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第五十四話 真夜中の反省会
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藤沢純王戦から3日後の夜。
修人は、自室でその試合のVTRを何度も見返していた。
食い入るようにモニターを見ながら、左手ではノートにペンを走らせる。
修人は何時間もずっとその作業を繰り返し続けているのであった。
修人は8回目の試合を見終わったところでようやくVTRを止め、大の字になって床に寝転んだ。
「やっぱつええなぁ、全国王者は。」
修人は天井に向かって、ポツリと呟いた。
スコアは1-2という僅差での負けであったが、その試合内容は点差以上の開きがあった。
藤沢純王の選手たちは皆、身体能力が高く、状況判断が早い。
90分通して、付け入る隙というのはほぼ無かった。
そして、それを可能にしているのが、藤沢純王総監督、倉井史紀による徹底された戦術理論「トータルフットボール」にある。
ポジションという枠に囚われず、全員が流動的にスペースに動き回り、攻撃あるいは守備をする。
つまり選手たちは、常に状況を意識し、最善手を考えながらプレイをすることが求められる。
そして、目まぐるしく状況が変わるサッカーの試合において、それを体現することができる選手はそう多くはない。
しかし、藤沢純王の選手たちは全員、倉井監督の期待に応え、高いレベルでそれを体現してみせたのであった。
「さすが倉井さんという他ないよ。」
修人は、かつての自分の師でもあった倉井を手放しで褒めたたえる。
もちろん修人もこの戦術理論に対して策を講じていた、
つもりだった。
実際は、修人が予想していたよりもチームの完成度は高く、何よりVTRだけでは測り知ることのできない藤沢純王の重圧が、選手たちを気後れさせていた。
結局得点は白鳥が掴んだPKだけに留まり、流れの中からの得点というのはゼロに終わってしまうのであった。
攻撃においても、守備においても高いレベルでこなした藤沢純王高校。
その中でも、ひと際異彩を放っていたのがーー
「暁月…摩里香……か。」
そう呟きながら、修人はノートに書かれたその人物の名前に丸を書く。
この試合を通して、暁月を出し抜けた場面は一度も無かった。
そればかりか、常に桜ヶ峰の攻撃を阻み続け、さらには得点もアシストも許してしまった。
「完敗だな。完膚なきまでにやられちまった。」
修人はそのことを思い返し、苦笑いを浮かべる。
そして、そんな暁月に対して修人はある確信を持っていた。
「この試合で予想が確信に変わった。あいつは…俺と同じだ。俺と同じ視点でフィールドが見えている。」
修人は、暁月の名前の下にさらにペンで書き加える。
「間違いない…。暁月 摩里香は、皇帝の視野の持ち主だ。」
---------------------------------------
時を同じくして、桜ヶ峰高校のグラウンド。
必要最小限の照明の明かりの中で、鞍月は一人で練習に励んでいた。
「…違う。あいつはもっとスムーズにやっていた。こう…流れるような動きで……わわっ!」
ズシャアッ
自主練のやり過ぎで足に限界がきていた鞍月は、ボールに足を引っかけてしまい盛大に転んでしまうのであった。
「いちちち……もー最悪。」
鞍月は文句を言いながら、全身についた砂を払い落とす。
「……結局、何も通用しなかったな……。」
鞍月は、3日前の藤沢純王との試合を思い返す。
自分が突破を仕掛けた際には簡単に止められ、逆にやり返された際には簡単に突破を許してしまった。
暁月との間にある圧倒的なまでの実力差。
屈辱的ではあったが、鞍月の中には不思議と怒りは湧いてこなかった。
絶望や諦めとも違う穏やかな感情。
これはーーー
懐かしさだ。
「なんか…昔にもこんなことあったっけ。」
夕暮れの河川敷で、かつての姉と日が沈むまで一対一の練習をしていたあの日々。
サッカーを心の底から楽しんでいた、もう戻らないかけがえの無い日々。
夜の暗闇の中に、当時の風景が投影される。
そこには泣きじゃくりながら駄々をこねる妹と、それに対して困ったように笑う姉の姿が映っていた。
「私って、昔から負けず嫌いだったなあ。」
鞍月は当時を思い返しながら、苦笑いを浮かべる。
結局、あの時も一度も勝てたことはなかったけれど、
練習が終わったら二人とも笑顔になって、夕飯を予想しながら手をつないで家路についてたっけ。
「……なんで、こんなことになっちゃったんだろうな。」
在りし日の記憶から、唐突に現実へと引き戻される。
かつて側にいた姉は居なくなり、鞍月はただ一人暗闇に取り残される。
そして今度は、思い出したくもない別の記憶がフラッシュバックした。
---------------------------------------
『光華……私は、ここを出る。あの男の……暁月 業の娘になるよ。』
『なんで!?なんでよ!あの男は私たちを……私たち家族をメチャクチャにしたヤツなんだよ!なんでそんなヤツの娘になろうとするの!?』
『…………私は、サッカーでプロになりたいんだ、光華。あの男が言っていた。俺の元に来れば最高の環境でサッカーをさせてやるって。だから私は……暁月家の人間になる。多分もう、こうして会うこともなくなるだろう。だからここで……さようならだ、光華。』
『そんなの嫌だよ!行かないで!私を置いていかないでよ!お姉ちゃーーーーーーん!』
---------------------------------------
「どうして…どうして行っちゃったの、お姉ちゃん……」
暗闇のグラウンドの中で、ポツリと呟く鞍月。
