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第一部
@18 誕生日
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八月十九日、早朝。
僕は多機能端末の画面を部屋の壁スクリーンに表示させた。僕の情報が事細かに書かれている表や数十桁に及ぶ英数字の羅列がそこにはある。フィネコン社の扱う個人情報の中でも最上位のものだ。海外渡航用の人物証明、一般的にはパスポートと呼ばれるものだ。僕は有効期限や規約を念入りに確認した。
「お母さんに言わなくていいの?」
僕の真上にいる雪が言う。中華人民共和国へ行く事だ。彼女はそこに居る親に何らかの行動を起こす気だ。僕もそれを補助するために同行する。
「いいや、夏休みが終わる前に帰国すれば問題ない」
旅費はしっかりと支払うつもりだったが、ユヅハが頑なに出すと言ったため実のところ僕は渡航にあたって何の用意もする必要がなかった。一八歳は成年者として扱われるため、海外渡航に親の承認なども全く必要ない。つまりバレないということだ。バレたところで怒られることもないだろうが。
僕は鞄に最低限の荷物を詰め込んだ。
「お兄ちゃんがそうやって活動的なの初めて見るなぁ」
雪がぐるぐると僕の周りを周回する、雪の癖だ。巻毛がかった雪の髪がふわふわと揺れる。
「自分でもすこし驚いているよ。僕が他人のために動ける人間だって思っていなかった」
「嬉しい?」
「嬉しさとは違うな。安心感だ。こうじゃなきゃユヅハを手伝えない」
「ふーん」
机の上に黒い化粧箱と小瓶に入った黄色い花が置いてある。僕はその両方を手に取り、ユヅハのいる二階に向かった。
「煙草の匂い」
雪が言う。その通りで僕は簡単にユヅハが煙草を吸っているであろうことがわかった。そしてドアをノックする。
「もうちょっとかかると思ってた」
「荷物が少ないからね」
そういう彼女も既におおかた準備を終えたようだった。彼女の背後を覗き込むとまとめられた荷物が見えた。
「私は嬉しいけど、本当に良かったの?」
僕がユヅハに同行することに彼女は後ろめたさを感じているようだった。当初彼女は一人で行くつもりだった。
「ああ、約束だからね」
ユヅハはその言葉を噛みしめるように頷き、新しい灰皿にある煙草の火を擦って消した。
「そうだ、一八歳の誕生日おめでとう、ユヅハ」
僕は片手で小瓶に挿した黄色い花をユヅハの机に置いた。昨日外を歩いて摘んだものだ。
「ありがとう。…怪我がまだ痛む?」
彼女は僕の不自然に隠された右手に注目したようだった。
「いや…実はプレゼントを用意したんだけど…気に入らなかったら悪いなと思って」
こうなっては仕方がない。僕は迷いながらも黒い化粧箱を渡す。
「ネックレス?」
ユヅハは中身を取り出した。赤い紐に繋がれたドーナッツ状の翡翠。僕がインターネット・ショッピングで注文したものだ。
「似合うかなって思って。安物で申し訳ないね」
「そんな…ありがとう。気に入った」
彼女はネックレスをそのまま着けてくれた。
「ごめん、友達に何か贈り物をするっていうのは不慣れで」
ユヅハはなぜかその言葉を聞いて動きを止めた。そして彼女は呟く。
「その…友達以上には…なれない?」
「いや、言い方が悪かったよ。そういう意味じゃない、少なくとも僕は…君を親友だと思っている」
僕は焦ってそう付け足した。彼女はそれを聞いてゆっくりと頷いた。
僕は多機能端末の画面を部屋の壁スクリーンに表示させた。僕の情報が事細かに書かれている表や数十桁に及ぶ英数字の羅列がそこにはある。フィネコン社の扱う個人情報の中でも最上位のものだ。海外渡航用の人物証明、一般的にはパスポートと呼ばれるものだ。僕は有効期限や規約を念入りに確認した。
「お母さんに言わなくていいの?」
僕の真上にいる雪が言う。中華人民共和国へ行く事だ。彼女はそこに居る親に何らかの行動を起こす気だ。僕もそれを補助するために同行する。
「いいや、夏休みが終わる前に帰国すれば問題ない」
旅費はしっかりと支払うつもりだったが、ユヅハが頑なに出すと言ったため実のところ僕は渡航にあたって何の用意もする必要がなかった。一八歳は成年者として扱われるため、海外渡航に親の承認なども全く必要ない。つまりバレないということだ。バレたところで怒られることもないだろうが。
僕は鞄に最低限の荷物を詰め込んだ。
「お兄ちゃんがそうやって活動的なの初めて見るなぁ」
雪がぐるぐると僕の周りを周回する、雪の癖だ。巻毛がかった雪の髪がふわふわと揺れる。
「自分でもすこし驚いているよ。僕が他人のために動ける人間だって思っていなかった」
「嬉しい?」
「嬉しさとは違うな。安心感だ。こうじゃなきゃユヅハを手伝えない」
「ふーん」
机の上に黒い化粧箱と小瓶に入った黄色い花が置いてある。僕はその両方を手に取り、ユヅハのいる二階に向かった。
「煙草の匂い」
雪が言う。その通りで僕は簡単にユヅハが煙草を吸っているであろうことがわかった。そしてドアをノックする。
「もうちょっとかかると思ってた」
「荷物が少ないからね」
そういう彼女も既におおかた準備を終えたようだった。彼女の背後を覗き込むとまとめられた荷物が見えた。
「私は嬉しいけど、本当に良かったの?」
僕がユヅハに同行することに彼女は後ろめたさを感じているようだった。当初彼女は一人で行くつもりだった。
「ああ、約束だからね」
ユヅハはその言葉を噛みしめるように頷き、新しい灰皿にある煙草の火を擦って消した。
「そうだ、一八歳の誕生日おめでとう、ユヅハ」
僕は片手で小瓶に挿した黄色い花をユヅハの机に置いた。昨日外を歩いて摘んだものだ。
「ありがとう。…怪我がまだ痛む?」
彼女は僕の不自然に隠された右手に注目したようだった。
「いや…実はプレゼントを用意したんだけど…気に入らなかったら悪いなと思って」
こうなっては仕方がない。僕は迷いながらも黒い化粧箱を渡す。
「ネックレス?」
ユヅハは中身を取り出した。赤い紐に繋がれたドーナッツ状の翡翠。僕がインターネット・ショッピングで注文したものだ。
「似合うかなって思って。安物で申し訳ないね」
「そんな…ありがとう。気に入った」
彼女はネックレスをそのまま着けてくれた。
「ごめん、友達に何か贈り物をするっていうのは不慣れで」
ユヅハはなぜかその言葉を聞いて動きを止めた。そして彼女は呟く。
「その…友達以上には…なれない?」
「いや、言い方が悪かったよ。そういう意味じゃない、少なくとも僕は…君を親友だと思っている」
僕は焦ってそう付け足した。彼女はそれを聞いてゆっくりと頷いた。
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