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最終章『大魔王の夢 - 不毛の大地グレブド・ヘル -』
第47話 高山気候
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旧魔王城――。
断崖を越えたあたりから、上空遠くからでもその石造りの姿は見えていた。
あまり近づきすぎると魔法で撃ち落とされる可能性がある。一行は念のため、ある程度離れたところに着陸し、地上から近づくことになった。
デュラの助言に従い、一行は開けている場所へと降りた。
ティアとアランを降ろし、シドウは変身を解く。
地面は岩ばっていた。植生が乏しく、木も生えていない。
おかげで景色をよく眺めまわすことができた。
麓からの視点ではテーブル状なので、平坦な地形を想像してしまうこの高地。
中から見ると、起伏は存在した。
景色の中央やや遠くには岩山がある。その頂上は平坦であり、そこに旧魔王城がそびえ立っていた。
旧魔王城は灰色で、石造りと思われた。シドウの想像どおりだったのは、その大きさだけ。思っていたよりもずっと簡素で、飾り気がなく、武骨な城だった。禍々しさもまったくない。
さらに見る。
旧魔王城がある岩山の他にも、崖を持つ小さな岩山が点在している。グレブド・ヘル自体が岩の大地であるため、全体的に土壌が乏しいはずなのだが、ところどころ森と表現してよいものもある。
そして、どこからか水が湧いているのだろうか。小さな川が流れているのが見て取れた。川のほとり、小高くて開けているところには、集落のように見える小さな石造りの建物群も確認できる。人型モンスター・アルテアの民のものだろうと想像できた。
「人間の姿に戻っても、やはりキョロキョロ見るのですね。シドウくん」
「あ、はい。空からとはまた違う見え方をしますので」
アランからからかわれるように言われると、シドウは亜麻色の髪を搔く。
「いつか旅でゆっくり来たいとか思ってるんじゃないの」
さらには思っていたことをそのままティアに言われ、苦笑するしかない。
一方、シドウの両親も一通りの会話を交わしていた。
「デュラ、どう? 懐かしい?」
「そうだな。夏はこのような景色だったと思う。変わっていない。懐かしい」
「冬は全然違ったりするの?」
「ああ。一面白銀の世界となる」
「雪がいっぱい降るんだ!?」
「そこまで降らない。だが溶けない」
「へー!」
見える限りでは、裸地もしくは草丈の低い草原が広がっている。そのため、移動の障壁になるようなものはない。
旧魔王軍の生き残りであり世界最後のドラゴン、デュラ・グレース。
かつて勇者一行に頭を下げてデュラを助命したという元頂級冒険者、ソラト・グレース。
その二人を先頭に、夏なのに涼しい風を受けながら、一行は前進した。
* * *
「エリファス様。これで私たちがやれることはすべてやったと思います」
魔王城最奥にある〝大魔王の間〟への最後の砦になろうと思われる、大きなホール状の部屋。
そこにはひざまずく数十名のローブ姿のアルテアの民がいた。
「時間がないなか、よくやってくれた」
エリファスが彼らをねぎらう。後ろだけ束ねられた銀髪が、部屋の壁の上部にある採光窓から入る光を受けて輝いた。
ひざまずく彼らは、アンデッドではなく生身である。
アルテアの民であり、かつ新魔王軍に賛同する同志であるが、特別な戦闘技能を持たないためアンデッド化が後回しにされていた。
「しかしエリファス様、不思議です。この城はこれだけ大きいのに崩れないんですね。柱を割っても揺れることすらありませんでした」
「大魔王様は幼少のころにはすでに考えられないほどの膨大な魔力をお持ちだったらしい。その魔力の結晶がこの城だ。亡くなられた今も遺骨はダヴィドレイが特殊な棺で保管している。魔力がまだ残っているのだろう」
ツルツルだった壁や柱には、縞模様にも見える切れ込みが多数入っている。足場として使えるように急いで細工を施したものである。エリファスの強みである跳躍力や素早さを生かすためだ。
一人のアルテアの民が顔を上げた。
「エリファス様、やはり生身では無理なのではないですか。乗り込んでくる敵は一人ではないでしょう」
ダヴィドレイの提案どおり、アンデッドになるべきだったのではないか。
そう指摘しているのだが、エリファスは一笑に付した。
「アルテアの民の戦士として戦わなければ意味がない。おれはアンデッドを代表して大魔王様復活のお助けをするために生まれたわけではないからな」
「……その大魔王様もアンデッドとして蘇る予定では?」
「蘇った大魔王様がなれと言うなら、おれは喜んでアンデッドになるさ」
エリファスは室内に点在する柱を触っていく。
「お前たちには理解できないかもしれないな。だがおれにとっては大事なことだ。ダヴィドレイにも口出しはさせん」
顔をあげていたアルテアの民も、それ以上の言葉は出さなかった。
そして部屋の外から、一人のアルテアの民が息を切らして部屋に入ってくる。
「大変です! アルテアの民ではないと思われる一行がこの地にやってきたようです! この城の方向へ向かっているとのこと。ドラゴンらしき生物を含みます!」
エリファスは「来たか」と言うと、柱に立てかけていた大剣に手をかけた。
「お前たちは集落のほうに避難しろ。敵はおそらく逃げる者や抵抗しない者には手を出さん」
今度は全員が顔をあげた。
「え? しかし」
「敵は世界最強の動物だ。それこそ生身のお前たちがいたところでどうにもならんさ」
大剣を軽々と背負うと、小さく笑った。
