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十三話
しおりを挟むマーガレットにより強引にダンスホールの真ん中に連れられて踊らされた俺は、最近彼女と縁を切ったことで何か接触があるかもしれないと身構えていたが、ダンスが終わると何も言わずにどこかへと消え去ってしまった彼女を見て、少し拍子抜けする。
強いて言えば、去り際に鬼のような形相で睨まれたことくらいだろうか。
それよりもダンスを始める前に置いてきてしまったアルヴィラの方が、俺は気がかりだった。
マーガレットに連れて行かれた時、俺は咄嗟に後ろを振り返ってアルヴィラを見た。
周囲は人混みがすごくて、もう既に彼女自体もたくさんの人に重なって見えないほどになっていたが、そこでアルヴィラが誰かに話しかけられていることに気がついた。
しかしその人物を見ようにも、そいつも人混みに重なり姿までは見ることができなかった。
その中で辛うじて見えたのは、金髪だと言うことくらいだ。
そしてその背丈からして男性だろうこと。
俺が思いつく中で、アルヴィラに話しかける金髪の男は1人しか思い付かない。
(ブレス伯爵………。)
彼のことはアルヴィラと結婚する際に、少しでも彼女の身辺を知っておこうとして交友関係の調査で浮き出てきた人物だった。
それを抜きにしても、ブレス伯爵家は少し前に貴族間でそれなりに話題になっていた。
両親の不慮の事故により、3人兄弟の長男であったレバンタ・ブレスの兄が当時、爵位を受け継いでいた。
しかしその兄が不祥事を起こしたことにより、彼はその爵位を剥奪されて家を追放された。
そこで次に爵位を継いだのが、当時まだ17歳だった今のレバンタ・ブレス伯爵だった。
そして現在、妹は行方不明だとも聞いている。
俺はその話にどうもきな臭さを感じてならなかった。
だからこそ、アルヴィラに伯爵を近づけたくなかった。
それに先ほど彼女を噂から守ると言った手前、彼女から離れてはどうしようもないので、早く見つけたかった。
そう思いながら人混みを掻き分けていると、近くで話し込んでいた令嬢達の話が、偶然、俺の耳に入る。
「ねぇ、あの噂……やっぱり本当なのかしら?ロミストリー伯爵令嬢とアレンベル侯爵様が不倫してるって言う……。」
その話が聴こえた俺はそこでハタッと足を止めた。
本人が近くにいるだなんて思いもしていないのだろう。
気づかない令嬢達はそのまま話しを続けていた。
「先程も一緒に踊ってらしたわよね?」
「聞いた話ではホテルに一緒に泊まっただとか……。」
この手の令嬢達はそのような下世話な話が好きなんだろう。
きゃあ!なんて淫らな…!などと沸き立って勝手に興奮していた。
しかし、俺はその発言に思わず顔を顰めていた。
(ホテルに泊まった…?そんなことした覚えはないぞ……。)
あまりに悪意あるその噂に、俺は思わず盛り上がる令嬢達に声を掛けた。
「オイ。」
すると令嬢達は俺を認識した途端、驚き、サーッと血の気が引くと、その恐怖からか皆一様に竦み上がった。
「「「ヒッ……!」」」
「よく本人の前でそんな不名誉な噂を流せるものだな……。俺が誰だか分からないのか?」
こうして制裁を加えるのは俺自身の名誉のためでもあるが、やはり1番は噂を気にするアルヴィラを思ってのことだった。
「も、申し訳ございません!侯爵様……!どうかお許しください……!!!」
そう言って1番先に口を開いた令嬢を筆頭に皆、俺に向かって頭を下げた。
ハナからこんな奴らを許すも何もないのだが、そんな令嬢達に俺は良い機会だと思い交換条件を出した。
「この件を大事にしたくないのなら、俺の質問に正直に答えろ。」
そう低い声で言うと、令嬢達は自分の立場を理解したのか、コクコクと首を動かして俺に頷いて見せた。
「その噂は一体誰から聞いたものだ?」
すると令嬢達は困ったような、戸惑ったような顔をして、途端にそれぞれ顔を見合わせた。
何か言いにくいことでもあるのか、それとも気にかかることでもあるのか、少し不思議そうな顔をしている者もいた。
しかし俺はそんな彼女らに先を促した。
「その……、ロミストリー伯爵令嬢が自身で吹聴して回られていたんです……。」
「は……?」
俺は意味がわからず、思わず聞き返す。
「それは、どう言うことだ…?」
「伯爵令嬢が自ら、侯爵様にホテルに誘われて、致したと………、」
俺はマーガレットと定期的に会ったり、デートのコツを教えるだとか何だとかぬかす彼女と確かに出かけたことはある。
しかしその中でもホテルに泊まったと言う事実はまるでない。
誰かが流した噂なら殆どの人はそれをただの噂として取り扱うだろう。
