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第四十三話 その仮面を外した時

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修人は九条に引っ張られるような形で階段を上り、赤いフカフカのカーペットが敷かれた長い渡り廊下を歩いていく。

その終点には、大きな観音開きの扉があった。

「ここが、私の部屋です。」

九条は短くそう言うと、ひとつ深呼吸をした後、思い切りよくその扉を開けた。

「……へぇ、ここが九条の部屋か。」

修人は、意外だと言わんばかりの表情で部屋のあちこちを見回した。

一言でいうなら夢みがちな女の子の部屋。
修人が入った時、真っ先に感じたこの部屋の第一印象である。

薄いカーテンに仕切られた大きなキングサイズのベッドの上には、可愛らしい動物のぬいぐるみが所狭しと並べられており、部屋の中央にある丸テーブルには薄ピンク色のレースが敷かれ、そのテーブルには色とりどりの花々が生けられた花瓶が置かれていた。

いずれにしてもこの部屋は、普段の学園生活で見る冷徹な生徒会長、九条 綾音のイメージからは遠くかけ離れているのであった。

「イメージと合わないって、思ったでしょう?」

そんな修人の心を見透かしたように、九条は悪戯っぽく笑いながら修人の顔を覗いた。

「えっ…⁉︎あ、うん、まあな……。やっぱりいつものこう……キリッとした生徒会長の印象が強いから、意外っちゃ意外というか……」

修人はしどろもどろになりながら、弁解を試みる。

「フフッ、いいですよ監督、無理しなくて。ですが、前にも言いましたが学校での冷徹な私はあくまでそう演じているだけに過ぎず、本当の私は…ただの気弱で、優柔不断。こうしてたくさんのぬいぐるみたちと一緒じゃないと安心して眠れないような、そんな小心者が本当の私なんです。」

九条は、そのぬいぐるみたちが並べられたベッドの上に腰掛けながら自虐気味に笑う。

「……生徒会長ってのはさ、鞍月に言われたからやってるのか?」

修人の質問に九条は小さく首を横に振る。

「いえ、生徒会長になりたいって言ったのは私の方からです。光華はどっちかっていうと、私が生徒会長になることに反対していました。」

「反対されながらも自ら志願したのは、やっぱり理事長の鞍月を近くで助けたいって思ったからなのか?」

「はい。光華はああやって気丈に振る舞ってるいますが、16歳でありながら理事長という立場で、一つの高校を背負うっていうのは相当プレッシャーに感じていると思っているんです。私にとって光華は大事な友達だから……
だから少しでも力になれたらって、そう思って生徒会長になったんです。」

「大事な友達だから……か。鞍月とは確か小学校時代からの付き合いなんだっけ?」

「はい。光華とは……あっ!ちょっと待ってくださいね!」

何かを思い出したように、九条はベッドから立ち上がると部屋の隅にある本棚へと向かう。

そこから古びたフォトアルバムを引っ張り出すと、ページをペラペラとめくり、ある一枚の写真を取り出した。

写真を手に再び修人の下へ戻ってきた九条は、そっとその写真を修人に手渡すのであった。

「この写真は……。」

その写真に写っていたのは、サッカークラブのユニフォームを着た四人の笑顔の少女たちであった。

写真の左側には、背が高く遠慮がちに小さくピースをした大人しそうな女の子。右側にはお下げ髪の可愛らしい女の子が優勝トロフィーを掲げながら微笑んでいた。

そして、その写真の中央には姉妹だろうか、小柄な妹が活発そうな姉の胴に手を回し、ぴたりとくっつきながら満面の笑顔を見せていた。
姉の方もまた、妹の肩を抱きながら嬉しそうに歯を見せながら笑っているのであった。

