上 下
34 / 101

第三十話 それぞれの思惑

しおりを挟む
桜ヶ峰高校側の控え室。

その室内の空気はどんよりと重かった。

前半終了間際という嫌な時間帯での失点。

後少しの時間を耐えることができれば、同点のまま折り返すことができたのに。

選手たちの顔からは、そのような悔しさがありありと滲み出ていた。

それだけあの失点は重く、選手たちの戦意を失わせるのには十分であった。

「ウチら、やっぱり勝てないのかな…」

ベンチに座り、俯きながら犬塚がポツリと呟く。
彼女もまたここまでよく走り、ゴールを破らせないようによく守っていた。

だからこそ、ダメージは非常に大きかった。


そんな空気の中、選手たちより少し遅れて監督の修人が控え室に入る。


選手たちは俯いた顔を上げ、修人の顔をじっと見つめる。

注目が集まる中、修人はゆっくりと口を開くのであった。

「どうしたみんな?ずいぶんと辛気臭い顔してんなぁ。前半のうちに逆転されただけで、もう既に諦めムードか?」

そう言って修人も一人一人の選手の顔をまじまじと見る。

「別に…まだ誰も諦めてなんかないわよ!ただ、点を取られた時間が悪かったっていうか、もう少し集中して守れていたら1-1で折り返せたのにって思ってただけよ!」

修人の問いにキャプテンの鞍月が食ってかかるように答えた。

「……過ぎたことを言ったって、しょうがないだろ鞍月。あれは晶のシュートが上手かった。敵ながら天晴れなゴールだよ。」

「じゃあ片桐…聞くけどよ、そんなヤツをどうやって後半抑えりゃいいんだよ?」

手放しで本郷を褒める修人に、矢切はぶっきらぼうに質問をぶつける。

「現状では個の力で晶には敵わない。だが、試合前にも話した通りサッカーはチームスポーツだ。組織で守って、獅子浜の攻撃を封殺するのさ。」

「じゃあそうするってーと、本郷を二人がかりで止めるってことか?」

「いや、違うな姉御。本郷につくのは今まで通り一人でいい。」

「でも、それじゃあまた点差を広げられるだけじゃ…?」

矢切の疑問にも修人は首を横に振る。

「確かに、晶は危険な存在だ。だが、前半を見ていてそれ以上に止めなければいけない選手がいたんだ。後半はその選手を徹底的にマークする。」

「え?その選手って…?」

「副キャプテンの三田だ。全ての失点はあいつが起点になっている。」

そこで矢切は、ハッと何かを思い出したように呟く。

「そうだ…最初の失点の時、バックパスにプレッシャーをかけに来た選手の中には三田がいた…」

仙崎も思い当たる節があるようで、難しい顔をしながらポツポツと話し始める。

「二失点目の時も…本郷さんにシュートを打たせまいと気をつけていたのだけど、三田さんの裏へ抜け出そうとする動きに一瞬気持ちが移っちゃったんだ。
それで結局、本郷さんのシュートコースを開ける形になって…決められてしまった……」

矢切と仙崎の推測に、修人は小さく頷いた。

「姉御と花恋の言う通りだ。皇帝の視野エンペラー・ヴィジョンで見ていたからよく分かったよ。三田さんはこの前半、攻守に渡って凄まじい活躍をしている。
ピッチ内を縦横無尽に走り回るから、かなり大変だと思うが彼女は高いレベルでそれをこなしている。
本当に危険視しなければいけなかったのは、晶の得点力じゃない……三田さんの献身的な働きだったんだ。」

その場にいた選手全員がゴクリと唾を飲んだ。

「というわけで…後半は三田さんをしっかりとマークする!そして攻撃については…呉!まだ行けるな?」

「もちろん!まだまだいけるさ!」

呉は当然だと言わんばかりにニヤリと笑う。

については、事前に話した通りだ。多少強引でもいい。合図があるまでゴールを狙い続けろ。」

「合点だ!」

呉の威勢の良い返事に、修人も思わずニヤリと笑う。そして、選手全員に聞こえるように大きな声で話を続ける。

「よしっ!みんなまだやれるな⁉︎向こうに比べれば、こっちのやることはシンプルだ。とにかくゴールを奪いにいく!絶対に諦めるなよ!最後まで食らいついていくんだ!いいなっ!」

「おぉっ!!」

控え室内には大きな掛け声がこだまする。

やるべきことが明確となった桜ヶ峰選手たちの目には、再び闘志の炎が宿るのであった。


---------------------------------------


一方で、獅子浜高校側の控え室。

監督の毛利はホワイトボードを使いながら、後半の戦い方を丁寧に選手たちに共有していた。

「基本的に戦い方は前半と変わらず、獅子奮陣の計で進める。三田、引き続きよろしく頼んだぞ。」

毛利は、チームの要である三田に激励の言葉を送る。

「わ…わかりました。」

その三田は前半のハードワークで少し息があがっていたが、毛利は意に介さないといった態度で話を進める。

「だが、警戒しないといけないのは呉だ。こちらの油断が招いた失点とはいえ、奴に一点を許している。
後半は呉に仕事をさせないよう徹底的にマークするんだ。
前半を見ている限り、攻撃に関しては完全に呉頼みで他のパターンは無いと私は見ている。なぜなら攻撃のスイッチを入れる時には、必ず呉にボールを預けていたからな。
つまり、呉を封じ込めさえすれば桜ヶ峰はもう無力化したに等しい。
複数人で呉からボールを奪い、ショートカウンターを仕掛け、本郷が決める。後半はそれで行くぞ。」

「はいっ!」

後半に向けて獅子浜の選手たちが再びピッチへ向かう中、三田はベンチから立ち上がれずにいた。

「大丈夫か、由美香?」

本郷は心配そうに三田に声をかける。

「あ、はい…大丈夫です。すぐ、行きますよ…」

「スタミナ自慢の由美香が、前半だけでこんなにバテるなんて珍しいな。」

本郷は手近にあった、スポーツドリンクの入ったボトルを三田に手渡す。

「ありがとうございます。向こうの選手、犬塚さんって言ったかな?その子にだいぶしつこくマークつかれてましてね…中々自由にプレーさせてもらえませんでした。」

三田はスポーツドリンクを飲みながら、バテた理由を打ち明ける。

「そっか…いつも迷惑をかけて、すまないな。」

申し訳なさそうに謝る本郷に対して、三田は少しだけ微笑んだ。

「謝らないでください。キャプテンの恋路がかかってるんですから私、いつもより頑張っちゃいますよ!」

「なっ⁉︎お前、なんでそれを…」

焦る本郷を見て、三田は思わず吹き出してしまう。

「チームメイトみーんな知ってますよ。だからこそ全員、今日だけは絶対勝つんだって意気込んでいるんです。」

「そう…だったのか…」

「絶対、勝ちましょうねキャプテン。片桐さんに本当の気持ちを伝える為にも。」

「……ああ!」

チームメイトの真意を知った本郷は顔が赤くなると同時に、胸の奥から闘志が湧き出てくるのを感じていた。

これだけの仲間たちが自分の恋を応援してくれている。
その後押しにゴールという形で応えよう。本郷はそう固く心に誓うのであった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。

ながしょー
青春
 ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。  このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

ライオン転校生

散々人
青春
ライオン頭の転校生がやって来た! 力も頭の中身もライオンのトンデモ高校生が、学園で大暴れ。 ライオン転校生のハチャメチャぶりに周りもてんやわんやのギャグ小説!

処理中です...