しかしそれが本人が流した噂ならば話はまた変わってくる。それは事実として周囲に広まるだろう。
(だから俺とマーガレットの噂、それとアルヴィラの噂までがこんなに長く社交界で囁かれ続けているのか……。)
「ですからその、侯爵様と伯爵令嬢は不倫しているということに………、」
「そうか………。」
アルヴィラに対して悪気はなかったとは言え、冷たい態度を取ってしまっていた自分も大概だが、何故気づかなかったんだろう。
この女が俺以上に愚かな人間であり、悪魔のような女だと言うことに。
今までは友人がいないからと彼女と縁を切るのを渋っていたが、逆に今は縁を切ってよかったと心底思っている。
それにトーマスの言う通り、マーガレットのアドバイスは良くないものだったらしく、彼女と縁を切ってから、アルヴィラと最近、少しずつ話が出来るようにもなって来た。
そこでようやく噂の全ての原因や、アルヴィラとうまく行かなかった原因がマーガレットのせいであったと俺は気づいた。
きっとそうだ。
しかしそれを聴いても尚、俺はそんなことはどうでもいい事のように感じていた。
(噂なんてものは所詮、他人の評価に過ぎないのに……。)
アルヴィラが気にする必要なんてない。
ずっとそう思っていた。
何だったら今でもそう思っている。
だから何でマーガレットが、噂なんてそんな意味のないものを流すのかもわからない。
すると1人の令嬢が怯えながらも俺に尋ねて来た。
「あの……その噂は事実なのですか…………?」
「いや、事実ではーーー、」
「侯爵様。」
そう否定しかけた、その時。
その狙ったようなタイミングで、ある男が俺に声を掛けて来た。
「初めまして、アレンベル侯爵様。レバンタ・ブレスと申します。」
そう言って手を差し出して来たのは、俺が今1番怪しんでいる男であり、なぜかアルヴィラに毎回近寄って行く気に食わない男。レバンタ・ブレス伯爵だ。
「ぜひご挨拶をと思い、声を掛けさせていただいたのですが………、お邪魔でしたか?」
そう言うとブレス伯爵はチラッと俺の後ろ側にいる令嬢達を見て、含みのある言い方をした。
「いや、令嬢達が興味深い話をしていたのでな……少し話を伺っていただけだ。」
そう言って俺は後ろの令嬢達をひと睨みした。
早く行け、と言う意味だったのだが、令嬢達は何やら勘違いしたようで、顔をサーっと青くさせて「申し訳ありませんでした…!」と捨て台詞を吐き、何処かへ逃げて行った。
「しかし、侯爵様。行動には気をつけた方が良いかと。令嬢達と絡むのはほどほどにした方が良いとは思いますよ?また不倫をしたのだと疑われて、夫人が悲しまれますよ。」
それは妙に棘のある言い方で、ある種、挑発と受け取れるような発言だった。
「ブレス伯爵………。俺の妻と随分仲が良いようだな。」
「ええ、それはもう……。10代の頃からの仲ですから。」
そう言って彼は胡散臭い笑みを浮かべた。
常でも俺は人の考えを読み取るのが難しいのに、この男となると余計に真意を汲み取るのは困難な気がして、思わず顔を顰めた。
「先程彼女に話しかけていただろう。一体何を話していたんだ。」
「ダンスを申し込んだだけですよ。」
どんな意図があるのか分からないが、彼は相変わらずへらへらとしている。
そして俺の質問の真意に答えるのをのらりくらりと躱していた。
「そうだ。ひとつ、お会いしたら、申し上げたいと思っていたことがあるんです。」
「何だ。」
その瞬間、ブレス伯爵はスッ…と突然、人が変わった。
俺をまっすぐ見る瞳は相変わらずだが、その目は完全に据わっている。
「これ以上、彼女を傷つけるようなら、俺はどんな手を使ってでも貴方からアルヴィラ様を奪いますから。」
("どんな手を使ってでも"……か。)
そう言った彼のその眼はいやに本気で、嘘をついているわけではないことは明らかだった。
そして自分も大概だが、彼の眼にも自分と似たような、しかし異なる種類の"普通ではない何か"を感じ取って、少し身の毛がよだった。
それと同時に、今の彼を見ていると彼の家族が不幸に見舞われたことと、何か関係があるのではないか、と思案した。
その時、俺たちの近くにあるバルコニーのカーテンが音を立てて勢いよく開いた。
そしてそこから出て来たのは、何とマーガレットだった。
「マーガレット……?」
俺が不思議に思っていると、彼女は近くにいる俺に気づいたのか、こちらを一目見た途端、ニヤリとした不気味な笑みを浮かべた。
(何かを企んでいる……?)
俺がそう思ったのも束の間。
次の瞬間、彼女は大衆に向かって突然こう叫んだ。
「キャーー!!!助けてぇーー!!アルヴィラ様に殺されるーー!!!!」
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