「おれが敵に勝って大魔王様が無事に復活してから、ここに戻ってきたらいい。堂々とな」
断崖を越えたあたりから、上空遠くからでもその石造りの姿は見えていた。
あまり近づきすぎると魔法で撃ち落とされる可能性がある。一行は念のため、ある程度離れたところに着陸し、地上から近づくことになった。
デュラの助言に従い、一行は開けている場所へと降りた。
ティアとアランを降ろし、シドウは変身を解く。
地面は岩ばっていた。植生が乏しく、木も生えていない。
おかげで景色をよく眺めまわすことができた。
麓からの視点ではテーブル状なので、平坦な地形を想像してしまうこの高地。
中から見ると、起伏は存在した。
景色の中央やや遠くには岩山がある。その頂上は平坦であり、そこに旧魔王城がそびえ立っていた。
旧魔王城は灰色で、石造りと思われた。シドウの想像どおりだったのは、その大きさだけ。思っていたよりもずっと簡素で、飾り気がなく、武骨な城だった。禍々しさもまったくない。
さらに見る。
旧魔王城がある岩山の他にも、崖を持つ小さな岩山が点在している。グレブド・ヘル自体が岩の大地であるため、全体的に土壌が乏しいはずなのだが、ところどころ森と表現してよいものもある。
そして、どこからか水が湧いているのだろうか。小さな川が流れているのが見て取れた。川のほとり、小高くて開けているところには、集落のように見える小さな石造りの建物群も確認できる。人型モンスター・アルテアの民のものだろうと想像できた。
「人間の姿に戻っても、やはりキョロキョロ見るのですね。シドウくん」
「あ、はい。空からとはまた違う見え方をしますので」
アランからからかわれるように言われると、シドウは亜麻色の髪を搔く。
「いつか旅でゆっくり来たいとか思ってるんじゃないの」
さらには思っていたことをそのままティアに言われ、苦笑するしかない。
一方、シドウの両親も一通りの会話を交わしていた。
「デュラ、どう? 懐かしい?」
「そうだな。夏はこのような景色だったと思う。変わっていない。懐かしい」
「冬は全然違ったりするの?」
「ああ。一面白銀の世界となる」
「雪がいっぱい降るんだ!?」
「そこまで降らない。だが溶けない」
「へー!」
見える限りでは、裸地もしくは草丈の低い草原が広がっている。そのため、移動の障壁になるようなものはない。
旧魔王軍の生き残りであり世界最後のドラゴン、デュラ・グレース。
かつて勇者一行に頭を下げてデュラを助命したという元頂級冒険者、ソラト・グレース。
その二人を先頭に、夏なのに涼しい風を受けながら、一行は前進した。
* * *
「エリファス様。これで私たちがやれることはすべてやったと思います」
魔王城最奥にある〝大魔王の間〟への最後の砦になろうと思われる、大きなホール状の部屋。
そこにはひざまずく数十名のローブ姿のアルテアの民がいた。
「時間がないなか、よくやってくれた」
エリファスが彼らをねぎらう。後ろだけ束ねられた銀髪が、部屋の壁の上部にある採光窓から入る光を受けて輝いた。
ひざまずく彼らは、アンデッドではなく生身である。
アルテアの民であり、かつ新魔王軍に賛同する同志であるが、特別な戦闘技能を持たないためアンデッド化が後回しにされていた。
「しかしエリファス様、不思議です。この城はこれだけ大きいのに崩れないんですね。柱を割っても揺れることすらありませんでした」
「大魔王様は幼少のころにはすでに考えられないほどの膨大な魔力をお持ちだったらしい。その魔力の結晶がこの城だ。亡くなられた今も遺骨はダヴィドレイが特殊な棺で保管している。魔力がまだ残っているのだろう」
ツルツルだった壁や柱には、縞模様にも見える切れ込みが多数入っている。足場として使えるように急いで細工を施したものである。エリファスの強みである跳躍力や素早さを生かすためだ。
一人のアルテアの民が顔を上げた。
「エリファス様、やはり生身では無理なのではないですか。乗り込んでくる敵は一人ではないでしょう」
ダヴィドレイの提案どおり、アンデッドになるべきだったのではないか。
そう指摘しているのだが、エリファスは一笑に付した。
「アルテアの民の戦士として戦わなければ意味がない。おれはアンデッドを代表して大魔王様復活のお助けをするために生まれたわけではないからな」
「……その大魔王様もアンデッドとして蘇る予定では?」
「蘇った大魔王様がなれと言うなら、おれは喜んでアンデッドになるさ」
エリファスは室内に点在する柱を触っていく。
「お前たちには理解できないかもしれないな。だがおれにとっては大事なことだ。ダヴィドレイにも口出しはさせん」
顔をあげていたアルテアの民も、それ以上の言葉は出さなかった。
そして部屋の外から、一人のアルテアの民が息を切らして部屋に入ってくる。
「大変です! アルテアの民ではないと思われる一行がこの地にやってきたようです! この城の方向へ向かっているとのこと。ドラゴンらしき生物を含みます!」
エリファスは「来たか」と言うと、柱に立てかけていた大剣に手をかけた。
「お前たちは集落のほうに避難しろ。敵はおそらく逃げる者や抵抗しない者には手を出さん」
今度は全員が顔をあげた。
「え? しかし」
「敵は世界最強の動物だ。それこそ生身のお前たちがいたところでどうにもならんさ」
大剣を軽々と背負うと、小さく笑った。
「おれが敵に勝って大魔王様が無事に復活してから、ここに戻ってきたらいい。堂々とな」
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