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第四章
第38話 降臨
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翌日。
当番の兵士いわく、夜中から天気が荒れていたそうだ。
朝になった今も、閉められている城の門が、やかましく軋んでいた。
門に一番近い小さな窓から、外を覗いてみた。
引き続き、強い風と激しい雨に見舞われている。
自分の時代で言えば、「春の嵐」や「メイストーム」と言われていたものだ。まるで台風が直撃したかのような状態となっていた。いわゆる爆弾低気圧が襲来しているものと思われた。
神がどこに降臨するのかまでは聞いていない。
だが、城の中の空間に突然現れるということは考えにくいだろう。外から来るということであれば、今日の降臨はさすがにないと思う。
まだ眠気が残っていたので、部屋に戻って二度寝することにした。
歩きながら考える。
やはり、神については少し不安だ。
違う生物だから当たり前と言われればそれまでだが、感覚があまりにもズレすぎのような気がする。
降りてきたら降りてきたで、いろいろ問題が発生しそうな……。
「あの」
不意に、後ろから声をかけられた。
振り向くと、門のところにいた当番の兵士だった。
困ったような、不思議なような、何とも言えない微妙な顔をしている。
「はい?」
「オオモリ・リク殿に来客のようですが」
「え? 今ですか?」
「はい、ずぶ濡れで門の前に立っていまして……。いま横の詰所に入ってもらっています」
「……」
詰所の中に入ると、知らない青年が立っていた。
すぐに、ああ神だ、とわかった。
面会のときと見かけは全然違う。しかしその場違いさから、一目見てわかった。
モデルさんかと思うようなスタイルだった。
かなりの長身で、百七十五センチの俺よりもずっと高い。百八十センチ台後半といったところか。顔は二十歳前後に見える。
長い銀色の髪、黒いレザー生地のジャケットと、そこから覗いている白いシャツ、そしてやはりレザーで細身のパンツは、酷く濡れていた。垂れた雫が、床に水たまりを作っている。
「おはようございます。神さまですね?」
「そうだ」
俺は横にいるクロを見た。
普通の人間を見るときと様子が変わらないようにみえる。危険な存在とは認識していないようだが、特別な存在とも思っていないという感じだ。
「どこから歩いてきたか知りませんが、わざわざこんな嵐の日を選んで降臨しなくても……。大変だったでしょうに」
「降りてきたら嵐だった。だいぶ濡れてしまったようだ」
神は真顔で答えている。
事前に天気をチェックしてから降りてくるという発想はなかったようだ。
「それが調達した体ですか?」
「そうだ。いくつかの新鮮な死体から、よさそうなものを選んだ。どうだろうか」
面会のときに、「体を調達でき次第」などと言っていた。そういうことだったのか。死体を再利用して地上に降りてきたのだ。
だが「どうだろうか」と言われてもね、である。
「何となく神さまっぽい見かけですし、まずくはないでしょうけど……。死体だと、そのうち腐ってきたりしないんですか?」
ぱっと浮かんだ懸念を指摘した。
何日かして体が崩れ出したりしないかと心配になる。ゾンビと一緒に過ごすのは嫌だ。
「その心配はない。お前が――」
「あ! 神さまかな?」
びっくりした。カイルが起きてきていたようだ。
「起きてきたのか。ああ、この人が神さまだよ。体は借り物みたいだけど」
「おー。神さまはじめまして! 握手してもらってもいい?」
この金髪少年は、初対面の相手でも簡単に踏み込んでいく。
神は、何の迷いもなく差しだされた彼の手を、少し見つめた。
そして俺のほうに顔を向ける。
「……手を握ればよいのだな?」
「そうですね。あなたも手を出して握ればよろしいかと。人間の挨拶です」
「へへへ。そうそう。これが人間の挨拶」
握手のマナーについては、俺もかなり怪しい。ただこの場合、目下であろうカイルから手を出すのは、本来あまりよくないことだったと思う。
