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十話
しおりを挟むあの日から数日経った今日。
公爵家からの招待状の事を聞いた私は、舞踏会用のアクセサリーを探すために街へ出ていた。
勿論、専属メイドのユールとアレンベル家の護衛騎士も一緒だ。
ドレスは旦那様と色を合わせないといけないので、基本いつもオーダーメイドで作ってもらっているらしい。
なので今回は、それに合うネックレスとピアスを購入できればいいなと思っていた。
本当のことを言ってしまえば、私の噂が流れているであろう舞踏会に参加するのは億劫だし、その準備のためにこうやって出かけて、どこかの貴族にでも会ってしまったら、と思うと気が気じゃない。
しかもこれから行くのが、貴族が良く通うアクセサリー店だと言うのだから尚更だった。
それでもこうして準備をするのは、私がまだ、これでもアレンベル家の侯爵夫人だからだ。
嫌な貴族に会わないことを願い、いざ、アクセサリー店に入店した。
すると綺麗な宝石をあしらったアクセサリーが並ぶショーケースの前を、行ったり来たりしているひとりの男性がいた。
最初は不思議に思っていたが、そのシルエットに心当たりがあった私は思わず声をかけた。
「レバンタ…!」
「……!アルヴィラ様!」
ショーケースの前に居たのはなんと、この前、孤児院で会ったばかりのレバンタだった。
なぜか最近になってよく遭遇する。
「あなたもここに用が?」
「はい。実は舞踏会用のカフスボタンが欲しくて……。」
どうやらレバンタも公爵家の舞踏会に招待されていたらしい。
そういえば、と思い彼の周りを見るが、レバンタひとりしかいない。
彼は一応、伯爵という立場なのに、いつも護衛や使用人をつけていない。
そのことを私はいつも不思議に思っていた。
そう言えば、孤児院に寄付しにくる時も、いつも1人で来ていた。
私はこの機会に彼に尋ねてみた。
「レバンタ、あなた一人でここへ来たの?」
「………ええ、まあ。」
そう答えた彼はどこか気まずそうだった。
どうやらそこは彼なりの事情があるようで、その表情はほの暗い雰囲気を纏っていた。
聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った私はそれ以上、その話を深掘りすることはなかった。
そんな会話の後、私たちはそれぞれでアクセサリーを選んでいた。
私の今日のお目当ては青色のピアスとネックレス。
できればサファイアなどがあればいいな、と思っていた。
そして隣のレバンタは購入する品をすでに決めたようで、店員に話しかけていた。
「では、僕はこれにしましょうか。」
そう言って彼が手に取っていたのは綺麗な紫色のカフスボタンだった。
形は四角くて真ん中に何かの模様があしらわれていたが、それが何なのかは私にはわからない。
「まあ...!とても綺麗ね!」
「ですよね!僕も一目惚れしちゃいました。特にこの綺麗な紫色に………。」
レバンタはそう言ったのに、その目線は私の髪を見つめているようだった。
その目があまりに熱を帯びていたので、私は思わずその場から後ずさった。
そんな私を彼は別段気に留めるでもなく、すぐにその視線を外し、店員に品を手渡して購入していた。
その後も私がショーケースの前で考えあぐねていると、また隣から声がかけられた。
「これなんてどうです?」
そう言ってレバンタが手に取ったのは、エメラルドがあしらわれた綺麗な緑色のネックレスだった。
それはどこから見てもとても綺麗で魅力的だが、ドレスに合う青色のネックレスを探していた私は、そのネックレスを購入することを躊躇ってしまった。
「綺麗ね………でも、ごめんなさい。気持ちはとても嬉しいのだけど、緑色は舞踏会のドレスに合わないかもしれないの、」
実はまだドレス自体は完成していないけれど聞いた限り、黒や紫、青を使い、夜空をイメージしたものが作られるのだとか。
だから私はそれに合った色のアクセサリーを買いたかった。
「ごめんなさい、せっかく選んでくれたのに…、」
「そうですよね!僕こそすみません!不躾に、」
「いいのよ!本当に嬉しいわ!選んでくれてありがとう!」
そう言ってしゅん…と落ち込んで、そのネックレスをショーケースに戻した彼を見て、何だかとても申し訳ない気持ちになった。
