しゅうきゅうみっか!-女子サッカー部の高校生監督 片桐修人の苦難-

橋暮 梵人

文字の大きさ
上 下
44 / 101

第四十話 温かい涙

しおりを挟む
「私が…サッカー部に入るぅ?」

犬塚が発した言葉に、楓は思わず吹き出してしまうのであった。

「プッ…あははははっ!なーんで急にそんな話になるのよ?私サッカーなんてやったことないし、汗臭いスポーツ系とかマジ無理なんだけど?」

「で…でも、サッカーは仲間を信じることが大事なスポーツで…」

「だから何?私にサッカーを通じて、人を信じられるようになれとでもいうつもり?」

「そ…それは……」

「だとしたら大きなお世話よ。そんなの別にサッカーじゃなくてもいいでしょ?話がそれだけならもう帰るわね。」

そう言って、楓は再び扉の取手に手をかけた。

しかし、

「待ってくれ!俺からもよろしく頼む!どうかサッカー部に入ってくれないか⁉︎」

今度は修人が深々と頭を下げ、楓にお願いをするのであった。

修人の予期せぬ行動に、桜ヶ峰サッカー部一同は目を丸くする。
そのメンバーの中でも、特に思うところがあった呉は、修人に対して異を唱えるのであった。

「片桐カントク……アンタこいつが屋上で京子に対して、何をしでかそうとしたか見ていたよな。悪いけど私はアンタの提案には反対だ。いくらメンバーが足らないからって、勧誘すべき相手は見極めるべきだと私は思うよ。」

「……確かに、あの時楓が犬塚にしたことは決して許されないことだ。でもな、今日犬塚が倒れた時、すぐに救護に駆けつけてくれたんだよ。それに…医務室に運び込んだ後も、楓は心配そうに犬塚にずっと寄り添っていてくれたんだ。」

「そうだったの…?楓ちゃん?」

犬塚は子犬のような潤んだ瞳で楓を見つめる。
対して、楓は居心地が悪そうな表情で犬塚の質問に答える。

「し…仕方ないでしょ!代わりに見る人がいなかったんだから!頼み込まれて仕方なく見てやっただけよ!」

「楓…どうしてそんな嘘をつくんだ?犬塚の介抱を買ってでたのはお前自身だろう?」

「んなっ…⁉︎」

修人にネタバレをされた楓の顔がみるみるうちに赤くなる。

「そうだったの⁉︎楓ちゃん⁉︎」

今度は嬉しそうな顔で犬塚は楓に尋ねる。

「あーもー!なんでわざわざそんなこと言うのよバカ!それに勝手に話を進めないでよ!誰もサッカー部に入るなんて一言も言ってないでしょ!サッカーなんてやったことないし、呉だって反対してるじゃない!」

ワーワーと喚く楓に対して、修人は冷静に切り返す。

「いや、別に選手としてサッカー部に入ってもらいたい訳じゃない。楓、お前にはウチの部のとして、入ってもらいたいんだ。」

「……へ?マネージャー?」

修人を除く全員がポカンと口を開けるのであった。

「そう。チームの裏方仕事をこなすマネージャー。その役割を楓にやってもらいたいんだ。」

「な、な、なんで私がマネージャーなんかやらないといけない訳⁉︎」

最もな楓の質問に対して、修人は記憶を辿るようにポツポツと語り始める。

「犬塚が意識を失って倒れた時……俺は正直ものすごくテンパっていた。自分が選手だった時、チームドクターはどのようにして処置をしていたかをなんとか思い出そうとしたんだけど情けないことに、パニックで頭が真っ白になってそれどころじゃなかった……
でも、その時の楓はすごく冷静だった。呼吸、脈拍を確認し、頭を固定して担架に乗せ医務室へ。その後、医務室にあった氷で頭部をアイシングして安静にベッドに寝かせる……脳震盪の一次対応としてパーフェクトだったんだ。
俺一人じゃ、正直そこまでしてやれることは出来なかった……今日楓が試合を見に来てくれていて良かったよ……本当に、ありがとう。」

