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第四十八話 王者のサッカー
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前半32分ーー
スコアは0-1のまま、停滞した試合展開となっていた。
ボールを保持しているのは、桜ヶ峰高校。
しかし、失点してからはずっと自陣での横パスを繰り返すばかりで、効果的な攻めは出来ていなかった。
「やはり、失点の仕方がまずかったな…。」
修人は苦虫を噛み潰したような顔で、ピッチ上で指示を出す暁月をにらんだ。
獅子浜高校戦でも見せた桜ヶ峰の攻撃パターンB。
呉に相手選手の注意を引きつけ、フリーの影野にパスを出す、というパターン。
それを暁月に完全に読まれていた。
鞍月から影野へのパスをカットするだけでなく、彼女はたった一本のパスで桜ヶ峰DFを無力化してしまったのだ。恐るべき正確さだと言わざるを得ない。
そして、それに応えた桂木の実力もまた本物だ。
暁月からの鋭いパスにしっかりと反応し、キーパーの股を抜いた冷静なゴール。
一年生ながら、藤沢純王のスタメンに名を連ねたのもうなずける。
結果的にたった二人だけで、ゴールまで持っていかれた、という訳だ。
「改めて、化け物ぞろいだな藤沢純王は。」
修人が呆れたようにポツリと呟くと、隣にいた楓は修人の背中をバシンと強く叩いた。
「ちょっと!感心してる場合じゃないでしょ!なんか手は無いの!?アンタ監督でしょ!」
「いってぇな!心配するなよ楓!もちろん、手は考えてあるさ!だが、まだだ。発動するにはまだ早い。」
「そんなこと言ったって、ウチのチーム負けてるのに全然攻められてないじゃない!」
楓の言う通り、この時間帯はずっと相手陣地にボールを運ぶことができていない。
それは、失点した時の悪いイメージが選手たちの中にずっと残っているからだ。
攻撃に転じようと、相手陣内に通したパスをかっさらわれて、カウンターをくらって失点。
こちら側としては、攻撃の出鼻をくじかれてしまった形となった。
選手たちが攻めに対して臆病になっているのも無理はない。
ボール自体は桜ヶ峰が持っているが、横や後ろにいる味方選手にボールを回すだけで、有効なパスは出せていないこの現状。
ボールを持っているというよりかは、持たされているといった方が正しいか。
相手の選手も、それが分かっているから無理してボールを奪いにはこない。
そもそも一点リードしているのだから、これ以上楽な展開はないと思っていることだろう。
「その油断をつくのさ。」
「え……?」
修人は楓の肩を叩き、ニヤリとほくそ笑んだ。
---------------------------------------
前半44分。
前半ももうすぐ終わろうかという所で、
鞍月に再びボールが入る。
その瞬間、桜ヶ峰の攻撃陣が一斉に走り出す。
一方で今まで緩んでいた藤沢純王の守備陣にピリッとした緊張が走る。
『鞍月は誰にパスを出す!?』
藤沢純王の守備陣はそれぞれマークの位置を確認し、パスの出し所を消すように動き回る。
しかしーー
鞍月は誰にもパスを出すことはなく、ドリブルを開始するのであった。
「鞍月っ!行けえっ!!」
修人は、ピッチ上の鞍月に大声で呼びかける。
「……行かせはしない。」
鞍月の前にはかつての姉が立ち塞がった。
「……暁月……摩里香!」
鞍月はフェイントを一つ入れ、暁月を抜きにかかる。
「甘い……。」
しかし、それは暁月に読まれ先回りされてしまう。
「くっ…!」
突破に失敗した鞍月は、今度はボールを大きく前方に蹴り出すモーションを見せる。
しかし鞍月はボールを蹴り出すことなく、自らの軸足の裏側を通す。
これは大きく蹴り出すと見せかけて突破を図る、クライフターンというキックフェイントの一種だ。
「無駄だ!」
しかし、暁月はこのフェイントにも釣られない。
「まだまだぁっ!」
鞍月はまだ諦めない。
今度は流れるようなボールタッチで円を描くように突破を試みる。
身体でボールを隠しながら相手を抜き去る、マルセイユルーレットという高等フェイントだ。
しかし。
「それも、想定内だ。」
ズシャッ!
暁月のスライディングが足元のボールを捉える。
「うわっ!!」
鞍月は勢い余って転んでしまい、阻止されたボールはテンテンと転がり、タッチラインを割ってしまうのであった。
そしてーー
ピッピッピーーーーーーーーー!