どうにか彼を喜ばせたかった私は、そこである事を閃いた。
「そうだわ!舞踏会用は無理だけど、普段使いはできるから、それ用に購入しましょう!」
私がそう言うとレバンタは驚いたあと、焦ったように首を振った。
「え!?いいんですよ!僕に気を使っていただかなくても!」
「気なんて使ってないわ。私が買いたいと思っただけよ。」
そう言って私はそれ以上有無を言わせないように、店員にそれをさっさと渡した。
このネックレスはエメラルドを使用しているのでそれなりの値段がする。
それを私が本当に買う気なのだと知ったレバンタは、隣でアワアワしていた。
「そ、それなら僕がお金を出します!ぜひアルヴィラ様にプレゼントさせて下さい……!」
私はその申し出も断ったが、彼があまりにも必死なので、最終的には私が折れてお言葉に甘えさせてもらい、そのエメラルドのネックレスをレバンタに購入してもらった。
そんな彼の姿を見て考えるのは、やはり旦那様のこと。
今、レバンタがしてくれたみたいなことを私は旦那様にされた事がない。
そういえば、私はこの5年間、旦那様にプレゼントをもらった事がなかったことを思い出した。
何かを選んでもらったこともなければ、買ってもらったことすらない。
それどころか、出かけたことすらないのだから当たり前か。
せいぜい毎月渡されていたのは、1人で使用するには多すぎるほどの大金くらいだった。
もし旦那様がレバンタのように優しく、思いやりのある人だったなら、私のこの息の詰まるような生活を強いられることもなかったのかもしれない。
そう思うと、1人でこうしてアクセサリーを選んでいる自分がとても寂しい人間に思えた。
そうして私は、それとは別に自身で選んだ舞踏会用のサファイアのあしらわれたピアスとネックレスを購入し、帰路に着いた。
レバンタが私たちを馬車まで送ってくれると言うので、一緒に馬車まで歩く。
「今日は本当にありがとう。こんなに素敵なネックレスまで買ってもらっちゃって……、」
「いいんです。僕が選んだものをつけてもらえるだけで、充分嬉しいんですから。」
そう言って頬を掻きながら照れるレバンタは素直で純粋で、とても優しい人だと改めて思った。
暫く会話を楽しんでいると、すぐに馬車に辿り着き、私はユールと共に馬車に乗り込む。
「アルヴィラ様、今度の舞踏会、もし良ければ僕と踊って頂けませんか?」
最後にレバンタは私にそう聞いてきた。
こんな私にダンスを申し込んでくれる男性なんて社交界じゃ殆どいない。
いつも旦那様とのダンスが終われば、旦那様は他の貴族達と仕事の話をしに行ったり、令嬢に誘われたらそれなりに踊りに行ったりしていたが、当の私は旦那様とのダンスが終わった後は誘われることもなく、やる事もなく、噂のせいで友人もいない私は、令嬢達の会話に混ざるでもなく、いつも壁の花と化していた。
(そんな私にダンスを申し込んでくれるだなんて……。自分も悪い噂を立てられかねないのに……、)
「ありがとう、勿論よ…!私で良ければ、ぜひ!」
私は嬉しくて彼の優しさに感謝して、二つ返事で了承した。
「ありがとうございます、アルヴィラ様!」
彼がそう言った後、出発の準備が整ったのか、馬車の扉が閉められた。
私は窓から彼に「また舞踏会で会いましょう!」と声を掛けた。
そして最後にレバンタは私に呟くような声量で声を掛けた。
「アルヴィラ様………
……………早く離縁できるといいですね。」
「え…………?」
私は驚いて、思わずレバンタに聞き返そうとしたが、そのタイミングでちょうど馬車が走り出してしまった。
(どうしてレバンタが旦那様との離縁の話を知っているの……?)
私は旦那様との離縁の話を誰にも話していない。
何ならその事は実家の家族にも話していない。
旦那様には離縁を話す交友関係はないから、彼から噂が流れたわけではないだろう。
マーガレット様でさえ知らなかったのだから。
あとは使用人くらいだけど……。
例え使用人が噂を流したとしても、他貴族まで噂は広がったりしない。
せいぜい、邸宅内に広がるくらいだ。
彼といつも偶然、色んな所で出会う事といい、何だか考えれば考えるほど、彼のことがわからなくなってきてしまった。
そして何より。
最後に馬車の中から見えた彼の顔が、どこか笑っているようにも見えた。
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