その頬には、一筋の涙がつたっていた。
修人は、自室でその試合のVTRを何度も見返していた。
食い入るようにモニターを見ながら、左手ではノートにペンを走らせる。
修人は何時間もずっとその作業を繰り返し続けているのであった。
修人は8回目の試合を見終わったところでようやくVTRを止め、大の字になって床に寝転んだ。
「やっぱつええなぁ、全国王者は。」
修人は天井に向かって、ポツリと呟いた。
スコアは1-2という僅差での負けであったが、その試合内容は点差以上の開きがあった。
藤沢純王の選手たちは皆、身体能力が高く、状況判断が早い。
90分通して、付け入る隙というのはほぼ無かった。
そして、それを可能にしているのが、藤沢純王総監督、倉井史紀による徹底された戦術理論「トータルフットボール」にある。
ポジションという枠に囚われず、全員が流動的にスペースに動き回り、攻撃あるいは守備をする。
つまり選手たちは、常に状況を意識し、最善手を考えながらプレイをすることが求められる。
そして、目まぐるしく状況が変わるサッカーの試合において、それを体現することができる選手はそう多くはない。
しかし、藤沢純王の選手たちは全員、倉井監督の期待に応え、高いレベルでそれを体現してみせたのであった。
「さすが倉井さんという他ないよ。」
修人は、かつての自分の師でもあった倉井を手放しで褒めたたえる。
もちろん修人もこの戦術理論に対して策を講じていた、
つもりだった。
実際は、修人が予想していたよりもチームの完成度は高く、何よりVTRだけでは測り知ることのできない藤沢純王の重圧が、選手たちを気後れさせていた。
結局得点は白鳥が掴んだPKだけに留まり、流れの中からの得点というのはゼロに終わってしまうのであった。
攻撃においても、守備においても高いレベルでこなした藤沢純王高校。
その中でも、ひと際異彩を放っていたのがーー
「暁月…摩里香……か。」
そう呟きながら、修人はノートに書かれたその人物の名前に丸を書く。
この試合を通して、暁月を出し抜けた場面は一度も無かった。
そればかりか、常に桜ヶ峰の攻撃を阻み続け、さらには得点もアシストも許してしまった。
「完敗だな。完膚なきまでにやられちまった。」
修人はそのことを思い返し、苦笑いを浮かべる。
そして、そんな暁月に対して修人はある確信を持っていた。
「この試合で予想が確信に変わった。あいつは…俺と同じだ。俺と同じ視点でフィールドが見えている。」
修人は、暁月の名前の下にさらにペンで書き加える。
「間違いない…。暁月 摩里香は、皇帝の視野の持ち主だ。」
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時を同じくして、桜ヶ峰高校のグラウンド。
必要最小限の照明の明かりの中で、鞍月は一人で練習に励んでいた。
「…違う。あいつはもっとスムーズにやっていた。こう…流れるような動きで……わわっ!」
ズシャアッ
自主練のやり過ぎで足に限界がきていた鞍月は、ボールに足を引っかけてしまい盛大に転んでしまうのであった。
「いちちち……もー最悪。」
鞍月は文句を言いながら、全身についた砂を払い落とす。
「……結局、何も通用しなかったな……。」
鞍月は、3日前の藤沢純王との試合を思い返す。
自分が突破を仕掛けた際には簡単に止められ、逆にやり返された際には簡単に突破を許してしまった。
暁月との間にある圧倒的なまでの実力差。
屈辱的ではあったが、鞍月の中には不思議と怒りは湧いてこなかった。
絶望や諦めとも違う穏やかな感情。
これはーーー
懐かしさだ。
「なんか…昔にもこんなことあったっけ。」
夕暮れの河川敷で、かつての姉と日が沈むまで一対一の練習をしていたあの日々。
サッカーを心の底から楽しんでいた、もう戻らないかけがえの無い日々。
夜の暗闇の中に、当時の風景が投影される。
そこには泣きじゃくりながら駄々をこねる妹と、それに対して困ったように笑う姉の姿が映っていた。
「私って、昔から負けず嫌いだったなあ。」
鞍月は当時を思い返しながら、苦笑いを浮かべる。
結局、あの時も一度も勝てたことはなかったけれど、
練習が終わったら二人とも笑顔になって、夕飯を予想しながら手をつないで家路についてたっけ。
「……なんで、こんなことになっちゃったんだろうな。」
在りし日の記憶から、唐突に現実へと引き戻される。
かつて側にいた姉は居なくなり、鞍月はただ一人暗闇に取り残される。
そして今度は、思い出したくもない別の記憶がフラッシュバックした。
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『光華……私は、ここを出る。あの男の……暁月 業の娘になるよ。』
『なんで!?なんでよ!あの男は私たちを……私たち家族をメチャクチャにしたヤツなんだよ!なんでそんなヤツの娘になろうとするの!?』
『…………私は、サッカーでプロになりたいんだ、光華。あの男が言っていた。俺の元に来れば最高の環境でサッカーをさせてやるって。だから私は……暁月家の人間になる。多分もう、こうして会うこともなくなるだろう。だからここで……さようならだ、光華。』
『そんなの嫌だよ!行かないで!私を置いていかないでよ!お姉ちゃーーーーーーん!』
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「どうして…どうして行っちゃったの、お姉ちゃん……」
暗闇のグラウンドの中で、ポツリと呟く鞍月。
その頬には、一筋の涙がつたっていた。
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