ボールが出たところで、前半終了の笛が鳴り響いた。
「はぁっ……はぁっ……!くそっ!」
鞍月は、息を切らしながら悔しそうにピッチの芝生を叩く。
持てるフェイント技術をフルに使って挑んだ鞍月であったが、結果的に暁月を抜き去ることは出来なかった。
「立てるか、光華?」
一方で暁月は、余裕の表情で鞍月に手を差し伸べる。
しかし、鞍月はその手を借りることなく自力で立ち上がった。
「その名前で呼ばないでくれるかしら、暁月選手。私たちはあくまでも敵同士。後半は、その余裕の表情を崩してやるから覚悟しておきなさい。」
そう捨て台詞を残した鞍月は、ゆっくりと歩きながらピッチ上を後にする。
その後姿を見て、暁月の心はチクリと痛んだ。
「わかっていたとしても……。やはりキツイものだな……。光華に直接言われるのは。」
そう言って、暁月 摩里香は寂しそうに笑うのであった。
試合状況(前半終了)
桜ヶ峰 0-1 藤沢純王
得点者
桂木 伊織 8分
スコアは0-1のまま、停滞した試合展開となっていた。
ボールを保持しているのは、桜ヶ峰高校。
しかし、失点してからはずっと自陣での横パスを繰り返すばかりで、効果的な攻めは出来ていなかった。
「やはり、失点の仕方がまずかったな…。」
修人は苦虫を噛み潰したような顔で、ピッチ上で指示を出す暁月をにらんだ。
獅子浜高校戦でも見せた桜ヶ峰の攻撃パターンB。
呉に相手選手の注意を引きつけ、フリーの影野にパスを出す、というパターン。
それを暁月に完全に読まれていた。
鞍月から影野へのパスをカットするだけでなく、彼女はたった一本のパスで桜ヶ峰DFを無力化してしまったのだ。恐るべき正確さだと言わざるを得ない。
そして、それに応えた桂木の実力もまた本物だ。
暁月からの鋭いパスにしっかりと反応し、キーパーの股を抜いた冷静なゴール。
一年生ながら、藤沢純王のスタメンに名を連ねたのもうなずける。
結果的にたった二人だけで、ゴールまで持っていかれた、という訳だ。
「改めて、化け物ぞろいだな藤沢純王は。」
修人が呆れたようにポツリと呟くと、隣にいた楓は修人の背中をバシンと強く叩いた。
「ちょっと!感心してる場合じゃないでしょ!なんか手は無いの!?アンタ監督でしょ!」
「いってぇな!心配するなよ楓!もちろん、手は考えてあるさ!だが、まだだ。発動するにはまだ早い。」
「そんなこと言ったって、ウチのチーム負けてるのに全然攻められてないじゃない!」
楓の言う通り、この時間帯はずっと相手陣地にボールを運ぶことができていない。
それは、失点した時の悪いイメージが選手たちの中にずっと残っているからだ。
攻撃に転じようと、相手陣内に通したパスをかっさらわれて、カウンターをくらって失点。
こちら側としては、攻撃の出鼻をくじかれてしまった形となった。
選手たちが攻めに対して臆病になっているのも無理はない。
ボール自体は桜ヶ峰が持っているが、横や後ろにいる味方選手にボールを回すだけで、有効なパスは出せていないこの現状。
ボールを持っているというよりかは、持たされているといった方が正しいか。
相手の選手も、それが分かっているから無理してボールを奪いにはこない。
そもそも一点リードしているのだから、これ以上楽な展開はないと思っていることだろう。
「その油断をつくのさ。」
「え……?」
修人は楓の肩を叩き、ニヤリとほくそ笑んだ。
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前半44分。
前半ももうすぐ終わろうかという所で、
鞍月に再びボールが入る。
その瞬間、桜ヶ峰の攻撃陣が一斉に走り出す。
一方で今まで緩んでいた藤沢純王の守備陣にピリッとした緊張が走る。
『鞍月は誰にパスを出す!?』
藤沢純王の守備陣はそれぞれマークの位置を確認し、パスの出し所を消すように動き回る。
しかしーー
鞍月は誰にもパスを出すことはなく、ドリブルを開始するのであった。
「鞍月っ!行けえっ!!」
修人は、ピッチ上の鞍月に大声で呼びかける。
「……行かせはしない。」
鞍月の前にはかつての姉が立ち塞がった。
「……暁月……摩里香!」
鞍月はフェイントを一つ入れ、暁月を抜きにかかる。
「甘い……。」
しかし、それは暁月に読まれ先回りされてしまう。
「くっ…!」
突破に失敗した鞍月は、今度はボールを大きく前方に蹴り出すモーションを見せる。
しかし鞍月はボールを蹴り出すことなく、自らの軸足の裏側を通す。
これは大きく蹴り出すと見せかけて突破を図る、クライフターンというキックフェイントの一種だ。
「無駄だ!」
しかし、暁月はこのフェイントにも釣られない。
「まだまだぁっ!」
鞍月はまだ諦めない。
今度は流れるようなボールタッチで円を描くように突破を試みる。
身体でボールを隠しながら相手を抜き去る、マルセイユルーレットという高等フェイントだ。
しかし。
「それも、想定内だ。」
ズシャッ!
暁月のスライディングが足元のボールを捉える。
「うわっ!!」
鞍月は勢い余って転んでしまい、阻止されたボールはテンテンと転がり、タッチラインを割ってしまうのであった。
そしてーー
ピッピッピーーーーーーーーー!
ボールが出たところで、前半終了の笛が鳴り響いた。
「はぁっ……はぁっ……!くそっ!」
鞍月は、息を切らしながら悔しそうにピッチの芝生を叩く。
持てるフェイント技術をフルに使って挑んだ鞍月であったが、結果的に暁月を抜き去ることは出来なかった。
「立てるか、光華?」
一方で暁月は、余裕の表情で鞍月に手を差し伸べる。
しかし、鞍月はその手を借りることなく自力で立ち上がった。
「その名前で呼ばないでくれるかしら、暁月選手。私たちはあくまでも敵同士。後半は、その余裕の表情を崩してやるから覚悟しておきなさい。」
そう捨て台詞を残した鞍月は、ゆっくりと歩きながらピッチ上を後にする。
その後姿を見て、暁月の心はチクリと痛んだ。
「わかっていたとしても……。やはりキツイものだな……。光華に直接言われるのは。」
そう言って、暁月 摩里香は寂しそうに笑うのであった。
試合状況(前半終了)
桜ヶ峰 0-1 藤沢純王
得点者
桂木 伊織 8分
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