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第三部
@52 イヴ
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クリスマス・イヴの夕方、僕は鏡の前で自分の身なりをチェックしていた。といっても髪型を整えたり制服の皺を伸ばしたりといった程度の準備だ。こういうときに学校制服のありがたさを感じるものだ。僕は服装の組み合わせといったファッション・センスには長けていない。
「ヒゲは剃ったなコズ? 爪も切ったな?」
経馬が背後から話しかける。彼も友達と会うために制服を着ていた。
「ああ、バッチリだ」
僕は保湿用のクリームをすこしだけ手に塗った。冬は何かと乾燥しやすい。経馬が僕をまじまじと眺める。
「おお、男前だなコズ」
彼は大きな手で僕の肩を優しく叩く。彼も髪の毛を整えており、いつもよりかっこよく見えた。
「ありがとう、そろそろ行ってくるよ」
「おう、頑張れよ」
僕は学校指定のコートをハンガーから取り、寮室のドアを開く。他の寮室には扉にクリスマスらしい飾り付けをしているところもあった。
今日はユヅハとデートをするのだ。僕は彼女がこういった祝い事にそこまで関心がないのを知っていたが、特別な日というのもあって多少気合を入れずにはいられなかった。
僕はコートを羽織って待ち合わせ場所である校庭の方へと向かった。ユヅハは時間ちょうどにやってきた。彼女は私物の落ち着いた茶色のコートを着ていた。
「おまたせ」
彼女の口から白い息が漏れる。
「やあ、今夜は冷えるね」
ユヅハも気にして身だしなみは整えたようで、いつもは横に跳ねている赤茶色の髪も今日は控えめだった。
デートといっても学園の中でできることは限られる。今夜の予定は体育館や第二校庭でやっている特別イベントを鑑賞し、大食堂で食事をするといった流れだった。学園の外だったら深夜まで遊ぶということもできただろうが、学園では十一時半までに寮に帰らなければならない。いつもよりも消灯が遅いとはいえ物足りなさがあった。
「去年の特別イベントは見に行ったのかい?」
彼女は首を振る。僕たちは体育館に向かって歩く。どことなく周りの雰囲気も浮かれていた。頭にサンタクロースの帽子を被った者も少なくなかった。
「あんまり興味がなかったかな」
「一人で行くようなところじゃないから」
「僕も同じ理由で行かなかった。お互い三年生で初めて見に行くなんてね」
「来年もある」
僕たちは留年をしたためだ。きっと来年の今頃は受験の準備で忙しいだろう。
「じゃあ来年もまた来よう」
「うん」
表情の変化には乏しいユヅハだが、いま彼女が喜んでいるのはわかりやすかった。彼女は不意にポケットから手を出して僕の方に向けた。
「…手が冷たい」
「ああ、なら手袋を貸すよ」
僕はコートのポケットに入っている手袋に手を伸ばす。しかし彼女は首を振った。
「その…違う」
僕は気づく。ようやく気づく。そして彼女の手を握った。
「…僕もちょうど手が寒いと思ってたんだ」
彼女の手は暖かかった。
しばらく手を繋いでわかったことだが、こうやって手を繋いで歩くのはなかなか照れくさかった。不思議な話だ。幾度も手を繋ぐ以上のことをしたにも関わらず、今更こんなことが恥ずかしいだなんて。
体育館はガラス張りになっている。晴れの日には体育館の中は自然光が照明代わりになるのだ。今日は表面に祝日を祝う文章や巨大なサンタクロースのイラストが表示されていた。
「なかなか壮観だね」
他の学校でもここまで大々的にやるところは少ないだろう。キリスト教系の学校だった名残だ。周囲を見渡すと他にもたくさん恋人同士がいた。視線を動かすと、体育館の入り口あたりにいる男子生徒が僕に手を振っていることに気がついた。よく見ると前に僕にボールをぶつけた後輩だった。彼は別の男子生徒と手を繋いでいた。僕は控えめに手を振り返す。
