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第1話:大型わんこは、ツンツンしてる幼馴染と冒険したい

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「ルーイ! 聞いてくれよ、俺ようやく戦士ギルドに入れたんだ!」

 アーロンは、町の広場でルーイを見つけると、大声で叫びながら駆け寄った。

「そうか。それはよかったな、アーロン」

 木陰の石段に座っていたルーイは、座ったまま淡々と返し、ジト目でアーロンに冷たい目線を向けた。

 一番にルーイに知らせたかったから、ルーイの匂いを嗅ぎつけて、広場に走ってきた。



 木陰から漏れる日の光が、艶つややかな黒髪に包まれた横顔にきらめくのが見えたから、心がわっふるわっふるしてきて、大きな声で呼んだだけなのに、サラリと流されて、アーロンはちょっぴりしょんぼりした。



 女の子が二人、ルーイの隣に立っていた。弓使いらしいポニーテールの子と、戦士らしい上背のあるおかっぱの女性だ。

「俺は今、クエストから帰ってきたところなんだ」



 戦士ギルド、魔術師ギルドなど、職掌別のギルドに所属すると、町の合同ギルドで募集しているクエストをこなし、報酬を受け取ることができるようになる。

 魔術師ギルドに所属するルーイも、戦士二人と魔術師一人という、よくある編成で何らかのクエストをこなし、さっき戻って来たようだ。

 硬貨を入れる革袋を持っているから、報酬を分配していたのだろう。



 ルーイと一緒にパーティを組んでクエストに行くのが、アーロンの長年の夢だった。

「そうなんだ! じゃあ今から一緒にギルドに行って次のクエスト探そうよ!」

 アーロンがルーイの手を両手でつかむと、ルーイは困惑した顔で、ちらりと傍らの女の子たちを見た。



「俺はこれから……」

 ルーイが言うと、

「一緒にご飯を食べに行こうかと思っていたんだけど……」

 とポニーテールの子が、ためらいがちに言った。

「あ……でも、はっきりと決めてしまったわけではないので、ルーイに先約があるなら、私たちは遠慮しますが……」

 とおかっぱの女性がルーイとアーロンを交互に見ながら言った。

「あ、いや俺は別にアーロンと約束しているというわけでは……」

 ルーイは焦ったように、つかまれていない方の手を振ったが、アーロンがかぶせるように打ち消した。

「約束したじゃん! 大きくなったら一緒にパーティ組んでクエスト行こうねって」

「お前が勝手に言ってただけだろ」

 ルーイはイラッとした顔で言い返し、そんな二人の様子を見た女性陣は、

「……なんか悪いから、また今度ね、ルーイ」

 と言って手を振って去って行った。





「こういうのやめろって言ってるだろ、アーロン」

 女性陣が立ち去ると、ルーイはため息をついて立ち上がり、アーロンの手を振り払った。

 少し長めの前髪の間から、ちょっと吊り気味の、猫のような大きな瞳が、アーロンを見上げて睨みつけた。

 黒く濡れたようなまつげが際立って、アーロンはドキドキした。



「でかい図体して、子供みたいにひっついてくるな」

 アーロンには、ひっついてきているつもりはない。ルーイとは幼馴染で、仲良しで、大好きだから、一緒にいたいだけなのだ。

「俺は子供じゃないぞ。もう17歳だし、戦士ギルドに入れたんだから、一人前の男だ!」

 アーロンは、胸を張った。



 もうルーイより頭一個分ほど身長も大きいし、筋肉もついている。狼族随一の勇士と名高い父親フィンガルの血を受け継ぎ、剣術にも自信がある。

 破壊魔法、治癒魔法など、様々な魔法を使いこなすルーイとは、いいコンビになれる自信がある。



 ルーイとは、12年前、アーロンが5歳の頃からの幼馴染だ。父親フィンガルが山賊に捕まっているのを助けた子供だった。

 どうやら不幸な生い立ちだったようで、ボロボロの服を着て、最初は読み書きもできなかったらしいが、町の教会に預けられ育てられているうちに、様々な魔法を覚え、短剣や弓も使いこなすようになり、15歳で魔術師ギルドに入ることを許された。

