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第五十三話 対峙
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試合終了の笛を聞いた桜ヶ峰の選手たちは皆、その場に崩れ落ちた。
最後の力を振り絞って仕掛けた最後の攻撃も、藤沢純王の壁を打ち破ることができなかった。
監督の修人は一つため息を吐いた後、悔しそうに天を仰ぐ。
選手たちは各々の強みを出し、これ以上ないくらいに頑張ってくれていた。
敗因はーー
「俺の采配だ……。」
修人が己の無力さを嘆いている所に、敵将の倉井がやってくる。
「あまり自分を責めるのは良くない傾向だな。」
「倉井監督……。」
「良いゲームだった。桜ヶ峰には、見どころのある選手がたくさんいるな。」
「でも俺は結局……あいつらを勝たせてやることができなかった。」
「全戦全勝の監督などいるものかよ。サッカーというものは敗戦から学ぶことの方が多い。今日の課題をしっかりと一から見直し、さらにチームを成熟させるのが監督の仕事というものだ。」
「それでも、今日だけは勝たなければいけなかったんだ!あいつに……暁月に自分が今までしてきたことを、鞍月に謝って欲しかった!」
「……そうか。お主らがそう思うのも、まあ無理はない。だが、彼女をあまり責めないでやってくれまいか?」
「どうしてですか!?」
「今はまだ……その理由を話すことはできん。だが、いずれ全てが片付いたら洗いざらい理由を話すつもりだ。
ワシから言えることは一つだけ。あいつは私欲のためだけに鞍月家を出て行った訳ではないということだ。」
「何か、言えない事情があるということですか?」
「そうだ。だからこれ以上話すことはできん、本人の意向でな。」
「……そうですか。倉井監督、最後に一つだけ教えてください。どうして俺にそのことを言ってくれたんですか?」
「暁月はワシの教え子だからな……。アイツがたった一人の家族に憎まれているというのは、ワシとしてもやりきれんものがある。アイツはどうしようもなく不器用だからな……こういうやり方しかできんから心配なんだよ。だから、教えたのはただのジジイの気まぐれとでも思っといてくれ。」
「……わかりました。あなたを信じます、倉井監督。」
「ふっ…。いい面構えになったな。またの対戦を楽しみにしておるよ、片桐監督。」
「……!ええ、いずれまた!次はウチが勝たせてもらいますからね!今日はありがとうございました!倉井監督!」
満足そうな笑みを浮かべた倉井は、ゆっくりと歩きながらグラウンドを後にするのであった。
---------------------------------------
「新設二年目のサッカー部相手に、いささか苦戦しすぎじゃないのかね?倉井監督?」
ロッカールームへと続く通路を歩いていた倉井は、脇にいた白髪の中年男性に話しかけられる。
その男は、その場に似つかわしくない、黒いスーツを身にまとい、威圧感のある鋭い目つきで倉井を睨みつけていた。
「暁月理事長ですか……熱心なことですな、わざわざ一回戦目から試合会場に足を運んでいただけるとは。」
「フン、世辞は良い。今日の試合に関して、何か弁解はあるのか?」
「ありませんな、何も。お互いに全力を出し切ったナイスゲームだったと思いますがね。」
素っ気なく答えた倉井を見て、藤沢純王高校理事長の暁月 業は呆れたように大きくため息を吐いた。
「藤沢純王は勝って当然。その勝ち方も圧倒的でなければならない。
しかしどうだ?一回戦の相手だと言うのに、まるで薄氷をふむかのような勝利ではないか。これでは我が校の面目も丸潰れというものだ。」
「桜ヶ峰は強いですよ、暁月理事長。あなたがトーナメントの組み合わせを変えさえしなければもっと上の方で当たっていたでしょうね。」
