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二十六話
しおりを挟む「侯爵様…………
……………………いやです。」
そうハッキリ断ると侯爵様はまるで意表を突かれたかのように面食らった顔をした。
「い……嫌なのか……?」
そう戸惑ったように聞いて来たので私は間髪入れず「はい。」とキッパリ言い切った。
すると彼はさらに驚いた表情を浮かべていた。
「何故……?」
(何故って…………こっちが聞いたいのだけど……。)
逆に私が断らないとでも思っていたのだろうか。
だけど悔しいことに、侯爵様のこういうところには正直、もう慣れてしまった部分があった。
「侯爵様……結婚とはお互いが愛し合って者同士がするもので、償いのためにする誓いではありません。それにハッキリ申し上げますと……私は貴方のことを好きじゃありません。なので結婚したくないです。」
そんな私の言葉を聞くと侯爵様は傷ついた顔をしていた。
確かに今の言い方は少し強すぎた気もしなくはない。
けれどこれくらい言わないと、彼はわかってくれないような気がした。
「というかそもそも……償いのために刺すだの、結婚だの……一体どう言うつもりなんですか?いい加減にして下さい。」
償いたい気持ち自体は正直、痛いほど私に伝わって来た。
しかし、さっきの提案は普通にあり得ないと私は思った。
「貴方は確かに変わりましたけど……やはり根本的な部分は変わってませんね。」
何より再婚を申し込んでくる意味がわからない。
償いたいなら普通、もっと別の方法だってあるはずだ。
それに彼の贖罪のためにどうして私が縛られる運命を辿らなければならないのだろうか。
再婚というのは結局、侯爵様の下心や、都合の良い解釈からくる願望に過ぎないと私は感じてしまう。
「それに私は……貴方の謝罪は受け入れても、その行いは許さないと言ったはずです。」
これは今さっき言ったことなのに、彼は本当に私の話を聞いていたんだろうか。
普通ならそう言っている人と再婚なんて、考えるはずがない。
いや、もしかしたら侯爵様は普通じゃないから、それがわからなかったのかもしれない。
そうじゃなくても、この2年間、音信不通だった挙句、連絡の1つもなかった元旦那様にプロポーズされてる時点で意味がわからないのに。
「結局、貴方の言っていることは全て自分にとって都合のいい事だけなんです。」
そこに私の気持ちなんて、ひとつも入ってなんかいない。
これではいくら人の気持ちがわかるようになったって何の意味もないと私は思った。
「なら俺は……どう償えばいいんだ……?」
彼はふと顔に影を落とすと、深刻な表情をしてそうポツリと呟いた。
本当はそれを自分で考えて欲しいのだけれど。
しかし今ここで私が何も言わなければ、また過去と同じことの繰り返しになってしまう。
折角自分の悪癖に気づけて、この2年間、直してきたのに、ここで何も言わないで後から後悔するのだけは嫌だった。
「とりあえず……先程も言った通り再婚はしません………でも、」
「でも………?」
私が思わず一旦言葉を区切ると、侯爵様はまるで期待と不安の入り混じった瞳で私を見つめていた。
そんな彼は先程自分で言ったように、私の言うことにちゃんと耳を傾けてくれていた。
そんな紳士な彼の姿を見て、過去の自分を少なからず後悔する。
私が面倒くさがらず、諦めたりせず、ちゃんと自分の意見を言えていたなら。
話し合うことの大切さを改めて理解させられた。
そしてそんな侯爵様の期待は多分、私ともう一度やり直せるチャンスを貰えるかもしれないという類のものだろう。
それから不安はここで完全に私に拒否されて、何もできずに終わってしまう、その恐れからのものだろう。
私が今から提案する償いが、果たして私にとって吉と出るか凶と出るか、それはわからない。
けれど自分を変えるために努力して、私を危機から救うために戦地へ出兵して、人の気持ちを理解できるようになり、過去の自分の行いを反省して、自分のしたことを償いたいと自ら名乗り出て来た。
そんな彼のその心懸けに妥協するだけの価値を少しだけ見出した私は、彼にこう言った。
「私たち……友達になりませんか?」
私がそう提案するとそれが思っても見ないことだったのか、彼は驚いたような表情をしていた。
例えば、彼が言う再婚を償いのためにしたとして、今のままだと多分、また同じ結末を辿ることは目に見えている。
そのくらい、私たちがやり直すにはまだお互いのことを知らなさすぎだと思った。
侯爵様がマーガレット様に騙されていたとは言え、不器用でデリカシーのないところや、酷い発言や行動をして来たことには変わりなかったし、私だって自分の意見や気持ちをちゃんと打ち明けなかったことも悪いと思っていた。
過去に私たちが上手くいかなかった原因は分かっているとは言え、私たちにはまだ再婚するだけの気持ちや覚悟、そして互いへの想いなど、再婚の決め手となる材料が何もないと私は感じていた。
そしてそんな理由を加味して、私は彼にこう提案した。
