緑の楽園

どっぐす

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第四章

第44話 地下都市

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 どうもうまくいきすぎだ――そう思った。

 子供たちの動きは怪しかった。
 俺の服を牢に持ってくるだけなら、一人でよかったはずだ。全員揃って来たのはなぜか。
 そして、その後のタケルへのアタックも強引すぎる。
 いつもどおりの調子と言えばそうなのかもしれない。しかしながら、相手は敵組織の戦闘員だった人間。それを考えると違和感がある。
 夕食も、大変に豪華なものがタケルの分までしっかり用意されていた。もちろん俺が頼んでいたわけではない。

 これは、金髪少年に直接聞くしかない。
 風呂より戻ってから、夜の城の廊下に彼を連れ出して――壁ドン。

「さて。どういうことかな、カイル」
「え。な、何が……?」
「また町長に言われてたんだろ? 俺をこっそり手伝うようにと」
「い、言われてない……よ?」
「へえ。じゃあ目を合わせないのは何でかな」
「そ、そりゃあ……まあ……ウソがバレる……から」

 こいつは器用に嘘をつける性格ではない。
 本人もそれを自覚しており、とても隠し切れないと思ったのだろう。あっさり白状した。

「兄ちゃんが大変だろうから、もしムードが暗かったら雰囲気づくりを手伝うようにとは言われたよ? こっそりやれとは言われてなかったけど」
「なるほど。俺に気を遣って、お前らの判断でこっそりの方針にしたわけか」
「……嫌だった?」
「いや。今回うまくいったのは、たぶんお前らのおかげだ。お前らと町長には感謝しなきゃな」

 カイルはホッと息を吐いた。
 そして、かすかな恨めしさを込めて俺と目を合わせる。

「なんだ。勝手にやったから怒ってるのかと思ったじゃん」
「そんなわけないだろ。ただ、物事がうまくいったのは誰のおかげだったのかは、やっぱりきちんと知っておきたい。だから確認しただけ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだ。じゃあ、あらためまして。ありがとう」
「へへへ、そういうことなら。どういたしまして」

 ボフッと抱き付かれる。これは余計だがまあいいとしよう。

「なるほど。それはよい心掛けだな」

 ……!
 こ、この声は……。

「ちょ、町長……神さまも」
「あ。町長に神さま」

 廊下の先に、町長と、その少し後ろから神がやってきた。

「やあ。君にとっては久しぶり、かな? 私のほうは、昼間に気絶した君に会っているがね」

 いろいろな記憶が、頭の中を流れていった。
 孤児院を紹介してくれたこと。
 剣をプレゼントしてくれたこと。
 俺が町を出て行ったときに、国王に手紙を送ってくれていたこと。
 カイルを首都に残して、俺のそばに付けてくれていたこと。

 町を出て一か月半以上が経つが、ずっと俺のことを気にしてくれていた。
 それは本当にありがたく、そして嬉しかった。

「お久しぶりです。あの、今回もそうだったようですが、町を出たあとも色々気にかけてくださっていて……ありがとうございました。俺……ず、ずっとお礼が言いたくて……」

 再会したときは泣かないように、とは思っていた。
 でも、無理だった。
 本当は、町長にもっと言わなければならない感謝の言葉が、たくさんある。
 なのに、たくさんありすぎて、詰まってなかなか出てこなかった。

「いやいや、口しか動かしていない私への礼は要らないよ。まあ、でも君が言っていた心掛けは大切なことだ。周囲に感謝する気持ちがないと、天狗になってしまうからね。これからもその気持ちを大切にするといい」
「……はい」

 町にいた頃、たまに会ったときにくれていた町長のアドバイスは、とても貴重なものばかりだった。
 前に女将軍から、俺は「白紙」だと言われたことがある。
 もし白紙であれば、きっとまだいっぱい書き込める余地があるはず。今回の町長のアドバイスも、しっかり書き込んでおこう。

「説得はうまくいったのか」

 町長の後ろにいた神が、話しかけてきた。
 よい雰囲気だったのに、神の無機質な声で少し醒めた気がした。

「ええ、みんなのおかげで。まあなんとか」
「そうか。よくやってくれた」
「ありがとうございます……なのですが、もしかして俺、あなたにハメられました?」

「最も成功率が高いであろう者に、仕事を依頼する――それはいつの時代でも当然のやり方だ。ハメたわけではない」
「できれば、突然難題を振られた側の気持ちもご考慮いただけますと」
「それはお前の中での問題だろう。わたしや他の人間たちには関係のないことだ」
「ソーデスカ」

 こちらとしては、少し非難の気持ちを込めたつもりだった。
 だが神はまったく動じる気配を見せない。さらっと流されてしまった。

「で。もう夜なのに何をやっていたんです?」

 神に、少しだけ気になったことを聞く。

「町長から町政についての相談を受け、助言をしていた」
「え? そうなんですか?」

 ――これはまた意外な。
 思わず、町長のほうに確認の視線を送ってしまった。
 町長は穏やかな表情のまま、神を一度見てから、俺に答えをくれた。

「そうだよ。ありがたい話をたくさん頂戴した。パーティのときは挨拶しか出来なかったからね」

 ……。
 この神さま、俺以外の人間に対しては親切だったりするのだろうか?