「おいおい…。ずいぶん人聞きの悪いことを言うじゃないか。」
「あなたの顔が利く高校女子サッカー連盟に、トーナメントの組み合わせを変えてもらうように働きかけていたのは知ってるんですよ、暁月理事長。」
「はっ…何をそんな……。仮にそのようなことをやっていたとして、私になんのメリットがある?」
「あなた自身のウサを晴らすことができる、というだけじゃないですか?目障りなものを早々に叩き潰したいという、あなたのくだらない私欲の為にやったのでしょう?」
「……口には気を付けろよ倉井。貴様も所詮雇われの身だ。私の意向で何とでも出来るのだぞ?」
「あなたが望むのなら好きにすればよい。代わりに常勝藤沢純王の看板は、早々に降ろすことになるでしょうがな。」
「……フン、まあ良いだろう。負けた時が貴様の最後だ。せいぜいクビを切り落とされぬよう気を付けることだな。」
「はい、肝に命じておきますよ、理事長殿。」
恭しくお辞儀をする倉井。
一方で暁月は小さく舌打ちをして、足早にその場を去っていくのであった。
「どこまでも、腐りきった男よ。」
倉井は一つため息を吐いて、誰にいうでもなくポツリと呟いた。
「あの男が来ていたのですね?倉井監督。」
不意に背後から声をかけられた倉井は、その人物がいる方に振り返る。
そこには、キャプテンの暁月 摩里香が立っていた。
「今度は娘の方が来たか……。向こうのチームとの挨拶はもう済んだのか?」
「ええ。他のメンバーももう戻ってきますよ。それにしても、あの男は一体何しにここへ?一度も試合会場に来たことなどないのに。」
「桜ヶ峰がボロボロに負ける様を直に見たかったのだろうさ。本人は不服そうだったがね。」
「そうですか……。どこまでも下衆な男ですね。」
「フッ、育ての親に対してそこまで言うか。」
「もちろんです。私はあの男に心までは許していません。私の心はずっと鞍月に、たった一人の愛する妹、光華とともにあるのですから。」
暁月は嘘偽りのない、凛とした態度で言ってのける。
それを見た倉井は穏やかにニコリと笑うのであった。
最後の力を振り絞って仕掛けた最後の攻撃も、藤沢純王の壁を打ち破ることができなかった。
監督の修人は一つため息を吐いた後、悔しそうに天を仰ぐ。
選手たちは各々の強みを出し、これ以上ないくらいに頑張ってくれていた。
敗因はーー
「俺の采配だ……。」
修人が己の無力さを嘆いている所に、敵将の倉井がやってくる。
「あまり自分を責めるのは良くない傾向だな。」
「倉井監督……。」
「良いゲームだった。桜ヶ峰には、見どころのある選手がたくさんいるな。」
「でも俺は結局……あいつらを勝たせてやることができなかった。」
「全戦全勝の監督などいるものかよ。サッカーというものは敗戦から学ぶことの方が多い。今日の課題をしっかりと一から見直し、さらにチームを成熟させるのが監督の仕事というものだ。」
「それでも、今日だけは勝たなければいけなかったんだ!あいつに……暁月に自分が今までしてきたことを、鞍月に謝って欲しかった!」
「……そうか。お主らがそう思うのも、まあ無理はない。だが、彼女をあまり責めないでやってくれまいか?」
「どうしてですか!?」
「今はまだ……その理由を話すことはできん。だが、いずれ全てが片付いたら洗いざらい理由を話すつもりだ。
ワシから言えることは一つだけ。あいつは私欲のためだけに鞍月家を出て行った訳ではないということだ。」
「何か、言えない事情があるということですか?」
「そうだ。だからこれ以上話すことはできん、本人の意向でな。」
「……そうですか。倉井監督、最後に一つだけ教えてください。どうして俺にそのことを言ってくれたんですか?」
「暁月はワシの教え子だからな……。アイツがたった一人の家族に憎まれているというのは、ワシとしてもやりきれんものがある。アイツはどうしようもなく不器用だからな……こういうやり方しかできんから心配なんだよ。だから、教えたのはただのジジイの気まぐれとでも思っといてくれ。」
