が揺らぐ。

「ワタシからも、よろしくお願いします。」

「なっ…!?お前……!」

修人の横へとやってきた宇田川もまた、折場に対して深々と頭を下げるのであった。

「ワタシ、今のままじゃ多分チームに迷惑かけちゃうと思うんです。ワタシの未熟さで、チームが負けちゃうのは、もう嫌なんです!女性が苦手だっていうのも重々承知してるんですケド……。そこをどうか、よろしくお願いしまっす!」

頭を下げて懇願する二人を見て、折場は観念したように深いため息を吐いた。

「はぁ……。どうやら、熱意は本物のようじゃな。ええじゃろう、ワシがキーパーの極意というものを教えてやる。」

「ホ……ホントッスか!?」

宇田川は嬉しそうな声を上げる。

「ただし!その前にひとつテストを受けてもらう!」

「テ……テストぉっ!?」

「うむ。今からワシとPK対決をしてもらう。その結果によって教えるかどうかを見極めさせてもらおう。」

「そ…その勝負に勝たなきゃいけないってことですかぁっ!?」

「いや、勝ち負けで決まる訳じゃあない。宇田川……と言ったか。お主のキーパーの適正があるかどうか、それを見るためのテストじゃ。」

「も……もし、適正が無いと判断されたら…?」

「荷物をまとめて帰ってもらおうか。」

「ガーーーン!ひどいっ!いくら女の子が嫌いだからって、あんまりッスよぉ!」

「勘違いするなよ。このテストは男女関係無しに、最初にやろうと思っとったことじゃ。ワシらも大会に向けての練習で忙しい。伸び代の無いやつに教えてやれる程、暇ではないのでな。」

厳しいながらも正論である折場の言葉に、宇田川は口をつぐむことしか出来なかった。

それを見かねた修人は、宇田川にとって代わり話を続ける。

「分かった。そのテスト受けさせてもらおう。もし、寛治がダメだと思ったら俺たちはすぐに帰る。だが、見込みがあると思ったら、その時は極意を教えてもらう、そういうことでいいんだな?」

「ああ、そうだ。準備ができ次第、ゴールマウスにつけ。後悔しないよう、全力でかかってくることだな。」

そう言い残し、折場はペナルティキックを行う位置へと移動するのであった。

「そういう訳だが、やれるか宇田川?」

修人は宇田川の顔を覗きながら、小声で問いかける。

「……やりまス。ただ、ちょっとだけ時間をください。ゾーンに入る準備をします。」

そう言った後、宇田川はゆっくりと眼を閉じるのであった。



それから10分後ーーー



「お待たせしましタ。さあ、テストを始めましょうか。」

ゆったりと、余裕の笑みを浮かべながら宇田川はゴールマウスの前に立つ。

「フン……ずいぶん時間がかかっていたようじゃが、腹はくくったのか?」

「ええ、もう大丈夫です。どっからでもかかってきてくださいナ。」

『ふむ……緊張している様子は無し……か。心無しか先程より余裕があるようにも見える。どんな心境の変化があったのかわからんが、まずは第一関門は突破といった所じゃな。』

宇田川の様子を冷静に分析する折場。
しかし、すぐに切り替えて戦闘態勢に入る。

「では。いざ、尋常に、勝負!」

折場はじりじりと後退し、置いたボールと距離を取る。

折場は長めの助走から、全力で右足をーー

振り抜いた。

全てを貫くような弾丸シュート。
ボールの軌道は宇田川の真正面を捉えていた。

『危ないっ!!』

修人は心の中で叫ぶ。

しかしーー

バシィーーーーーーッン!!!!

宇田川は強烈な勢いのボールを抱え込むようにキャッチングしたのであった。

「な……にぃっ!?」

「ふぅ……。今日の玉ちゃんは、オラオラしてましたねぇ。でも、そんなSな所もそそられますよぉ。」

唖然とする折場をよそに、宇田川は抱えたボールを愛でるように見つめながら、ぶつぶつと独り言を呟いていた。

『ば……莫迦な。ワシの弾丸シュートを恐れるどころか、キャッチしただと……。な、なんちゅう動体視力しとるんじゃあ!?』

目を丸くし、口をパクパクしている折場の所に、修人がやってくる。

「なるほど、テストの意図が分かったよ。寛治は、迫り来るボールに対して恐怖心があるかどうかを試していたんだな。」

「まあ、そんなところじゃ……。これにびびって、避けてしまうようだったら帰らせるつもりじゃった。」

「だが、あいつは避けるどころか取ってみせた。てことで、文句なしの合格ってことでいいよな?」

修人の問いに、折場は観念したように小さくため息を吐いた。

「ああ、合格じゃ!約束通り、極意を教えてやろう!しっかし、まさかキャッチしてしまうとはな……婦女子ながら肝が座っておる。いや……違うな、つかんだボールに話しかけている様子を見るに、ボールは友達とでも思っとるんじゃろうか?」

未だにぶつぶつと独り言を呟く宇田川を見て、折場は呆れたように笑った。

「いや、あいつの場合、ボールは友達じゃなくて……って感じかな。」

「恋人……か。ガッハッハ!なるほどのう!愛でキャッチしたという訳か!修人!お前さん中々に面白いやつを育ててんなあ!」

「ああ、だから毎日飽きねーよ。あいつらが日々成長していく姿を見るのが、今の俺にとっての楽しみなんだ。」

そう言って、修人は少し誇らしげに笑うのであった。










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