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二十三話
しおりを挟む「この手法には見覚えがある。
ーーーーそうだろう、ブレス伯爵。」
侯爵様が淡々としかし、しっかりとその名を呼ぶと、レバンタはあからさまに肩を竦ませた。
侯爵様の声には僅かに、怒りの音が滲んでいた。
そしてそんなレバンタを侯爵様は鋭い眼差しで見つめながら、その場にいる人々にこう語った。
「実は戦争が終わった後、俺はブレス伯爵のことを調査していた。そして知ったんだ。彼が……ストレイ伯爵へのその歪んだ愛から付き纏い行為をしていたこと、それから……彼が"殺人犯"であるということもな。」
そんな侯爵様の言葉に周囲の貴族達は、殺人犯……?と各々に騒めき始めた。
しかしその周囲の騒めき以上に、レバンタの話とは関係のないマーガレット様の甲高い声が煩くて仕方なかった。
「ダリウス!何でその女ばっかり守るの?!アンタ私の幼馴染なのよ?!ちょっと、そこの紫髪の横取り女!!こっち来なさいよ!!ぶっ殺してやるんだから……!!!」
マーガレット様のその言葉遣いはとてもじゃないが、いくら犯罪者と言えど貴族令嬢育ちとは思えない口の汚さだった。
騎士に捕らえられていて動けないから私に向かって、アンタがこっち来なさいよ!!と叫び続けるマーガレット様に、私も流石に呆れて、物も言えなかった。
「……そこの煩い女を早く連れて行ってくれ。」
侯爵様も私と同じ事を思ったようで思わずと言った形で頭を抱えながら、彼女を抑えている騎士達にそう淡々と指示を出していた。
しかし彼女はそれが気に食わなかったようで、出口を出る最後の最後までマーガレット様は侯爵様に対して物騒な言葉を並び立てていた。
「ダリウス……!このクソ男!!殺す!殺してやる!!絶対に殺してやるんだからーー!!!」
多分、マーガレット様が侯爵様を殺す機会は訪れることはないだろう。
マーガレット様は侯爵様の左目を潰した事件で指名手配されていたことで、騎士達に引きずられながら出て行った。
そんなマーガレット様の何かを叫びながら引きずられて行く姿は、誰がどう見ても滑稽で、当分の社交界の話題はこれで持ちきりだろう。
そして気を取り直したかのように、侯爵様はレバンタのことに関して、周囲の人にも説明するように話の続きをし始めた。
「ーー実は伯爵の妹は2年前までアレンベル家で使用人をしていた。しかしオレに睡眠薬を盛った後、今まで行方を眩ませている。あまりにも今回の一件と手順がよく似ている。それに盛られた薬もこの舌を見る限り、俺が盛られたものと同じようだ。」
そう言って、彼が指差した先の男性騎士をその場にいた全員が振り返り見てみる。
その騎士は口を大きく開けて眠っていた。
するとその騎士の口内から見える舌は、何故だか青色に染まっていた。
同じ、と言うからには、つまり薬を盛られた後の彼も同じ現象が起きたと言う事だろう。
そしてそんな現象を見て、侯爵様は同じ薬だと判断したようだった。
しかしレバンタは先程の焦りとは一変して、表情を上手く取り繕いこう言った。
「確かに僕の妹はそちらで働いていたようですが、証拠もないのに疑うのはいくら何でも早計なのでは?侯爵様。」
確実な証拠がまだ出ていないことに、少しだけ焦ってはいるが余裕そうな顔を見せるレバンタに侯爵様はこう明言した。
「証拠ならある。薬の購入者リストにお前の名前が載っていた。お前がこの薬を買ったのは言い逃れできないぞ。」
そう言って鋭い眼光を持って睨みつけると、レバンタはビクリと肩を竦ませた。
片目だけしなないのに、眼光だけでこれだけの威圧感。
一体どこから来るのだろう。
とても不思議に思った。
「それに青い着色料が含まれている睡眠薬は、この国でひとつしかない。よく調べないで購入したのだろうが、この手の薬を使ったのは失敗だったな、ブレス伯爵。」
「はは……、何を言って……。」
侯爵様の言葉を聴くと、レバンタはあからさまに動揺し、見るからに狼狽えていた。
そしてそんな彼を追い詰めるかのように侯爵様は更に彼を問い詰めた。
「7年前の事件もお前の仕業だろう。レバンタ・ブレス。」
侯爵様はそう断言すると、彼の真意を探るかのようにまじまじと、強い視線をレバンタに向けていたが、しかしその後、まるで何かを思い出したかのように突然、背後にいる私を振り返り、唐突にこう尋ねて来た。
「そう言えば、アルヴィラ。以前、ブレス伯爵から何か貰わなかったか?」
