57 / 128
骨も筋も爪も牙も抜かれました
しおりを挟む
それからクロエ嬢に話しかける機会を俺達が狙っていたら、いつしか全ての講義が終わって、放課後になってしまった。
クロエ嬢が鞄を手にリュケイオン学園近くの女子寄宿舎(家が遠い者は寄宿舎から通学する)に戻ろうとしたので、俺達は偶然を装って(学園の付属図書館までは道が同じなのだ)付いていった。
「まずは明日、彼女の身が狙われている事を話そう」
「……」
いやにレクスの口数が少ない。
「うむ。いきなり薬物について話せば、それこそ逃げられてしまうだろうね」
どうやって切り出そうか俺達が話しながら尾行していると――突然、先に道を行くクロエ嬢の足が止まり、彼女が振り向いて俺達を見つめた。
「「「!!!?」」」
「うふふふ。そんなあからさまな尾行をしなくても良いではありませんか」優雅に微笑む。「安心なさって宜しいですわよ。近くに人の気配はありません。でも不手際が無いよう――私は図書館の第18閲覧室でお先にお待ちしておりますわ」
そしてクロエ嬢はさっさと図書館の中に入って行ってしまった。
「……クロエ嬢、一枚上手だったね」
「うむ……」
「……」
俺達は図書館に入って、司書の先生から第18閲覧室の『鍵を借りた』。これからヴァロと一緒に勉強するのだと言うと、ほぼ疑われずにすぐに借りることができた。
「では閉館時間までには閲覧室に元通りに鍵をかけて、返して下さいね」
俺達が鍵を開けて第18閲覧室に入ると、先にクロエ嬢が椅子に腰掛けて待っていた。
どうやって中に入ったのかは、聞いてはいけない気がする。
黙ってヴァロが内鍵をかけてクロエ嬢の向かい側の椅子に並んで腰掛けると、彼女はニッコリと微笑んで俺達を見た。
「アレクトラさんが諸事情を話して下さったのかしら?」
「……それ以前から、僕達は何か奇妙だなとは思っていました」
「ええ。以前から貴男方から私に向かう視線は軽蔑ではなくて、どちらかと言うと疑問めいている気がしていましたものね」
「クロエ嬢……吾輩達に話して良いような情報なのかね?」
「ええ、一昨日には全て報告しましたもの。『ヤヌシア州の根城と製造拠点を制圧し薬物を押収し関係者は全て逮捕した』と先ほど母からも連絡があったのです」
「やっぱり」レクスが呟いた。「クロエ嬢。
いや……もうクレオパトラ・シュレアン・ヨニアッティネとお呼びすべきだろうか?」
何だと!?
カインも驚いた、『トロイゼン公爵家の令嬢自らがハニートラップをやっていただと!?』
ヴァロなんて椅子ごとひっくり返りそうになった。
「……少し待ってくれ。流石の吾輩でも状況が呑み込めなくなってきたぞ」
「とても単純ですわよ。アカデメイア学園商業科を汚染していた『魔幸薬』の調査にトロイゼン公爵家自ら乗り出した、留学生と偽って私を含めた3人を送り込んだ、それだけですもの」
「だがクレオパトラ嬢、貴女は跡取りでこそ無いが……トロイゼン公爵家にとってはただ1人の娘だろ?貴女が率先して危険な目に遭うような事、どうして……」
レクスが悲しそうな顔をして、小声で訊ねた。
「まあ。これでも私は『魔法戦』ではレクス様よりも強い自信がありましてよ」
軽くウィンクした彼女の髪の毛と瞳がデボラ同様の深く濃い緑へと一変する。
「それに私は執念深くて、乳母子が害されて黙っていられるほど大人しくもありませんのよ」
「でも、俺は……嫌だ!」
レクスが泣き出しそうになっている。
「ごめんなさいね、レクス様。婚約者のワガママを聞いている余裕はトロイゼン公爵家にはありませんでしたの。
今こうやって貴男方に私の正体を現して事情を説明したのは、我が家と婚約を結んでいるフェニキア公爵家や中和剤を作って下さったユィアン侯爵家への礼儀と恩義のようなものですわ」
けれどクレオパトラ嬢は顔色一つ変えない。
これが本来の貴族で、本当の公爵令嬢なのかも知れない。
