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第五話 直談判
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生徒会長の九条の発言にその場にいた全員が言葉を失っていた。
しばしの沈黙の後、修人はサッカー部のキャプテンである鞍月に問いかける。
「鞍月…一体どういうことだ?このサッカー部は今年度から廃部って…?そのことは知っていたのか?」
鞍月はついにその重い口を開いた。
「うん…実はね、去年から言われてたんだ…サッカー部はなくなるって…でも、どうしても諦めきれなかったんだよ!部員を集めれば、廃部を取り消してくれるかもしれない…そう思ってたけど…やっぱりダメなのかなぁ…!」
鞍月は目に涙を浮かべていた。
しかし、九条はそれを突き放すように冷たい態度で言い放った。
「当たり前だ。今さらそんな足掻きをした所で、一度決まった廃部が覆る訳ないだろう。理解できたならとっとと解散しろ。
ああ、それと明日には部室も取り壊す予定だから各々荷物をまとめておくように。全く…無駄な時間を使ってしまった。私は校内の見回りがあるので、これで失礼させてもらうよ。今言ったこと、くれぐれも肝に命じておけ。これは学校全体の総意なのだからな。」
そう言い残して九条は去っていった。
その場に残された人々は皆一様に暗い顔をしていた。ただ一人を除いては。
「じゃあ俺も帰るわ。お疲れさん。」
修人は淡々とした口調でそう言って帰ろうとした。
そんな態度の修人を矢切は強く非難する。
「…!おい片桐!お前…今の見て何にも思わないのかよ!鞍月が部を守ろうと必死に頑張ってるんだぞ!」
「知らねーよ。姉御もあんまり肩入れしない方がいいぞ。俺たちは何ら関係ない部外者なんだからな。」
「部外者なんかじゃねーよ…!今日からアタシもサッカー部員になるんだからな!今決めた!」
「なっ…!はぁ…正気かよ。もう勝手にしろ。俺はこんなめんどくさいことに関わるのはゴメンだね。まあ、潰されないよう影ながら応援ぐらいはしてやるよ。それじゃあな。」
修人はヒラヒラと手を振りながらその場を後にした。
遠くで「薄情者ー!」「アホ片桐ー!」など大声で騒ぐ矢切の声が聞こえたが修人は聞こえないフリをするのであった。
----------------------------------------
廃部騒動があった翌日の昼休み。
修人は生徒会室の扉の前にいた。
「はぁ…何やってんだろうな、俺は。」
誰に言うでもなく修人は一人呟いた。
深呼吸をした後、意を決して扉をノックする。
中から「入れ」と短く九条の返答が返ってきた。
それに応えるように修人は生徒会室の扉を開ける。
「失礼します。」
「おや、君は転入生の片桐修人か。こんな所まで何の用だ?」
厳かな雰囲気のある生徒会室には九条一人だけしかいなかった。
「ご丁寧にフルネームで呼んでいただき、至極光栄です生徒会長殿。」
修人は先制攻撃と言わんばかりに九条に対して嫌味を言う。
「フン…生徒一人一人の名前を覚えることぐらい、生徒会長として当然の務めだ。
それよりも、私は何しにここへ来たのかと聞いているんだが?」
「しらばっくれないでくださいよ。俺がここに来たのは昨日のことに決まっているでしょう…!」
「昨日のこと…?はて、私は君に対して何か悪いことをしてしまったのだろうか?」
修人は気持ちが昂ぶりそうになるのを抑えながら、なるべくやんわりとした口調で会話を続ける。
「女子サッカー部廃部の件についてです、生徒会長。
昨日、俺も彼女たちの練習に加えてもらったのですが、彼女たちの部活に対する姿勢は真剣そのものです。
もっと上手くなりたい、もっと強くなりたいという思いが練習を通してひしひしと伝わってきました。」
「ほう、だから何だ?」
九条からの冷たい物言いにも、修人は怯まずに続ける。
「女子サッカー部の廃部を撤回していただきたいのです。もしくは、廃部を免れるための条件を教えていただきたい。俺は今日その為にここに来ました。」
修人は力強く言い切った。
それに対して九条は「ふむ…」と少し考えた後、一つの疑問を修人に投げかける。
