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一章『か弱き生態系の頂点 - 海竜の港町イストポート -』
第9話 生物濃縮
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冒険者ギルドで中間報告を済ませた二人は、ふたたび外に出て、通りを歩き始めた。
まだ午前中だが、日差しは強い。
ティアが長い黒髪を流しながら空を見上げて、苦い顔をする。
そして、
「わたしの予想、微妙に当たっちゃってたとはね」
と、現状をまとめた。
彼女の言っている「わたしの予想」というのは、シーサーペントと会話をする前に、シドウに対しておこなった、
「『この街を滅ぼすために来た』とか言われたらどうするの?」
という指摘を指している。
「当たってたことになるのかな。でも問題さえ解決すれば、何も起きないで済むと思うけど」
シドウは地図を広げながらそう答えた。
シーサーペントには、しばしの猶予をくれと頼み、了承を得た。
その猶予で解決を目指すつもりだ。
「これからまた川にいくのね?」
「うん。『水が汚れた』と言っているわけだから。少し上流のほうから水を調べていこうかと思う。何か異変が起きているのかもしれない」
自然地理学には水を扱う『水文学』という分野がある。
そのため、シドウも師匠から水循環についての知識や、水環境の調査法などを教えてもらっている。
生物は水がなければ生きていくことができない。大変重要な勉強だ――そう言われていた。
「でもさ。浜も港も、別に魚が大量に死んで浮いてたとか、そんなことは全然なかったわけじゃない? それで街を滅ぼすとか大げさすぎじゃないの?」
「いや、大げさというのはたぶん正しくない。水の汚染に一番弱いのがシーサーペントという考えもできる」
「なんでよ。あんなデカいのに」
地図からティアに視線を移すと明らかに不満そうな顔だったため、シドウは説明をおこなった。
「『生物濃縮』というものがあって」
「また変な言葉きたー」
「まず自然界には、強い生物ほど個体数が少なくなる法則があるんだ。だから海で最強のシーサーペントの個体数は極端に少ない。下手すればこのあたりでは、あの一家族だけということもありえる」
「まー、少なそうだよね」
「なので、このあたりの海って、『微生物』をより少数の『小さい魚』が食べて、その『小さい魚』をさらに少数の『大きい魚』が食べて、さらにそれをごく少数の『シーサーペント』が食べているわけで。
そうなると、微生物に取り込まれたこのあたりの海の汚れを、最終的にあのシーサーペント一家が全部引き受けることになる。もともと薄い汚れであっても、かなり濃縮されるはず」
「……ふーん。なんか騙されてるような感じだけど、なんとなくはわかった」
研究している人間がほとんどいないため、シーサーペントの生態については謎の部分も多い。しかし、シーサーペントが海で食物連鎖の頂点に立っていることは疑いない。
もちろん、シーサーペントが生物濃縮の理論を頭で理解している可能性は低い。
水の汚染自体には自力で気づけるだろうから、理論ではなく本能的に危険を感じ取ったか。もしくは、シドウの前にシーサーペントに接触したという人間が、理論まで教え込んだか。
どちらかということになる。
ちなみに。
シドウとティアの前に誰がシーサーペントに接触していたのかについては、知る者がいなかった。結局わからずじまいのままである。
ここ最近ずっと見張っている自警団からも、「知らない」と言われてしまった。
「でもさ、シドウ。シーサーペントのほうがこのあたりの沿岸を使わなければいいだけの話じゃない。子育てをするのに浜を使わないといけないにしても、どっかよそできれいな浜を見つけてくれればいいんじゃないの?」
「さっきそれを提案したんだけど、まったく話にならないという感じで蹴られた」
「そうなんだ? じゃあもし汚染の元がわかったとして、都市側も譲らなかったらどうなるの?」
