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第十七話 泉美と優奈
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修人が清水イングレスユースのクラブハウスで堀内を尋問している時、呉は夕暮れの河川敷の原っぱに座り一人黄昏れていた。
呉の目の前では、少年たちが楽しそうにサッカーボールを蹴っている。
自分にもあの少年たちのように純粋にサッカーを楽しんでいた時期があったなと思い返し、呉はフフッと小さく笑った。
その時、一人の少年の大きく蹴り出したボールが呉目がけて飛んでくる。
呉はとっさに立ち上がり、胸でボールをトラップし、地面に付けずダイレクトで少年に蹴り返した。
蹴り返したボールは、少年の足元にドンピシャで収まり、周りにいた仲間たちからは賞賛の拍手が沸き起こった。
呉の方にボールを蹴ってしまった少年は、呉の元へと駆け寄りペコリと頭を下げ謝罪した。
「ボールをぶつけてしまってごめんなさい、お姉ちゃん。でも、すごいじょうずに返してくれてびっくりしました!サッカー、やってるんですか?」
その少年は、キラキラとした尊敬の眼差しを向けながら呉に問いかけた。その視線から目を逸らした呉は、照れ臭そうにしながら答える。
「やってねーよ。マグレだマグレ。」
「えー?ほんとー?だったらお姉ちゃんサッカー絶対やった方がいいよ!さっきの蹴り返しかた、ボクが好きなサッカー選手にすごい似てるんだもん!お姉ちゃんきっと、すごい選手になれるよ!」
少年からのお墨付きをもらった呉は、思わずプッと吹き出した。
「ありがと、考えてみるよ。」
「うん!それじゃあね、お姉ちゃん!」
「ああ、じゃあな。」
少年が仲間たちの輪の中に帰っていくのを、呉は小さく手を振りながら見送った。
その後大きな溜め息を吐き、河川敷の原っぱに思い切り寝転んだ。
「ったく、あのガキ…人が忘れようとしているのに、煽るようなこと言いやがって。」
呉はボソッと少年に対する文句を垂れる。
右足にはボールを蹴った感触がわずかに残っていた。
呉は自分の中に湧き上がる感情を振り払おうと、頭をブンブンと左右に振った。
「あーー、クソッ!何やってんだ私は!もういいはずなのに…情熱は冷めたと思っていたのに…!未練タラタラじゃねーか!」
呉は原っぱの上でゴロゴロ転がりながらひとしきり悶えた後、誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。
「優奈…お前はまだ、サッカー続けてるのか…?」
呉はかつての友の名を呼ぶ。しかし当然答えが返ってくるはずはなく、その問いかけは河川敷に吹く春の風に紛れて消えていくだけであった。
---------------------------------------
今より一年前、呉 泉美は清水イングレスジュニアユースのエースストライカーとして、絶対的な地位を築いていた。
持ち前のスピードを生かして、相手DFを置き去りにし、ゴールを射抜く。
それが彼女の最大の武器であった。呉を止めることができるDFはそうそうおらず、呉は常に二人以上のDFにマークされていた。
それでも呉を止めることは難しく、ゴールを量産し続け、数々の選手権大会で何度も得点王に輝いた。
呉のサッカー人生は至って順風満帆であった。
クラブ関係者をはじめ、呉のプレーを見た人々は彼女がプロの道へ進むことを信じて疑わなかった。
呉自身も将来はプロサッカー選手になるんだろうなと、漠然と考えていた。
しかし、そんな順調だったサッカー人生は突然の終焉を迎えることになる。
---------------------------------------
ユースの練習が終わったある日の帰り道、呉は音楽を聴きながら桜並木の街道をボーッと歩いていた。
ふと顔をあげると、自分と同じユニフォームを着たユース選手が嬉しそうにスキップをしている。
呉はそのスキップ少女の隣まで走り寄り、ポンと肩を叩いた。
「どうした優奈?なんか嬉しそうにしてっけど、なんかいいことでもあったか?」
優奈と呼ばれた少女は呉の方へ振り向くと、目を輝かせながらニヤーッと笑った。
「ふっふっふ~、よくぞ聞いてくれました泉美!あのね、さっき堀内監督にこっそり教えてもらったんだけど…なんと!今度の東京ユナイテッドユースとの試合、私をスタメンで使ってくれるんだって!」
「ホントか⁉︎そりゃ良かったじゃねーか!今まで頑張ってきたもんな…ついに努力が身を結んだな。」
「うん…ホントに。このユースの中で一番下手くそだった私が、ようやくここまで来れたんだって……そう思ったらなんか嬉しくなっちゃって!これも泉美が毎日練習に付き合ってくれたおかげだよ。ありがとね、泉美!」
真正面からお礼を言われた呉は照れ臭そうに頭を掻いた。
「それは違うぞ優奈。お前が頑張って勝ち取ったスタメンだ。だからさ、もっと自信持てよ。そんでもって、今度の試合バンバン私にアシストしてくれよー。」
