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第四十四話 試合前日、河川敷にて
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子供たちの無邪気な声が響く、夏の夕暮れ時の河川敷。
陽が沈みかける時間帯ということもあり、日中よりかは幾分か暑さは和らいでいたが、うだるような暑さであることには変わらない。
しかし、そんな蒸し暑い中でも子供たちは汗をかき、笑いながら一生懸命サッカーボールを追いかけていた。
その時、一人の少年に味方からの絶妙なパスが通る。
「ナイスパスだ美菜!よーし絶対ゴール決めてやるぞ!」
そして、少年は迷いなく右足を振り抜いた。
「いけえぇーーーーーー!」
ザシュッ
そのシュートは、ゴールキーパーの手をすり抜けゴールの右隅にきれいに決まる。
「や…やったあーーーーーー!」
ゴールを決めた少年は、満面の笑顔で力強くガッツポーズをしてみせた。
ほどなくして、味方のチームメイトもその少年の周りに集まり、背中をバンバン叩いたり、肩を抱いたりして、その少年に惜しみない祝福を送った。
その様子を近くのベンチに座って見ていた赤毛の女性は、おもむろに立ち上がるとゴールを決めた少年に対してGOODを表す親指を立ててみせる。
「ナイスシュートだ、拓海!美菜もいいパスだったぞーー!」
その声に気づいた少年少女は、それに応えるようにその女性に向けて大きく手を振った。
「ありがとうございます!暁月先生ーーー!」
「先生に教えてもらった通りにシュート打ったら本当に入ったよ!ありがとう!暁月先生!」
子供たちに先生と呼ばれたその女性、暁月 摩里香は満足そうな笑みを浮かべ、再びベンチに腰を下ろすのであった。
「へぇ、子供たちからずいぶん慕われているじゃないか、暁月。」
突然聞こえてきた背後からの声。
しかし暁月はそれに動じることなく、振り返らずに冷静に返事をする。
「……私に何か用か?片桐 修人。」
修人はその質問に答えることはなく、暁月の隣に腰を下ろす。
「毎週金曜日、この河川敷で子供たちにサッカーを教えてるってある人から聞いてな。まさか、女子サッカー界の未来を担うスター選手が、こんな所にいるなんて驚いたよ。」
「そういう君こそ、今は桜ヶ峰高校で女子サッカー部の監督をやっているそうじゃないか。とすると、さしずめ今日は私の偵察に来たっていうことかな?」
暁月は先程までの穏やかな表情とはうって変わり、鋭い目つきで隣に座る修人を睨む。
「いいや…違うよ。藤沢純王対策は、ばっちり考えているからな。今日はそれとは別件で会いに来た。」
「ふっ…そうか。なら、その別件とやらはなんだ?」
「アンタの妹、鞍月 光華について聞きに来た。」
その名前を聞いた暁月の眉がピクリと動く。
「鞍月から聞いたんだ。アイツは暁月に捨てられたって言ってる。それは一体どういうことなのか、それを直接確かめる為に俺はここへ来た。」
「……なるほどな。だがこの件は、君には関係のないことだ。これは鞍月家と暁月家の問題なんだよ。部外者の君に教えることなんて何も無いよ。」
暁月はあくまで冷静な態度で、修人の要求を払い除ける。しかし修人は諦めずに食い下がる。
「そうやってアンタは九条や辻本もあしらったのか?あの二人はな、アンタたち姉妹に和解して欲しいと願って俺に頼み込んできたんだ!それなのに、どうして真実を話してくれないんだよ⁉︎」
諦めの悪い修人を見て、暁月はめんどくさそうに大きくため息を吐く。
「和解なんて、無理に決まってるだろう。」
「なんで、そう言い切っちゃうんだよ暁月!アンタだって本当は鞍月を見捨てて、暁月家に行った訳じゃないんだろう?それをちゃんと伝えれば鞍月だってきっとわかってくれる…」
