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第四十話 温かい涙
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「私が…サッカー部に入るぅ?」
犬塚が発した言葉に、楓は思わず吹き出してしまうのであった。
「プッ…あははははっ!なーんで急にそんな話になるのよ?私サッカーなんてやったことないし、汗臭いスポーツ系とかマジ無理なんだけど?」
「で…でも、サッカーは仲間を信じることが大事なスポーツで…」
「だから何?私にサッカーを通じて、人を信じられるようになれとでもいうつもり?」
「そ…それは……」
「だとしたら大きなお世話よ。そんなの別にサッカーじゃなくてもいいでしょ?話がそれだけならもう帰るわね。」
そう言って、楓は再び扉の取手に手をかけた。
しかし、
「待ってくれ!俺からもよろしく頼む!どうかサッカー部に入ってくれないか⁉︎」
今度は修人が深々と頭を下げ、楓にお願いをするのであった。
修人の予期せぬ行動に、桜ヶ峰サッカー部一同は目を丸くする。
そのメンバーの中でも、特に思うところがあった呉は、修人に対して異を唱えるのであった。
「片桐カントク……アンタこいつが屋上で京子に対して、何をしでかそうとしたか見ていたよな。悪いけど私はアンタの提案には反対だ。いくらメンバーが足らないからって、勧誘すべき相手は見極めるべきだと私は思うよ。」
「……確かに、あの時楓が犬塚にしたことは決して許されないことだ。でもな、今日犬塚が倒れた時、すぐに救護に駆けつけてくれたんだよ。それに…医務室に運び込んだ後も、楓は心配そうに犬塚にずっと寄り添っていてくれたんだ。」
「そうだったの…?楓ちゃん?」
犬塚は子犬のような潤んだ瞳で楓を見つめる。
対して、楓は居心地が悪そうな表情で犬塚の質問に答える。
「し…仕方ないでしょ!代わりに見る人がいなかったんだから!頼み込まれて仕方なく見てやっただけよ!」
「楓…どうしてそんな嘘をつくんだ?犬塚の介抱を買ってでたのはお前自身だろう?」
「んなっ…⁉︎」
修人にネタバレをされた楓の顔がみるみるうちに赤くなる。
「そうだったの⁉︎楓ちゃん⁉︎」
今度は嬉しそうな顔で犬塚は楓に尋ねる。
「あーもー!なんでわざわざそんなこと言うのよバカ!それに勝手に話を進めないでよ!誰もサッカー部に入るなんて一言も言ってないでしょ!サッカーなんてやったことないし、呉だって反対してるじゃない!」
ワーワーと喚く楓に対して、修人は冷静に切り返す。
「いや、別に選手としてサッカー部に入ってもらいたい訳じゃない。楓、お前にはウチの部のマネージャーとして、入ってもらいたいんだ。」
「……へ?マネージャー?」
修人を除く全員がポカンと口を開けるのであった。
「そう。チームの裏方仕事をこなすマネージャー。その役割を楓にやってもらいたいんだ。」
「な、な、なんで私がマネージャーなんかやらないといけない訳⁉︎」
最もな楓の質問に対して、修人は記憶を辿るようにポツポツと語り始める。
「犬塚が意識を失って倒れた時……俺は正直ものすごくテンパっていた。自分が選手だった時、チームドクターはどのようにして処置をしていたかをなんとか思い出そうとしたんだけど情けないことに、パニックで頭が真っ白になってそれどころじゃなかった……
でも、その時の楓はすごく冷静だった。呼吸、脈拍を確認し、頭を固定して担架に乗せ医務室へ。その後、医務室にあった氷で頭部をアイシングして安静にベッドに寝かせる……脳震盪の一次対応としてパーフェクトだったんだ。
俺一人じゃ、正直そこまでしてやれることは出来なかった……今日楓が試合を見に来てくれていて良かったよ……本当に、ありがとう。」
修人は再び楓に深々と頭を下げる。
「べ…別に。お礼を言われるほどのことじゃないわよ。」
楓は居心地悪そうに修人から目を逸らすのであった。
