自然地理ドラゴン

どっぐす

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三章『天への挑戦 - 嵐の都ダラム -』

第36話 目標の違い

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 火魔法による炎の轟音が、やむ。
 上級アンデッドの動作音や金属音も、一度やんだ。

 アンデッドたちは、赤髪の青年・アランを取り囲む位置に戻っていた。
 十体いたその数は、九体に減っている。
 アランの右手には、いつのまにか抜かれていた剣。減った一体は、その一閃に耐え切れず崩れ落ちたのである。

 アランは無傷。髪とマントを強い風でたなびかせながら、悠然と立っていた。

「多少はできるようだな」

 黒ローブを着た人型モンスターの男は、舌打ちをしてそう言った。

「お褒めいただきまして嬉しいです」

 アランはそう答えながら、先ほどまでアンデッドモンスターだった骨を足で踏み、砕く。
 まるで気圧されたかのように、まだ稼働しているアンデッドたちからわずかな動作音がした。

「俺の火魔法によるダメージもないようだな」
「この服もマントも、炎を防げるんです。今の火魔法程度なら大丈夫ですよ」
「ほう……ではこれならどうだ」

 男はふたたび、宝玉のついた杖を構えた。
 すると、杖の上……いや、男の頭上に、巨大な炎の塊が出現した。それは道の両わきの林を構成している木よりも大きい。離れているアランも頬に熱を感じるほどだった。

「アルテアの民は剣こそ苦手な者が多いが、魔法は人間よりも得意だ。そして俺ほどのレベルになれば、これくらいの火は出せる」

 燃え盛るその炎は、凝縮しながら下りてきた。人間の頭部ほどの火球となり、男の杖の前でとまる。
 道の両脇が林になっているうえに、空には陽の光を遮断する雲。薄暗い中で、火球はまばゆく輝いていた。

 しかし、自信に満ちた顔と濃厚な火球を見せつけられても、アランは落ち着いていた。

「お見事、と言いたいところですが。そのレベルで満足されたのですね」
「……」

 煽りは無視され、杖の動きとともに火球が発射された。
 アランはそれに対し、特に足を使ってかわすこともなく、マントを使って受けることもしなかった。
 剣を持っていない左手を、男のほうに向けただけだ。

「――!?」

 するはずだった強烈に爆ぜる音は、しなかった。
 男が目を剥く。

 発射直後、火球にキラリと光る無数の小さな結晶が殺到。一瞬にして、ほぼ同じ大きさの、透明感のある白い塊へと変わったのである。
 勢いを失ったそれは、アランの手前で地に落ちた。

「氷……? まさか……!?」
「やはり気づいていなかったのですか。私、戦士ではなく魔法使いですよ?」

 アランは続いて左腕を動かした。
 その手のひらが向いた先は、前方ではない。左にいたアンデッドだ。

 一瞬だった。
 轟音とともに、三体のアンデッドがそれぞれ同時に炎に包まれた。

 その炎は、男が頭上に大きく出したもののような赤黒い色ではなく、凝縮させて火球にした後のような、黄色っぽい色をしていた。
 しかも、それはアランの手からではなく、下の地面から噴き出てきたようにも見えた。

 けっして大きくもなく、無駄のない炎。
 灰となったアンデッドの体が、吹き続けていた風に乗って消滅していく。
 骨の体の上に着けていた防具と、とっさに構えたのであろう盾が、次々と虚しい金属音を立て、地面に落ちていった。

 アランは同じように、右や後ろ、そして前方にいるアンデッドたちも、一撃で灰にしていく。

 あっというまに、赤髪の青年と黒ローブの男の一対一となった。

「馬鹿な……お前はいったい……」

 絞り出すようなその言葉に対し、アランは一歩前に出た。
 男は一歩、後ろに下がる。

「あなたのレベルがそこで止まったのは、目標がなかったか、もしくは低かったからなのでしょう。逆に私の目標は非常に高いところにありました。その差だと思います」

 アランが微笑む。それはどこか寂しげだったが、もはや男がそれに気づける状況ではなかった。

「安心してください。命までは頂きません。〝彼〟がここにいたら、きっとそうしてくれって頼んできたでしょうから」

 直後、アランの左手より小さな火球が発せられた。
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