「侯爵様が私と本当にやり直すつもりなら、友達から始めてみませんか?私たちに足りないのはお互いを知る事だと思うんです。まず私が今やらなければいけないのは、気持ちを整理すること。そして侯爵様が本当にすべきなのは、再婚することではなくて、先程ご自身で言っていた通り、私の怒りが収まるまで償い続けること……なのでしょう?」
償うのに長い期間が伴うのは言うまでもなく、明白なことだ。
例えそれで私が最後の最後まで彼を許さなくても、それが償いや罪滅ぼしのような意味になるのなら、彼にとっては良案である気がした。
それにそばにいるのなら何も、夫婦に拘らなくても良い。
「それは………これから先、絶対に結婚はしないと言うことか?」
そう言う彼の落ち込んだような、残念そうな顔を見て、やはり彼の1番の思いは私と結婚したかったと言うことなのだろうことが伺えた。
「そうとは言ってません。それは貴方のこれからの態度や発言次第です。もちろん、そう簡単に私は許しませんけど。」
人生をめちゃくちゃにされているのだ。
今のこの激情のままなら、あと何十年、いや、一生かかっても彼を許すことはないだろう。
だけど彼はきっと、それを見越して結婚を申し込んで来たのだろう。ならば………、
「………それが"生涯を掛けて償う覚悟"なのではないですか?」
私が真っ直ぐ彼を正面から見つめると、彼は一瞬目を丸くしたが、その後すぐに気を持ち直したようで、ハッキリとした声で答えた。
「ーーーそうだ。それが俺の覚悟だ。」
そう言った彼の眼差しには光が宿っていて、それが紛れもない本心である事を物語っていた。
そしてそれと同時にそれは彼が私の提案を受け入れたと言うことでもあった。
さて、やり直すために友達になり、お互いを知っていくことは確認できた。
しかしまず、そのためにはどうすれば良いのか、考えた時に、ふと侯爵様と初めて出会った日のことを思い出した。
私はやり直すなら本当に最初からしようと、手始めに自己紹介をする事にした。
「改めまして、侯爵様。私はアルヴィラ・ストレイと申します。1年ほど前爵位を受け継ぎ、今は伯爵となりました。よろしくお願い致します。」
そう言って挨拶をすると、彼は驚いた表情をしていた。それは急に自己紹介を始めたことへの驚きと、私が爵位を継承していたことへの驚きだろう。
ここでもやはり伝えるって大切な事なんだな、と思わされた。
私は彼が友達になることを了承したことで、少し気が抜けてしまい、思わず彼の前でふふっと笑ってしまった。
そんな私を見て侯爵様は固まり、顔を赤くして動かなくなってしまった。
普通に笑っただけなのに、何もそこまで反応しなくても……と思わなくもないけれど、彼の前で笑ったことなどほとんど記憶にない私は、なんとなく、私のことが好きな侯爵様がそこまで照れてしまう理由がわかってしまった。
「貴方のお名前を伺っても……?」
未だ赤くなって反応を見せない侯爵様に痺れを切らした私は彼にそう尋ねると、ハッと意識を取り戻して、改めて佇まいを正すと、私にこう答えた。
「俺は……ダリウス・アレンベルだ。その……侯爵位を持っている……、」
そう落ち着かない様子で、しどろもどろ口下手そうに自分を語る彼の姿が、これまた面白くて、私はついもう一度、彼の前で笑ってしまった。
そんな私の雰囲気に絆されたのか、彼も少し固まっていた緊張を解した。
「風の噂では聴いていたが……伯爵位を継いだんだな…。」
「ええ。」
そう言って私たちは「改めて友達としてよろしくお願いします」とお互いに握手を交わした。
散々傷つけられて、また彼の友達として付き合って行くなんて、きっと周りからしたら馬鹿みたいな話だし、笑われてもおかしくかもしれない。
正直、本人である私もそう思っているわけだし。
それに彼の償いに付き合う義理もないのだから。
でも彼の努力を知ってしまっては、想いを知ってしまったから、それを全て無碍にすることなんて私にはどうしてもできなかった。
これはもしかしたら、少しの間夫婦として過ごして来た彼への同情なんだろうか、それは私にもわからない。
それでも、もし侯爵様が昔とひとつも変わっていなかったら私はすぐに彼を見放していただろうことは容易に想像できた。
それから今までのこと関係なくひとつ、彼に絶対に伝えなければならないことを思い出した。
言おうにも中々伝えるタイミングがなくて、言いそびれるところだった。
「そう言えば私……、貴方にひとつ伝えなければいけないことがありましたわ。」
「何だ?」
そう不思議そうに尋ねてくる彼は、あの時全く気にしていないようだったけれど、私はどうしても気になっていた。
これだけ彼に文句を言っておいて、これを伝えないのは流石に忍びなく感じていた。
それにここで伝えなければ、私は彼を怒ったりする権利は何もない。
いくら彼の失言を多くても、これだけは関係ないから、絶対に伝えようと思っていた。
「侯爵様………あの時、私をマーガレット様のナイフから守ってくれて…………ありがとう。」
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