「……わかりました。あなたを信じます、倉井監督。」
「ふっ…。いい面構えになったな。またの対戦を楽しみにしておるよ、片桐監督。」
「……!ええ、いずれまた!次はウチが勝たせてもらいますからね!今日はありがとうございました!倉井監督!」
満足そうな笑みを浮かべた倉井は、ゆっくりと歩きながらグラウンドを後にするのであった。
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「新設二年目のサッカー部相手に、いささか苦戦しすぎじゃないのかね?倉井監督?」
ロッカールームへと続く通路を歩いていた倉井は、脇にいた白髪の中年男性に話しかけられる。
その男は、その場に似つかわしくない、黒いスーツを身にまとい、威圧感のある鋭い目つきで倉井を睨みつけていた。
「暁月理事長ですか……熱心なことですな、わざわざ一回戦目から試合会場に足を運んでいただけるとは。」
「フン、世辞は良い。今日の試合に関して、何か弁解はあるのか?」
「ありませんな、何も。お互いに全力を出し切ったナイスゲームだったと思いますがね。」
素っ気なく答えた倉井を見て、藤沢純王高校理事長の暁月 業は呆れたように大きくため息を吐いた。
「藤沢純王は勝って当然。その勝ち方も圧倒的でなければならない。
しかしどうだ?一回戦の相手だと言うのに、まるで薄氷をふむかのような勝利ではないか。これでは我が校の面目も丸潰れというものだ。」
「桜ヶ峰は強いですよ、暁月理事長。あなたがトーナメントの組み合わせを変えさえしなければもっと上の方で当たっていたでしょうね。」
「おいおい…。ずいぶん人聞きの悪いことを言うじゃないか。」
「あなたの顔が利く高校女子サッカー連盟に、トーナメントの組み合わせを変えてもらうように働きかけていたのは知ってるんですよ、暁月理事長。」
「はっ…何をそんな……。仮にそのようなことをやっていたとして、私になんのメリットがある?」
「あなた自身のウサを晴らすことができる、というだけじゃないですか?目障りなものを早々に叩き潰したいという、あなたのくだらない私欲の為にやったのでしょう?」
「……口には気を付けろよ倉井。貴様も所詮雇われの身だ。私の意向で何とでも出来るのだぞ?」
「あなたが望むのなら好きにすればよい。代わりに常勝藤沢純王の看板は、早々に降ろすことになるでしょうがな。」
「……フン、まあ良いだろう。負けた時が貴様の最後だ。せいぜいクビを切り落とされぬよう気を付けることだな。」
「はい、肝に命じておきますよ、理事長殿。」
恭しくお辞儀をする倉井。
一方で暁月は小さく舌打ちをして、足早にその場を去っていくのであった。
「どこまでも、腐りきった男よ。」
倉井は一つため息を吐いて、誰にいうでもなくポツリと呟いた。
「あの男が来ていたのですね?倉井監督。」
不意に背後から声をかけられた倉井は、その人物がいる方に振り返る。
そこには、キャプテンの暁月 摩里香が立っていた。
「今度は娘の方が来たか……。向こうのチームとの挨拶はもう済んだのか?」
「ええ。他のメンバーももう戻ってきますよ。それにしても、あの男は一体何しにここへ?一度も試合会場に来たことなどないのに。」
「桜ヶ峰がボロボロに負ける様を直に見たかったのだろうさ。本人は不服そうだったがね。」
「そうですか……。どこまでも下衆な男ですね。」
「フッ、育ての親に対してそこまで言うか。」
「もちろんです。私はあの男に心までは許していません。私の心はずっと鞍月に、たった一人の愛する妹、光華とともにあるのですから。」
暁月は嘘偽りのない、凛とした態度で言ってのける。
それを見た倉井は穏やかにニコリと笑うのであった。
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