「経馬の後輩だ。僕が経馬と廃教会に行った話を聞きたいって言っていた」
「懐かしい」
「ああ、あのときは君に怪我をさせてしまったね」
僕は寒さで赤くなった彼女の鼻を見る。あのときも彼女は別の理由で鼻を赤くしていた。
「さぁ、入ろう」
列整理の係員はテキパキとしており、列が進むのは早かった。僕たちは入る前に半透明の棒を渡された。何に使うのか聞く前に僕たちは後続に薄暗い体育館の中へと押しやられた。中に入ると暖かさに驚いた。暖房と人だかりの持つ熱が場を温めていた。
僕たちはステージの上を見る。光り輝くギターを持った歌手が歌を歌っていた。歓声で歌詞は聞き取れなかったが、彼の後ろに流れている文章がきっと歌詞なのだろう。
「すごい盛り上がりだ。有名な人なのかな。ユヅハは知ってるかい?」
彼女は首を横に振りながらMFD(多機能端末)を取り出し、カメラで歌手の顔をズームした。顔面をスキャンしてそのままインターネットの検索にかけるのだろう。
「出た。二億回再生された曲もあるって」
名前だけ聞いたことがあるミュージシャンだった。
「へぇ、じゃあすごい人なんだろうね」
この学園は一般的に見ればかなり恵まれている。少なくとも大人気スターをクリスマスに貸し切りにできるぐらいには。学費もそう安いわけではないのだ。僕のように優秀成績で学費を減免されている生徒以外はユヅハのように家がそこそこ裕福なのだった。ある意味僕たちは将来、国家の棟梁になることを期待されている。
僕は周囲を見渡す。観客の皆が皆、入り口で渡された半透明の棒を振っている。棒はそこそこの明るさで緑色に光っている。
「…どう盛り上がればいいのかわからない」
「同感だ、そもそもこの歌手をよく知らないからね」
僕は手の中にある棒を眺める。軟質な樹脂でできているようだった。
「この棒、光るみたいなんだけどどうやって光らすんだろう」
棒にはボタンのようなものもなかった。
「わかった」
彼女はいきなり棒を両手で折り曲げた。パキッというヒビが入る音がしっかりと聞こえた。驚く僕に彼女は棒を見せる。折ったあたりから段々と緑色に変わり、光り始めた。
「化学反応を使っている。容器が二重になっていて、中の容器が割れると内容液が外の液と触れて発光する」
「なるほど、じゃあ使い捨てなのか」
僕も両手で棒を折り曲げる。淡い緑色の光は薄暗い空間の中では綺麗に見えた。僕はこのライトを使ってユヅハの顔を照らす。僕は彼女が夜中に煙草を吸うときを思い出した。心地良い金属音とともにライターが開き、一瞬だけ火で彼女の顔が照らされる。そしてまた金属音と共に光は消える───。
「綺麗だよ」
自然に出た言葉だった。ユヅハは反応に困ったようで、目を逸して一言だけありがとうと呟いた。
しばらくして僕たちは体育館を出てまた外の寒さに身を震わせた。
「初めて聴いたけど悪くないものだな、二億回再生は伊達じゃないというわけか」
「二曲目が好きだった」
僕たちはさっき聞いた曲について語り合いながら、ライトやスクリーンで飾り付けされた学園を散歩した。
「僕が…この学園にまだ居ることが許されて良かった」
僕は自分の留年が確定した際、退学でなくて良かったと思うと共に自分の学費減免が取り消されるかもしれないという心配があった。結果として無断欠席の罰則として一ヶ月間の学費減免を取り消されただけで済んだ。僕の家庭は他の生徒のようには裕福ではないのだ。
そうユヅハに話すと彼女は同調した。
「私もそう、学園という居場所を失わないで済んだ」
「僕たちは幸せだよ」
「うん、私達には幸せになる権利がある」
僕は彼女の言い回しを気に入った。きっとそうだ、僕たちにはその権利があるのだ。何も後ろめたく思う必要だなんてない。