 周囲は、ルーイの才能を賞賛し、一体どこの部族の子だろうと不思議がったが、間近で見ていたアーロンは、毎日ルーイが血のにじむような努力をしていたのを知っていた。

 夜遅くまで魔術師ギルドの修練場を借りて鍛錬に励み、剣術もできなくては生き残れないと、フィンガルに稽古をつけてもらっていた。

 大きな茶色の瞳をギラギラと輝かせ、つややかな黒髪から額に汗を流しながら日々研鑽を積むルーイを「えらいなぁ」と思って見ているうちに、アーロンは、いつかルーイと一緒に冒険したい、ルーイに背中を預けてもらえるような戦士になりたいと思うようになった。



 しかし肝心のルーイは、アーロンがいくら熱心に話しかけても、なかなか相手にしてくれない。

 小さい頃は、本を読んでくれたり、一緒に遊んだりしてくれていたのに、ギルドに入ってから、ルーイは、女性の戦士やら魔術師やらとしょっちゅうクエストに出かけるようになった。



 ──俺の方が絶対強いのに……。

 自宅の窓の下を、他の冒険者と連れ立ったルーイが通りかかるたび、アーロンは、鋭い犬歯で枕をかじりながら悔しがった。

 だから早く戦士ギルドに入って、ルーイに認められれば少しは変わると思っていたのだが……。



「俺はルーイと一緒に冒険に行きたいんだ! 二人で強い敵を倒して、町の人から感謝されて、一緒に遺跡とかダンジョンとか探検して……」

 アーロンの脳裏には、遥かなる旅路をどこまでも連れ立って行く、アーロンとルーイの姿が浮かんでいた。



「ようやく戦士ギルドに入れたばかりで、何を言っているんだ。お祝いに、アップルパイおごってやるから、な」

 それで勘弁してくれ、とでも言うように、ルーイはため息をついた。

「やった! アップルパイ食べたい!」

 アーロンは、ルーイよりもはるかに大きな身体で、おぶさるように抱きついた。



 広場近くの宿屋兼食堂に入ると、昼間から酒を飲んでいる錬金屋のフレッドが声をかけてきた。

「よう、ルーイ。また大型犬を散歩させてるのか?」



 大型犬とは、アーロンのことだ。小さい頃と変わらず、ルーイの後ろを犬のようにわふわふとくっついていくアーロンは、「狼というより犬のようだ」とよく言われた。

 図体は大きくなっても、相変わらず無邪気なアーロンは、未だに「大型犬」扱いされている。

 銀と白の混ざったようなツンツンと跳ねた硬い髪の、ちょうどハチの部分にだけ黒い髪があるのも、犬っぽく見えるようだ。



「ああ、飲みに行こうと思ったんだが、散歩に連れて行かなきゃならなくなってな。それで今はおやつタイムだ」

 ルーイも乗っかって軽口を返す。

「あはは、晩メシの時間までにはおうちに帰らせるんだぞ」

 軽口を叩く錬金屋は、ルーイがクエストで収集した錬金素材の買い取り先であると同時に、アーロンの母親の勤め先でもある。

 アーロンの母親は、狼族の特性である鋭い嗅覚を活かして、錬金屋で素材の管理などをして働いていた。



「俺はもう、戦士ギルドに登録された立派な戦士だぞ!」

 アーロンは鼻息荒く腕組みをした。

「それはめでてぇ。牛乳おごってやるぜ」

 テカテカの頭皮がすでに赤くなっているフレッドの申し出を丁重に断って、アーロンはアップルパイを注文した。



「アップルパイは食べるけど、ルーイと一緒にクエストにも行くからな」

 もぐもぐとアップルパイをほおばりながら、アーロンは言った。

 アップルパイは大好きだ。ルーイの次くらいにいい匂いがする。

「あのな、いい機会だから言っておくが、アーロンもいい加減、俺にひっついてないで独り立ちしろ。俺には俺の目標があるんだ」



 ルーイは、ちょびちょびとりんごをかじりながら言い含めるように言った。

「俺は、独り立ちした立派な戦士として、ルーイと一緒にクエストに行くんだ。何にも問題ないだろ」

 アーロンは、フォークを握りしめて力説した。

「それに、目標ってなんだよ」

 アーロンが聞くと、ルーイはあらたまった表情で言った。



「家を建てることと、結婚して子供を持つことだ。そのために、ギルドで女性の結婚相手と出会いたい」



 ──けっこん……?



