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おまけ

IF:絶対に起きえなかった奇跡の話-2

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 後日、約束を取り付けて庭園で顔を合わせたヴィオラは、恥ずかしそうにしていたが、騒がせたことや気絶して別荘まで運ばせたことなどを謝罪した。イザークはそれをなるべく気にしないよう、それとなく話を逸らした。

 しばらく庭園に出した横長の椅子へ並んで掛けて談笑してから、手振りで侍従たちを遠ざける。
 イザークはこの日、ヴィオラに重要な話があった。

「ヴィオラ。私は父王に、ある提案をしようと考えている。だが、先にそなたの意向を聞いておきたい」
「私の、ですか?」
「ああ。そなたの友として、率直な言葉が欲しい。だからそなたも、私が王太子であることは忘れてくれ。どのような答えでも、私はそなたの意見を尊重する。公爵家にも何の影響もないようにする」
「……かしこまりました」

 不思議そうにしていたヴィオラは、イザークの念入りな前置きに表情を曇らせた。

「もうじきに、私の婚約者を選ぶ頃合いが来る」
「はい」
「私は……。私は、そなたを妻に迎えたいと、思っている」

 喉でつっかえながらようやく吐き出すと、ヴィオラは一瞬言葉を失い、そしてすぐに持ち直した。

「国内でお相手を探すとなれば、当家は爵位等を勘案して、恐れながら、妥当かと考えます。ですが……」
「違う、ヴィオラ」

 冷静な友の顔で話し始めたヴィオラを、止める。そんな言葉を聞きたいのではない。

「妥当であるからそなたを選ぼうとしているのではない。そなたを、愛しているからだ。友としてではない。一人の男としてだ」
「え……」

 その困惑の表情に、先ほどから覚えていた胸の痛みが重く、強まった。

「戸惑うのはもっともだ。そなたは私を友としか思っていないだろう。だが私はもう何年も……。それにそなたは……、つい先日まで、体の事情で、普通の結婚をする心積もりをしていなかった」

 イザークと友としか思っていないし、同年代の誰かと普通の結婚をできるつもりも無かったはず。それが、子供を生める可能性が出てきた。

「すまない。先日そなたが倒れた折に、公爵から聞いた。命じて、無理強いした」
「いえ……。殿下の目の前で倒れたのです。事情をお尋ねになるのは当然のことです」

 事情を知って、イザークは恐怖した。イザークは、ヴィオラが将来自分の妃に望まれているから引き合わされたのだと考えていた。実際は、イザークに指導的な友をという父王の考えと、まともな結婚ができないなら官僚にという彼女の父の意向が噛みあっただけだった。イザーク以外は、彼女の体のことを承知していた。
 しかし、もう今さら忘れられないほど、イザークはヴィオラに恋していた。当然のように、婚約者はヴィオラを、と父王に伝えるつもりだった。もし彼女を妃に迎えることは叶わないと告げられていたら、どうしていたのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。

「そなたは王に並び立つ、為政者としての力を備えている。だが、体のことを思えば、苦難の道となるおそれがある。私は、そなたにその道を共に行かせるか、正直なところ、躊躇っている」

 奇跡的に可能性が出てきたと知っても、イザークはこれでヴィオラと結婚できるなどとは喜べなかった。あくまで可能性であって、後継者を残すという重要な役目を果たせるか、まだ分からないのだ。
 子が産めなければ、直系ではない王族から継承者を選定することになる。しかしそうなればその権利を持つ者は複数名になり、王位を求める争いが起き国が乱れるおそれがある。イザークが矢面に立とうとも、ヴィオラも責められるだろう。

 ヴィオラが目を伏せ、涙をこぼした。
 やはり、これは叶わない恋だったのだ。早いうちにわかってよかったと、イザークは自分に言い聞かせた。
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