「左にいるのは九条。右にいるトロフィーを持った子、これは辻本さんか。そんで写真の中央にいる二人は……。」

「はい、そうです。光華と、摩里香さん。これは二人がまだ一緒にサッカーをやってた頃の写真です。」

「この頃は、二人とも仲が良かったんだな。」

「はい…。光華は摩里香さんのことが大好きで、光華がサッカーを始めたのも、摩里香さんがサッカークラブに入ったのがきっかけだったんですよ。」

「そうだったのか…。」

「二人とも、当時所属していた男の子たちよりもどんどんサッカーが上手くなっていって、すぐにスタメンで試合に出るようになりました。
それで結局、光華と摩里香さんのおかげでクラブは県大会で優勝できるようにまで強くなりまして、これはその優勝した時の写真なんです。
まあでも…その後の全国大会の初戦でが所属するクラブにボロボロに負けちゃったんですけどね。」

九条は当時を思い出しながら、苦笑いを浮かべた。

「鞍月と暁月、それに九条や辻本さんがいてチームがボロ負け……⁉︎あまり信じられないなあ。」

修人の驚くような素振りを見た九条は、思わず吹き出してしまうのであった。

「フフッ……流石に覚えてないか。私たちのチームをボロボロに負かしたのは片桐監督、あなたが所属していた『町田リユニオンFC』ですよ。」

「えっ⁉︎そうだっけ?俺、その試合出てたかなあ?」

「はい、しっかり出てましたよ。当時の片桐監督は本当に圧倒的で、全国にはこんな上手い人がいるんだなぁって驚いたの、今でも覚えてるぐらいなんですから。片桐監督はウチのチームなんて、眼中に無かったみたいですけどね。」

九条が意地悪っぽく修人の方をチラッと見る。

「うっ…。すまん、その、眼中に無かった訳じゃ無くて……当時はどんな相手だろうと勝つだけだっていう考え方でいて……」

忘れていたことを必死で弁解しようとする修人を見て、再び九条はクスッと笑う。

「冗談ですよ。ちょっとからかってみただけです♪」

「ぐっ…なんか、辻本さんに似てきたな九条……。」

修人は恨めしそうに九条を睨んだ。

修人をイジり、しばらく笑顔だった九条であったが、徐々に真面目な表情になると、ついに修人をこの場所へ呼んだ本題を切り出した。

「片桐監督…。あなたをここへ呼んだのは、私たちに協力をして欲しかったからなんです。」

「私……?」

「ええ、私と…美希です。私たち二人は光華と摩里香さんにもう一度、あの時のような仲の良い姉妹に戻ってもらいたいんです!
摩里香さんが光華を捨てただなんて、私たちはどうしてもそうだとは思えない…。でも、私や美希が摩里香さんにそのことを聞こうとしても全然話をしてくれないんです……。
こんなことを無関係の片桐監督にお願いするのは間違ってるかもしれないんですが…私たち、光華が摩里香さんに憎しみを持ったままでいるのが悲しいんです!だから、だから…お願いします!どうか光華を助けてくれませんか……?」

涙目になりながら、必死で懇願する九条の頭を修人は優しくポンと叩いた。

「まったく……九条は優しすぎるな。」

「え?」

「こんなに思ってくれる友達を持って幸せ者だよ、あいつは。」

優しく微笑みながら、修人は九条に語り続ける。

「安心しろ九条。俺はこのサッカー部の監督だ。部員に助けを求められたら全力でそれに応えるに決まってんだろ?
俺もこの件については、少々引っかかっていたしな。俺の持っているコネを全部使って、二人を和解させてみせるよ。
だから、お前は藤沢純王戦に備えてしっかりと準備しとくんだぞ。」

修人の言葉を聞いた九条の瞳からは一筋の涙がこぼれた。

「……ありがとう……ございます……片桐監督……ありがとうございます……!」

今まで抱えてきたものから解放された安堵感からか、九条の瞳からは次々と涙が溢れでてきた。

冷徹な仮面を外した九条は、幼い女の子のように、修人の胸の中で泣きじゃくり続けるのであった。





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