僕たちは大食堂に向かった。大食堂はイベント日には特別な料理を提供することがある。もちろんそれらは大人気で、事前に予約が必要なほどだ。僕とユヅハは先月には予約を済ませていた。
大食堂は豪華に飾り付けをされており、クラシック音楽が流れていた。学園がどれほどこのクリスマスという期間に力を入れているかがよくわかる。
「いい雰囲気だ、貴族になった気分だよ」
ワインが欲しくなるね、と僕は付け加えた。
「今夜のメニューは何」
彼女はテーブルに触れてメニューを表示させた。どうやら彼女はもう腹が空いているようだった。僕もメニューを開く。気取った細いフォントでメニューが表示される。
「メインはチキンだってさ、美味しそうだね」
「うん、楽しみ」
しばらくすると前菜と飲み物が運ばれてきた。雰囲気は気取っているが所詮は学校の食事だ、大して特別だったり高級なものではない。しかし味は良かった。
「そういえばもうすぐ冬休みだ」
冬休みは十二月の二十八日からだった。四日後だ。
「予定は何かあるの?」
彼女が尋ねる。
「実家に帰って…特別なことは何もしないと思う」
今回の休みは夏休みのようにユヅハの家に泊まりにいったりということはない。彼女からはそう誘われたが、今回は実家に帰ることにした。実家は居心地がいいとは言えないが、さすがに帰らないとまずいのではないかという気持ちがあった。
「冬休みも会おう、そう家がお互いに遠いわけじゃない」
彼女は何回も頷いた。
「そういう君は? 何かやろうと思っていることなんかはあるのかい?」
彼女は沈黙する。
「別になくたっていいさ、何もしないことにも意味がある」
気を遣ったわけじゃない。ただ僕は昔と違って、何もしない時間も尊く思うようになっていた。
食事は特別メニューの名に恥じない美味しさだった。ユヅハは嬉しそうに食事を完食した。彼女はおとなしそうに見えてなかなかの胃袋を持っている。
僕たちは優等生らしく消灯時間の三十分前には解散した。僕は彼女に今日がとても楽しかったことを伝え、名残惜しそうにハグをして分かれた。寮への帰り道は少し寂しかった。本当は夜通し彼女といたかった。しかし学校はそんなことを許しはしない。
「ヒゲは剃ったなコズ? 爪も切ったな?」
経馬が背後から話しかける。彼も友達と会うために制服を着ていた。
「ああ、バッチリだ」
僕は保湿用のクリームをすこしだけ手に塗った。冬は何かと乾燥しやすい。経馬が僕をまじまじと眺める。
「おお、男前だなコズ」
彼は大きな手で僕の肩を優しく叩く。彼も髪の毛を整えており、いつもよりかっこよく見えた。
「ありがとう、そろそろ行ってくるよ」
「おう、頑張れよ」
僕は学校指定のコートをハンガーから取り、寮室のドアを開く。他の寮室には扉にクリスマスらしい飾り付けをしているところもあった。
今日はユヅハとデートをするのだ。僕は彼女がこういった祝い事にそこまで関心がないのを知っていたが、特別な日というのもあって多少気合を入れずにはいられなかった。
僕はコートを羽織って待ち合わせ場所である校庭の方へと向かった。ユヅハは時間ちょうどにやってきた。彼女は私物の落ち着いた茶色のコートを着ていた。
「おまたせ」
彼女の口から白い息が漏れる。
「やあ、今夜は冷えるね」
ユヅハも気にして身だしなみは整えたようで、いつもは横に跳ねている赤茶色の髪も今日は控えめだった。
デートといっても学園の中でできることは限られる。今夜の予定は体育館や第二校庭でやっている特別イベントを鑑賞し、大食堂で食事をするといった流れだった。学園の外だったら深夜まで遊ぶということもできただろうが、学園では十一時半までに寮に帰らなければならない。いつもよりも消灯が遅いとはいえ物足りなさがあった。
「去年の特別イベントは見に行ったのかい?」
彼女は首を振る。僕たちは体育館に向かって歩く。どことなく周りの雰囲気も浮かれていた。頭にサンタクロースの帽子を被った者も少なくなかった。