だがおそらく、カイルはそれを知ったうえで、先に手を出したのだろう。
神がやや腰をかがめて、カイルの手を握る。
傍から見ると、かなりぎこちない仕草に見える。
カイルがニッコリ笑って「ありがと神さま」と言い、握手が終わった。
「握手の意味、知らなかったんですか」
「ああ。見たことはあったが。正確な意味や使い方は知らなかった」
やはり。
「ねえねえ、神さま。着替えよう! それだと風邪ひいちゃうよ」
カイルが神のズボンをつまんで引っ張っている。
「いや、神さまは人間の病気にはならないんじゃないか?」
「え? そんなことないでしょ。ねえ?」
「どうだろうか。地上に降りるのは初めてなので予想が難しい。体は人間のものを使っているので、人間の病気にかかってしまっても不思議ではない」
どうやらそのあたりも調べないで降臨あそばされたようだ。
とりあえず、ビショビショのままはマズい。着替えてもらってから、国王とご対面という流れにしようと思う。
服をどうすればよいかや、対面の段取りなどはよくわからない。
そこで、まずは爺のところに相談に行くことにした。
三人プラス一匹で、廊下を歩く。
「あの。昨日の面会のときも感じたのですが。もしかして『人の神』のわりには、人間のことを知り尽くしている感じではなかったりします?」
「そうだな、細かいところまではよくわからない」
「そもそも神はそういうものだ、と思っておけばいいんですか?」
「……そこまで興味があるわけではないからな。人間に」
大変な問題発言であるような気がするが、表情にはまったく悪びれた様子がない。
無関心な神に見守られ続けてきた人類、哀れなり。
「人間に興味がないのに『人の神』をやっている理由を教えてほしいです……」
「お前が知る必要はない。少なくとも今はな」
「はあ、さようですか」
むむむ。
これからしばらく一緒に行動することになると思うが、なんだか毎日が大変になりそうな予感だ。
***
あわよくば爺に丸投げしようと思っていた服選びだが、神用の正装がこの世界にあるはずないわけで。
二人で唸りながら選ぶことになった。
結局、俺が面会したときの神の服装に一番近そうな、白い浄衣になった。
神が長身すぎるため、サイズはおそらく合っていない。だがもともと長さに余裕がある服のため、不自然には見えなかった。
謁見の間に、神と俺が入った。
絨毯の道の両側に鎧の兵士が壁を作っているほか、参謀、将軍らをはじめとする国王の部下たちも、地方に出張している者をのぞいて勢揃いしていた。
国王との対面については、普段の謁見の形式はとらず、国王のほうも椅子から降りて挨拶を交わす段取りになった。
さすがに神にひざまずかせるのはまずいということのようだ。
俺としては助かる。
神に謁見の作法を説明したところで、覚えてもらえる気がしなかったから。
椅子から立った国王が壇を降り、こちらの前に立つ。
身長差のせいで、かなり見上げるかたちになっている。
「余がこの国の国王だ。会えて光栄に思う」
「わたしは人の神だ。この人間に言われて地上に降りてきた。しばらく世話になる」
国王も神も、目上に対する言葉は使っていない。
これは事前に決めていたことだ。
爺の話では、国王は「神は人間より偉いのだから、余は神に敬語で接するべきだろう」と言っていたそうだ。
しかし、服を選び終わったときに爺がそれを神に確認したところ、少し考えてから「他の人間に対する話し方と同じでよい」と答えていた。
その理由までは、言っていなかった。
個人的には、あまり人間に持ち上げられると後が面倒だとか、そのような打算が働いたものと思っている。
この場にいる、将軍たちや参謀たち、その他城の関係者たちを、チラッと見る。
やはり過去に例がない事態ということで、揃って表情が硬いようだ。
が――。
「このたびはその者が無礼を働き、誠に心苦しい限りだ」
「……確かに、あのようなことを言われたのは初めてだったな」
「余の不徳の致すところだ。申し訳ない」
「この人間の言動については気にせずともよい。召喚したのはお前ではないからな」
二人が真面目な顔で俺をディスりはじめると、この前神社で世話になった女将軍ファーナとラウンド髭の将軍ランバートを筆頭に、みんな少し表情を綻ばせていた。
