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血の警告
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ヤヌシア州の州都テーバーイに到着したのは港町を出た日の夕方で、すっかり俺の尻は痛くなってしまっていた。
「ワシの、腰が、死んだ……」
しょうが無いのでキプリオスのじいさんを背負って馬から下りる。
州都だけあって、一歩中に入ると辛うじて治安は保たれているようだった。このままルキッラ総督に挨拶に行こうと州庁の玄関に足を向ける。ここは州庁付属の馬屋なので、歩いてすぐである。
『貴様の背後の乞食に扮している者は、恐らく敵の監視役だ』
カインが教えてくれた。
『州庁の表玄関まで見張られているなんて……酷い有様だな』
『「カロカロ」の売り上げが、この州都テーバーイだけ異常に低い理由の1つだろうな』
『尾行って出来そうか?』
『簡単だ』
ストームブリンガーが密かにネズミを食べたのを感じる。そのまま支配して、追跡に放った。
「カイン坊や……いえ、もうレーフ公爵になったのね」
かつてのルキッラ皇女殿下は、どこかデボラと似た印象のある高貴で綺麗な少女だった。
今や病んだ老婆のようにやつれ顔色が悪くなって手も顔も皺だらけになり、不自然に痩せてしまっている。
まだ、若いのに。
「お久しぶりです……ルキッラ総督閣下」
「ルキッラで構わないわ」
そうやって一瞬だけ微笑んだ時に、かつてのルキッラ皇女の面影が確かに見えた。
けれど、すぐに顔色を悪くして、
「今すぐに戻りなさい……これは貴男のためよ、悪い事は言わないわ」
ルキッラ総督の隣に立つボイオン大公ことレオニダス卿は、かつては『帝国の剣』マリウス卿の元部下かつ、良きライバルとして『帝国の盾』と称えられた精強な軍人だった。個人的な武勇こそマリウス卿には敵わないけれど、将軍として必要な他の才能――工廠の建設から始まる兵站の確保だったり、徴兵されてやって来た新兵の訓練や普段の軍律の維持だったり、後は(喋らない癖にやたら気難しい!)マリウス卿と皇帝陛下達との政治・人間関係の調整役だったり、オーガ族の襲来で家を壊された人のために工兵を派遣して仮設の家を作ったり、仮設の家を作るに当たっての執政官や総督との細々としたやり取りだったり……そう言う『政治的な軍才』に恐ろしく長けている人だった。
普段はマリウス卿より若いし弱いと軽視されがちだけれど、いざこの人が抜けた途端、軍の組織運営がガタガタになってしまう、縁の下の力持ち。
その政治的な才能を買われて、子爵家の末っ子から大公まで引き上げられてルキッラ皇女と結婚した後、共にこのヤヌシア州の共同総督に任命されたのだ。
彼に手招きされたので俺は近付いた。
「……これが、今朝方……私達の枕元にあったのだ」
差し出されたのは手紙だった。ご丁寧に血で書かれている。
『カエレ、サモナクバコロス』
俺は文面から顔を上げた。
「警備の者は何と?」
「このヤヌシアにいる者は誰も……信じるに値しないのだ」
「どうしてですか。閣下のお力でも判別が出来ないと……?」
「数が多すぎる。そしてこちらには引き抜くほどの『強味』が無いのだ」
金だったり、魔幸薬だったり、非合法な武力を敵は持っている。
でもこちらには、そう言う圧倒的な利益を所持していないのだ。
まともで合法的な組織だから、『所持できない』とも言える。
ここに今やって来た俺達を除いて。
「分かりました」
俺は頷いて、今夜は大人しく寝る事にした。
キプリオスのじいさんも、もう限界だったからな。
『まずは裏切らない味方が大量に必要だな、こりゃ』
『その後は?』
『俺達の準備は9割以上が終わっている。後は1割未満の運次第、だろ?』
『ああ、不確定要素は先に回って潰すに限る。ところで……ディーンについてだが』
『アイツも転生してきたんだなあ……流石に知らなかったよ』
『ニホンとはどんな世界だったんだ』
『あまりにも酷い世界では無かったし、かと言って何も文句が無いほど良い世界でも無かったよ。ここと似たり寄ったりだったさ。死体は転がっていない分、治安はまともだったんだろうけどな。
……あそこが俺の故郷なのに、どうしてか懐かしいと思った事は一度も無いんだよなあ』
もう俺の家族はいなくなってしまったのに、こちらの世界ではまだ側にいてくれるからかも知れない。
『ジンは「小説」と言う形でこの世界の情報を弟から聞かされていたそうだが……この世界は「小説」の世界なのか?』
『どうなんだろうな。俺達は確かにここにいて、生きているだろ。……でも、ユーリは……』