「楓さん…その完璧な対応はどこで学んだの?」
鞍月は楓に理由を尋ねる。
「……親が医療従事者なのよ。子どもへの接し方は最悪な親だけど、小さい頃から色々な対処療法を叩きこまれたわ。」
「でも、そのおかげで京子は無事だった。キャプテンである私からもお礼を言わせてちょうだい。ありがとう、楓さん。」
鞍月が頭を下げると、他の部員たちもそれに倣い頭を下げる。呉も渋々と楓に対して頭を下げるのであった。
「正直、あの時からお前にどういう心境の変化があったのか俺にはわからない。でも、今日の楓の働きを見て、俺はもうあの時のお前じゃないっていうことがわかったよ。そして何より、その技術はウチのチームにとって必要なんだ。だから、頼む!ウチに…桜ヶ峰女子サッカー部に入ってくれ!」
「「「よろしくお願いします!」」」
医務室全体に、部員全員の声が響き渡った。
その光景を見た楓は、何か熱いものが込み上げてくるような感覚に陥っていた。
『あぁ、今やっとわかった。今までずっと胸の内にあったもやもやの正体が。
私はずっとーー。
孤独だったんだ。
親からはずっとトップを目指せと言われて、上へ上へと登り続けていった。
でも、その先に待っていたのは誰もいない、孤独だった。
京子をはじめ、そんな私を気にかけてくれた子もいたのに、人を信じるのが怖くてそれすらも手放してしまった。
私が一番のバカだ。何度も何度も間違えて、周りの人を傷つけた。
そんな臆病者で弱虫で馬鹿な私にもまだーーー』
「……まだ、手を差し伸べてくれるんですか……?」
楓の瞳から、一筋の涙が静かに流れ落ちる。
それを見た犬塚はベッドから降りると楓の近くまで歩み寄り、そっと優しく抱きしめた。
「当たり前だよ、楓ちゃん。だって私は楓ちゃんの親友だもん。」
「うぅ……ごめん……!ごめんね……京子!ううぅ……うああぁあぁーーーーん!」
医務室の床に崩れ落ち、楓は人目もはばからず犬塚の胸の中で、大声で泣き続けるのであった。
試合結果
桜ヶ峰 1-0 島木
得点者
辻本 美希 89分
犬塚が発した言葉に、楓は思わず吹き出してしまうのであった。
「プッ…あははははっ!なーんで急にそんな話になるのよ?私サッカーなんてやったことないし、汗臭いスポーツ系とかマジ無理なんだけど?」
「で…でも、サッカーは仲間を信じることが大事なスポーツで…」
「だから何?私にサッカーを通じて、人を信じられるようになれとでもいうつもり?」
「そ…それは……」
「だとしたら大きなお世話よ。そんなの別にサッカーじゃなくてもいいでしょ?話がそれだけならもう帰るわね。」
そう言って、楓は再び扉の取手に手をかけた。
しかし、
「待ってくれ!俺からもよろしく頼む!どうかサッカー部に入ってくれないか⁉︎」
今度は修人が深々と頭を下げ、楓にお願いをするのであった。
修人の予期せぬ行動に、桜ヶ峰サッカー部一同は目を丸くする。
そのメンバーの中でも、特に思うところがあった呉は、修人に対して異を唱えるのであった。
「片桐カントク……アンタこいつが屋上で京子に対して、何をしでかそうとしたか見ていたよな。悪いけど私はアンタの提案には反対だ。いくらメンバーが足らないからって、勧誘すべき相手は見極めるべきだと私は思うよ。」
「……確かに、あの時楓が犬塚にしたことは決して許されないことだ。でもな、今日犬塚が倒れた時、すぐに救護に駆けつけてくれたんだよ。それに…医務室に運び込んだ後も、楓は心配そうに犬塚にずっと寄り添っていてくれたんだ。」
「そうだったの…?楓ちゃん?」
犬塚は子犬のような潤んだ瞳で楓を見つめる。
対して、楓は居心地が悪そうな表情で犬塚の質問に答える。
「し…仕方ないでしょ!代わりに見る人がいなかったんだから!頼み込まれて仕方なく見てやっただけよ!」
「楓…どうしてそんな嘘をつくんだ?犬塚の介抱を買ってでたのはお前自身だろう?」
「んなっ…⁉︎」
修人にネタバレをされた楓の顔がみるみるうちに赤くなる。