「え……?」
突然、私を振り返りそう聞いて来た侯爵様にすぐに反応できなくて、一瞬私はその場で固まってしまった。
しかしレバンタに貰ったもの、と問われて思い出すのは私の中でたったひとつしかなかった。
「えっと……、そう言えば前にエメラルドのネックレスを買ってもらいましたけど……。」
「それは今どこに?」
「一度も使っていませんし、存在そのものを忘れていたので………。多分、家のどこかにあるとは思いますけど……、」
確か、レバンタがとんでもない人間だと知ってから、あのエメラルドのネックレスは彼に返してしまおうと思っていたのだが、その事自体を忘れてどこかに閉まったままになっていた。
朧げな記憶のままに私がそう言うと、侯爵様はそんな私にキッパリとこう言い切った。
「それには盗聴器が仕込まれているから、帰ったらすぐに探して捨てた方がいいぞ。」
「え……?!」
正直、私は最初、侯爵様のその言葉を素直に信じきることができなくて、思わずレバンタの方を見た。
しかし彼は動揺を隠せなかったのか、あからさまに青い顔をしていて、その反応を見た私はその話が事実なのだと理解した。
しかし、私は疑問に思うことがあった。
だってあのネックレスは確かに、あの日、あの時、あの店で買った物だったはず。
あの店の商品に盗聴器など仕掛けられているはずもない。
(もしかして……あの時、本物とすり替えられていたと言うの……?)
しかしそうだとして何故、侯爵様がそんな事を知っていて、それを断言しているのか、私にはわからなかった。
だけど彼の言っていることがもし本当ならユールがいなくなった後もレバンタが私を付き纏い、待ち伏せできたことに関して確かに納得がいく。
「今回の騒動に関してはまだわからないが……7年前の事件に関しても、アルヴィラのことに関しても証拠はそれなりに揃っている。………何か言いたいことはあるか?」
これが最後だ、と言わんばかり侯爵様が冷酷な目つきでそうレバンタに問いかけると、もう逃れられないことを悟ったのか、レバンタはまるで諦めたかのように笑いながら、今までのことを全て白状した。
「ははは………そうですよ。全部、僕がやったんです。ユールに薬を盛らせ、ここの警備を手薄にして、ロミストリー嬢をこの場に招いたのも、侯爵に薬を盛る指示を出したのも、アルヴィラ様を盗聴していたのも、兄の書類を改竄したのも………父さんと母さんを事故に見せかけて殺したのも。」
そう自供してから、彼は何故か徐に私の方をチラッと見た。
私はそんな彼を不思議に思ったが、侯爵様はそんな彼が気に食わなかったようで、氷のような目つきで彼のことを睨みつけていた。
「爵位、名誉、地位、お金……。全て手にいれればアルヴィラ様と結ばれる事ができると思っていたんです……。」
項垂れるようにそう語った彼は、全て私のためだと言い切った。
まるで私に押し付けるかのようにそう言ったが、それは私のためではなく、レバンタが私を手に入れたくてそうしたのだから、結局は全てレバンタ自身のためだった。
それなのに私を理由にしてもらっては困る。
彼の我儘のためだけに、私以外にも彼に傷つけられた人、そして命を落とした人までいるのに。
「私は自分のためだけに大切な人を殺したり、人の立場を危ぶめたり………自分の妹を道具のように使ったり………。それを人のせいにして逃げるような貴方と結ばれる気なんて更々ないわ。」
彼の両親、お兄さん、そしてユール。
ユールは、したくない事をずっとやらされて来た。
あの日、私に謝ろうとしていた彼女の表情には後悔と自責の念が強く浮かんでいた。
私はずっとあの時の彼女の顔が忘れられないでいる。
分からないけど、もしかしたら、彼女がこれから選ぶ選択を、私は何となく察してしまっていた。
もしかしたら、彼女はもう自らーーーーー。
そう思うと、私は彼女の力になれなかった自分を悔いて恥じた。
そしてそれと共に、そんな彼女の気持ちに気づかずにこき使っていたレバンタに対して、とてつもないほどの怒りが湧いて来た。
「貴方は紛れもない犯罪者よ!レバンタ…!」
私利私欲のためだけに、たくさんの人を傷つけ、命を奪ったレバンタ。
彼は間違いなく犯罪者だ。
もしかしたら侯爵様より最低で、マーガレット様よりも凶悪で、最悪な人間かもしれない。
爵位のためだけに両親を殺め、兄の書類を改竄し、妹を駒のように扱った男。
それでも尚、彼はそんな狂っている自分を自覚していないようだった。