「いいや、全て本当だよ。私は鞍月家を…たった一人残った家族、光華を捨てて暁月家に寝返った。」
「え…?」
「私はね、子供の頃からプロサッカー選手になるのが夢だったんだ。だからサッカーに集中できる環境がどうしても欲しかった。
どちらにいた方がよりサッカーに打ち込めることができるかなんて、天秤にかけるまでもない。
鞍月家に残ったままだったら、桜ヶ峰グループの理事に据えられそうだったからね。
だから、そういう面倒ごとは光華に全部任せて、私は暁月家に入ることにしたんだ。
おかげさまで、私はこうしてサッカーに打ち込むことができている。
光華には悪いことをしたと思うけど、あの時の私の選択は間違っていなかったと思うよ。」
悪びれることなく淡々と述べる暁月に対して、修人は怒りで肩を震わせていた。
「おい…!お前ホントにそう思っているのかよ!」
「いい加減くどいな君も。プロサッカー選手だって、より良いオファーを出したクラブへと移籍するだろう?私にとって暁月家の条件の方が良かったってだけの話さ。」
その言葉を聞いた修人の怒りは限界を突破した。こいつは救いようがない。
そう判断した修人は、暁月に挑戦状を叩きつける。
「暁月。お前はもっと責任感のある奴だと思っていた。でも本当はそうじゃないんだな。鞍月が憎むのも頷ける…。
お前は知らないだろうがな。鞍月は桜ヶ峰を良くする為にずっと一人で頑張ってるんだ!たった16歳の女の子がだぞ!
サッカーをやりたいが為だけに鞍月家から逃げ出した臆病者なんかより、よっぽど鞍月の方が強い!
俺たちは絶対お前らなんかには負けねぇ!ボコボコに叩きのめして、鞍月の前で絶対謝らせてやるからな!覚悟しとけよ!」
「やれるもんなら、やってみなよ。」
啖呵を切った修人に対して、暁月はニヤリとほくそ笑む。
サッカーをしていた子供たちは心配そうにこちらをじっと見つめているのであった。
陽が沈みかける時間帯ということもあり、日中よりかは幾分か暑さは和らいでいたが、うだるような暑さであることには変わらない。
しかし、そんな蒸し暑い中でも子供たちは汗をかき、笑いながら一生懸命サッカーボールを追いかけていた。
その時、一人の少年に味方からの絶妙なパスが通る。
「ナイスパスだ美菜!よーし絶対ゴール決めてやるぞ!」
そして、少年は迷いなく右足を振り抜いた。
「いけえぇーーーーーー!」
ザシュッ
そのシュートは、ゴールキーパーの手をすり抜けゴールの右隅にきれいに決まる。
「や…やったあーーーーーー!」
ゴールを決めた少年は、満面の笑顔で力強くガッツポーズをしてみせた。
ほどなくして、味方のチームメイトもその少年の周りに集まり、背中をバンバン叩いたり、肩を抱いたりして、その少年に惜しみない祝福を送った。
その様子を近くのベンチに座って見ていた赤毛の女性は、おもむろに立ち上がるとゴールを決めた少年に対してGOODを表す親指を立ててみせる。
「ナイスシュートだ、拓海!美菜もいいパスだったぞーー!」
その声に気づいた少年少女は、それに応えるようにその女性に向けて大きく手を振った。
「ありがとうございます!暁月先生ーーー!」
「先生に教えてもらった通りにシュート打ったら本当に入ったよ!ありがとう!暁月先生!」
子供たちに先生と呼ばれたその女性、暁月 摩里香は満足そうな笑みを浮かべ、再びベンチに腰を下ろすのであった。
「へぇ、子供たちからずいぶん慕われているじゃないか、暁月。」
突然聞こえてきた背後からの声。
しかし暁月はそれに動じることなく、振り返らずに冷静に返事をする。
「……私に何か用か?片桐 修人。」
修人はその質問に答えることはなく、暁月の隣に腰を下ろす。