 ***



 この時代の人間にとっては、大昔。
 俺の時代の人間にとっては、未来。

 世界中を巻き込んだ戦争が起こった。
 戦争とは関係なかったはずの国も、戦争終結後に力を持つことを警戒され、攻撃の対象となった。
 一定の水準を持つ都市はすべて破壊し尽くされ、文明は崩壊。
 人類は、再出発を余儀なくされることになった。

 しかしその状況の中で、おそらく唯一、高度な生活水準、文化が失われなかったところがあったという。
 それが、日本に造られていた地下都市――。

 マツシロと名付けられたその地下都市は、本州中央部――この時代では中央高地と呼ばれている地域――の北東に位置していた。
 すでに存在していた巨大な坑道を、さらに拡張するかたちで造られたという。

 『あらゆる災害や環境変化に対応できるモデルシティ』として造られたその都市は、再生可能エネルギーでの電力産生装置、食糧生産のためのプラントなどを備え、内部に住む二万人の人間が生活するうえで必要なすべてを、自力で賄うことが可能だった。

 地下都市は一定期間の運用後に公開する予定であり、世界大戦が始まったときはまだ国家機密として扱われていた。
 当時の要人ですら詳細を知る人間が限られており、海外にもほとんど情報がリークされなかったという。
 その結果、戦争での破壊を奇跡的にまぬがれることができた。

 ヤハラやタケルが所属していた組織とは、その地下都市にいた人間たちの末裔である。



 タケルと約束をした日から一夜が明け、会議室に首脳陣が集まっている。

 タケルより、組織とその本拠地である地下都市についての説明がなされた。
 ついに、今まで謎だった敵組織の本部の場所が明らかとなったのである。
 会議室にいた国王、参謀たち、将軍たち、そして神も、俺の横に座っているタケルの話に聞き入っていた。

 それが終わった後。
 会議室はしばらく、静寂に包まれた。

 国王や参謀たち、将軍たちは、驚きと興味深さが半々というような表情だった。
 ただ、神だけは他の者とは違った。部屋の斜め上のほうや、窓の外を、どこか遠い目で眺めていた。いつもの能面のような表情ではなかった。

 会議室の一番奥に座っていた国王が、沈黙を破って口を開いた。

「タケルよ。貴重な情報の提供、この国としては大変ありがたい。よくぞ心を決めてくれた」

 国王の口から出たのは、タケルに対する労いの言葉だった。
 彼の決意を評価してくれた国王に、俺は心の中で感謝した。

 タケルが協力してくれることになった旨を、国王へ報告しに行ったとき。俺は、「遺跡での事件ついて、遺恨はありませんか」と、念のために聞いていた。
 そうしたら、
「撃たれたのは余ではなくてお前だ。それに対しての怒りならあったぞ? お前があのとき死んでいたら絶対に許さなかったと思うが、お前は幸いにも生きていた。それに、今回あいつを救ったのは、他ならぬお前だろう。そのお前自身がもうよいのであれば、余がとやかく言うことではない」
 と回答された。カイルと同じような考えだったのだ。

「しかし、そんなところに敵組織の本部があったとはな……。どうりで今まで見つからなかったわけだ」

 国王がため息交じりに感想を述べた。

 この時代の歴史上では、中央高地に集落が存在したことはないそうだ。
 俺の時代のように、国土の隅々まで人の手が入っているわけではないし、そもそも人間の絶対数がそこまで多くない。
 よって、人の力が及んでいると言えるのは、都市や町村と、それらを結んでいる街道、それくらいの範囲である。ひとたびそれを抜ければ、野獣や野犬、野盗などがはこびる世界だ。
 三千メートル級の山々や広大な森林を擁する中央高地など、とても人間が手を伸ばせる地ではない――それが一般的な認識となっている。

 そんな環境だからこそ、地下都市も今まで活動することができたということか。
 長い歴史の中では、迷い込んで偶然に地下都市を発見した旅人や、もしくは野盗などはいたのかもしれない。だが、生きて地上に戻ってくることはなかったのだろう。

「何か質問のある者はいるか?」

 国王は全員を見渡して、確認をする。

「タケルくん。私から質問してもいいかな?」
「はい」

 参謀のウィトスが、タケルに声をかけた。

「中央高地に本部があるとなると、ここからはかなり遠いことになるよね。本部との連絡手段はどうなっていたんだい?」

 なるほど。これは重要なことだ。
 このタケルも、そして城にいたヤハラも、本部と連絡を取り合っていたはずだ。
 いちいち本人が行ったり来たりということはないはずだから、別に連絡係がいたことになる。

「城下町に、組織の諜報員が経営している店がありまして、そこの者が連絡係をやっています。僕もその店を拠点にして活動をしていました」
「ええ!? そうだったのかい?」
「はい。城の近くの、ヤマガタ屋という地図屋の近くにある茶屋がそうです」

 その瞬間、俺と女将軍は、思わず顔を見合わせてしまった。
 その茶屋は、前に一緒に地図屋に行ったとき、休憩のために寄った店だった。まさかのまさかである。

「そうか……。その対処も考えなければならないな」

 国王は腕を組み、ぼやくようにつぶやいた。
 考えないといけないことが多くて大変だ。

「では、いったんここはお開きにするか。余はウィトスやヤマモトらと共に、これからの作戦の叩き台を作る。それが出来次第、また集まることにしよう。タケルよ、引き続きお前の力を借りることになるが、よいな?」
「はい。わかりました」

 俺とタケルで交わした『約束』については、すでに国王の了承を得ており、タケル本人にもそれを伝えている。
 タケルの返事には、迷いがまったく感じられなかった。
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