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一章 第二節
座敷童子、終わる
しおりを挟む「へー。君、翔ちゃんのためなら祓われてもいいっていうんだ」
「……私は、座敷童子です。家主の幸福を願います」
「口だけなら、なんとでも言えるけどね」
渚から笑みが消える。
緋色の瞳が座敷童子を捉え、先程とは違った重圧……いや、殺意だ。明確な殺意を座敷童子へと放った。
加えて、緋眼から幻術に近いものを飛ばしている。それは低級妖怪が耐えられるものではない。呼吸を忘れ、思考を失い、絶望だけを身に纏いながら悶え苦しむだけだ。
「う、ああああ!! あああああ!!」
「苦しいよね。ツラいよね。でも、君が望んだものはこれ以上のもの。祓われた妖怪が落ちるのは地獄だよ。それでも、人間のために命を捧げられるの?」
「ちっ、いい加減にっーー」
とても見ていられない光景に実姉に太刀を振り上げようとした……が、ここである事実に気がつく。
身体が動かない。
そして、それはかぐやも同様のようだ。苦しむ座敷童子に対して、何もアクションを起こせない状況に顔をしかめている。
「さあ、命乞いしてみなよ。やっぱり、私だけは見逃して下さいって。その醜くて浅ましい妖怪としての本性を出してみなって」
「ああああっ! あああ、わ、わたし、わたし……は……」
錯乱している。まともな状態ではない。
そして、その言葉を放った時点でアウトだ。
何も出来ない自分の不甲斐なさに、狂いそうになる。身体は言うことを聞かず、唇を噛み締めることさえままならない。
俺は何も成長できていない。そして、この後訪れる凄惨な光景をただ見ていることしかーー
「わ、わたし……は。翔也さんの、幸せを……望み……ます」
出てきたのは、予想外の言葉だった。
何より、渚が一番驚いている。
打算的な発言ではない。無意識下での本音を受けた渚は、少し何かを考える。そして、放っていた殺意を消し、幻術を解いた。
「はっ、はあ……はあ……」
段々と平静を取り戻していく座敷童子に対してひとまず安堵する。ただ、状況は何も変わっていない。身体が動かないことには、何も出来やしない。
「……おい、渚。俺達の動きを止めてんのは、お前か?」
「あー、そうそう。本当は君達にキツいお灸を据えようと思ってたんだけど。この娘の意向に沿って穏便に済まそうかなって。そうなると、翔ちゃん達の抵抗面倒臭いから」
「緊縛の術式……いつの間に組んだ?」
「この家入る前。外壁に沢山呪符貼ってあるよ」
迂闊だった。そもそも、最初から俺達は渚の手のひらの上で踊らされていただけだった。
そして、渚の言っている「穏便に済ます」は、俺達との戦闘を避けたということだけだ。座敷童子への処遇は変わらない。
「……さて、かぐやちゃん。ちょっと、邪魔なのでおどき下さいー」
スタスタと歩いて行き、座敷童子を守るように浮遊していたかぐやをつまんでどかす。なんとも屈辱的な行為にかぐやの顔が歪んでいるが、一切の抵抗ができない。
渚はそのまま座敷童子に語りかける。
「君みたいな妖怪初めて見たよ。あの時の翔也の言葉も今なら信じちゃうかもなー」
「……あの時?」
「その意地と勇気に評して、一瞬で済ませてあげる。最期に言い残す言葉はある?」
「最期……ですか」
座敷童子は、緋色の瞳に捉われながら震えている。足はガクつき、全身から冷や汗を流し、瞳からは涙が溢れている。すぐそこまで近づいているものをリアルに感じているようだ。
それでも、座敷童子は必死に身体を動かし俺の方へ身体を向けた。そして、無理矢理に作った笑顔で放った言葉は、生への執着でもなく、同族への遺言でもなかった。
「翔也さん、どうかお幸せに」
その瞬間、渚の顔が歪んだ。
それと同時に、鎖鎌を持つ手に力を込めるのが見えた。
「やめろっ、渚っ!!」
座敷童子の首めがけ、大鎌が振るわれた。
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