「毎週金曜日、この河川敷で子供たちにサッカーを教えてるってある人から聞いてな。まさか、女子サッカー界の未来を担うスター選手が、こんな所にいるなんて驚いたよ。」
「そういう君こそ、今は桜ヶ峰高校で女子サッカー部の監督をやっているそうじゃないか。とすると、さしずめ今日は私の偵察に来たっていうことかな?」
暁月は先程までの穏やかな表情とはうって変わり、鋭い目つきで隣に座る修人を睨む。
「いいや…違うよ。藤沢純王対策は、ばっちり考えているからな。今日はそれとは別件で会いに来た。」
「ふっ…そうか。なら、その別件とやらはなんだ?」
「アンタの妹、鞍月 光華について聞きに来た。」
その名前を聞いた暁月の眉がピクリと動く。
「鞍月から聞いたんだ。アイツは暁月に捨てられたって言ってる。それは一体どういうことなのか、それを直接確かめる為に俺はここへ来た。」
「……なるほどな。だがこの件は、君には関係のないことだ。これは鞍月家と暁月家の問題なんだよ。部外者の君に教えることなんて何も無いよ。」
暁月はあくまで冷静な態度で、修人の要求を払い除ける。しかし修人は諦めずに食い下がる。
「そうやってアンタは九条や辻本もあしらったのか?あの二人はな、アンタたち姉妹に和解して欲しいと願って俺に頼み込んできたんだ!それなのに、どうして真実を話してくれないんだよ⁉︎」
諦めの悪い修人を見て、暁月はめんどくさそうに大きくため息を吐く。
「和解なんて、無理に決まってるだろう。」
「なんで、そう言い切っちゃうんだよ暁月!アンタだって本当は鞍月を見捨てて、暁月家に行った訳じゃないんだろう?それをちゃんと伝えれば鞍月だってきっとわかってくれる…」
「いいや、全て本当だよ。私は鞍月家を…たった一人残った家族、光華を捨てて暁月家に寝返った。」
「え…?」
「私はね、子供の頃からプロサッカー選手になるのが夢だったんだ。だからサッカーに集中できる環境がどうしても欲しかった。
どちらにいた方がよりサッカーに打ち込めることができるかなんて、天秤にかけるまでもない。
鞍月家に残ったままだったら、桜ヶ峰グループの理事に据えられそうだったからね。
だから、そういう面倒ごとは光華に全部任せて、私は暁月家に入ることにしたんだ。
おかげさまで、私はこうしてサッカーに打ち込むことができている。
光華には悪いことをしたと思うけど、あの時の私の選択は間違っていなかったと思うよ。」
悪びれることなく淡々と述べる暁月に対して、修人は怒りで肩を震わせていた。
「おい…!お前ホントにそう思っているのかよ!」
「いい加減くどいな君も。プロサッカー選手だって、より良いオファーを出したクラブへと移籍するだろう?私にとって暁月家の条件の方が良かったってだけの話さ。」
その言葉を聞いた修人の怒りは限界を突破した。こいつは救いようがない。
そう判断した修人は、暁月に挑戦状を叩きつける。
「暁月。お前はもっと責任感のある奴だと思っていた。でも本当はそうじゃないんだな。鞍月が憎むのも頷ける…。
お前は知らないだろうがな。鞍月は桜ヶ峰を良くする為にずっと一人で頑張ってるんだ!たった16歳の女の子がだぞ!
サッカーをやりたいが為だけに鞍月家から逃げ出した臆病者なんかより、よっぽど鞍月の方が強い!
俺たちは絶対お前らなんかには負けねぇ!ボコボコに叩きのめして、鞍月の前で絶対謝らせてやるからな!覚悟しとけよ!」
「やれるもんなら、やってみなよ。」
啖呵を切った修人に対して、暁月はニヤリとほくそ笑む。
サッカーをしていた子供たちは心配そうにこちらをじっと見つめているのであった。
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