修人は再び楓に深々と頭を下げる。

「べ…別に。お礼を言われるほどのことじゃないわよ。」

楓は居心地悪そうに修人から目を逸らすのであった。

「楓さん…その完璧な対応はどこで学んだの?」

鞍月は楓に理由を尋ねる。

「……親が医療従事者なのよ。子どもへの接し方は最悪な親だけど、小さい頃から色々な対処療法を叩きこまれたわ。」

「でも、そのおかげで京子は無事だった。キャプテンである私からもお礼を言わせてちょうだい。ありがとう、楓さん。」

鞍月が頭を下げると、他の部員たちもそれに倣い頭を下げる。呉も渋々と楓に対して頭を下げるのであった。

「正直、からお前にどういう心境の変化があったのか俺にはわからない。でも、今日の楓の働きを見て、俺はもうあの時のお前じゃないっていうことがわかったよ。そして何より、その技術はウチのチームにとって必要なんだ。だから、頼む!ウチに…桜ヶ峰女子サッカー部に入ってくれ!」

「「「よろしくお願いします!」」」

医務室全体に、部員全員の声が響き渡った。

その光景を見た楓は、何か熱いものが込み上げてくるような感覚に陥っていた。


『あぁ、今やっとわかった。今までずっと胸の内にあったもやもやの正体が。

私はずっとーー。

孤独だったんだ。

親からはずっとトップを目指せと言われて、上へ上へと登り続けていった。

でも、その先に待っていたのは誰もいない、孤独だった。

京子をはじめ、そんな私を気にかけてくれた子もいたのに、人を信じるのが怖くてそれすらも手放してしまった。

私が一番のバカだ。何度も何度も間違えて、周りの人を傷つけた。

そんな臆病者で弱虫で馬鹿な私にもまだーーー』


「……まだ、手を差し伸べてくれるんですか……?」

楓の瞳から、一筋の涙が静かに流れ落ちる。

それを見た犬塚はベッドから降りると楓の近くまで歩み寄り、そっと優しく抱きしめた。

「当たり前だよ、楓ちゃん。だって私は楓ちゃんの親友だもん。」

「うぅ……ごめん……!ごめんね……京子!ううぅ……うああぁあぁーーーーん!」


医務室の床に崩れ落ち、楓は人目もはばからず犬塚の胸の中で、大声で泣き続けるのであった。


試合結果

桜ヶ峰 1-0 島木

得点者
辻本 美希 89分


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†
青春
私‭――田所が同級生の遠野と一緒に毎日ご飯を食べる話。

勇者の日常!

モブ乙
青春
VRゲームで勇者の称号を持つ男子高校生の日常を描きます

コミュ障な幼馴染が俺にだけ饒舌な件〜クラスでは孤立している彼女が、二人きりの時だけ俺を愛称で呼んでくる〜

青野そら
青春
友達はいるが、パッとしないモブのような主人公、幸田 多久(こうだ たく)。 彼には美少女の幼馴染がいる。 それはクラスで常にぼっちな橘 理代(たちばな りよ)だ。 学校で話しかけられるとまともに返せない理代だが、多久と二人きりの時だけは素の姿を見せてくれて──。 これは、コミュ障な幼馴染を救う物語。 毎日更新します。

いやああ。男装カフェでバイトしてるとこ見られたうわああん

椎名 富比路
青春
男装はロマン

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。 しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

ONE WEEK LOVE ~純情のっぽと変人天使の恋~

mizuno sei
青春
 永野祐輝は高校3年生。プロバスケットの選手を目指して高校に入学したが、入学早々傷害事件を起こし、バスケット部への入部を拒否されてしまった。  目標を失った彼は、しばらく荒れた生活をし、学校中の生徒たちから不良で怖いというイメージを持たれてしまう。  鬱々とした日々を送っていた彼に転機が訪れたのは、偶然不良に絡まれていた男子生徒を助けたことがきっかけだった。その男子生徒、吉田龍之介はちょっと変わってはいたが、優れた才能を持つ演劇部の生徒だった。生活を変えたいと思っていた祐輝は、吉田の熱心な勧誘もあって演劇部に入部することを決めた。  それから2年後、いよいよ高校最後の年を迎えた祐輝は、始業式の前日、偶然に一人の女子生徒と出会った。彼女を一目見て恋に落ちた祐輝は、次の日からその少女を探し、告白しようと動き出す。  一方、その女子生徒、木崎真由もまた、心に傷とコンプレックスを抱えた少女だった。  不良の烙印を押された不器用で心優しい少年と、コンプレックスを抱えた少女の恋にゆくへは・・・。

処理中です...