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第三十六話 楓 和子の憂鬱

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「はあ…なんか最近、つまんないなぁ…」

楓 和子かえで わこは溜息を吐きながら、教室の窓際で一人黄昏れていた。

学校の期末テストも終わったのに、待ち望んでいたはずの夏休みを迎えるというのに、何故か気持ちはどんよりと沈んでいた。

そんな中、友人の一人が楓に声をかける。

「どうしたー楓?なんか最近暗くねぇ?やっとテストも終わったんだしさ、気晴らしにカラオケでも行こーよ。」

「ううん、そんな気分じゃないからパス。」

「……あっそ、じゃまた今度ね。」

その友人の返答はやけにあっさりしたもので、断られるや否やすぐに他の友達の所へと行ってしまうのであった。

「ま、別にいーけど。」

楓は誰に言うでもなく、小さくポツリと呟いた。
そして、人がまばらになった教室内をぼんやりと見渡していると、ある人物の所で目が止まる。

犬塚 京子。かつて自分がパシリとして使っていた女子生徒。

そんな犬塚はアタフタしながら、今まで机の中に溜めに溜め込んだプリントや教材をカバンの中にギュウギュウに押し込んでいた。

あの日以降、楓は犬塚に絡みにいくことはしなくなった。いや、正確には絡みにいくことができなくなっていた。

呉 泉美と仙崎 花恋。同じクラスのこの二人が犬塚から楓を遠ざけていたからである。

犬塚が女子サッカー部に入ったということは、楓も噂話で聞いていた。そして、呉が選手に復帰したということも。

だから三人がつるむようになったのは、何らおかしなことではない。
だが、そのせいで楓との関係はどんどん疎遠になっていった。

それが楓にとっては、面白くなかった。

幸いにも今は、呉も仙崎もいない。
今がチャンスと見た楓は、なんとかカバンに詰め込もうと苦戦している犬塚に近づき声をかける。

「ねぇ、ワンちゃ……」

ガララッ

「おーーい京子!練習道具の準備、今日はお前が担当だろ⁉︎早く行かないと、また先輩たちにどやされるぞー!」

楓の言葉を遮るような形で、呉が教室の扉から不意に現れる。

「そ…そうだったよーーー!ゴメン!すぐに行きまーーーーす!」

呉の呼びかけに焦りだした犬塚は、今にもはちきれんばかりのカバンを担ぎ、ダッシュで教室から出て行ってしまう。

結局、楓は犬塚に声をかけられず、一人取り残されてしまうのであった。

そんな状況を、呉は冷ややかな目で見つめていた。

「あのさぁ…お前、もう京子に関わるの止めろよ。」

呉は視線同様、冷たい態度で楓に言い放つ。

「はぁ?なんでそんなこと、アンタにいちいち指図されなきゃならない訳?アンタには関係ないことでしょ?」

「バーカ。大いに関係あるんだよ。京子は大切な友達で、かけがえのない仲間だ。だからよ、前みたいなことをしようものなら許さないぜ。」

「何?アンタお得意の暴力で、黙らせようってワケ?」

「そうしてーのは山々だけどよ。てめー如きを殴って謹慎処分になるのはシャクだからな、やめとくさ。それに、何も許さないってのは私だけじゃないんだぜ?私たち女子サッカー部が黙っちゃいない。そういうことだからさ、二度と京子に近づくなよ。」

最後に力強く睨みを効かせた呉は、犬塚の後を追うように姿を消す。

「クソッ!なんなのよ…!アイツ……!」

誰もいなくなった1年A組の教室で、楓は一人悔しそうに歯軋りし、手近にあった机を蹴るのであった。


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放課後、暑さを凌ごうとカフェで時間を潰していた楓であったが、夕方になってもその蒸し暑さは続いていた。

「あっついなぁ…」

カフェから出た楓は項垂れる程の蒸し暑さに参り、手で顔を煽ぎながら近所の商店街をダラダラと歩く。

「アイスでも買って帰ろー…ん?」

楓はある店の前で足を止める。
そこは、寂れた街のスポーツ用品店。
そのショーケースには、サッカー日本代表のユニフォームを着たマネキンが立っていた。

「なーにが、楽しいんだか。こんなもの。」

フッと鼻で笑い、その場から立ち去ろうとしたその時、

「楓ちゃん?」

背後からよく知る声に呼び止められる。

「……京子。」

「へへ…楓ちゃんに名前で呼ばれたのなんか久しぶりな気がするよ。」

そこには、いつもと変わらない人懐っこい笑顔の犬塚が立っていた。





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