当番の兵士いわく、夜中から天気が荒れていたそうだ。
朝になった今も、閉められている城の門が、やかましく軋んでいた。
門に一番近い小さな窓から、外を覗いてみた。
引き続き、強い風と激しい雨に見舞われている。
自分の時代で言えば、「春の嵐」や「メイストーム」と言われていたものだ。まるで台風が直撃したかのような状態となっていた。いわゆる爆弾低気圧が襲来しているものと思われた。
神がどこに降臨するのかまでは聞いていない。
だが、城の中の空間に突然現れるということは考えにくいだろう。外から来るということであれば、今日の降臨はさすがにないと思う。
まだ眠気が残っていたので、部屋に戻って二度寝することにした。
歩きながら考える。
やはり、神については少し不安だ。
違う生物だから当たり前と言われればそれまでだが、感覚があまりにもズレすぎのような気がする。
降りてきたら降りてきたで、いろいろ問題が発生しそうな……。
「あの」
不意に、後ろから声をかけられた。
振り向くと、門のところにいた当番の兵士だった。
困ったような、不思議なような、何とも言えない微妙な顔をしている。
「はい?」
「オオモリ・リク殿に来客のようですが」
「え? 今ですか?」
「はい、ずぶ濡れで門の前に立っていまして……。いま横の詰所に入ってもらっています」
「……」
詰所の中に入ると、知らない青年が立っていた。
すぐに、ああ神だ、とわかった。
面会のときと見かけは全然違う。しかしその場違いさから、一目見てわかった。
モデルさんかと思うようなスタイルだった。
かなりの長身で、百七十五センチの俺よりもずっと高い。百八十センチ台後半といったところか。顔は二十歳前後に見える。
長い銀色の髪、黒いレザー生地のジャケットと、そこから覗いている白いシャツ、そしてやはりレザーで細身のパンツは、酷く濡れていた。垂れた雫が、床に水たまりを作っている。
「おはようございます。神さまですね?」
「そうだ」
俺は横にいるクロを見た。
普通の人間を見るときと様子が変わらないようにみえる。危険な存在とは認識していないようだが、特別な存在とも思っていないという感じだ。
「どこから歩いてきたか知りませんが、わざわざこんな嵐の日を選んで降臨しなくても……。大変だったでしょうに」
「降りてきたら嵐だった。だいぶ濡れてしまったようだ」
神は真顔で答えている。
事前に天気をチェックしてから降りてくるという発想はなかったようだ。
「それが調達した体ですか?」
「そうだ。いくつかの新鮮な死体から、よさそうなものを選んだ。どうだろうか」
面会のときに、「体を調達でき次第」などと言っていた。そういうことだったのか。死体を再利用して地上に降りてきたのだ。
だが「どうだろうか」と言われてもね、である。
「何となく神さまっぽい見かけですし、まずくはないでしょうけど……。死体だと、そのうち腐ってきたりしないんですか?」
ぱっと浮かんだ懸念を指摘した。
何日かして体が崩れ出したりしないかと心配になる。ゾンビと一緒に過ごすのは嫌だ。
「その心配はない。お前が――」
「あ! 神さまかな?」
びっくりした。カイルが起きてきていたようだ。
「起きてきたのか。ああ、この人が神さまだよ。体は借り物みたいだけど」
「おー。神さまはじめまして! 握手してもらってもいい?」
この金髪少年は、初対面の相手でも簡単に踏み込んでいく。
神は、何の迷いもなく差しだされた彼の手を、少し見つめた。
そして俺のほうに顔を向ける。
「……手を握ればよいのだな?」
「そうですね。あなたも手を出して握ればよろしいかと。人間の挨拶です」
「へへへ。そうそう。これが人間の挨拶」
握手のマナーについては、俺もかなり怪しい。ただこの場合、目下であろうカイルから手を出すのは、本来あまりよくないことだったと思う。
だがおそらく、カイルはそれを知ったうえで、先に手を出したのだろう。
神がやや腰をかがめて、カイルの手を握る。
傍から見ると、かなりぎこちない仕草に見える。
カイルがニッコリ笑って「ありがと神さま」と言い、握手が終わった。