「君は…女子サッカー部の一員でもないのに、どうしてこの件に首を突っ込む?ましてや、君は転入して来てから日も浅い。わざわざ生徒会室にまで直談判しに来る理由は皆無のように思えるが。」
「ええ、全くもってその通りです。ホント、自分でも何やってんだって思います。
ただ、彼女たちの練習を見て昔の自分を思い出したんです。特に…キャプテンの鞍月は、まるでかつての自分のようでした。
純粋にサッカーを楽しんでいて、直向きで、それでいて負けず嫌いで…
それを見ていたら、どうにも他人事とは思えなくて…ほっとけなくなったんです。
俺はもうサッカーを諦めてしまったけれど、彼女たちはまだサッカーを続けたいと思っているはずです。
桜ヶ峰高校は生徒の気持ちを尊重するという校風ですよね?だからどうか、廃部というのだけは勘弁していただけませんか…!」
修人は九条に深々と頭を下げた。
しかし、九条は態度を変えずに言い放つ。
「昨日も言った通り、女子サッカー部の廃部は昨年度から決まっていた。それにも関わらず、練習をしていたから厳重に注意をしたまでだ。」
それを聞いた修人はガックリと肩を落とした。
やっぱりダメだったか。そう思った時、九条が「ただし、」と言葉を続ける。
「廃部を免れる術はある。」
九条の発言に修人は息を吹き返した。
「本当ですか⁉︎あの、何をすればいいですか?部員を集めればいいのか⁉︎」
半ば敬語でなくなった修人に対して、九条は落ち着けと制止する。
「部員については、定員に満たなくても問題はない。事実、昔は人数が足りなくても存続していた部活はあったのだからな。」
「じゃあ、鞍月がやってた校門前でのビラ配りって…」
「全くの無駄な努力だな。奴の勝手な早とちりに過ぎん。だから昨日言ったのだ、無駄な足掻きだと。」
鞍月の無駄な行動に修人は頭を抱え、馬鹿野郎と心の中で叫んだ。
そんな気持ちを振り払い、改めて九条に問いかける。
「だとしたら、廃部を免れる方法ってなんなんですか?」
「その部活の正式な指導者を用意することだ。昨年度までは担当顧問がいたのだが、他校へ赴任し今は教える者が誰もいない。桜ヶ峰高校の校則では、その道に通ずる指導者がいなければ、部として成立させないことになっている。
だからこそ、女子サッカー部は廃部になったのだよ。」
「要するに、サッカーに詳しい先生を見つけてくればいいって訳だな。」
「ああその通りだ。だが、先に言った通り先生方は全員何らかの部活を受け持っていて、空いている方はいない。
掛け持ちでやらせるなんてことも認められないからな。忙しい先生方の負担を更に増やすわけにはいかないだろう。」
「外部から監督を招くってのは…」
「その金は誰が出すんだ?」
修人の提案を九条は食い気味に一蹴した。
ここまでか…いやまだ何かあるはずだ。
その為には考える時間が欲しい。
「生徒会長、この件については少しお時間をいただけませんか?必ず適任の者を連れてきますので。」
この修人の提案も九条は「ダメだ」と却下する。
「昨日言ったはずだ、今日女子サッカー部の部室を取り壊すと。そうなってしまったら、もう部活の存続どころの話ではなくなってしまうだろう?
こちらとしては、君の時間稼ぎを受け入れるつもりは毛頭ない。今、この場で、答えを出せ片桐修人。」
万事休すか。
女子サッカー部はもう廃部の道をたどるしかないのか…
よく食い下がったよ、俺は。
会って間もない女子サッカー部の為にわざわざ頭下げたりして。昔の俺じゃ考えられなかったよ。
生徒会長の言う通りだ。こんなことに部外者が首を突っ込むべきじゃなかったんだ。
ああ、もう楽になろう。解決策なんてありませんって言ってしまおう。
そうすれば、サッカーに関わることのない楽しい青春を送ることができる。
本当はひとつだけ、この問題を解決する策はあるけど…もういい、考えるのはやめだ。
女子サッカー部のみんなには悪いけど、俺は自分の為に生きたいんだ。
修人は大きく息を吐き、九条の目を見つめ、はっきりと言葉にした。
「俺が、女子サッカー部の監督になります。」
その言葉を聞いた九条はニヤリと笑った。
俺は…今、なんて言った?
ものすごく、取り返しのつかないことを言わなかったか?