「そのときは……戦いになる」
「戦いになったら?」
「たぶん、シーサーペントが敗死することになると思う」
強大な海竜といえども、この都市の冒険者や自警団全員を相手にしては、さすがに勝ち目はない。
仮にシドウがいなくても、犠牲は出るだろうが人間側が負ける可能性はない。
シドウはそう思っていた。
「敗死って……。それってシドウ的にはいいの?」
「あまりよくないけど、その展開にはならないんじゃないかな」
シドウはそう答えたが、ティアはやや不安そうな表情をしていた。
* * *
二人は川岸を上流へと歩き続けた。
倉庫や商館のエリアを抜け、そして都市の主要施設があるところも抜け、建物が途切れるところまで行った。
「ひとまず、このあたりから下流に向かって、透明度の確認と、臭いの確認、生物相の確認、周辺住民への聞き取りをやっていくつもりでいる」
荷物袋から道具を取り出す。
「シドウ。それは?」
「水を調べる道具だよ」
どこまで見えるかで透明度を調べる、紐とおもり。そして水を採取する瓶などだ。
「そんなので調べるの? 魔法で水をサクッと分析することはできないんだ?」
「それは『魔法の研究者で水質調査にも興味がある人』が出てこないと無理だろうね」
「……そんな人、永遠に出てこなそうだけど?」
「そうかも」
魔法を使える人間自体は、決して希少ではない。だが、この世界に自然地理を研究対象としている学者はほぼいない。
それこそ、シドウの師匠くらいなものかもしれない。
「でも、袋に入っていたのはダサい服だけじゃなかったんだね。ちゃんとこういう道具も入れてたんだ」
「あの、勝手に人の荷物袋を漁らないでもらえると」
「いいじゃない。同じパーティメンバーなんだから」
「あまりそれは関係ないと思う……」
荷物袋の中身を調べ出したティアに不服を申し立てたシドウだったが、反省はしてもらえなかったようである。
「キャッ! なんで下着が入ってるの!」
「変身すると下着も破れるから」
「ヘンタイ!」
「……」
俺、今回は被害者だよね?
そう思いながら、亜麻色の髪をポリポリと少し掻くと、シドウは気持ちを切り替え、さっそく調査を開始することにした。
まだ午前中だが、日差しは強い。
ティアが長い黒髪を流しながら空を見上げて、苦い顔をする。
そして、
「わたしの予想、微妙に当たっちゃってたとはね」
と、現状をまとめた。
彼女の言っている「わたしの予想」というのは、シーサーペントと会話をする前に、シドウに対しておこなった、
「『この街を滅ぼすために来た』とか言われたらどうするの?」
という指摘を指している。
「当たってたことになるのかな。でも問題さえ解決すれば、何も起きないで済むと思うけど」
シドウは地図を広げながらそう答えた。
シーサーペントには、しばしの猶予をくれと頼み、了承を得た。
その猶予で解決を目指すつもりだ。
「これからまた川にいくのね?」
「うん。『水が汚れた』と言っているわけだから。少し上流のほうから水を調べていこうかと思う。何か異変が起きているのかもしれない」
自然地理学には水を扱う『水文学』という分野がある。
そのため、シドウも師匠から水循環についての知識や、水環境の調査法などを教えてもらっている。
生物は水がなければ生きていくことができない。大変重要な勉強だ――そう言われていた。
「でもさ。浜も港も、別に魚が大量に死んで浮いてたとか、そんなことは全然なかったわけじゃない? それで街を滅ぼすとか大げさすぎじゃないの?」
「いや、大げさというのはたぶん正しくない。水の汚染に一番弱いのがシーサーペントという考えもできる」
「なんでよ。あんなデカいのに」
地図からティアに視線を移すと明らかに不満そうな顔だったため、シドウは説明をおこなった。
「『生物濃縮』というものがあって」
「また変な言葉きたー」
「まず自然界には、強い生物ほど個体数が少なくなる法則があるんだ。だから海で最強のシーサーペントの個体数は極端に少ない。下手すればこのあたりでは、あの一家族だけということもありえる」
