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二十二話
しおりを挟むあれから2年の月日が流れた。
私は跡継ぎになることを宣言した次の日から、後継者教育に明け暮れる日々を過ごした。
そして血反吐を吐く思いでやっと父から爵位を受け継ぐと、すぐに自身の領地の改革を始めた。
しかし私が爵位を継ぐ少し前に、父が危惧していた通り、隣国との戦争が勃発した。
幸いにも、国の軍が尽力してくれたお陰で、ストレイ伯爵領に被害は来なかった。
国同士の戦いは、私たちの国が勝利を収めた。
そして今日はその勝戦パーティーが、王族の主催で都市で行われる。
私は久しぶりに都市での社交界に顔を出す機会を得た。
実はあの舞踏会での一件で私が処女であると暴露されてから、貴婦人達から同情を貰っていた。
またそれが発端となったのか、爵位を継いでからは同じ立場の者として、私と同じく爵位を継いだ令嬢に話しかけてもらえるようにもなっていた。
そうして少しずつ、時間の流れと私の新たな功績に上乗せされ、自然の噂が風化されると、私は社交界で受け入れてもらえるようになっていた。
そしてそれと同時に伯爵位を継いで以降、私はなんと新しい鉱物見つけたり、外国と貿易を率先してやって領地を潤したり、着実にその成果を残していった。
今私に関して話される話題と言ったら、この話で持ちきりだ。
私は今回、新しく発見した鉱物を加工して、この勝戦パーティーの服につけて来た。
言わば広告の一環として、お披露目と宣伝をしに来たのだ。
そして、身につける服も実は2年前とはかなり変わった。
今までの華やかな美しいドレスからは脱却して、今ではオーダーメイドで作られた女性用のパンツスタイルのスーツや羽織りを着こなしている。
その動きやすさに感動した私は、最近はめっきりこのスタイルで過ごしているし、髪も常に高くひとつに結び、纏めている。
しかも爵位を継いでもドレスを着て過ごしていた人達が私に影響されて、このパンツスタイルの服をよく着るようになっていた。
全てが順調にいっていた。
私は言わば、一躍、時の人だった。
そして久しぶりに訪れる社交界ではマーガレットの立場はなくなっていて、2年前のあの舞踏会の日を堺に、私は一度も顔を見ていない。
それと、何故だかマーガレット様は何の罪を犯したのか、指名手配を受けているらしかった。
まあ確かに彼女の性格からして、きっと何かをやらかしたのは間違いないだろう。
そのことに関しては、あまり驚いたりしなかった。
そうして私が貴婦人や令嬢達と楽しく談笑していると、突然、バルコニーの方から悲鳴が聞こえた。
その声に反応してそちらを見てみると、そこには何だか見覚えのある女性の姿があった。
そしてあからさまな殺気を纏い、右手に刃物を持ってそこに仁王立ちしている。
それは間違いなくバルコニーから侵入したであろう、指名手配中のマーガレット様だった。
「やっと見つけた……アルヴィラ・ストレイ……!!」
「マーガレット様……?」
彼女はそう呟いたように言うと、鋭い眼光を持ってして私を睨みつけた。
そしてマーガレット様は物凄い顔をしながら、ズンズン私の方に近寄ってくるとこう私に叫んだ。
「アンタが久しぶりに社交界に顔を出すって聞いたから、復讐しに来たのよ!」
「復讐……?」
何のことだかわからず首を傾げていると、騒ぎを聞きつけやって来たのか、数人の使用人達がマーガレット様から私を護るように私の前に立ち塞がった。
そしてマーガレット様は、自身を捕まえに来た使用人達を脅すように右手に持っていた刃物をチラつかせた。
「来ないで!!来たら刺すわよ!!」
そう言って周囲を威嚇するマーガレット様に、こう言った物騒な事件に免疫のない貴族達は驚いて、各々悲鳴を上げたり、怒号を叫んだりして一時、その場は騒然となった。
そして今や会場全体はパニックに陥っていた。
(騎士は何をしているの………?!)
そう思って辺りを見渡すが、一向にその姿は見当たらない。
何故この騒ぎに護衛騎士達が来ないのか、私は不思議に思っていた。
そして私は確か入り口付近に騎士が居たことを思い出して、立っていたはずのその付近を見渡す。
すると、なんとそこには寝転がっている数人の騎士達がいた。
(どうなってるの……?!)