「貴女が辛い時、ずっと支えて来たのはそこの男ではなく、僕だ。それなのに……貴女は僕を蔑ろにするのですか……?」
瞳に大きな涙を溜めながらそう言ったレバンタは泣き落としをしようとしているのだろうか。
せこい男だと思った。
以前の優しいレバンタだけを見ていた私なら、彼を信じ、同情して彼を救おうとしていたんだろうが、もう今の私には彼に同情する気なんて更々なかった。
「貴方は私を支えるために一緒にいたんじゃない………!私の苦しむ顔を見るために私のそばに居ただけよ……!」
私は自分で言って、何だか悲しくなった。
ずっと友達だと思っていたのに。
結局彼は友人でもなんでもなくて、ただの私のストーカーで凶悪な犯罪者だった。
私の苦しむ顔を見るためだけに隣にいて、私が傷つくのを見て喜んでいただけだった。
「違う……!僕は貴女が苦しむ前から、子供の頃から、孤児院に寄付していた頃から、ずっと貴女のことをーーーー」
彼が私を好きな理由は私が侯爵様やマーガレット様、そして社交界によって毎日苦しめられていたから。
彼は今、否定していたが、自ら前にそう語っていた。
その苦しみ嘆いている私の顔を、彼は面白がって、好きになって、そして楽しんでいた。
そんな暗い感情が顔に出ていたのか、侯爵様が私の表情を見て心底、驚いたような、そして苦しそうな顔をしていた。
侯爵様がそんな顔をする日が来るなんて、私は今、一体どんな表情をしているんだろうか。
「ーーーーレバンタ・ブレスを連れて行け。」
そう侯爵様が指示を出すと、後ろで控えていた彼の騎士達がレバンタの両脇を掴み、出口へと彼を引きずって行く。
もう、これから先の人生で彼と2度と会うことはないだろう。
その事を今更悟ったのか、先程まで抵抗などしなかったレバンタが騎士の腕の中で突然、私に向かって手を伸ばし、もがき始めた。
「あ……待ってください………。せめて彼女と話を……アルヴィラ様……、アルヴィラ様……!」
しかしそんな抵抗も呼びかけも虚しく、彼はどんどん遠くへと引きづられて行く。
そして私は、そう何度も私を繰り返す彼の呼びかけに、もう応えることも、振り返ることもしなかった。
そしてレバンタは侯爵様とのすれ違いざまにこう話し掛けた。
「貴方さえいなければアルヴィラ様は僕と結ばれる運命だったのに……!よりにもよって貴方のような最低最悪な男に捕まるなんて……。」
そう悔しそうに語ったレバンタを侯爵様は眉ひとつ動かさず、淡々と見つめていた。
しかし彼を見つめる侯爵様の瞳には、少なからず哀れみのような、同情するようなもの含まれていた。
「お前の好いた相手を横から奪ったのは俺だ。結果的にはそう言う形になってしまったというだけだが………恨みたいなら恨め。俺は全て受け入れる。だが、アルヴィラを傷つけることだけは許さない。」
「ハッ……。散々、彼女を傷つけて来た貴方が言うことですか……?」
皮肉そうに、鼻で笑うように、馬鹿にしたようにレバンタがそう言っても侯爵様は何人たりとも揺るがなかった。
「ーーーそうかもな。以前の俺だったらこんなこと、到底言えなかったかもな。」
つまり侯爵様は"変わった"と言う事なんだろうか。
詳しくはわからないが、侯爵様のそんな言葉にレバンタは驚いたように目を丸くさせていた。
そしてそんな彼はそのまま私へのストーカー行為や、侯爵様や騎士達への薬を盛った件、それから7年前の事件のことで事情を聞くために強制的に拘束され、連行されていった。
有難いことに王族主催のパーティーでの騒ぎと言うことで、2人のことは国王陛下の臣下達が直々に処理してくれることとなった。
そこには恐らく、パーティーを最悪な形で壊された陛下の個人的な私情も含まれているんだろう。
ちなみにマーガレット様はロミストリー家が謀反を企んでいる噂があるらしく、その事のついでにと彼女を捕らえたのだとか。
まさか一家全員、あんな感じなのかしら。
ついでにレバンタのことも、国の方でちゃんと拘束していてくれているらしい。
「皆の者。この場を渦巻いていた嵐は過ぎ去って行った。この後は心ゆくままにパーティーを楽しんで行ってくれ!」
そんな国王陛下の一言で再開したパーティーはその後、先程の出来事が嘘だったかのように大盛り上がりした。
そして侯爵様は腕の治療を受けて来たようで、その後、改めて私にこう声をかけて来た。
「アルヴィラ、話したいことがあるんだ。
ーーーーーー少し、外で話さないか?」
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