しゅうきゅうみっか!-女子サッカー部の高校生監督 片桐修人の苦難-

橋暮 梵人

文字の大きさ
上 下
40 / 101

第三十六話 楓 和子の憂鬱

しおりを挟む
「はあ…なんか最近、つまんないなぁ…」

楓 和子かえで わこは溜息を吐きながら、教室の窓際で一人黄昏れていた。

学校の期末テストも終わったのに、待ち望んでいたはずの夏休みを迎えるというのに、何故か気持ちはどんよりと沈んでいた。

そんな中、友人の一人が楓に声をかける。

「どうしたー楓?なんか最近暗くねぇ?やっとテストも終わったんだしさ、気晴らしにカラオケでも行こーよ。」

「ううん、そんな気分じゃないからパス。」

「……あっそ、じゃまた今度ね。」

その友人の返答はやけにあっさりしたもので、断られるや否やすぐに他の友達の所へと行ってしまうのであった。

「ま、別にいーけど。」

楓は誰に言うでもなく、小さくポツリと呟いた。
そして、人がまばらになった教室内をぼんやりと見渡していると、ある人物の所で目が止まる。

犬塚 京子。かつて自分がパシリとして使っていた女子生徒。

そんな犬塚はアタフタしながら、今まで机の中に溜めに溜め込んだプリントや教材をカバンの中にギュウギュウに押し込んでいた。

あの日以降、楓は犬塚に絡みにいくことはしなくなった。いや、正確には絡みにいくことができなくなっていた。

呉 泉美と仙崎 花恋。同じクラスのこの二人が犬塚から楓を遠ざけていたからである。

犬塚が女子サッカー部に入ったということは、楓も噂話で聞いていた。そして、呉が選手に復帰したということも。

だから三人がつるむようになったのは、何らおかしなことではない。
だが、そのせいで楓との関係はどんどん疎遠になっていった。

それが楓にとっては、面白くなかった。

幸いにも今は、呉も仙崎もいない。
今がチャンスと見た楓は、なんとかカバンに詰め込もうと苦戦している犬塚に近づき声をかける。

「ねぇ、ワンちゃ……」

ガララッ

「おーーい京子!練習道具の準備、今日はお前が担当だろ⁉︎早く行かないと、また先輩たちにどやされるぞー!」

楓の言葉を遮るような形で、呉が教室の扉から不意に現れる。

「そ…そうだったよーーー!ゴメン!すぐに行きまーーーーす!」

呉の呼びかけに焦りだした犬塚は、今にもはちきれんばかりのカバンを担ぎ、ダッシュで教室から出て行ってしまう。

結局、楓は犬塚に声をかけられず、一人取り残されてしまうのであった。

そんな状況を、呉は冷ややかな目で見つめていた。

「あのさぁ…お前、もう京子に関わるの止めろよ。」

呉は視線同様、冷たい態度で楓に言い放つ。

「はぁ?なんでそんなこと、アンタにいちいち指図されなきゃならない訳?アンタには関係ないことでしょ?」

「バーカ。大いに関係あるんだよ。京子は大切な友達で、かけがえのない仲間だ。だからよ、前みたいなことをしようものなら許さないぜ。」

「何?アンタお得意の暴力で、黙らせようってワケ?」

「そうしてーのは山々だけどよ。てめー如きを殴って謹慎処分になるのはシャクだからな、やめとくさ。それに、何も許さないってのは私だけじゃないんだぜ?私たち女子サッカー部が黙っちゃいない。そういうことだからさ、二度と京子に近づくなよ。」

最後に力強く睨みを効かせた呉は、犬塚の後を追うように姿を消す。

「クソッ!なんなのよ…!アイツ……!」

誰もいなくなった1年A組の教室で、楓は一人悔しそうに歯軋りし、手近にあった机を蹴るのであった。


---------------------------------------


放課後、暑さを凌ごうとカフェで時間を潰していた楓であったが、夕方になってもその蒸し暑さは続いていた。

「あっついなぁ…」

カフェから出た楓は項垂れる程の蒸し暑さに参り、手で顔を煽ぎながら近所の商店街をダラダラと歩く。

「アイスでも買って帰ろー…ん?」

楓はある店の前で足を止める。
そこは、寂れた街のスポーツ用品店。
そのショーケースには、サッカー日本代表のユニフォームを着たマネキンが立っていた。

「なーにが、楽しいんだか。こんなもの。」

フッと鼻で笑い、その場から立ち去ろうとしたその時、

「楓ちゃん?」

背後からよく知る声に呼び止められる。

「……京子。」

「へへ…楓ちゃんに名前で呼ばれたのなんか久しぶりな気がするよ。」

そこには、いつもと変わらない人懐っこい笑顔の犬塚が立っていた。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

「史上まれにみる美少女の日常」

綾羽 ミカ
青春
鹿取莉菜子17歳 まさに絵にかいたような美少女、街を歩けば一日に20人以上ナンパやスカウトに声を掛けられる少女。家は団地暮らしで母子家庭の生活保護一歩手前という貧乏。性格は非常に悪く、ひがみっぽく、ねたみやすく過激だが、そんなことは一切表に出しません。

食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†
青春
私‭――田所が同級生の遠野と一緒に毎日ご飯を食べる話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

処理中です...