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第三話:ふれあい餌やり寝かしつけタイム(受け視点)

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 ──汚れてしまった……。

 ぼふっ、と寝台に身体を投げ出し、さとるは枕を握りしめて歯噛みした。

 ここは、あのファビオとかいう胡散臭い金髪碧眼イケメンの私邸である。
 衛兵隊本部でさんざんセクハラをされた後、馬に乗せられてファビオにお持ち帰りされてしまったのである。

「衛兵隊長」と呼ばれていたのに、ファビオの私邸はどう見ても貴族の館……いや城だった。
 高い塀と尖塔に囲まれ、巨大なアーチを描く門をくぐると、真っ白な漆喰の壁がこげ茶色の梁で区切られた瀟洒な館が現れた。
 大小さまざまな植物が涼しげな陰を作り、地面には色とりどりのタイルが敷き詰められている。
 真っ白な柱が並ぶ回廊が、朽ちた水盤に木づたが絡む中庭を取り囲んでおり、聡は中庭に面した一室に通された。

 ──逮捕した不穏分子を、治安維持組織のトップがお持ち帰りするなんて、この街のガバナンスは、ガバガバじゃないか。

 ガバガバのトロトロになって身体中を愛撫されたあげくに射精させられてしまったことは棚に上げて、さとるはこの世界の社会制度にいきどおりを覚えた。
 こんなコンプライアンスもガバナンスもない前近代的なところに、僕が異世界転移してしまうなんて……。

 おまけに逮捕拘留されて、性的な辱めを受けてしまった。
 おかげでファーストキスも、初めてのディープキスも奪われてしまったばかりか、もっと恥ずかしいこともされてしまった。

 放課後女の子に呼び出されて告白され、初めてのデートで手をつなぎ、二回目のデートでファーストキスをする。もちろん唇を重ねるだけのキスだ。デートは映画かテーマパーク。
 聡が夢見ていたのは、そんなファーストキスだった。

 そして、「キス」というのはいわば「約束ごと」として行われるものであって、行為そのものの意味は多分ない。
 そう思っていたのだが──。

──キスって、気持ちいいことだったんだな……。
 
 エッチなことが気持ちいい。それはなんとなく想像で知っていた。
 しかしキスは……。

 優しげな瞳で聡の顔を覗き込み、ゆっくりと唇を近づけてくるファビオに、なんだか恥ずかしくなってぎゅっと目を閉じてしまった。
 身構えた身体に何かが触れたと思った瞬間、それが温かくて柔らかくて、触れ合っているのは唇だけなのに、全身が優しく包み込まれているような感じがして、身体の力が抜けてしまった。
 そうしたら舌が入ってきたのだが、無理強いするような強引さはなく、ファビオの舌はひたすら優しく聡の舌を撫でた。

 それで、ついつい流されて──

──いや、何考えてるんだ僕はっ! 初対面の人にキスされてそれが気持ちいいだなんてっ!

 聡は枕をボフボフと殴りつけた。
 しかも、あろうことか、ちんこをいじられて気持ちよく射精してしまったのである。思い出すだけで顔から火が出そうで、聡は枕に頭突きをした。

──あいつがおかしいんだ。「かわいい」「かわいい」とか言うから……。

 これまで「かわいい」と言われた覚えなどなかったし、それで何も不満を抱いたことはなかった。
 なぜならば、聡は毎日のように「賢い」「頭いい」「すごい」と言われ続けてきたからである。
 聡がテストや模試の結果を見せると、家庭でも学校でも、皆ほっこりした笑顔になって褒めてくれるのである。

 だいたい「かわいい」なんて、見た目を褒めるのは不純だ。
 ファビオはイケメンなのをいいことに、色んなところで同じようなことを言って、男でも女でもかまわずえっちなことをしまくっているんだろう。

 ──絶対に身体を許しちゃだめだっ……!

 ふかふかの布団に寝そべったまま、聡はキリッと気合を入れた。
 もうすでに色々されてしまっているような気もするが、これ以上はだめだ、という決意表明である。
 たとえ、快適な風呂と着替えと部屋を用意してもらっていても、だ。
 これ以上は、身体も心も許してはならない。

 そう決意した瞬間、コンコン、と部屋がノックされて、
「お食事のご用意ができております」
 と女中さんらしき声がした。

「あ、はいっ、今行きまーす」
 せっかく料理人さんが食事を作ってくれたのだから、食べなければ悪いだろう。うん。あのうさん臭い女たらしイケメンの世話になるんじゃないんだからな。

 ◇ ◇ ◇

「食べないんですか」
「いや、君が食べているのを見ていると、ついつい手が止まってしまってね……」

 夕食は、焼いた鶏肉と野菜のスープ、全粒粉のパンだった。食後のデザートにプリンらしきものまでついている。
 ダイニングテーブルは広いのに、ファビオと聡の席は、すみっこを挟むように近づけられていた。
 ファビオは、時折パンをちぎって口に運びながら白ワインらしき酒を飲んでいるだけで、あまり手を付けていない。