そのあり得ない状況に思わず頭が混乱した。
しかし、どちらにしろとんでもない状況になってしまったことに違いなかった。
周りが動揺を隠せない中、彼女に名指しで復讐すると宣言されていた私は、みんなにヘイトを向けない為にも、周りの人々や、私たちを護るために前に立ち塞がってくれていた使用人達よりも更に彼女に近づいて、冷静にマーガレット様を嗜めた。
「マーガレット様!落ち着いてください……!そんな事をすれば、後悔しますよ!」
私がそう語りかけると、彼女はそんな私の言葉を馬鹿にするように鼻で笑って、声高らかにこう言った。
「言っとくけどね、アンタ達を刺すのなんて簡単なんだから!ダリウス・アレンベルの目を潰したのも私なのよ?!今更、怖気付いたりなんかしないわ!!!」
(侯爵様の……目を………?)
私はそこで、初めて侯爵様が目を潰されたという事実を知った。
周りもその話を初めて知ったのか、かなり動揺している。
なんて恐ろしい事を……。
しかしそう自分で言いふらすマーガレット様はどこか誇らしげで、まるで悪い事をしている自覚がないように感じた。
倫理観が欠けている………。そう思った。
「何故、そんなことを……?」
私がそう尋ねると、マーガレット様は徐に私を睨みつけた。
もしかして私に原因があるのか、と少し不安になりながら恐る恐る耳を傾けると、彼女はそんな私に突然、小さな声で呟くようにボソッとこう言った。
「アンタがダリウスの目を好きだったから……。」
「…………はい?」
今、なんて………?
私は意味がわからなくて、もう一度聞き返した。
目が、なんだって?
私が侯爵様の目が好き?
冗談じゃない。
一体どういう事なんだろう、そう思っていると、彼女はもう吹っ切れたのか、大きな声で必死にこう私に訴えかけた。
「~~ッ!!舞踏会の日、私に見せつけるようにダリウスの瞳の色と同じ色のアクセサリーをつけてたじゃない!!!」
きっと彼女が言っているのは、いつかの日にレバンタと舞踏会用に買いに行ったサファイアのアクセサリーのことを指している。
あの時、ドレスが夜空をイメージして作られたものだったから、それに合わせた色のアクセサリーを探していた。
確かに侯爵様の瞳の色は綺麗な青色だけど、アクセサリーに関しては本当にたまたま、あの色になっただけであって、特に他意はなかった。
(まさか……本当にそんな理由で彼の目を刺したの?)
先程言い切ったマーガレット様の目は本気でそう思って居たらしく、真剣そのものだった。
だとしたらすごい深読みだし、そんな理不尽な理由で目を失ったであろう侯爵様があまりにも不憫で仕方なかった。
そして彼の失明の起因が、遠回しにだが私にあったと知って、とても申し訳ない気持ちになった。
まさかサファイアのネックレスをつけて、自分の元旦那が失明するだなんて、誰も想像できないだろう。
「あれは……、あの時のドレスに合わせて偶然、あの色になっただけですけど……。」
私が不愉快げに眉を顰めながらそう答えると、マーガレット様は別に私の答えを期待してなどいなかったらしく、私の言葉を軽く鼻であしらった。
「ふん!別にどっちでもいいわよ。刺したこと自体、後悔なんかしてないわ……!私はアイツに苦しめられた被害者なんだから!何やってもいいの!許されるのよ!!!」
「そんなわけないわ!!確実に罪に問われるわよ!」
あまりにもいい加減なことばかり言うマーガレット様に、流石の私も頭が痛くなる。
どうやらこの2年間で彼女は成長するどころか、昔よりさらに愚かに、醜く、頭がおかしくなっていっているらしい。
感情のコントロールが効かないのか、マーガレット様は眉を釣り上げて私を威嚇した。
「問われないわよ!私は充分苦しんだんだから!!………たとえ、アンタをここで殺したとしてもね!!!」
彼女はそう言うと、唐突に右手に持ったナイフを握り締めて、私の方へと真っ直ぐ向けた。
それに私は少し身構えたが、その時、少し離れた場所で様子を見ていたレバンタが、そんな狂気溢れるマーガレット様を突然、止めに入った。
「ロミストリー令嬢!いくらアルヴィラ様を恨んでいたとしても、流石にそれはやりすぎですよ!!」
この男は多分、誤って自分が刺されないようにするのと、私が困っている姿を楽しむために、少し離れた場所で様子を伺っていたのだろう。
本当に気持ちの悪い男だ。
それはこの2年間で痛いほど理解した。
彼は本当に異常なくらい私の行く先々に忽然と現れたり、ストレイ領に頻繁に訪れたりしていた。
私はそんな彼が恐ろしくなり、暫くの間、距離を置いて居た。
しかし今は、いくら私の苦しむ姿を見るのが趣味だと言っても、私が死ぬのはお門違いだったのか、流石に事態を止めるために割り入って来たのだろう。
そんな彼をマーガレット様はまるで馬鹿を見るような目で軽くあしらった。
「なに善人ぶってんのよ?!このストーカー!!アンタも共犯のくせに!!」
マーガレット様がレバンタにそう叫ぶと、その発言に周囲は騒めき立った。
"ストーカー"とは、"共犯"とは一体どういう事なんだろう、その場にいた全員がそう思っていた。
勿論、ストーカーと言うのは多分、私への付き纏いや待ち伏せの事を言っているんだろう。
しかし"共犯"とは何なんだろうか。
それに何故マーガレット様が私とレバンタの関係を知っているんだろうか。
そもそも、マーガレット様とレバンタは知り合いだったの?