「そうだったの⁉︎楓ちゃん⁉︎」
今度は嬉しそうな顔で犬塚は楓に尋ねる。
「あーもー!なんでわざわざそんなこと言うのよバカ!それに勝手に話を進めないでよ!誰もサッカー部に入るなんて一言も言ってないでしょ!サッカーなんてやったことないし、呉だって反対してるじゃない!」
ワーワーと喚く楓に対して、修人は冷静に切り返す。
「いや、別に選手としてサッカー部に入ってもらいたい訳じゃない。楓、お前にはウチの部のマネージャーとして、入ってもらいたいんだ。」
「……へ?マネージャー?」
修人を除く全員がポカンと口を開けるのであった。
「そう。チームの裏方仕事をこなすマネージャー。その役割を楓にやってもらいたいんだ。」
「な、な、なんで私がマネージャーなんかやらないといけない訳⁉︎」
最もな楓の質問に対して、修人は記憶を辿るようにポツポツと語り始める。
「犬塚が意識を失って倒れた時……俺は正直ものすごくテンパっていた。自分が選手だった時、チームドクターはどのようにして処置をしていたかをなんとか思い出そうとしたんだけど情けないことに、パニックで頭が真っ白になってそれどころじゃなかった……
でも、その時の楓はすごく冷静だった。呼吸、脈拍を確認し、頭を固定して担架に乗せ医務室へ。その後、医務室にあった氷で頭部をアイシングして安静にベッドに寝かせる……脳震盪の一次対応としてパーフェクトだったんだ。
俺一人じゃ、正直そこまでしてやれることは出来なかった……今日楓が試合を見に来てくれていて良かったよ……本当に、ありがとう。」
修人は再び楓に深々と頭を下げる。
「べ…別に。お礼を言われるほどのことじゃないわよ。」
楓は居心地悪そうに修人から目を逸らすのであった。
「楓さん…その完璧な対応はどこで学んだの?」
鞍月は楓に理由を尋ねる。
「……親が医療従事者なのよ。子どもへの接し方は最悪な親だけど、小さい頃から色々な対処療法を叩きこまれたわ。」
「でも、そのおかげで京子は無事だった。キャプテンである私からもお礼を言わせてちょうだい。ありがとう、楓さん。」
鞍月が頭を下げると、他の部員たちもそれに倣い頭を下げる。呉も渋々と楓に対して頭を下げるのであった。
「正直、あの時からお前にどういう心境の変化があったのか俺にはわからない。でも、今日の楓の働きを見て、俺はもうあの時のお前じゃないっていうことがわかったよ。そして何より、その技術はウチのチームにとって必要なんだ。だから、頼む!ウチに…桜ヶ峰女子サッカー部に入ってくれ!」
「「「よろしくお願いします!」」」
医務室全体に、部員全員の声が響き渡った。
その光景を見た楓は、何か熱いものが込み上げてくるような感覚に陥っていた。
『あぁ、今やっとわかった。今までずっと胸の内にあったもやもやの正体が。
私はずっとーー。
孤独だったんだ。
親からはずっとトップを目指せと言われて、上へ上へと登り続けていった。
でも、その先に待っていたのは誰もいない、孤独だった。
京子をはじめ、そんな私を気にかけてくれた子もいたのに、人を信じるのが怖くてそれすらも手放してしまった。
私が一番のバカだ。何度も何度も間違えて、周りの人を傷つけた。
そんな臆病者で弱虫で馬鹿な私にもまだーーー』
「……まだ、手を差し伸べてくれるんですか……?」
楓の瞳から、一筋の涙が静かに流れ落ちる。
それを見た犬塚はベッドから降りると楓の近くまで歩み寄り、そっと優しく抱きしめた。
「当たり前だよ、楓ちゃん。だって私は楓ちゃんの親友だもん。」
「うぅ……ごめん……!ごめんね……京子!ううぅ……うああぁあぁーーーーん!」
医務室の床に崩れ落ち、楓は人目もはばからず犬塚の胸の中で、大声で泣き続けるのであった。
試合結果
桜ヶ峰 1-0 島木
得点者
辻本 美希 89分
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