緑の楽園

どっぐす

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第四章

第40話 選択

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「わっ! だからちょっと待てって!」
「待ちません……!」

 タケルは右肩を前にして突っ込んでくると、短剣をバックハンドで払うようにして攻撃してきた。

 この少年は、神社で会ったときも短剣を持っていた。いつも使っているのであれば、扱いにも慣れているのだろう。
 小さな武器でも、急所に決まれば当然危ない。攻撃をもらうわけにはいかない。
 喉笛めがけて正確に放たれたであろうそれを、俺は右斜め後ろに飛んで避けた。

 彼はそのまま追撃してきた。
 払うように振った結果、後方に行っていた右腕。脇を締めるようにしてそれを戻し、今度は突き出してきた。
 狙いはまた喉のようだ。あまり速くは感じない。右にステップしてかわした。
 突きをかわされた彼は、体をすぐにターンさせ、再度こちらと向き合う。

 タケルが突っ込んできて、短剣を払うように攻撃してくる、もしくは突いてくる。
 俺がそれをかわす、もしくは剣で受ける。
 防戦一方では受け切れないので、たまにこちらからも攻撃を繰り出す。
 そのような攻防が繰り返されていく。

 すると徐々に、タケルの息が切れてきたのがわかった。
 いったん呼吸を整えるためか、つばぜり合いから俺を強く押すようにして後ろに飛び、距離を取ってきた。小休止の状態となる。
 見ると、肩がかなり激しく上下していた。
 ぜえぜえという呼吸音が、こちらまで聞こえてきそうだ。

 ――なんだ? この違和感は。

 そう思った。動きは遅いし直線的で、戦い方にも工夫はない。
 こいつはもっと、いろいろできるはず。
 表情もおかしい。目は虚ろで、顔は汗でびっしょりと濡れている。

 俺は暇さえあればカイルに訓練をしてもらっているので、いちおう剣については上達しているだろうと思う。
 だが、戦闘のプロであろうこの少年を上回っているかと言われれば、そこまでではないと思う。普通の状態同士で戦えば、彼のほうが強いはずだ。
 こちらにはクロも控えているので、そちらも気にしながら戦っているということもあるのかもしれない。しかしそれを抜きにしても、この少年のパフォーマンスの低さは酷い。

 ――精神的に乱れていて、実力が発揮できていないのか。

 部活動で剣道をやっていた自分にはよくわかる。精神の乱れは動きに大きく影響してしまうものだ。
 悩みやトラブルを抱えている場合、精彩を欠いた動きしかできなくなる。

 やはり、葛藤を抱えたままでここに来たのではないか。
 本当はここで死にたくない――そう思っているのではないか。
 それは単に、死ぬのが怖いからということなのか。もしくは……。

「お前、ヤハラが死刑になる前、何か言い残されたりしたか?」

 聞いてみた。どうせ答えるだろう。

「……彼には……後を頼むと……言われました……」

 やはり答えてきた。息を切らしながら。
 そういう性格なのだろう。親の仇に質問されても真面目に答えそうな感じだ。

 だがこれでハッキリした。
 タケルは、自分のせいで処刑された上司のためにも、まだ生きたいと考えていたのだ。

 戦いが始まる前の会話の様子だと、彼は上司であるヤハラをだいぶ慕っていたのだと思う。後を頼むと言われたのであれば、そのとおりにしたいという思いを強く持ったことだろう。
 ヤハラの分まで頑張ろう――そう思っていた矢先に、今回の命令をもらった。

 指示を守って特攻したら、死ぬ。指示に従わなくても、おそらく処刑されて死ぬ。どうすればいいのか悩んだのだろうが、答えは出ず、そのままタイムリミットになって今日を迎えたというわけだ。
 頭の中は中途半端なまま、死ぬしかないのならせめてヤハラの供養にと、無理心中の相手に俺を選び、ここにあらわれた。
 そういうことだろう。
 当然それでは、まともに戦える精神状態ではないはず。

 ――スッパリと悩みを解決できる「降伏」という手段があるんだぞ?
 なぜそれを選ばないのか。

「なあ、お前もうやめとけ。無理だろ」
「……やめません」

 こちらを睨み付けながらまた突進してきた。

 相手の状態が酷いので、こちらは逆に落ち着いてきている。
 タケルの顎。咬筋に無駄な力が入っていることが、よくわかる。
 力んでいると、スピードは逆に出なくなる。動きは見やすい。また短剣で突いてくるつもりだ。
 かわそう。そう思った時――。

 彼の足がツルッと空回りした。

 どうやら、生えていたコケで摩擦が少なくなっていたようだ。無駄に力んでいた彼は、地を蹴るときに滑ったようである。
 バランスを崩した彼は、そのまま前につんのめった。
 隙だらけになった。

 チャンスが来た。
 俺は左斜め前に踏み込んで、右前腕めがけて小手打ちするように剣を振った。
 もちろん峰打ちだ。

「うっ」

 命中した。彼の顔が少し歪み、小さく呻いた。
 短剣は手から離れない。
 しかしかなり痛かったのだろう。右腕を少し引き、左手で右前腕を押さえた。
 すかさず、今度は右斜め前に踏み込む。ガラ空きになった左側腹部に逆胴打ちを入れた。

「ふあっ」

 これは思いっきり入った。
 タケルが地面に倒れた。

「う、ぐ……あ……」

 短剣が手から離れた。左側腹部を両手で抑え、苦しそうにあえいでいる。
 そこで、スルスルと近づいていたクロが、彼に飛びかかるのが見えた。

 ――あ、まずい。

 こいつは殺すべきではない。
 ――だめだ、クロ、殺すな。
 そう言おうとした。だがクロのポジションがよすぎた。
 俺の声は間に合わない。発する前にクロの牙が彼に届いてしまう。

 ああ……。
 クロは、タケルの首を噛み切るつもりだろうか。
 一瞬後には、彼の首から鮮血が吹きあがることになるのだろうか。
 それは見たくない――目をつぶってしまった。

「リク、今だ!」

 ――ん?
 目を開けると、タケルは苦しそうに倒れたままだった。
 クロを見ると、短剣を口に咥えていた。

 俺はすぐにこの状況が理解できた。
 そして、何をすべきかも。

 少年に駆け寄り、上着を脱いで紐の代わりにし、両足を縛った。
 そしてシャツも脱いで、両手を縛った。
 他は……舌を噛んで自害される可能性がゼロとは言えない。口にも何か必要だ。
 タオルはないので、ズボンを使う。

「悪いな。ちょっと我慢してもらうぞ」

 ズボンを脱いで猿ぐつわの代わりにする。
 これでよし。捕縛成功だ。

「クロ、俺の考えていることがわかったんだな。殺さないようにしたいって」
「ああ……。お前の話していた内容と戦い方を見て、そうだと判断した」

 そう答えたクロの顔は、少し誇らしげなようにも見えた。
 戦いが始まってから、クロには何の指示も出していなかった。
 なのに、こちらの言いたいことが伝わっていた。

「ありがとな」

 いろいろと興奮しているのか、礼を言うときに少し声が震えた。

「礼を言う必要はない」
「まあまあ、そこは素直に礼を言われとけ。飼い主の感謝を素直に受けるのも、飼い犬の大事な仕事だぞ?」
「……」

 このあたり、頑固なところは変わらない。
 もう少し柔軟だと嬉しいが。まあそれは難しいか。

 さて。
 速やかに、この少年を城の人に引き渡さなければならない。
 引き渡した後は、とりあえず牢に入れられ、処置が検討されることになるものと思う。
 死刑などにはならないと思うが、念のため後で国王に確認はしておこう。

「じゃあ、急いで警備の人を呼んでくる。クロはそいつの横で見張っていてくれ」
「わかった」

 駆け足で、会場に向かった。



 到着したとき、まだ立食パーティは続いていた。
 始まってからだいぶ時間は経っているので、会場の端に置かれた休憩用の椅子には、座っている人も散見される。
 だがまだまだ、賑やかな宴という雰囲気だ。

 ――ええと。警備の人は、と。

「キャアアッ」
「キャー」
「キャアアアア」

 貴婦人の悲鳴が、コーラスのように重なり合った。皿を落とす人もいた。
 視線は……こちらを向いているような気もする。

 ――あれ? 何でだ。

 あ……。しまった。
 大事なことを忘れていた。
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