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骨も筋も爪も牙も抜かれました

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 それからクロエ嬢に話しかける機会を俺達が狙っていたら、いつしか全ての講義が終わって、放課後になってしまった。
クロエ嬢が鞄を手にリュケイオン学園近くの女子寄宿舎(家が遠い者は寄宿舎から通学する)に戻ろうとしたので、俺達は偶然を装って(学園の付属図書館までは道が同じなのだ)付いていった。
「まずは明日、彼女の身が狙われている事を話そう」
「……」
いやにレクスの口数が少ない。
「うむ。いきなり薬物について話せば、それこそ逃げられてしまうだろうね」
どうやって切り出そうか俺達が話しながら尾行していると――突然、先に道を行くクロエ嬢の足が止まり、彼女が振り向いて俺達を見つめた。
「「「!!!?」」」
「うふふふ。そんなあからさまな尾行をしなくても良いではありませんか」優雅に微笑む。「安心なさって宜しいですわよ。近くに人の気配はありません。でも不手際が無いよう――私は図書館の第18閲覧室でお先にお待ちしておりますわ」
そしてクロエ嬢はさっさと図書館の中に入って行ってしまった。

 「……クロエ嬢、一枚上手だったね」
「うむ……」
「……」
俺達は図書館に入って、司書の先生から第18閲覧室の『鍵を借りた』。これからヴァロと一緒に勉強するのだと言うと、ほぼ疑われずにすぐに借りることができた。
「では閉館時間までには閲覧室に元通りに鍵をかけて、返して下さいね」

俺達が鍵を開けて第18閲覧室に入ると、先にクロエ嬢が椅子に腰掛けて待っていた。
どうやって中に入ったのかは、聞いてはいけない気がする。
黙ってヴァロが内鍵をかけてクロエ嬢の向かい側の椅子に並んで腰掛けると、彼女はニッコリと微笑んで俺達を見た。
「アレクトラさんが諸事情を話して下さったのかしら?」
「……それ以前から、僕達は何か奇妙だなとは思っていました」
「ええ。以前から貴男方から私に向かう視線は軽蔑ではなくて、どちらかと言うと疑問めいている気がしていましたものね」
「クロエ嬢……吾輩達に話して良いような情報なのかね?」
「ええ、一昨日には全て報告しましたもの。『ヤヌシア州の根城と製造拠点を制圧し薬物を押収し関係者は全て逮捕した』と先ほど母からも連絡があったのです」
「やっぱり」レクスが呟いた。「クロエ嬢。
いや……もうクレオパトラ・シュレアン・ヨニアッティネとお呼びすべきだろうか?」
何だと!?
カインも驚いた、『トロイゼン公爵家の令嬢自らがハニートラップをやっていただと!?』
ヴァロなんて椅子ごとひっくり返りそうになった。
「……少し待ってくれ。流石の吾輩でも状況が呑み込めなくなってきたぞ」
「とても単純ですわよ。アカデメイア学園商業科を汚染していた『魔幸薬』の調査にトロイゼン公爵家自ら乗り出した、留学生と偽って私を含めた3人を送り込んだ、それだけですもの」
「だがクレオパトラ嬢、貴女は跡取りでこそ無いが……トロイゼン公爵家にとってはただ1人の娘だろ?貴女が率先して危険な目に遭うような事、どうして……」
レクスが悲しそうな顔をして、小声で訊ねた。
「まあ。これでも私は『魔法戦』ではレクス様よりも強い自信がありましてよ」
軽くウィンクした彼女の髪の毛と瞳がデボラ同様の深く濃い緑へと一変する。
「それに私は執念深くて、乳母子が害されて黙っていられるほど大人しくもありませんのよ」
「でも、俺は……嫌だ!」
レクスが泣き出しそうになっている。
「ごめんなさいね、レクス様。婚約者のワガママを聞いている余裕はトロイゼン公爵家にはありませんでしたの。
今こうやって貴男方に私の正体を現して事情を説明したのは、我が家と婚約を結んでいるフェニキア公爵家や中和剤を作って下さったユィアン侯爵家への礼儀と恩義のようなものですわ」
けれどクレオパトラ嬢は顔色一つ変えない。
これが本来の貴族で、本当の公爵令嬢なのかも知れない。
「……俺は、邪魔だったのか。信用も、無かったのか」
でもレクスは強く手を握りしめて、震えていた。
「レクス様。貴方も名の知れた貴族の令息ならば、貴族である私達の双肩には、高貴な義務と重大な責務がかかっている事を一時たりとて忘れてはならないと教えられているでしょう?」
「……」
理屈は身に染みて分かっているんだ、レクスだって。
だけど、心が言うことを聞いてくれないんだ。
レクスにとって彼女は、『政略で決められた顔も知らない婚約相手』じゃなくて、『初恋の女の子』だったから。
失恋しても中々忘れられなかったのに、その彼女が誰にも助けを求めないで、ずっとたった1人で隠れて邪悪と戦っていたなんて、レクスには自分が酷い目に遭うよりも遙かに耐えがたいんだ。
「ではご機嫌よう、皆様方。私達は来週にはアカデメイア学園に戻りますの。短い間の縁でしたわね」
――シュッとクレオパトラ嬢が姿を消した。

ブルブルと震えていたレクスが、ややあってから両手の拳を振り上げて、思い切り机を殴った。
「うう……ぐううぅ……っ!」
「レクス、今しか無いよ。もしも泣きたいんだったらね」
俺はレクスの背中を軽く叩いた。
それからヴァロを目配せし合って、
「僕、ちょっと眠くなったんだよねー。ああー眠たいなあー、ちょっと居眠りしようっと」
「……珍しく吾輩も疲れて眠くなったのである。ふぁーあー」
『美しい友情ごっこなどいい加減にしろ!演じている貴様等は楽しいだろうが見ている俺はとても不快だ!』
『やかましいぞカイン』

……机に突っ伏した俺達に、ありがとうと言うことさえ出来ないくらいに必死に歯を食いしばって、ボロボロとレクスは涙をこぼしていた。
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