 アーロンは、アップルパイをフォークからぽろりとこぼしそうになった。

 何の冗談だろうか。確かにルーイは綺麗なので、愛想の悪さを差し引いても女の子にモテると思うが、出会い目的で冒険者をやるような不真面目な男ではない。誰よりも努力し、冒険者としても多くの人の困りごとを助けてきた。



 それに、アーロンにはわかっていた。ルーイはアーロンに素っ気なくしてばかりだが、本当はアーロンが嫌いじゃないし、お願いだってなんだかんだいつも聞いてくれるのだ。



「うそだ~ぁ」

 アーロンは、あははと笑った。

 しかしルーイは、真剣な顔で、

「嘘じゃない。俺には身寄りがいない。結婚して子供を持つ以外に、家族を持つ方法がないんだ」

 と淡々と説明した。



「うそだ……」

 アーロンは、フォークを握りしめた。

 確かにルーイとアーロンは、血を分けた兄弟ではない。

 でも、5歳の頃から12年間、ずっと一緒だった。ルーイが教会で暮らすようになってからも、毎日一緒に遊んだ。

 父親のフィンガルは、戦やクエストであまり家に帰ってこないし、母親は家計を支えるため仕事で忙しかった。

 ルーイは、最初からアーロンに冷たい態度を取っていたが、教会に遊びに行くと、不満げな素振りを見せながらも、おやつを分けてくれて、本を読み聞かせてくれたり、簡単な計算を教えてくれたりして、アーロンの面倒を見てくれたのだった。

 ルーイがギルドに入って一人暮らしするようになってからも、しょっちゅう遊びに行ったり、アーロンの家で一緒にご飯を食べたりと、まるで家族のように仲良くしている。



 アーロンはそんなルーイが大好きだった。

 ルーイを見ると心が弾んで、わっふるわっふるする。

 ギルドに入れたから、これからは一緒に冒険にも行ける。ずっとずっと一緒にいられる。

 そう思っていたのに……。



 胸がズキズキする。特に女の子と結婚するというのが、なぜか許せない。むしゃくしゃする。

「結婚したって、クエストには行けるだろ。お前がホントに立派な戦士になってたら、それからでも一緒に行けばいいじゃないか」

 ルーイは、アーロンから目をそらしてボソボソと言った。



 アーロンは、顔を手で覆って机に肘をついた。

「な、なんでそんなにショック受けてるんだよ……」

 ルーイの狼狽した声が聴こえる。

「……」

 アーロンが、なおも黙りこくって文字通り頭を抱えていると、

「た、たまには一緒にクエスト行ってやってもいいからさ……」

 という声が聴こえた。



「……ホント?」

 指の間から、ちらっとルーイを見ると、大きな茶色の瞳が、焦ったようにアーロンを見ていた。

「え、あ……うん……」



「じゃあ、俺と一緒にクエストに行って。パーティ組もうよ」

 指の間から覗いたまま、アーロンが言うと、ルーイは、

「いや……、だから俺の活動は……」

 と言いかけた。



「女の子も一緒でいいから。結婚したいと思う相手ができるまで、女の子の面子は変わってもいいじゃん」

 アーロンは、ルーイの言葉にかぶせるように言った。



「ルーイ一人だと、組む面子はどうしても戦士系に限られるけど、すでに戦士系の俺が一緒にいれば、戦士がもう一人いてもいいし、弓使いにしてもいいし、魔術師系がもう一人いてどっちか回復メインでもいいしっていうカンジで、組む相手の選択肢も広がるじゃん」

 上目遣いのまま、指をちょっとだけ下げ、両眼だけ出してルーイを見つめて、今思いついたもっともらしいことをアーロンは言った。



「……わかったよ」

 ルーイは、アーロンのしつこさに折れたようだった。

「パーティ組んでやるから、ちゃんと頑張るんだぞ」

 とため息をついた。



「やった~~!!」

 途端にアーロンは元気を取り戻し、ものすごい勢いでアップルパイを1ホール食べつくすと、

「ルーイ大好き!」

 と言って抱きついて、「またかよ」という食堂のおっさんたちの笑いを買った。
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