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第四部
@68 家族
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僕は食卓に料理を二皿置く。僕とユヅハのぶんだ。僕はユヅハを呼ぶために彼女のいる部屋に行く。
「おまたせ、夕飯ができたよ」
「いい匂い。今晩は何?」
ユヅハはタブレットで読んでいた記事を閉じて立ち上がった。視線を彼女から右にやると棚の上に置かれた硝子の筒が目に入った。中には彼女の左腕の骨が入っている。
「牛系の培養肉を安く買えたから炒めたんだ」
僕たちは食卓に座って料理を食べ始めた。
「美味しい」
僕はそう言う彼女の顔を見て心が温まる。心の底から作ったかいがあったと思えた。
「良かった。おかわりも作っておいたから足りなかったら言ってくれ」
「うん」
ユヅハが箸を巧みに扱いながら頷く。優しい返事だった。
僕たちは毎晩するように取り留めのない話をした。最新のニュースだとか、最近見た映画だとか、あるいは近所にできるらしい店だとか───。楽しい、すごく楽しかった。
僕は大義よりも自分たちを優先した。それで逮捕されずに済んでこんなに素晴らしい生活を手に入れた。人類のために、大義のために尽くすよりも、目先の生活に注視した方がよっぽど幸福になれる。僕は無力だ、無力だからこんな生き方しかできない。
ちょうど食べ終わった頃、話題は自分たちの将来にも触れた。彼女が何か言いたげだったので、僕はしばらく無言で彼女を待った。彼女は僕の気持ちを察してゆっくりと言葉を紡いだ。
「子供が欲しい」
彼女がまっすぐな目で言う。彼女がそう言うのは意外だったが、驚きはなかった。
「うん」
彼女が僕たちの間の子供について明言するのは初めてだった。でも僕は彼女の気持ちに気がついていた。彼女は最近よく育児に関する書籍を購入していたのだ。同じアカウントを使用している僕も彼女に内緒でそれらを読んだりしていた。
彼女がずいぶんと前に煙草をやめたのも、母体としての健康を意識してのことだろう。そしてそれは彼女が人工子宮を使わないという意思表明でもあるように僕には感じられた。
「…そしてその子を愛する。絶対に愛する」
「ああ、絶対に愛しよう」
「…子供が孤独を感じないように、でも監視しすぎないように、でも必要なときには助けてあげられるように…」
すべて彼女自身が親に望んでいたことだ。そして僕もまた彼女と同じことを考えている。自分たちの子供に、溺れるくらいの愛情を与えたい。
「もう少し待った方が安心できるかもしれない。大学を出て…職を見つけてからにしよう」
「うん、うん」
彼女は何度も頷く。彼女の首にかかる赤い紐が目に入った。翡翠の首飾りだ。
「君はいい親になれるさ」
僕は机の上に手を出す。彼女はその上に彼女の手を乗せ、僕の手を握った。
僕は彼女が不安がっている事を知っている。自分が良い親になれるのかどうか不安なのだ。僕だってそうだからこそわかる。
「コズも、絶対にいい父親になれる」
僕たちの親は良い親ではなかった。しかしだからといって僕たちが良い親になる権利が無いなんていうことはない。ユヅハの言葉を借りるならば、まさに「私達には幸せになる権利がある」だ。僕たちは悪い連鎖を断ち切る。そして僕たちが受け取れなかった愛情を子に与えるのだ。
僕たちの過去は綺麗なものじゃない。僕たちはその過去を忘れることはできないし、忘れてはいけない。僕たちは自分たちの罪を背負っていかなくてはならない。しかし過去や後悔に囚われなくても良いのだ。
随分と回り道をしたが僕たちは僕たちなりに愛し、僕たちなりに生きていく。ただそれだけなのだ。そしてそれはどんなに素晴らしいことか。
「おまたせ、夕飯ができたよ」
「いい匂い。今晩は何?」
ユヅハはタブレットで読んでいた記事を閉じて立ち上がった。視線を彼女から右にやると棚の上に置かれた硝子の筒が目に入った。中には彼女の左腕の骨が入っている。
「牛系の培養肉を安く買えたから炒めたんだ」
僕たちは食卓に座って料理を食べ始めた。
「美味しい」
僕はそう言う彼女の顔を見て心が温まる。心の底から作ったかいがあったと思えた。
「良かった。おかわりも作っておいたから足りなかったら言ってくれ」
「うん」
ユヅハが箸を巧みに扱いながら頷く。優しい返事だった。
僕たちは毎晩するように取り留めのない話をした。最新のニュースだとか、最近見た映画だとか、あるいは近所にできるらしい店だとか───。楽しい、すごく楽しかった。
僕は大義よりも自分たちを優先した。それで逮捕されずに済んでこんなに素晴らしい生活を手に入れた。人類のために、大義のために尽くすよりも、目先の生活に注視した方がよっぽど幸福になれる。僕は無力だ、無力だからこんな生き方しかできない。
ちょうど食べ終わった頃、話題は自分たちの将来にも触れた。彼女が何か言いたげだったので、僕はしばらく無言で彼女を待った。彼女は僕の気持ちを察してゆっくりと言葉を紡いだ。
「子供が欲しい」
彼女がまっすぐな目で言う。彼女がそう言うのは意外だったが、驚きはなかった。
「うん」
彼女が僕たちの間の子供について明言するのは初めてだった。でも僕は彼女の気持ちに気がついていた。彼女は最近よく育児に関する書籍を購入していたのだ。同じアカウントを使用している僕も彼女に内緒でそれらを読んだりしていた。
彼女がずいぶんと前に煙草をやめたのも、母体としての健康を意識してのことだろう。そしてそれは彼女が人工子宮を使わないという意思表明でもあるように僕には感じられた。
「…そしてその子を愛する。絶対に愛する」
「ああ、絶対に愛しよう」
「…子供が孤独を感じないように、でも監視しすぎないように、でも必要なときには助けてあげられるように…」
すべて彼女自身が親に望んでいたことだ。そして僕もまた彼女と同じことを考えている。自分たちの子供に、溺れるくらいの愛情を与えたい。
「もう少し待った方が安心できるかもしれない。大学を出て…職を見つけてからにしよう」
「うん、うん」
彼女は何度も頷く。彼女の首にかかる赤い紐が目に入った。翡翠の首飾りだ。
「君はいい親になれるさ」
僕は机の上に手を出す。彼女はその上に彼女の手を乗せ、僕の手を握った。
僕は彼女が不安がっている事を知っている。自分が良い親になれるのかどうか不安なのだ。僕だってそうだからこそわかる。
「コズも、絶対にいい父親になれる」
僕たちの親は良い親ではなかった。しかしだからといって僕たちが良い親になる権利が無いなんていうことはない。ユヅハの言葉を借りるならば、まさに「私達には幸せになる権利がある」だ。僕たちは悪い連鎖を断ち切る。そして僕たちが受け取れなかった愛情を子に与えるのだ。
僕たちの過去は綺麗なものじゃない。僕たちはその過去を忘れることはできないし、忘れてはいけない。僕たちは自分たちの罪を背負っていかなくてはならない。しかし過去や後悔に囚われなくても良いのだ。
随分と回り道をしたが僕たちは僕たちなりに愛し、僕たちなりに生きていく。ただそれだけなのだ。そしてそれはどんなに素晴らしいことか。
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