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一章 第二節
土御門渚
しおりを挟む土御門渚《つちみかどなぎさ》。土御門本家の長女だ。
黒の長髪をおさげに結っていて、黒の着物、黒の袴、黒の草鞋、全身黒づくめの衣装を身に纏っている。そして、闇の中に恒星のように浮かぶ真っ赤な瞳は恐ろしいほど透き通っている。
この緋眼と呼ばれる特殊な瞳を持つ陰陽師は術師の中でも特別であり、緋眼持ちの術師は大抵伝説として残っている。
そして渚も例外ではない。
土御門家の中……いや、現世の中でトップレベルの術師だ。そしてーー
「もー、つれないなあ。感動の再会なのに、お姉ちゃん悲しいぞ?」
俺の実姉だ。
「そのおちゃらけた態度が鼻につくんだよ。どうすんだよ、窓破壊しやがって」
「呪符使えばいいじゃーん。まあ、おふざけモードが嫌なら早速本題に入ってもいいけど」
全く緊張感がなくへらへらしていた渚から、笑顔が消える。その比較的小さな体躯からは想像できないほどの重圧が放たれる。
そして、その影響をモロにうけたのはこの中で一番非力な存在だ。
「う……うあ。はっ……はあ……」
(落ち着け、低級妖怪。ゆっくり深呼吸していろ)
妖怪として本能的な部分で恐怖を感じているのだろう。せいぜい人の家屋に取り憑くだけが能力の低級妖怪が、対峙出来るような人物ではない。
渚の前では身動きできず、呼吸もできず、命乞いさえ出来ないまま祓われる。そんな怪異達をずっと見てきた。
「翔ちゃん。なんで、妖怪と一緒にいるのかなー。しかも、かぐやちゃん使ってソイツ守ったよね」
「なあ、渚。こんな低級妖怪の対応はお前の仕事じゃないだろ。普通の陰陽師でもスルーするレベルだぞ。だからーー」
「質問に答えろよ、翔也」
真っ赤な瞳で俺の心臓を射抜かれたようだった。全身から冷や汗が一気に噴き出る。そして、ある事実が脳裏によぎる。
俺は絶対に渚には勝てやしない。
無言のまま渚を睨みつけるのが精一杯だった。そんな俺を不憫に感じたのか。圧力を緩ませ、渚は残念そうにため息をつく。
「はぁ。まがりなりにも、土御門家出身の陰陽師が妖怪と一緒にいる。ましてや、祓うどころか守るなんて……何してるかわかってるの?」
「……そのために、俺は土御門家を出たんだ。気に食わねえなら、かかってこいよ。バカ姉貴」
「はっ、愚弟だねえ。かぐやちゃんはいいのかな? 大好きな翔也様、このままじゃ死んじゃうよ」
俺に何を言っても無駄だと諦めたのだろう。
俺の生殺与奪を脅しに使うターゲットとしては、かぐやが最適だと判断したようだ。
だが、それは見当違いの話だ。ウチの式神はそんなにヤワではない。
(私は、この妖怪を守れと翔也様に言われました。この身が滅びようと、私はそれを遂行するだけです)
「……おバカな陰陽師には、おバカな式神がつくんだねえ。まあ、いっかー」
これが実弟に対して与えた唯一のチャンスだったのだろう。それを棒にふったんだ。
そして、ここから先はもう何を言っても一切通用しない。そんな土御門家の掟は一つ。
問答無用だ。
「じゃあ、死ね」
真っ赤な瞳が冷たく輝いた。
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