「……ありがとう。君のその言葉をずっと待っていた。」
九条は今までの態度とは打って変わって満面の笑顔を修人に向けていた。
「え…?それってどういう…?」
「光華!今のしっかり聞いたよね?」
冷酷な雰囲気はすっかり無くなり、嬉しさを隠しきれないといった様子の九条は興奮気味に誰かの名前を呼んだ。
「うん!バッチリ録音も出来たよ綾音!」
九条が座っていた机の下からひょっこりと姿を現したのは鞍月だった。
「鞍月ぃ⁉︎な…なんでお前がここに…」
「やぁ、片桐くん!昨日はどうも!」
ボイスレコーダーを片手に持った鞍月は軽い調子で修人に挨拶をする。
「いやー半分賭けだったけど、上手くいって良かったね!綾音もすごい冷酷な生徒会長っぽかったよ!」
「うん、実はね…麗に演技指導してもらったんだ。でも、やっぱ私はこういうの慣れないな。人に辛く当たるのは心苦しいよ。」
「相変わらず優しいねー綾音は。でも、私のビラ配りが無駄な足掻きとか。結構ズバッ!と言った所とか中々良かったよ!」
「…もう!やめてよ!本当はそう思ってないし…だからやりたくなかったんだ。」
「あはは、ごめんごめん。冗談だって。」
いじける九条を鞍月は笑って慰めた。
そして、理解が追いつかず完全に取り残されていた修人は、我慢出来ずついに会話に割り込む。
「ちょ…ちょっと待ってくれ!どーゆーことか説明してくれよ!」
「あ、えっとこれはですねー」
「いいよ、綾音。ここは私が説明する。今回の計画を立案したのも私だからね。」
説明を始めようとした九条を制して、鞍月が修人の前に立った。
「まず始めに、女子サッカー部の廃部っていうのは嘘です。」
「マジかよ…俺の行動って一体何だったんだ…」
鞍月の告白に修人はガックリとうな垂れた。
「でも、活動が出来なかったのは本当のことだよ。さっき綾音が言った桜ヶ峰の校則、正式な指導者がどうしても見つからなかったからね。
そこで片桐くん。君に白羽の矢が立った訳なんだ。」
「そして、生徒会もグルになって俺を嵌めたって訳か。」
「そう。私とこの生徒会長九条綾音は幼馴染なの。更に言うと、女子サッカー部の一員なんだ。」
「なっ…お前も女子サッカー部だったのか⁉︎」
修人は驚きの表情で九条を見る。
「はい。騙していてすみません…辛く当たってしまったことも…本当にごめんなさい。」
九条は申し訳なさそうに修人に謝罪をした。
これは本心からの謝罪だろうと思った修人はそれ以上九条に対して何も言うことは出来なかった。
しかし、当然納得はできない。修人は鞍月の方に照準を合わせ、反論を開始する。
「こんな詐欺まがいなやり口で俺が監督を引き受けるとでも?」
「君が納得できないのも無理はない。でも、確かに君の口から監督を引き受けると言ったのも事実だ。」
そう言って鞍月は手に持ったボイスレコーダーをチラつかせる。
「挙句の果てには脅しか?随分と悪党じみたことするじゃないか。キャプテンさんよ。」
「今は何と言われたって構わないよ。こっちは君が転入して来るとわかった時から、ずっとこの時の為の準備をしてきたんだ。」
鞍月は強い決意を持った眼差しで修人を見つめていた。
修人は生半可な覚悟で言っているのではないと思ったが、個人の権利を完全に無視したこの計画について黙っていることが出来なかった。
「桜ヶ峰高校は生徒の意思を重んじるんじゃなかったのか?この学校の教育委員会に言えばこんな無茶苦茶な計画、即刻取り下げることが出来る。残念だったな。」
「いや、その校則は君には適用されないよ。」
「なんで、お前がそんなこと言えるんだよ?」
鞍月はひとつため息をつき、無慈悲な現実を突きつけた。
「だって私は…この学校の理事長だからね。」
鞍月の衝撃発言に修人は目を丸く見開いた。
「今…なんて…?」
修人の驚きの表情を見た鞍月は満足げにニヤリとほくそ笑んだ。
「そういえば…ドタバタしていて、ちゃんとした自己紹介がまだだったねぇ。コホン…では改めて…女子サッカー部キャプテン兼桜ヶ峰高校理事長の鞍月光華ですっ!これからよろしくね!片桐監督♡」
初めて出会った時のような明るい調子で自己紹介をされた修人は呆然とするしかなかった。
