上 下
56 / 128

人として終わる悪魔の薬

しおりを挟む
 それから1月後、アレクトラさんが珍しくヴァロに会いに来た。高等部から中等部の棟にある教室まで来るには、それなりに移動が大変なので、行き来する事自体が滅多に無いのだ。
「我が弟ヴァロよ。用事がある」
あれ?コンモドゥスとの契約婚約者関係に何かあったんじゃないのか?
てっきりその件で俺に話があるのかと思ったのに。
……家でいつでも会えるヴァロに何で学園での用事があるんだ?
「姉上、いきなり何であるか?吾輩はご覧の通りに読書で忙しいのである」
俺とレクスも忙しかった。
「僕も予習中です」
「俺だって体を鍛えたい!」
「ええい!貴様ら、黙って付いてくるのだ!」
アレクトラさんは俺達3人を誰もいない教室まで連れて来て、誰もいないか確かめた上で戸締まりまでしてから、
「……クロエ嬢の件である」

――何があったって言うんだ!?
幸か不幸か、まだ『クロエ嬢を手紙で呼び出して焼く』と言う犯罪行為は起きていない。
明日にとうとう実行するぞって計画内容を、首謀者達が和気あいあいと今さっき話していたからだ。
「クロエ嬢の出身元であるアカデメイア学園には平民向けの学科として『商業科』等があるのは知っているか?」
「何が……あったのであるか」
俺やレクスまで顔を強ばらせたのは、今までに無い程にアレクトラさんがとても険しい顔をしていたからである。
「『商業科』の平民の生徒達の間に、『魔幸薬』と言う恐ろしい薬物が蔓延っていたようだ」

……嘘だろ。
『魔幸薬』ってカインがエヴィアーナ公爵を操った後に、作らせて流通させた麻薬じゃねえか。
『とても幸せになれるし一時的に魔力が増大する代わりに使用すればするほどに人間として終わる』って説明の悪魔の薬だった。
俺も、カインも、この世界ではそんな麻薬の製造はおろか――存在について想定さえしていなかったんだ!

 『いや……まさか「ディーンに関してだけじゃなかった」のか。カインが行うべき悪事をカインがやらなかったから、何かの力が働いて……』
この世界に悪魔の薬を生みだした。
『あり得るな。俺がいなくなってもこの世界から邪悪が根こそぎ消えた訳では無い。それほどに人間は愚かしくて醜い生き物だ』
『だからって……ふざけるな!』

俺はウルトラハッピーエンドが良いんだ。
俺の完全なエゴで俺がすがりついている希望で俺の祈りじみた願望だから、誰が何が相手でもこれだけは絶対に譲らない。
譲れないんだ。
たとえ俺が世界と全人類の怨敵に回ったとしても。
『……ジン、貴様は……』

 「……彼らから、他の科へ……特に平民の生徒達の間に流行り始めた直後に、この由々しき事態にトロイゼン公爵家が気付いたそうだ。すぐさま調査に乗り出し、ヤヌシア州に製造拠点と流通組織の根城がある事までは突き止めた」
「ヤヌシア州……エヴィアーナ公爵が執政官の……」
つまり『貴族派』の中にいる、もしくはエヴィアーナ公爵が関与している、あるいはその両方。
アレクトラさんは頷いて、口の形だけで言った。
『このリュケイオン学園にはエヴィアーナ公爵の息子(庶子の一人)が通っている。クロエ嬢の狙いは彼であろう』と。
ヤツは俺達の1学年上だ。
それで、クロエ嬢は貴族派の令息相手にばかりハニートラップを仕掛けていたのか。
何か裏があるとカインもデボラも言っていたが……まさか、こんな形で分かるとはな。
「姉上……どうしてそれを?」
「費用は幾らでも持つから解毒剤を開発できないかとトロイゼン公爵家の女当主から直々にお声がかかったのだよ」
忌々しそうにアレクトラさんは首を振った。
「禁断症状の中和剤はどうにか作れた……だが一度でも使用すれば依存性は一生涯続いてしまう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

一家処刑?!まっぴら御免ですわ! ~悪役令嬢(予定)の娘と意地悪(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...