「……俺は、邪魔だったのか。信用も、無かったのか」
でもレクスは強く手を握りしめて、震えていた。
「レクス様。貴方も名の知れた貴族の令息ならば、貴族である私達の双肩には、高貴な義務と重大な責務がかかっている事を一時たりとて忘れてはならないと教えられているでしょう?」
「……」
理屈は身に染みて分かっているんだ、レクスだって。
だけど、心が言うことを聞いてくれないんだ。
レクスにとって彼女は、『政略で決められた顔も知らない婚約相手』じゃなくて、『初恋の女の子』だったから。
失恋しても中々忘れられなかったのに、その彼女が誰にも助けを求めないで、ずっとたった1人で隠れて邪悪と戦っていたなんて、レクスには自分が酷い目に遭うよりも遙かに耐えがたいんだ。
「ではご機嫌よう、皆様方。私達は来週にはアカデメイア学園に戻りますの。短い間の縁でしたわね」
――シュッとクレオパトラ嬢が姿を消した。
ブルブルと震えていたレクスが、ややあってから両手の拳を振り上げて、思い切り机を殴った。
「うう……ぐううぅ……っ!」
「レクス、今しか無いよ。もしも泣きたいんだったらね」
俺はレクスの背中を軽く叩いた。
それからヴァロを目配せし合って、
「僕、ちょっと眠くなったんだよねー。ああー眠たいなあー、ちょっと居眠りしようっと」
「……珍しく吾輩も疲れて眠くなったのである。ふぁーあー」
『美しい友情ごっこなどいい加減にしろ!演じている貴様等は楽しいだろうが見ている俺はとても不快だ!』
『やかましいぞカイン』
……机に突っ伏した俺達に、ありがとうと言うことさえ出来ないくらいに必死に歯を食いしばって、ボロボロとレクスは涙をこぼしていた。
クロエ嬢が鞄を手にリュケイオン学園近くの女子寄宿舎(家が遠い者は寄宿舎から通学する)に戻ろうとしたので、俺達は偶然を装って(学園の付属図書館までは道が同じなのだ)付いていった。
「まずは明日、彼女の身が狙われている事を話そう」
「……」
いやにレクスの口数が少ない。
「うむ。いきなり薬物について話せば、それこそ逃げられてしまうだろうね」
どうやって切り出そうか俺達が話しながら尾行していると――突然、先に道を行くクロエ嬢の足が止まり、彼女が振り向いて俺達を見つめた。
「「「!!!?」」」
「うふふふ。そんなあからさまな尾行をしなくても良いではありませんか」優雅に微笑む。「安心なさって宜しいですわよ。近くに人の気配はありません。でも不手際が無いよう――私は図書館の第18閲覧室でお先にお待ちしておりますわ」
そしてクロエ嬢はさっさと図書館の中に入って行ってしまった。
「……クロエ嬢、一枚上手だったね」
「うむ……」
「……」
俺達は図書館に入って、司書の先生から第18閲覧室の『鍵を借りた』。これからヴァロと一緒に勉強するのだと言うと、ほぼ疑われずにすぐに借りることができた。
「では閉館時間までには閲覧室に元通りに鍵をかけて、返して下さいね」
俺達が鍵を開けて第18閲覧室に入ると、先にクロエ嬢が椅子に腰掛けて待っていた。
どうやって中に入ったのかは、聞いてはいけない気がする。
黙ってヴァロが内鍵をかけてクロエ嬢の向かい側の椅子に並んで腰掛けると、彼女はニッコリと微笑んで俺達を見た。
「アレクトラさんが諸事情を話して下さったのかしら?」
「……それ以前から、僕達は何か奇妙だなとは思っていました」
「ええ。以前から貴男方から私に向かう視線は軽蔑ではなくて、どちらかと言うと疑問めいている気がしていましたものね」
「クロエ嬢……吾輩達に話して良いような情報なのかね?」
「ええ、一昨日には全て報告しましたもの。『ヤヌシア州の根城と製造拠点を制圧し薬物を押収し関係者は全て逮捕した』と先ほど母からも連絡があったのです」
「やっぱり」レクスが呟いた。「クロエ嬢。
いや……もうクレオパトラ・シュレアン・ヨニアッティネとお呼びすべきだろうか?」
何だと!?