「握手の意味、知らなかったんですか」
「ああ。見たことはあったが。正確な意味や使い方は知らなかった」
やはり。
「ねえねえ、神さま。着替えよう! それだと風邪ひいちゃうよ」
カイルが神のズボンをつまんで引っ張っている。
「いや、神さまは人間の病気にはならないんじゃないか?」
「え? そんなことないでしょ。ねえ?」
「どうだろうか。地上に降りるのは初めてなので予想が難しい。体は人間のものを使っているので、人間の病気にかかってしまっても不思議ではない」
どうやらそのあたりも調べないで降臨あそばされたようだ。
とりあえず、ビショビショのままはマズい。着替えてもらってから、国王とご対面という流れにしようと思う。
服をどうすればよいかや、対面の段取りなどはよくわからない。
そこで、まずは爺のところに相談に行くことにした。
三人プラス一匹で、廊下を歩く。
「あの。昨日の面会のときも感じたのですが。もしかして『人の神』のわりには、人間のことを知り尽くしている感じではなかったりします?」
「そうだな、細かいところまではよくわからない」
「そもそも神はそういうものだ、と思っておけばいいんですか?」
「……そこまで興味があるわけではないからな。人間に」
大変な問題発言であるような気がするが、表情にはまったく悪びれた様子がない。
無関心な神に見守られ続けてきた人類、哀れなり。
「人間に興味がないのに『人の神』をやっている理由を教えてほしいです……」
「お前が知る必要はない。少なくとも今はな」
「はあ、さようですか」
むむむ。
これからしばらく一緒に行動することになると思うが、なんだか毎日が大変になりそうな予感だ。
***
あわよくば爺に丸投げしようと思っていた服選びだが、神用の正装がこの世界にあるはずないわけで。
二人で唸りながら選ぶことになった。
結局、俺が面会したときの神の服装に一番近そうな、白い浄衣になった。
神が長身すぎるため、サイズはおそらく合っていない。だがもともと長さに余裕がある服のため、不自然には見えなかった。
謁見の間に、神と俺が入った。
絨毯の道の両側に鎧の兵士が壁を作っているほか、参謀、将軍らをはじめとする国王の部下たちも、地方に出張している者をのぞいて勢揃いしていた。
国王との対面については、普段の謁見の形式はとらず、国王のほうも椅子から降りて挨拶を交わす段取りになった。
さすがに神にひざまずかせるのはまずいということのようだ。
俺としては助かる。
神に謁見の作法を説明したところで、覚えてもらえる気がしなかったから。
椅子から立った国王が壇を降り、こちらの前に立つ。
身長差のせいで、かなり見上げるかたちになっている。
「余がこの国の国王だ。会えて光栄に思う」
「わたしは人の神だ。この人間に言われて地上に降りてきた。しばらく世話になる」
国王も神も、目上に対する言葉は使っていない。
これは事前に決めていたことだ。
爺の話では、国王は「神は人間より偉いのだから、余は神に敬語で接するべきだろう」と言っていたそうだ。
しかし、服を選び終わったときに爺がそれを神に確認したところ、少し考えてから「他の人間に対する話し方と同じでよい」と答えていた。
その理由までは、言っていなかった。
個人的には、あまり人間に持ち上げられると後が面倒だとか、そのような打算が働いたものと思っている。
この場にいる、将軍たちや参謀たち、その他城の関係者たちを、チラッと見る。
やはり過去に例がない事態ということで、揃って表情が硬いようだ。
が――。
「このたびはその者が無礼を働き、誠に心苦しい限りだ」
「……確かに、あのようなことを言われたのは初めてだったな」
「余の不徳の致すところだ。申し訳ない」
「この人間の言動については気にせずともよい。召喚したのはお前ではないからな」
二人が真面目な顔で俺をディスりはじめると、この前神社で世話になった女将軍ファーナとラウンド髭の将軍ランバートを筆頭に、みんな少し表情を綻ばせていた。
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