「あんまり興味がなかったかな」
「一人で行くようなところじゃないから」
「僕も同じ理由で行かなかった。お互い三年生で初めて見に行くなんてね」
「来年もある」
僕たちは留年をしたためだ。きっと来年の今頃は受験の準備で忙しいだろう。
「じゃあ来年もまた来よう」
「うん」
表情の変化には乏しいユヅハだが、いま彼女が喜んでいるのはわかりやすかった。彼女は不意にポケットから手を出して僕の方に向けた。
「…手が冷たい」
「ああ、なら手袋を貸すよ」
僕はコートのポケットに入っている手袋に手を伸ばす。しかし彼女は首を振った。
「その…違う」
僕は気づく。ようやく気づく。そして彼女の手を握った。
「…僕もちょうど手が寒いと思ってたんだ」
彼女の手は暖かかった。
しばらく手を繋いでわかったことだが、こうやって手を繋いで歩くのはなかなか照れくさかった。不思議な話だ。幾度も手を繋ぐ以上のことをしたにも関わらず、今更こんなことが恥ずかしいだなんて。
体育館はガラス張りになっている。晴れの日には体育館の中は自然光が照明代わりになるのだ。今日は表面に祝日を祝う文章や巨大なサンタクロースのイラストが表示されていた。
「なかなか壮観だね」
他の学校でもここまで大々的にやるところは少ないだろう。キリスト教系の学校だった名残だ。周囲を見渡すと他にもたくさん恋人同士がいた。視線を動かすと、体育館の入り口あたりにいる男子生徒が僕に手を振っていることに気がついた。よく見ると前に僕にボールをぶつけた後輩だった。彼は別の男子生徒と手を繋いでいた。僕は控えめに手を振り返す。
「経馬の後輩だ。僕が経馬と廃教会に行った話を聞きたいって言っていた」
「懐かしい」
「ああ、あのときは君に怪我をさせてしまったね」
僕は寒さで赤くなった彼女の鼻を見る。あのときも彼女は別の理由で鼻を赤くしていた。
「さぁ、入ろう」
列整理の係員はテキパキとしており、列が進むのは早かった。僕たちは入る前に半透明の棒を渡された。何に使うのか聞く前に僕たちは後続に薄暗い体育館の中へと押しやられた。中に入ると暖かさに驚いた。暖房と人だかりの持つ熱が場を温めていた。
僕たちはステージの上を見る。光り輝くギターを持った歌手が歌を歌っていた。歓声で歌詞は聞き取れなかったが、彼の後ろに流れている文章がきっと歌詞なのだろう。
「すごい盛り上がりだ。有名な人なのかな。ユヅハは知ってるかい?」
彼女は首を横に振りながらMFD(多機能端末)を取り出し、カメラで歌手の顔をズームした。顔面をスキャンしてそのままインターネットの検索にかけるのだろう。
「出た。二億回再生された曲もあるって」
名前だけ聞いたことがあるミュージシャンだった。
「へぇ、じゃあすごい人なんだろうね」
この学園は一般的に見ればかなり恵まれている。少なくとも大人気スターをクリスマスに貸し切りにできるぐらいには。学費もそう安いわけではないのだ。僕のように優秀成績で学費を減免されている生徒以外はユヅハのように家がそこそこ裕福なのだった。ある意味僕たちは将来、国家の棟梁になることを期待されている。
僕は周囲を見渡す。観客の皆が皆、入り口で渡された半透明の棒を振っている。棒はそこそこの明るさで緑色に光っている。
「…どう盛り上がればいいのかわからない」
「同感だ、そもそもこの歌手をよく知らないからね」
僕は手の中にある棒を眺める。軟質な樹脂でできているようだった。
「この棒、光るみたいなんだけどどうやって光らすんだろう」
棒にはボタンのようなものもなかった。
「わかった」
彼女はいきなり棒を両手で折り曲げた。パキッというヒビが入る音がしっかりと聞こえた。驚く僕に彼女は棒を見せる。折ったあたりから段々と緑色に変わり、光り始めた。