カインも驚いた、『トロイゼン公爵家の令嬢自らがハニートラップをやっていただと!?』
ヴァロなんて椅子ごとひっくり返りそうになった。
「……少し待ってくれ。流石の吾輩でも状況が呑み込めなくなってきたぞ」
「とても単純ですわよ。アカデメイア学園商業科を汚染していた『魔幸薬』の調査にトロイゼン公爵家自ら乗り出した、留学生と偽って私を含めた3人を送り込んだ、それだけですもの」
「だがクレオパトラ嬢、貴女は跡取りでこそ無いが……トロイゼン公爵家にとってはただ1人の娘だろ?貴女が率先して危険な目に遭うような事、どうして……」
レクスが悲しそうな顔をして、小声で訊ねた。
「まあ。これでも私は『魔法戦』ではレクス様よりも強い自信がありましてよ」
軽くウィンクした彼女の髪の毛と瞳がデボラ同様の深く濃い緑へと一変する。
「それに私は執念深くて、乳母子が害されて黙っていられるほど大人しくもありませんのよ」
「でも、俺は……嫌だ!」
レクスが泣き出しそうになっている。
「ごめんなさいね、レクス様。婚約者のワガママを聞いている余裕はトロイゼン公爵家にはありませんでしたの。
今こうやって貴男方に私の正体を現して事情を説明したのは、我が家と婚約を結んでいるフェニキア公爵家や中和剤を作って下さったユィアン侯爵家への礼儀と恩義のようなものですわ」
けれどクレオパトラ嬢は顔色一つ変えない。
これが本来の貴族で、本当の公爵令嬢なのかも知れない。
「……俺は、邪魔だったのか。信用も、無かったのか」
でもレクスは強く手を握りしめて、震えていた。
「レクス様。貴方も名の知れた貴族の令息ならば、貴族である私達の双肩には、高貴な義務と重大な責務がかかっている事を一時たりとて忘れてはならないと教えられているでしょう?」
「……」
理屈は身に染みて分かっているんだ、レクスだって。
だけど、心が言うことを聞いてくれないんだ。
レクスにとって彼女は、『政略で決められた顔も知らない婚約相手』じゃなくて、『初恋の女の子』だったから。
失恋しても中々忘れられなかったのに、その彼女が誰にも助けを求めないで、ずっとたった1人で隠れて邪悪と戦っていたなんて、レクスには自分が酷い目に遭うよりも遙かに耐えがたいんだ。
「ではご機嫌よう、皆様方。私達は来週にはアカデメイア学園に戻りますの。短い間の縁でしたわね」
――シュッとクレオパトラ嬢が姿を消した。
ブルブルと震えていたレクスが、ややあってから両手の拳を振り上げて、思い切り机を殴った。
「うう……ぐううぅ……っ!」
「レクス、今しか無いよ。もしも泣きたいんだったらね」
俺はレクスの背中を軽く叩いた。
それからヴァロを目配せし合って、
「僕、ちょっと眠くなったんだよねー。ああー眠たいなあー、ちょっと居眠りしようっと」
「……珍しく吾輩も疲れて眠くなったのである。ふぁーあー」
『美しい友情ごっこなどいい加減にしろ!演じている貴様等は楽しいだろうが見ている俺はとても不快だ!』
『やかましいぞカイン』
……机に突っ伏した俺達に、ありがとうと言うことさえ出来ないくらいに必死に歯を食いしばって、ボロボロとレクスは涙をこぼしていた。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる