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葬儀で思い出す事
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エヴィアーナ公爵はようやく捕まって貴族牢に入れられたが、詳しい情報を聞き出す前に……殺された。
いや、粛正されたって言った方が適切か。
貴族牢にその時収監されていた貴族全員と見張り番の近衛騎士が、何者かの手によって、誰が誰なのか分からないくらいに酷い有様にされていたのだから。その何者かが、貴族派の膿んだ禍根を断ち切ろうとして、目撃者や関係者ごと根こそぎにしたとしか思えない有様だったと。
デルフィア侯爵の憔悴した様子から察するに、まともな貴族派としてのあり方を望む何者かが先走った凶行に走った――らしい。
毒を盛ったじゃ済まなくて、無残に殺した上に貴族牢ごと現場をこんがりと焼いたのだから。
血縁者である事を鑑定する魔力波測定は、相手が生きていなければ使えない。死と共に体から魔力は失われてしまう。だから、遺体のあった貴族牢の所在や番号で誰が犠牲になったのか特定が進められていき、犠牲者の名簿が作られて――その中に俺(カイン)のクソオヤジのリヴィウスの名前もあったので、俺達は葬儀を行う事になった。
実に10年以上ぶりに、領地に引きこもっていた俺のクソジジイとクソババアに会った。
まだ生きていた事は知っているが、付き合いは皆無だったから、いつぞやより随分老けたなあと言う印象しか持たなかった。
「全部貴様らの所為だ、デボラ!カイン!貴様らがリヴィウスを殺したんだ!」
デボラはやかましいクソジジイと棺にすがって泣きじゃくるクソババアを無視して、レーフ公爵領の代官であるエウゲニオスさんに話しかける。
彼とは俺達はしょっちゅう会っているので、クソジジイ共より彼の方が遙かに親しみがあった。
「あれから、何か困っている事はありますかしら?」
「ええ、実は、とても困っている事がありまして……」エウゲニオスさんはデボラに一礼した後、俺に向かって、「カイン様、その……今にお話しすべきではないのでしょうが。この前の『刀』の注文が殺到してしまいまして……生産が追いついていないのです」
「僕がマリウス卿に贈ったからだね……後でまた詳しく。良いかい?」
「是非にお願いいたします」
貴族は領地で葬式を行う。そして領地にある先祖代々の墓地に葬られる。
大神殿から派遣された老神官が、盛大な葬儀をおごそかに執り行ってくれた。
でもリヴィウスの死を泣いているのも悼んでいるのもクソジジイとクソババアだけ。
リヴィウスのこしらえた借金の所為で重税を課されていた領民も、サリナにあんな酷い事をして俺の顔に傷痕を残した事を未だに許せないデボラも、そして親子として血の繋がった俺とディーンでさえ……リヴィウスの死を何一つ偲んではくれないのだ。
かつての俺の家族の葬式でも、俺は悲しくて泣く事が出来なかった。
炭化物から灰に成り果てた両親と、俺が殺してくれって頼んだも同然の弟が、そこにいたのにな。
もしかしなくても、俺はその時には人間として欠かせない何かがぶっ壊れていたんだろう。だから涙が涸れ果てた後に、地獄を選んだ。
「母上、母上……」
墓地の管理人に臨時の支払いをしてリヴィウスの棺を埋めて、とうとう長かった葬儀が終わり、参列者や神官も全員帰っていった後。
ディーンが代官所の迎賓室で、震えながら俺達に話しかけてきた。
「僕の本当の母上は何処にいるのですか。どんな女性なのですか。どうして僕を産んだのですか」
クソジジイとクソババアは、俺達が危惧していた通り――ディーンの生まれについて暴露して『裏切り者の尻軽メイドがひり出した忌々しいガキ』と罵ったのだ。
生憎だけど、俺は体に傷が付かない拷問方法だって知っているからな?