素直にそう、疑問に思っていた。
しかしレバンタは、そんなマーガレット様の言葉に焦った様子はなく、むしろ怒ったような表情をして、彼女に胸を張ってキッパリこう答えた。
「出鱈目を言うのはやめてください!一体どこにそんな証拠があると言うんですか?」
彼の態度にどこか胡散臭さを感じなくもないが、言ってる事の筋は通っていた。
証拠がなければ、何も証明できない。
レバンタの言葉に彼女は一瞬、たじろいだのを見ると多分、彼が言ったように証拠がないのだろう。
マーガレット様は言うことがなくなったのか、徐に口を噤んだ。
「そ、それは……、」
彼女は困ったように下を見つめて、黙りこくっていると、そこまでの私たちの一連の流れを聴いていた周りの貴族たちが、突然、思い出したかのように2年前のあの事件のことを口に出し始めた。
「まさかここまで頭の可笑しな女だったなんて……。もしや2年前の事件も、この女が自分でやったんじゃないのか?」
「確かに……。今思えば、優しいストレイ伯爵があんなことするはずありませんもの……。」
「自作自演だったってことかしら……?」
「今の状況を見る限り……ありえますわね…。」
「なんと愚かな……。」
そう口々に呟くと、人々はマーガレットを蔑み、見下し、そして嘲笑した。
周囲がそう呟く声が聴こえたのか、マーガレット様はフルフルと肩を震わせると、徐に顔を俯かせた。
多分、羞恥で顔を上げていられないのだろう。
あの時とは完全に立場が真逆になっていた。
性格が悪いと思われるかもしれないけど、とてもいい気味だと思った。
私があの5年間で受けた侮辱を、これからは貴方もとことん味わうと良いわ。
やっと、私はマーガレット様に報復できた気がした。
「何で……、私だけがこんな目に遭わなきゃいけないの…………?私は被害者……被害者なのに………。」
そう壊れたようにポツリと呟いた彼女は余程悔しいのか、強く歯を食いしばっているのだろう、ギリギリと歯軋りをする音まで聴こえてきた。
そしてその怒りからか、身体は尋常じゃない程に震えている。
そしてそんな彼女を眺めていたのも束の間。
次の瞬間。
マーガレット様は右手に持ったナイフを徐に握りしめ、私の元にものの数瞬で近づいて来た。
私はあまりのその速さに、反応しきれなかった。
「ぅっ、うぅ………アンタなんか………ッ!!!死んじゃええぇえぇぇえ!!!!!!!」
周囲からの侮辱と嘲笑に耐えきれなくなったマーガレット様は、とうとう怒り狂う気持ちのままにそう叫ぶと、私に刃を向けて襲いかかってきた。
その目に浮かぶのは、ただただ私への殺意だった。
「「「キャーーーーー!!!!」」」
人々が甲高い悲鳴を上げる中、マーガレット様の行動の速さに私は驚愕していた。
なんとマーガレット様は見た目の愛らしさとは裏腹に、とんでもない運動神経を持ち合わせているらしい。
警戒はもちろんしていた。
しかし残念なことに、運動神経の鈍い私には、その時のマーガレット様に即座に反応することができなかった。
ものの一瞬で距離を詰められた私は、足がすくみ、そこから一歩たりとも動けなかった。
もう避けることも難しいかもしれない。
そう諦めて目を瞑ろうとした、その時。
私とマーガレット様の間に突然、大きな影が立ち塞がるように現れた。
そしてマーガレット様から私へと突き出されたナイフが何処かに刺さる音が聴こえた。
その瞬間、周囲がシーンと静まり返った。
私は自分が無傷である事を確認して、改めて目の前を見た。
どこから参上したのか分からないが、マーガレット様のナイフを受け止めたのはなんと、私の元夫であるダリウス・アレンベル侯爵だった。
「侯爵様……!」
「………!ダリウス……!!」
「やめないか、マーガレット………。見苦しいぞ。」
侯爵様の突然の登場に私も心底驚いたが、それ以上にマーガレット様の方が私よりも驚き、そしてどこか焦っていた。
