自然地理ドラゴン

どっぐす

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二章『追いつかない進化 - 飽食の町マーシア -』

第25話 五体復活(2)

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 変身してすぐ、シドウはふたたび後ろをチラリと見た。

 もちろん想定済みではあったが。自警団や冒険者たちは、アンデッド軍団の登場時とは比較にならないほどの反応を見せていた。
 悲鳴を上げる者、その場で固まる者、腰が抜けてへたり込む者、逃げようとするも足がもつれて転倒する者、さまざまだ。

 ティアとアランが「あのドラゴンは味方だから」と説明し、恐慌を起こしている人たちを収めにかかっている。



 シドウが前方に視線を戻すと、アンデッド化した町長が慌てふためいていた。

「お、おい、これはどういうことだ!?」

 町長は黒ローブの男二人のうち、フードをかぶっていないほうに詰め寄っていた。
 面長で切れ長の目を持つ、車椅子を押していた男のほうだ。

「なぜお前が慌てる?」
「ど、ドラゴンじゃないか! 慌てるのは当然だろう!」
「ふむ……」

 男は、もう一人のフードをかぶっている男を見る。そして何か思うところがあるのか、少し首をひねった。
 町長の狼狽ろうばいは続く。

「こ、このアンデッドたちで……か、勝てるのか!?」
「落ち着け。どんな仕組みになっているのかは知らぬが、あのドラゴンは人間が化けたものだ。本物かどうかはまだわからん。アンデッドを一斉にかからせよう」

 面長で切れ長の目の男は、また笛を吹いた。
 アンデッドの列から一斉にガチャリと音がし、素早い動きでドラゴン姿のシドウに向かってくる。

 戦闘開始だ。



 後ろで自警団や冒険者たちを避難誘導している、ティアやアランも。
 さらにはシドウ本人すらも。
 この戦い自体については、特に興味はなかった。
 上位種アンデッドとドラゴンとでは、モンスターとしての格が比較にならない。

 シドウとしては、一斉に、それも全匹が自分に向かってきてくれたことは、逆にありがたかった。

 アンデッド軍団が射程内に入ってきた瞬間に、右の鈎爪を一振り――。
 最初の一振りで、三匹がまとめて散った。
 アンデッド化した町長から、「ヒエッ」という情けない言葉が発せられる。
 他のスケルトンファイターも、すべて攻撃一回ずつで四散し、戦闘不能となった。

 あっという間に上位種アンデッドは全滅した。
 相手の数が多かったので、シドウも攻撃を何振りかはもらっているが、硬い鱗で弾いてノーダメージだ。

 ――復活しないように、仕上げを。

 シドウは火を吹いて骨を灰にする代わりに、スケルトンファイターの残骸を足で踏み潰した。

 固く均された地面が揺れる。
 砂埃が舞う。
 足を退けると、大きな足跡。その中央に、粉々になった骨が見えた。

 それを繰り返し、シドウは十匹以上いたスケルトンファイターをすべて土へと還した。
 地面が揺れるたびに、町長の「ヒエッ」という声が聞こえた。



 うろたえ続ける町長をよそに、黒ローブの男二人は落ち着いていた。

「全然通用しないようだな。強さが違い過ぎる」
「そうですな。どうなっているのかはわかりませんが、あの強さは人間のものではありません。見かけどおり、ドラゴンそのものであるようにも感じます」

 まるで他人事のように、そう評論した。

「何呑気なことを言っている! もっとアンデッドを呼び出せ!」

 慌てて増援を要求する町長。

「無理だ。ここにもうこれ以上の上級アンデッドはいない」
「では下位種でもいい! まだいるはずだろ! どんどん出せ!」

 すでに白骨化しているために表情はないが、口調や身振り手振りで必死さをアピールしている。
 しかし――。

「いや、もうこれ以上は無駄なだけだ。我々は撤退する」

 男二人の反応は、冷めたものだった。

「で、では……わ、私も行く!」
「いや、撤退するのは我々だけだ。お前はここで最後まで戦え」
「い、嫌だ! 私も逃げるんだ」
「駄目だ。お前は連れて行くわけにはいかない。戦って死ね」
「……」

 突き放された町長は……
 ……不気味に笑い出した。

 完全に白骨化している肩が、上下に震えている。
 手に持っていた剣が硬い地面の上に落ち、土にしては高く乾いた音を立てた。

「い、いやだ……。私はやっと自由になったんだ……。私はこれからやりたいことがたくさんある。ここで終わるわけにはいかない。私は生きている……そしてこれからも生き続ける……。この先も生きるかどうか、これから何をするのか、すべてこの私が決める……お前たちなどに決めさせはしない。ドラゴンよ……お前もそうだ。お前にも決めさせない……なぜお前は私と戦う? なぜ私の邪魔をする? なぜだ? 私のこの体がうらやましいのか? そうだ……お前もこの体にしてもらえばいい……そうすれば……お前も……仲間になれば……この町を二人で自由に――」

 絶望がすぎて錯乱したのか、意味不明なことを言っている町長。
 シドウはそれを見て、突進を躊躇した。

 これを殺して…………いいのだろうか?

 あらためて、そう考えてしまった。
 アンデッドは生物ではない。生態系から外れる歪な存在だ。それは間違いない。
 本来であれば、倒して土に還してあげたほうがいい。
 しかし……。

 通常はアンデッド化すると生前の自我もなくなる。
 だがどういうわけか、目の前のアンデッド化町長の精神は生前のまま。
 そしてもう、明らかに戦意もなくなっている。

 そのような相手を、自分の判断で勝手に「処刑する」というのは……本当に問題がないのだろうか?

 ……。

 やはり、自分が決めるべきではないのかもしれない。
 うまくこのまま縛り上げて、町の人に引き渡して、町の人の手で裁いてもらったほうが――。
 シドウが迷っていると、ローブの男二人が口を開いた。

「ふむ。この様子ではやはり実験が成功したとは言えないな」
「そうですね。生前の記憶を引き継げたとはいえ、怖がり屋で狼狽屋のアンデッドでは、利用価値も存在価値もない」

 そのようなことを言い、フードをかぶっていない男のほうは、町長に対しこう宣告した。

「戦死する気もないようだな。予定変更だ。お前は処分する」
「な、何……?」

 その町長の疑問には答えず、今度はシドウに対して話しかけてきた。

「ドラゴンよ。よく聞くがよい」
「?」
「この家の中には人間の人質がいる。普通の町民だ。この邸宅を倒壊させたり炎上させたりすれば、その人質は死ぬことになる」

「……?」

 シドウが戸惑っていると、二人の男が町長に手をかざす。
 まず、背の高い男の手のひらから氷球が発生。そのまま発射された。
 至近距離でそれが命中したアンデッド町長は、一瞬にしてバラバラとなり、崩れた。

「あ――」

 シドウが声を上げると同時に、フードのほうの男の手のひらからは炎。
 町長だったアンデッドは灰となった。
 そして、男二人は町長の家の裏口から、中へと逃げ込んだ。

「シドウ! わたしたちで追うから!」
「シドウくんはここで待っていてください!」

 後ろから飛んできたティアとアランが、そう言いながら脇を駆け抜け、邸宅に入っていく。

 二人のその言葉は、耳から頭の中には入ったが、処理はされず、そのままどこかに抜けていった。
 視線は灰となったアンデッド町長に固定されたまま、シドウはただ立ち尽くした。 
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