――俺はある事を思いだした。
『……そう言えば、ユーリは、やたらと勘が良かった』
「ワシの、腰が、死んだ……」
しょうが無いのでキプリオスのじいさんを背負って馬から下りる。
州都だけあって、一歩中に入ると辛うじて治安は保たれているようだった。このままルキッラ総督に挨拶に行こうと州庁の玄関に足を向ける。ここは州庁付属の馬屋なので、歩いてすぐである。
『貴様の背後の乞食に扮している者は、恐らく敵の監視役だ』
カインが教えてくれた。
『州庁の表玄関まで見張られているなんて……酷い有様だな』
『「カロカロ」の売り上げが、この州都テーバーイだけ異常に低い理由の1つだろうな』
『尾行って出来そうか?』
『簡単だ』
ストームブリンガーが密かにネズミを食べたのを感じる。そのまま支配して、追跡に放った。
「カイン坊や……いえ、もうレーフ公爵になったのね」
かつてのルキッラ皇女殿下は、どこかデボラと似た印象のある高貴で綺麗な少女だった。
今や病んだ老婆のようにやつれ顔色が悪くなって手も顔も皺だらけになり、不自然に痩せてしまっている。
まだ、若いのに。
「お久しぶりです……ルキッラ総督閣下」
「ルキッラで構わないわ」
そうやって一瞬だけ微笑んだ時に、かつてのルキッラ皇女の面影が確かに見えた。
けれど、すぐに顔色を悪くして、
「今すぐに戻りなさい……これは貴男のためよ、悪い事は言わないわ」
ルキッラ総督の隣に立つボイオン大公ことレオニダス卿は、かつては『帝国の剣』マリウス卿の元部下かつ、良きライバルとして『帝国の盾』と称えられた精強な軍人だった。個人的な武勇こそマリウス卿には敵わないけれど、将軍として必要な他の才能――工廠の建設から始まる兵站の確保だったり、徴兵されてやって来た新兵の訓練や普段の軍律の維持だったり、後は(喋らない癖にやたら気難しい!)マリウス卿と皇帝陛下達との政治・人間関係の調整役だったり、オーガ族の襲来で家を壊された人のために工兵を派遣して仮設の家を作ったり、仮設の家を作るに当たっての執政官や総督との細々としたやり取りだったり……そう言う『政治的な軍才』に恐ろしく長けている人だった。
普段はマリウス卿より若いし弱いと軽視されがちだけれど、いざこの人が抜けた途端、軍の組織運営がガタガタになってしまう、縁の下の力持ち。
その政治的な才能を買われて、子爵家の末っ子から大公まで引き上げられてルキッラ皇女と結婚した後、共にこのヤヌシア州の共同総督に任命されたのだ。
彼に手招きされたので俺は近付いた。
「……これが、今朝方……私達の枕元にあったのだ」
差し出されたのは手紙だった。ご丁寧に血で書かれている。
『カエレ、サモナクバコロス』
俺は文面から顔を上げた。
「警備の者は何と?」
「このヤヌシアにいる者は誰も……信じるに値しないのだ」
「どうしてですか。閣下のお力でも判別が出来ないと……?」
「数が多すぎる。そしてこちらには引き抜くほどの『強味』が無いのだ」
金だったり、魔幸薬だったり、非合法な武力を敵は持っている。
でもこちらには、そう言う圧倒的な利益を所持していないのだ。
まともで合法的な組織だから、『所持できない』とも言える。
ここに今やって来た俺達を除いて。
「分かりました」
俺は頷いて、今夜は大人しく寝る事にした。
キプリオスのじいさんも、もう限界だったからな。
『まずは裏切らない味方が大量に必要だな、こりゃ』
『その後は?』
『俺達の準備は9割以上が終わっている。後は1割未満の運次第、だろ?』
『ああ、不確定要素は先に回って潰すに限る。ところで……ディーンについてだが』
『アイツも転生してきたんだなあ……流石に知らなかったよ』
『ニホンとはどんな世界だったんだ』
『あまりにも酷い世界では無かったし、かと言って何も文句が無いほど良い世界でも無かったよ。ここと似たり寄ったりだったさ。死体は転がっていない分、治安はまともだったんだろうけどな。
……あそこが俺の故郷なのに、どうしてか懐かしいと思った事は一度も無いんだよなあ』
もう俺の家族はいなくなってしまったのに、こちらの世界ではまだ側にいてくれるからかも知れない。
『ジンは「小説」と言う形でこの世界の情報を弟から聞かされていたそうだが……この世界は「小説」の世界なのか?』
『どうなんだろうな。俺達は確かにここにいて、生きているだろ。……でも、ユーリは……』
――俺はある事を思いだした。
『……そう言えば、ユーリは、やたらと勘が良かった』
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