「化学反応を使っている。容器が二重になっていて、中の容器が割れると内容液が外の液と触れて発光する」
「なるほど、じゃあ使い捨てなのか」
僕も両手で棒を折り曲げる。淡い緑色の光は薄暗い空間の中では綺麗に見えた。僕はこのライトを使ってユヅハの顔を照らす。僕は彼女が夜中に煙草を吸うときを思い出した。心地良い金属音とともにライターが開き、一瞬だけ火で彼女の顔が照らされる。そしてまた金属音と共に光は消える───。
「綺麗だよ」
自然に出た言葉だった。ユヅハは反応に困ったようで、目を逸して一言だけありがとうと呟いた。
しばらくして僕たちは体育館を出てまた外の寒さに身を震わせた。
「初めて聴いたけど悪くないものだな、二億回再生は伊達じゃないというわけか」
「二曲目が好きだった」
僕たちはさっき聞いた曲について語り合いながら、ライトやスクリーンで飾り付けされた学園を散歩した。
「僕が…この学園にまだ居ることが許されて良かった」
僕は自分の留年が確定した際、退学でなくて良かったと思うと共に自分の学費減免が取り消されるかもしれないという心配があった。結果として無断欠席の罰則として一ヶ月間の学費減免を取り消されただけで済んだ。僕の家庭は他の生徒のようには裕福ではないのだ。
そうユヅハに話すと彼女は同調した。
「私もそう、学園という居場所を失わないで済んだ」
「僕たちは幸せだよ」
「うん、私達には幸せになる権利がある」
僕は彼女の言い回しを気に入った。きっとそうだ、僕たちにはその権利があるのだ。何も後ろめたく思う必要だなんてない。
僕たちは大食堂に向かった。大食堂はイベント日には特別な料理を提供することがある。もちろんそれらは大人気で、事前に予約が必要なほどだ。僕とユヅハは先月には予約を済ませていた。
大食堂は豪華に飾り付けをされており、クラシック音楽が流れていた。学園がどれほどこのクリスマスという期間に力を入れているかがよくわかる。
「いい雰囲気だ、貴族になった気分だよ」
ワインが欲しくなるね、と僕は付け加えた。
「今夜のメニューは何」
彼女はテーブルに触れてメニューを表示させた。どうやら彼女はもう腹が空いているようだった。僕もメニューを開く。気取った細いフォントでメニューが表示される。
「メインはチキンだってさ、美味しそうだね」
「うん、楽しみ」
しばらくすると前菜と飲み物が運ばれてきた。雰囲気は気取っているが所詮は学校の食事だ、大して特別だったり高級なものではない。しかし味は良かった。
「そういえばもうすぐ冬休みだ」
冬休みは十二月の二十八日からだった。四日後だ。
「予定は何かあるの?」
彼女が尋ねる。
「実家に帰って…特別なことは何もしないと思う」
今回の休みは夏休みのようにユヅハの家に泊まりにいったりということはない。彼女からはそう誘われたが、今回は実家に帰ることにした。実家は居心地がいいとは言えないが、さすがに帰らないとまずいのではないかという気持ちがあった。
「冬休みも会おう、そう家がお互いに遠いわけじゃない」
彼女は何回も頷いた。
「そういう君は? 何かやろうと思っていることなんかはあるのかい?」
彼女は沈黙する。
「別になくたっていいさ、何もしないことにも意味がある」
気を遣ったわけじゃない。ただ僕は昔と違って、何もしない時間も尊く思うようになっていた。
食事は特別メニューの名に恥じない美味しさだった。ユヅハは嬉しそうに食事を完食した。彼女はおとなしそうに見えてなかなかの胃袋を持っている。
僕たちは優等生らしく消灯時間の三十分前には解散した。僕は彼女に今日がとても楽しかったことを伝え、名残惜しそうにハグをして分かれた。寮への帰り道は少し寂しかった。本当は夜通し彼女といたかった。しかし学校はそんなことを許しはしない。
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