そして、自分の思い描く明るい高校生活が音を立てて崩れていくのを感じるのであった。
しばしの沈黙の後、修人はサッカー部のキャプテンである鞍月に問いかける。
「鞍月…一体どういうことだ?このサッカー部は今年度から廃部って…?そのことは知っていたのか?」
鞍月はついにその重い口を開いた。
「うん…実はね、去年から言われてたんだ…サッカー部はなくなるって…でも、どうしても諦めきれなかったんだよ!部員を集めれば、廃部を取り消してくれるかもしれない…そう思ってたけど…やっぱりダメなのかなぁ…!」
鞍月は目に涙を浮かべていた。
しかし、九条はそれを突き放すように冷たい態度で言い放った。
「当たり前だ。今さらそんな足掻きをした所で、一度決まった廃部が覆る訳ないだろう。理解できたならとっとと解散しろ。
ああ、それと明日には部室も取り壊す予定だから各々荷物をまとめておくように。全く…無駄な時間を使ってしまった。私は校内の見回りがあるので、これで失礼させてもらうよ。今言ったこと、くれぐれも肝に命じておけ。これは学校全体の総意なのだからな。」
そう言い残して九条は去っていった。
その場に残された人々は皆一様に暗い顔をしていた。ただ一人を除いては。
「じゃあ俺も帰るわ。お疲れさん。」
修人は淡々とした口調でそう言って帰ろうとした。
そんな態度の修人を矢切は強く非難する。
「…!おい片桐!お前…今の見て何にも思わないのかよ!鞍月が部を守ろうと必死に頑張ってるんだぞ!」
「知らねーよ。姉御もあんまり肩入れしない方がいいぞ。俺たちは何ら関係ない部外者なんだからな。」
「部外者なんかじゃねーよ…!今日からアタシもサッカー部員になるんだからな!今決めた!」
「なっ…!はぁ…正気かよ。もう勝手にしろ。俺はこんなめんどくさいことに関わるのはゴメンだね。まあ、潰されないよう影ながら応援ぐらいはしてやるよ。それじゃあな。」
修人はヒラヒラと手を振りながらその場を後にした。
遠くで「薄情者ー!」「アホ片桐ー!」など大声で騒ぐ矢切の声が聞こえたが修人は聞こえないフリをするのであった。
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廃部騒動があった翌日の昼休み。
修人は生徒会室の扉の前にいた。
「はぁ…何やってんだろうな、俺は。」
誰に言うでもなく修人は一人呟いた。
深呼吸をした後、意を決して扉をノックする。
中から「入れ」と短く九条の返答が返ってきた。
それに応えるように修人は生徒会室の扉を開ける。
「失礼します。」
「おや、君は転入生の片桐修人か。こんな所まで何の用だ?」
厳かな雰囲気のある生徒会室には九条一人だけしかいなかった。
「ご丁寧にフルネームで呼んでいただき、至極光栄です生徒会長殿。」
修人は先制攻撃と言わんばかりに九条に対して嫌味を言う。
「フン…生徒一人一人の名前を覚えることぐらい、生徒会長として当然の務めだ。
それよりも、私は何しにここへ来たのかと聞いているんだが?」
「しらばっくれないでくださいよ。俺がここに来たのは昨日のことに決まっているでしょう…!」
「昨日のこと…?はて、私は君に対して何か悪いことをしてしまったのだろうか?」
修人は気持ちが昂ぶりそうになるのを抑えながら、なるべくやんわりとした口調で会話を続ける。
「女子サッカー部廃部の件についてです、生徒会長。
昨日、俺も彼女たちの練習に加えてもらったのですが、彼女たちの部活に対する姿勢は真剣そのものです。
もっと上手くなりたい、もっと強くなりたいという思いが練習を通してひしひしと伝わってきました。」
「ほう、だから何だ?」
九条からの冷たい物言いにも、修人は怯まずに続ける。
「女子サッカー部の廃部を撤回していただきたいのです。もしくは、廃部を免れるための条件を教えていただきたい。俺は今日その為にここに来ました。」
修人は力強く言い切った。
それに対して九条は「ふむ…」と少し考えた後、一つの疑問を修人に投げかける。