そして侯爵様はそのまま、背後にいる私に振り返り声を掛けて来た。
「久しいな、アルヴィラ。」
「…………侯爵様……!腕が………!!」
侯爵様は涼しい顔で私にそう挨拶してきたが、彼の腕には未だにナイフが突き刺さったままだ。
さすがの私も気まずさやら何やらよりも先に、彼の傷を心配した。
そしてその傷口から血がダラダラと流れたいくのを見た私は、サーッと体から血の気が引いていくのを感じた。
しかしそんな私とは違い、侯爵様は依然、落ち着き払っていて、本当になんて事のないような顔をしていた。
「ああ、これか……問題ない。」
私の不安げな顔を見た侯爵様は、そうキッパリ言い切ると、まるで何でもないことのように、自身の腕に突き刺さっていたナイフを眉ひとつ動かさず引き抜いた。
(よ、よくそんな冷静に対処できるわね……、)
私はそんな侯爵様の姿に思わず、絶句してしまった。
しかし、こうして改めて侯爵様と向き合って見ると、2年前よりなんだか、少し逞しくなった気がする。
背筋もピンと伸びて、昔とは違う意味で胸を張って堂々としている。
昔とは違い雰囲気も張り詰めた息苦しいものではなく、まるで戦地を潜り抜けて来た猛者のように、どこか凛とした佇まいだった。
顔はあまり変わっていないが、唯一変わったと言えるのは、左目に黒い眼帯をつけているということだろうか。
恐らく、そこがマーガレット様に刺された場所なんだろう。
刺された痛みを想像するだけで、思わず背筋が震え上がった。
「ダリウス……なんでアンタがまた………!」
憎々しそうにそう呟いたマーガレット様に、侯爵様は彼女を見つめると、淡々とこう言った。
「マーガレット……お前を狂わせてしまったのは、俺が原因でもある。だからその償いの一つとして俺はお前からの刃を一度、受け止めた。1度目は俺への憎しみの分、そして今受けた2度目はアルヴィラへの恨みの分だ。だが………、3度目を受ける気はない。」
そう宣言するや否や、侯爵様はマーガレット様に近寄ると、素早い動作で彼女の腕を捻り上げた。
「い、痛い……!!!離しなさいよ!!このクズ!!!」
「クズはお前もだろう。」
彼はそう軽口を口にはするが、彼女に対して手加減する気も、甘んじる気もないようで、マーガレット様が離してと懇願しても、彼女の望み通りにすることは決してなかった。
そして自身の護衛騎士に金切り声で文句を言い続けるマーガレット様を預けると、侯爵様は徐に入り口付近に転がっている人たちを見た。
それはこの騒ぎが起こった時から眠り続けている、この会場に配属された護衛騎士達だった。
こんな騒ぎがあったにも関わらず、未だに入り口付近でぐっすり眠りこけている護衛騎士達をチラリと傍目に見ると、侯爵様は目を細めてこう言った。
「あれは……ブレス伯爵の妹、ユール・ブレスの仕業だな。状況を見るに、飲んだ飲み物に睡眠薬が盛られていたのだろうな。ここの使用人に紛れ込んで、飲み物を提供したんだろう。彼女はすでにここを立ち去ったようだが……。」
「ユール・ブレス……?」
その言葉に聞き覚えがあった私は思わずレバンタの方を見ると、彼もまさかその名が出るとは思わなかったのだろう。
あからさまに動揺していた。
その反応を見る限り、これは完全に黒だと思った。
先程、彼はマーガレット様に問い詰められた時は何の証拠もない妄言だと、馬鹿にしたように事件への関与を否定していたが、突然、侯爵様に"妹"という確信を突く単語を出されてとても驚いていたようだった。
「この手法には見覚えがある。
ーーーーそうだろう、ブレス伯爵。」
そう言って侯爵様は、残った右目の眼光を鋭く光らせると、レバンタを睨みつけた。
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