「私の用意した服と食事が気に入ってくれてよかったよ」
「用意してくれたのは、召使の人たちですから」

 聡が塩対応すると、ファビオはふふふっと笑った。会った時から、四六時中ほくそ笑んでばかりだ。
 じっと聡の顔を見つめるエメラルドの瞳は、少しだけくせのある金髪によく合っている。
 彫りが深くて肌が白いから、平たい顔の日本人にはなかなか似合わないもみあげも違和感がない。だからキザなことをしてもサマになってしまうのだろう。

「見てないで食べたらどうですか」
「君がもぐもぐしているのを見るだけで、私はとても満たされるんだよ。まるで小リスのようだ」
 ほおばって食べているつもりはなかったので、聡は困惑した。

「かわいい、かわいいって……僕がかわいいわけないじゃないですか。そんなの言われたことありませんよ」
 どうせ誰にでもそんなことを言っているんだろう。疑いの眼差しを向けると、ファビオはエメラルド色の瞳を大きく見開いて驚きを示した。

「えっ! 今まで一度も言われたことがないのかい?」

「なんということだ……!」
 聡がコクリと頷くと、ファビオは顔を手で覆って大げさにショックを表現した。

「異世界の人々の目が節穴でよかったよ。君という花が誰にも手折られることなく、私のところにやってきたのだからね」
「はっ!? なっ、何言ってるんですか!?」
 余りにもキザなファビオのセリフに、聡はブワッと顔を赤くした。
 しかしファビオは意に介した様子もなく、フッフッフッと笑っている。

 プリンをカラメルソースまでキレイに食べ終わると、聡は、はーっとため息をついてナプキンで口元を拭った。

「じゃあ僕、そろそろおいとましてもいいですか?」
「どこに?」
「行くあてはないですけれど、セクハラ変態女たらしの家に泊まったら、危ないじゃないですか」

 ごちそうさまでした、と言って席を立とうとすると、ファビオがスッと目を細めた。

「悪いけれど、そういうわけにはいかない。私の愛情表現はまだまだ終わっていないんだ。しばらくこの家に滞在していただくよ」
「ええっ!? だってその、あ、愛を受けてそれでも帰りたかったら尽力してあげるって……」

「だからそれが終わっていないんだよ。まだまだこれからなんだから」
「えっ!?」
 聡は慌てて椅子からガタッと立ち上がったが、テーブルの上に置かれた手をファビオがつかんだ。
 素早い動きだったのに、その手が思ったよりも優しくて、思わず止まってしまった。

「ふえっ?」
「大丈夫。痛いことや君を苦しめることはしない。まずは一緒に部屋に戻ろう、ね?」
 ──こ、今度は何をされるんだーー?

 バックンバックンと頭に血が上り、なすすべもなく固まっている聡の手を、ファビオがそっと持ち上げ、手の甲に唇を押し当てた。

「ひょ、ひょえ……っ!」

 パニックに陥って何がなんだかわからなくなっているうちに、聡はあっという間にファビオに腰を抱かれ、部屋に連れ戻されてしまった。

◇ ◇ ◇

 部屋に戻ると、ベッドが整えられ、白くてズルズルしたシャツとズボンが畳んで置いてあった。これがパジャマなのだろう。
 着替えさせたいというファビオを扉の外に追い出し、どうにか一人で着替えると、呼びもしないのにファビオはまた部屋に入ってきた。

「大丈夫。えっちなことはしないよ。今はね」
 疑いの眼差しで見ながら、聡がおそるおそるベッドに横たわると、ファビオはベッドサイドの椅子に座って手を伸ばしてきた。
 思わずびくっと身をすくめたが、ファビオはふわっと布団をかけて、額を撫でただけだった。

「メガネを外さないのかい?」
「……何をされるかわからないので」
 頬が熱くなっていくのを自覚しながら、聡は疑いと緊張の眼差しでファビオを睨んだ。

「ふふふ、君の本当の初体験は、もっと素敵にいただくつもりだから、今は安心していいよ」
「ばっ、馬鹿じゃないですかっ!?」
 頬どころか顔中が熱くなって、聡は怒鳴ったが、ファビオはクスクス笑うだけだ。冗談ならやめてほしい。

「今は、君の住んでいた世界の話が聞きたいかな」

 聡がぽつりぽつりと話し始めると、ファビオは額を撫でながら聴き入っていた。
 地球のこと、日本のこと。社会の仕組みや学校のこと。
 三権分立とか基本的人権とか話しているうちに、だんだんウトウトして、意識が朦朧としてきた。
 もっと話さなきゃならないのに……。進んだ社会のことを……。
 額をスルスルと撫でる手が、なんだか気持ち良くて落ち着いて、眠くなってしまう。

「聡は学問に興味があるんだね。この街に古い図書館があるけど、行ってみようか」
「うん……行きたい……」

 図書館かぁ……いいなあ……。
 そう思っているうちに、聡の意識は途絶えていった。
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