「まー、少なそうだよね」
「なので、このあたりの海って、『微生物』をより少数の『小さい魚』が食べて、その『小さい魚』をさらに少数の『大きい魚』が食べて、さらにそれをごく少数の『シーサーペント』が食べているわけで。
そうなると、微生物に取り込まれたこのあたりの海の汚れを、最終的にあのシーサーペント一家が全部引き受けることになる。もともと薄い汚れであっても、かなり濃縮されるはず」
「……ふーん。なんか騙されてるような感じだけど、なんとなくはわかった」
研究している人間がほとんどいないため、シーサーペントの生態については謎の部分も多い。しかし、シーサーペントが海で食物連鎖の頂点に立っていることは疑いない。
もちろん、シーサーペントが生物濃縮の理論を頭で理解している可能性は低い。
水の汚染自体には自力で気づけるだろうから、理論ではなく本能的に危険を感じ取ったか。もしくは、シドウの前にシーサーペントに接触したという人間が、理論まで教え込んだか。
どちらかということになる。
ちなみに。
シドウとティアの前に誰がシーサーペントに接触していたのかについては、知る者がいなかった。結局わからずじまいのままである。
ここ最近ずっと見張っている自警団からも、「知らない」と言われてしまった。
「でもさ、シドウ。シーサーペントのほうがこのあたりの沿岸を使わなければいいだけの話じゃない。子育てをするのに浜を使わないといけないにしても、どっかよそできれいな浜を見つけてくれればいいんじゃないの?」
「さっきそれを提案したんだけど、まったく話にならないという感じで蹴られた」
「そうなんだ? じゃあもし汚染の元がわかったとして、都市側も譲らなかったらどうなるの?」
「そのときは……戦いになる」
「戦いになったら?」
「たぶん、シーサーペントが敗死することになると思う」
強大な海竜といえども、この都市の冒険者や自警団全員を相手にしては、さすがに勝ち目はない。
仮にシドウがいなくても、犠牲は出るだろうが人間側が負ける可能性はない。
シドウはそう思っていた。
「敗死って……。それってシドウ的にはいいの?」
「あまりよくないけど、その展開にはならないんじゃないかな」
シドウはそう答えたが、ティアはやや不安そうな表情をしていた。
* * *
二人は川岸を上流へと歩き続けた。
倉庫や商館のエリアを抜け、そして都市の主要施設があるところも抜け、建物が途切れるところまで行った。
「ひとまず、このあたりから下流に向かって、透明度の確認と、臭いの確認、生物相の確認、周辺住民への聞き取りをやっていくつもりでいる」
荷物袋から道具を取り出す。
「シドウ。それは?」
「水を調べる道具だよ」
どこまで見えるかで透明度を調べる、紐とおもり。そして水を採取する瓶などだ。
「そんなので調べるの? 魔法で水をサクッと分析することはできないんだ?」
「それは『魔法の研究者で水質調査にも興味がある人』が出てこないと無理だろうね」
「……そんな人、永遠に出てこなそうだけど?」
「そうかも」
魔法を使える人間自体は、決して希少ではない。だが、この世界に自然地理を研究対象としている学者はほぼいない。
それこそ、シドウの師匠くらいなものかもしれない。
「でも、袋に入っていたのはダサい服だけじゃなかったんだね。ちゃんとこういう道具も入れてたんだ」
「あの、勝手に人の荷物袋を漁らないでもらえると」
「いいじゃない。同じパーティメンバーなんだから」
「あまりそれは関係ないと思う……」
荷物袋の中身を調べ出したティアに不服を申し立てたシドウだったが、反省はしてもらえなかったようである。
「キャッ! なんで下着が入ってるの!」
「変身すると下着も破れるから」
「ヘンタイ!」
「……」
俺、今回は被害者だよね?
そう思いながら、亜麻色の髪をポリポリと少し掻くと、シドウは気持ちを切り替え、さっそく調査を開始することにした。
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