「君は…女子サッカー部の一員でもないのに、どうしてこの件に首を突っ込む?ましてや、君は転入して来てから日も浅い。わざわざ生徒会室にまで直談判しに来る理由は皆無のように思えるが。」
「ええ、全くもってその通りです。ホント、自分でも何やってんだって思います。
ただ、彼女たちの練習を見て昔の自分を思い出したんです。特に…キャプテンの鞍月は、まるでかつての自分のようでした。
純粋にサッカーを楽しんでいて、直向きで、それでいて負けず嫌いで…
それを見ていたら、どうにも他人事とは思えなくて…ほっとけなくなったんです。
俺はもうサッカーを諦めてしまったけれど、彼女たちはまだサッカーを続けたいと思っているはずです。
桜ヶ峰高校は生徒の気持ちを尊重するという校風ですよね?だからどうか、廃部というのだけは勘弁していただけませんか…!」
修人は九条に深々と頭を下げた。
しかし、九条は態度を変えずに言い放つ。
「昨日も言った通り、女子サッカー部の廃部は昨年度から決まっていた。それにも関わらず、練習をしていたから厳重に注意をしたまでだ。」
それを聞いた修人はガックリと肩を落とした。
やっぱりダメだったか。そう思った時、九条が「ただし、」と言葉を続ける。
「廃部を免れる術はある。」
九条の発言に修人は息を吹き返した。
「本当ですか⁉︎あの、何をすればいいですか?部員を集めればいいのか⁉︎」
半ば敬語でなくなった修人に対して、九条は落ち着けと制止する。
「部員については、定員に満たなくても問題はない。事実、昔は人数が足りなくても存続していた部活はあったのだからな。」
「じゃあ、鞍月がやってた校門前でのビラ配りって…」
「全くの無駄な努力だな。奴の勝手な早とちりに過ぎん。だから昨日言ったのだ、無駄な足掻きだと。」
鞍月の無駄な行動に修人は頭を抱え、馬鹿野郎と心の中で叫んだ。
そんな気持ちを振り払い、改めて九条に問いかける。
「だとしたら、廃部を免れる方法ってなんなんですか?」
「その部活の正式な指導者を用意することだ。昨年度までは担当顧問がいたのだが、他校へ赴任し今は教える者が誰もいない。桜ヶ峰高校の校則では、その道に通ずる指導者がいなければ、部として成立させないことになっている。
だからこそ、女子サッカー部は廃部になったのだよ。」
「要するに、サッカーに詳しい先生を見つけてくればいいって訳だな。」
「ああその通りだ。だが、先に言った通り先生方は全員何らかの部活を受け持っていて、空いている方はいない。
掛け持ちでやらせるなんてことも認められないからな。忙しい先生方の負担を更に増やすわけにはいかないだろう。」
「外部から監督を招くってのは…」
「その金は誰が出すんだ?」
修人の提案を九条は食い気味に一蹴した。
ここまでか…いやまだ何かあるはずだ。
その為には考える時間が欲しい。
「生徒会長、この件については少しお時間をいただけませんか?必ず適任の者を連れてきますので。」
この修人の提案も九条は「ダメだ」と却下する。
「昨日言ったはずだ、今日女子サッカー部の部室を取り壊すと。そうなってしまったら、もう部活の存続どころの話ではなくなってしまうだろう?
こちらとしては、君の時間稼ぎを受け入れるつもりは毛頭ない。今、この場で、答えを出せ片桐修人。」
万事休すか。
女子サッカー部はもう廃部の道をたどるしかないのか…
よく食い下がったよ、俺は。
会って間もない女子サッカー部の為にわざわざ頭下げたりして。昔の俺じゃ考えられなかったよ。
生徒会長の言う通りだ。こんなことに部外者が首を突っ込むべきじゃなかったんだ。
ああ、もう楽になろう。解決策なんてありませんって言ってしまおう。
そうすれば、サッカーに関わることのない楽しい青春を送ることができる。
本当はひとつだけ、この問題を解決する策はあるけど…もういい、考えるのはやめだ。
女子サッカー部のみんなには悪いけど、俺は自分の為に生きたいんだ。
修人は大きく息を吐き、九条の目を見つめ、はっきりと言葉にした。
「俺が、女子サッカー部の監督になります。」
その言葉を聞いた九条はニヤリと笑った。
俺は…今、なんて言った?
ものすごく、取り返しのつかないことを言わなかったか?