「最初に言っておくわ。彼女は裏切り者でも慎みを知らない女性でもありません。心の優しい思いやりのある立派な女性です」
デボラはディーンを抱きしめて、目を見つめて話し始めた。
「じゃあどうして……!」
「……彼女はリヴィウスに乱暴されたの。帝国城で、カインのお守りをしていた時に。カインはその時に顔にあんな……あんな大怪我を負わされたのよ」
「っ!」
「それでリヴィウスは貴族牢に幽閉されたわ。でも、その時に貴方が……」デボラは痛ましい顔をした。「貴方の母親は体があまり頑丈な女性では無かったの。産んだ後、とても貴方を育てられる状態では無かった事と、貴方に流れているレーフ公爵家の血を考えて、私が育てる事にしました」
「生きているのですか」
「ええ。貴方が無事に成人したあかつきに必ず会わせると約束してあります」
「……」
「ディーン。よくお聞きなさい。貴方の出自を恥じる必要も、貴方自身を蔑む必要も何も無いわ。愚かだった父親の血に負けずに貴方が胸を張って立派に生きていく事を、彼女は何よりも望んでいます」
「……」ディーンはデボラの抱擁をほどいて後ずさり、そこにあった椅子に座って、体を丸めて顔を手で覆った。「……兄上、ねえ兄上……!」
「うん、ディーン」
「僕は、兄上が好きです。母上が大好きです。父親がいなかった事を、ほとんど忘れていたくらい……」
「うん」
「でも僕にはもう1人母上がいた」
「うん」
「母上が、僕を、大事に育ててくれているのに、僕は、どうして、生みの母に会いたいと!――これは、家族への裏切りじゃありませんか!!!」
全く、真面目過ぎる弟はこれだから困るんだ。
「バカだな、ディーンは。母上がいずれ必ず会わせるって言っているのに、裏切りも何も無いよ」
「でも、でも、兄上はどうして僕を虐めなかったんですか、だって僕は……!」
「僕だってディーンが嫌な人間だったら虐めていたかも知れない。でも今ここにいるディーンは変人の兄をよく支えてくれて、とても思いやりがあって、学業も魔法も誰よりも頑張っていて、でも貴族としての責務をいつも忘れていない、自慢で可愛い世界一の弟だからね」
「――うーっ、うううぅ……うあぁああああああああああああああぁああっ!」
あーあ、泣いちゃった。泣かせるつもりは無かったんだが。
「どうしてこの世界は、この世界の家族は、僕に優しいの、僕はあんな事をしたのに、どうして優しいの……っ!」
興奮しているみたいで変な事を言いだした。
デボラもハンカチで目を押さえて、既にもらい泣きしているコンモドゥスとポンポニアに、ディーンを休憩室に連れて行くように頼んでいた。
いや、粛正されたって言った方が適切か。
貴族牢にその時収監されていた貴族全員と見張り番の近衛騎士が、何者かの手によって、誰が誰なのか分からないくらいに酷い有様にされていたのだから。その何者かが、貴族派の膿んだ禍根を断ち切ろうとして、目撃者や関係者ごと根こそぎにしたとしか思えない有様だったと。
デルフィア侯爵の憔悴した様子から察するに、まともな貴族派としてのあり方を望む何者かが先走った凶行に走った――らしい。
毒を盛ったじゃ済まなくて、無残に殺した上に貴族牢ごと現場をこんがりと焼いたのだから。
血縁者である事を鑑定する魔力波測定は、相手が生きていなければ使えない。死と共に体から魔力は失われてしまう。だから、遺体のあった貴族牢の所在や番号で誰が犠牲になったのか特定が進められていき、犠牲者の名簿が作られて――その中に俺(カイン)のクソオヤジのリヴィウスの名前もあったので、俺達は葬儀を行う事になった。
実に10年以上ぶりに、領地に引きこもっていた俺のクソジジイとクソババアに会った。
まだ生きていた事は知っているが、付き合いは皆無だったから、いつぞやより随分老けたなあと言う印象しか持たなかった。
「全部貴様らの所為だ、デボラ!カイン!貴様らがリヴィウスを殺したんだ!」
デボラはやかましいクソジジイと棺にすがって泣きじゃくるクソババアを無視して、レーフ公爵領の代官であるエウゲニオスさんに話しかける。
彼とは俺達はしょっちゅう会っているので、クソジジイ共より彼の方が遙かに親しみがあった。
「あれから、何か困っている事はありますかしら?」
「ええ、実は、とても困っている事がありまして……」エウゲニオスさんはデボラに一礼した後、俺に向かって、「カイン様、その……今にお話しすべきではないのでしょうが。この前の『刀』の注文が殺到してしまいまして……生産が追いついていないのです」