「まっかせて、泉美!」
初めてスタメンに抜擢された少女、佐和田 優奈は呉に向かって得意げにピースをしてみせた。
呉の目の前では、少年たちが楽しそうにサッカーボールを蹴っている。
自分にもあの少年たちのように純粋にサッカーを楽しんでいた時期があったなと思い返し、呉はフフッと小さく笑った。
その時、一人の少年の大きく蹴り出したボールが呉目がけて飛んでくる。
呉はとっさに立ち上がり、胸でボールをトラップし、地面に付けずダイレクトで少年に蹴り返した。
蹴り返したボールは、少年の足元にドンピシャで収まり、周りにいた仲間たちからは賞賛の拍手が沸き起こった。
呉の方にボールを蹴ってしまった少年は、呉の元へと駆け寄りペコリと頭を下げ謝罪した。
「ボールをぶつけてしまってごめんなさい、お姉ちゃん。でも、すごいじょうずに返してくれてびっくりしました!サッカー、やってるんですか?」
その少年は、キラキラとした尊敬の眼差しを向けながら呉に問いかけた。その視線から目を逸らした呉は、照れ臭そうにしながら答える。
「やってねーよ。マグレだマグレ。」
「えー?ほんとー?だったらお姉ちゃんサッカー絶対やった方がいいよ!さっきの蹴り返しかた、ボクが好きなサッカー選手にすごい似てるんだもん!お姉ちゃんきっと、すごい選手になれるよ!」
少年からのお墨付きをもらった呉は、思わずプッと吹き出した。
「ありがと、考えてみるよ。」
「うん!それじゃあね、お姉ちゃん!」
「ああ、じゃあな。」
少年が仲間たちの輪の中に帰っていくのを、呉は小さく手を振りながら見送った。
その後大きな溜め息を吐き、河川敷の原っぱに思い切り寝転んだ。
「ったく、あのガキ…人が忘れようとしているのに、煽るようなこと言いやがって。」
呉はボソッと少年に対する文句を垂れる。
右足にはボールを蹴った感触がわずかに残っていた。
呉は自分の中に湧き上がる感情を振り払おうと、頭をブンブンと左右に振った。
「あーー、クソッ!何やってんだ私は!もういいはずなのに…情熱は冷めたと思っていたのに…!未練タラタラじゃねーか!」
呉は原っぱの上でゴロゴロ転がりながらひとしきり悶えた後、誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。
「優奈…お前はまだ、サッカー続けてるのか…?」
呉はかつての友の名を呼ぶ。しかし当然答えが返ってくるはずはなく、その問いかけは河川敷に吹く春の風に紛れて消えていくだけであった。
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今より一年前、呉 泉美は清水イングレスジュニアユースのエースストライカーとして、絶対的な地位を築いていた。
持ち前のスピードを生かして、相手DFを置き去りにし、ゴールを射抜く。
それが彼女の最大の武器であった。呉を止めることができるDFはそうそうおらず、呉は常に二人以上のDFにマークされていた。
それでも呉を止めることは難しく、ゴールを量産し続け、数々の選手権大会で何度も得点王に輝いた。
呉のサッカー人生は至って順風満帆であった。
クラブ関係者をはじめ、呉のプレーを見た人々は彼女がプロの道へ進むことを信じて疑わなかった。
呉自身も将来はプロサッカー選手になるんだろうなと、漠然と考えていた。
しかし、そんな順調だったサッカー人生は突然の終焉を迎えることになる。
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ユースの練習が終わったある日の帰り道、呉は音楽を聴きながら桜並木の街道をボーッと歩いていた。
ふと顔をあげると、自分と同じユニフォームを着たユース選手が嬉しそうにスキップをしている。
呉はそのスキップ少女の隣まで走り寄り、ポンと肩を叩いた。
「どうした優奈?なんか嬉しそうにしてっけど、なんかいいことでもあったか?」
優奈と呼ばれた少女は呉の方へ振り向くと、目を輝かせながらニヤーッと笑った。
「ふっふっふ~、よくぞ聞いてくれました泉美!あのね、さっき堀内監督にこっそり教えてもらったんだけど…なんと!今度の東京ユナイテッドユースとの試合、私をスタメンで使ってくれるんだって!」
「ホントか⁉︎そりゃ良かったじゃねーか!今まで頑張ってきたもんな…ついに努力が身を結んだな。」
「うん…ホントに。このユースの中で一番下手くそだった私が、ようやくここまで来れたんだって……そう思ったらなんか嬉しくなっちゃって!これも泉美が毎日練習に付き合ってくれたおかげだよ。ありがとね、泉美!」
真正面からお礼を言われた呉は照れ臭そうに頭を掻いた。
「それは違うぞ優奈。お前が頑張って勝ち取ったスタメンだ。だからさ、もっと自信持てよ。そんでもって、今度の試合バンバン私にアシストしてくれよー。」
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