「……ありがとう。君のその言葉をずっと待っていた。」
九条は今までの態度とは打って変わって満面の笑顔を修人に向けていた。
「え…?それってどういう…?」
「光華!今のしっかり聞いたよね?」
冷酷な雰囲気はすっかり無くなり、嬉しさを隠しきれないといった様子の九条は興奮気味に誰かの名前を呼んだ。
「うん!バッチリ録音も出来たよ綾音!」
九条が座っていた机の下からひょっこりと姿を現したのは鞍月だった。
「鞍月ぃ⁉︎な…なんでお前がここに…」
「やぁ、片桐くん!昨日はどうも!」
ボイスレコーダーを片手に持った鞍月は軽い調子で修人に挨拶をする。
「いやー半分賭けだったけど、上手くいって良かったね!綾音もすごい冷酷な生徒会長っぽかったよ!」
「うん、実はね…麗に演技指導してもらったんだ。でも、やっぱ私はこういうの慣れないな。人に辛く当たるのは心苦しいよ。」
「相変わらず優しいねー綾音は。でも、私のビラ配りが無駄な足掻きとか。結構ズバッ!と言った所とか中々良かったよ!」
「…もう!やめてよ!本当はそう思ってないし…だからやりたくなかったんだ。」
「あはは、ごめんごめん。冗談だって。」
いじける九条を鞍月は笑って慰めた。
そして、理解が追いつかず完全に取り残されていた修人は、我慢出来ずついに会話に割り込む。
「ちょ…ちょっと待ってくれ!どーゆーことか説明してくれよ!」
「あ、えっとこれはですねー」
「いいよ、綾音。ここは私が説明する。今回の計画を立案したのも私だからね。」
説明を始めようとした九条を制して、鞍月が修人の前に立った。
「まず始めに、女子サッカー部の廃部っていうのは嘘です。」
「マジかよ…俺の行動って一体何だったんだ…」
鞍月の告白に修人はガックリとうな垂れた。
「でも、活動が出来なかったのは本当のことだよ。さっき綾音が言った桜ヶ峰の校則、正式な指導者がどうしても見つからなかったからね。
そこで片桐くん。君に白羽の矢が立った訳なんだ。」
「そして、生徒会もグルになって俺を嵌めたって訳か。」
「そう。私とこの生徒会長九条綾音は幼馴染なの。更に言うと、女子サッカー部の一員なんだ。」
「なっ…お前も女子サッカー部だったのか⁉︎」
修人は驚きの表情で九条を見る。
「はい。騙していてすみません…辛く当たってしまったことも…本当にごめんなさい。」
九条は申し訳なさそうに修人に謝罪をした。
これは本心からの謝罪だろうと思った修人はそれ以上九条に対して何も言うことは出来なかった。
しかし、当然納得はできない。修人は鞍月の方に照準を合わせ、反論を開始する。
「こんな詐欺まがいなやり口で俺が監督を引き受けるとでも?」
「君が納得できないのも無理はない。でも、確かに君の口から監督を引き受けると言ったのも事実だ。」
そう言って鞍月は手に持ったボイスレコーダーをチラつかせる。
「挙句の果てには脅しか?随分と悪党じみたことするじゃないか。キャプテンさんよ。」
「今は何と言われたって構わないよ。こっちは君が転入して来るとわかった時から、ずっとこの時の為の準備をしてきたんだ。」
鞍月は強い決意を持った眼差しで修人を見つめていた。
修人は生半可な覚悟で言っているのではないと思ったが、個人の権利を完全に無視したこの計画について黙っていることが出来なかった。
「桜ヶ峰高校は生徒の意思を重んじるんじゃなかったのか?この学校の教育委員会に言えばこんな無茶苦茶な計画、即刻取り下げることが出来る。残念だったな。」
「いや、その校則は君には適用されないよ。」
「なんで、お前がそんなこと言えるんだよ?」
鞍月はひとつため息をつき、無慈悲な現実を突きつけた。
「だって私は…この学校の理事長だからね。」
鞍月の衝撃発言に修人は目を丸く見開いた。
「今…なんて…?」
修人の驚きの表情を見た鞍月は満足げにニヤリとほくそ笑んだ。
「そういえば…ドタバタしていて、ちゃんとした自己紹介がまだだったねぇ。コホン…では改めて…女子サッカー部キャプテン兼桜ヶ峰高校理事長の鞍月光華ですっ!これからよろしくね!片桐監督♡」
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