「僕がマリウス卿に贈ったからだね……後でまた詳しく。良いかい?」
「是非にお願いいたします」
貴族は領地で葬式を行う。そして領地にある先祖代々の墓地に葬られる。
大神殿から派遣された老神官が、盛大な葬儀をおごそかに執り行ってくれた。
でもリヴィウスの死を泣いているのも悼んでいるのもクソジジイとクソババアだけ。
リヴィウスのこしらえた借金の所為で重税を課されていた領民も、サリナにあんな酷い事をして俺の顔に傷痕を残した事を未だに許せないデボラも、そして親子として血の繋がった俺とディーンでさえ……リヴィウスの死を何一つ偲んではくれないのだ。
かつての俺の家族の葬式でも、俺は悲しくて泣く事が出来なかった。
炭化物から灰に成り果てた両親と、俺が殺してくれって頼んだも同然の弟が、そこにいたのにな。
もしかしなくても、俺はその時には人間として欠かせない何かがぶっ壊れていたんだろう。だから涙が涸れ果てた後に、地獄を選んだ。
「母上、母上……」
墓地の管理人に臨時の支払いをしてリヴィウスの棺を埋めて、とうとう長かった葬儀が終わり、参列者や神官も全員帰っていった後。
ディーンが代官所の迎賓室で、震えながら俺達に話しかけてきた。
「僕の本当の母上は何処にいるのですか。どんな女性なのですか。どうして僕を産んだのですか」
クソジジイとクソババアは、俺達が危惧していた通り――ディーンの生まれについて暴露して『裏切り者の尻軽メイドがひり出した忌々しいガキ』と罵ったのだ。
生憎だけど、俺は体に傷が付かない拷問方法だって知っているからな?
「最初に言っておくわ。彼女は裏切り者でも慎みを知らない女性でもありません。心の優しい思いやりのある立派な女性です」
デボラはディーンを抱きしめて、目を見つめて話し始めた。
「じゃあどうして……!」
「……彼女はリヴィウスに乱暴されたの。帝国城で、カインのお守りをしていた時に。カインはその時に顔にあんな……あんな大怪我を負わされたのよ」
「っ!」
「それでリヴィウスは貴族牢に幽閉されたわ。でも、その時に貴方が……」デボラは痛ましい顔をした。「貴方の母親は体があまり頑丈な女性では無かったの。産んだ後、とても貴方を育てられる状態では無かった事と、貴方に流れているレーフ公爵家の血を考えて、私が育てる事にしました」
「生きているのですか」
「ええ。貴方が無事に成人したあかつきに必ず会わせると約束してあります」
「……」
「ディーン。よくお聞きなさい。貴方の出自を恥じる必要も、貴方自身を蔑む必要も何も無いわ。愚かだった父親の血に負けずに貴方が胸を張って立派に生きていく事を、彼女は何よりも望んでいます」
「……」ディーンはデボラの抱擁をほどいて後ずさり、そこにあった椅子に座って、体を丸めて顔を手で覆った。「……兄上、ねえ兄上……!」
「うん、ディーン」
「僕は、兄上が好きです。母上が大好きです。父親がいなかった事を、ほとんど忘れていたくらい……」
「うん」
「でも僕にはもう1人母上がいた」
「うん」
「母上が、僕を、大事に育ててくれているのに、僕は、どうして、生みの母に会いたいと!――これは、家族への裏切りじゃありませんか!!!」
全く、真面目過ぎる弟はこれだから困るんだ。
「バカだな、ディーンは。母上がいずれ必ず会わせるって言っているのに、裏切りも何も無いよ」
「でも、でも、兄上はどうして僕を虐めなかったんですか、だって僕は……!」
「僕だってディーンが嫌な人間だったら虐めていたかも知れない。でも今ここにいるディーンは変人の兄をよく支えてくれて、とても思いやりがあって、学業も魔法も誰よりも頑張っていて、でも貴族としての責務をいつも忘れていない、自慢で可愛い世界一の弟だからね」
「――うーっ、うううぅ……うあぁああああああああああああああぁああっ!」
あーあ、泣いちゃった。泣かせるつもりは無かったんだが。
「どうしてこの世界は、この世界の家族は、僕に優しいの、僕はあんな事をしたのに、どうして優しいの……っ!」
興奮しているみたいで変な事を言いだした。
デボラもハンカチで目を押さえて、既にもらい泣きしているコンモドゥスとポンポニアに、ディーンを休憩室に連れて行くように頼んでいた。
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