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おまけ
IF:絶対に起きえなかった奇跡の話-1
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イザークとヴィオラが十代半ばとなったある日。二人は王家の猟場の近くで、馬術を競って遊んでいた。
ところが、珍しくヴィオラは覇気がない。乗りこなし方も普段より上手くない気がして、イザークは心配になった。体調が優れないのかと。
「ヴィオラ、少し休憩しよう」
「はい」
そうして木陰へ馬を寄せて、イザークは先に降りて木の枝に馬の手綱を引っかけた。
遅れてやってきたヴィオラも、馬を降りる。その後ろ姿を目にして、イザークは驚愕の声を上げた。
「ヴィオラ……!」
淡い色合いの乗馬服の尻のところに、赤い染みが広がっていた。血だ。
「え? あ……」
イザークの声に振り返ったヴィオラは、まだ自分の状態に気付いていないようだったが、眩暈がしたのか、急に崩れ落ちた。
倒れる前に、イザークは駆け寄ってその体を受け止めた。十代の前半でとっくに背丈は追い越した。
「ヴィオラ、しっかりしろ! ――おい、医師を呼べ!」
気を失っており、顔色も青い。
イザークは彼女の体を横抱きにすると、何か起きたと察して駆け寄ってきていた侍従に医者を呼ぶよう命じ、自分は猟場の近くの別荘へ急いだ。
◆
「公爵、ヴィオラは……!?」
「殿下」
別荘の客室へ運び、彼女の父と、少しして駆けつけた医師へ任せて、イザークは廊下へ出ていた。
やがて医者より先に客室から姿を見せた公爵に、容体を尋ねる。
「命にかかわるものではございません」
公爵は冷静にそう答えるが、その目は潤んでいる。室内で余程の話があったのだ。
「嘘を申すな。あれほど血が出て、無事なものか」
「それは……。本人の承諾も無しに、勝手にお話しすることは憚られます」
相当重い病なのか。公爵は命にかかわらないと言ったが、イザークは心配のあまりそれに納得できず、どうしても聞いておきたかった。
「……命令だ、公爵。すまないが、教えてくれ」
その禁じ手に、公爵は目を瞠った。イザークはヴィオラのおかげで性根を叩き直され、横暴な命令など一切しなくなっていたのだ。
公爵は観念したようで、渋々口を開く。
「殿下は、女性の体のことは学んでおられますか」
「ある程度は……」
そうして説明されたのは、女性の月経の仕組みであった。子を産むための準備ができてから始まる、周期的に起きる出血。今回のヴィオラの流血は、月経だったらしい。
基本的にどの女性にもやってくる普通のことで、今回は症状が重く出ただけという医師の見解も教わり、イザークはほっと胸を撫でおろした。
ところが、公爵はなぜかまた目を潤ませた。
「どうした、公爵」
「……失礼しました」
目元を隠して涙を収めてから、公爵は、これがヴィオラにとってどのような意味を持つのかを、語ってくれた。
イザークは知らなかったが、ヴィオラは幼いころ重い病にかかっていた。そしてそれが原因で、将来子供を望めないと言われていたのだ。これまでの症例の多くから、女児がかかると生殖機能を失い、その後月経も訪れなくなることが分かっていた。そしてその通りに、成長してある程度体が出来上がってきたというのに、ヴィオラはこれまで一度も血を流したことがなかった。
ようやく、ヴィオラが男の後継者並みの厳しい教育を受けていた理由もわかった。まともな結婚ができなくとも、一人で十分な職と地位を掴めるようにだ。
だが、今回、彼女には月経が訪れた。本当に子供ができるのか、普通の女性よりできづらいことはないのか、まだ確かなことは分からない。だが、完全に閉ざされたものと諦めていた道が開けたのだ。
娘が苦難の道から救われるかもしれない。その希望に、公爵は涙を浮かべていたのだ。
ところが、珍しくヴィオラは覇気がない。乗りこなし方も普段より上手くない気がして、イザークは心配になった。体調が優れないのかと。
「ヴィオラ、少し休憩しよう」
「はい」
そうして木陰へ馬を寄せて、イザークは先に降りて木の枝に馬の手綱を引っかけた。
遅れてやってきたヴィオラも、馬を降りる。その後ろ姿を目にして、イザークは驚愕の声を上げた。
「ヴィオラ……!」
淡い色合いの乗馬服の尻のところに、赤い染みが広がっていた。血だ。
「え? あ……」
イザークの声に振り返ったヴィオラは、まだ自分の状態に気付いていないようだったが、眩暈がしたのか、急に崩れ落ちた。
倒れる前に、イザークは駆け寄ってその体を受け止めた。十代の前半でとっくに背丈は追い越した。
「ヴィオラ、しっかりしろ! ――おい、医師を呼べ!」
気を失っており、顔色も青い。
イザークは彼女の体を横抱きにすると、何か起きたと察して駆け寄ってきていた侍従に医者を呼ぶよう命じ、自分は猟場の近くの別荘へ急いだ。
◆
「公爵、ヴィオラは……!?」
「殿下」
別荘の客室へ運び、彼女の父と、少しして駆けつけた医師へ任せて、イザークは廊下へ出ていた。
やがて医者より先に客室から姿を見せた公爵に、容体を尋ねる。
「命にかかわるものではございません」
公爵は冷静にそう答えるが、その目は潤んでいる。室内で余程の話があったのだ。
「嘘を申すな。あれほど血が出て、無事なものか」
「それは……。本人の承諾も無しに、勝手にお話しすることは憚られます」
相当重い病なのか。公爵は命にかかわらないと言ったが、イザークは心配のあまりそれに納得できず、どうしても聞いておきたかった。
「……命令だ、公爵。すまないが、教えてくれ」
その禁じ手に、公爵は目を瞠った。イザークはヴィオラのおかげで性根を叩き直され、横暴な命令など一切しなくなっていたのだ。
公爵は観念したようで、渋々口を開く。
「殿下は、女性の体のことは学んでおられますか」
「ある程度は……」
そうして説明されたのは、女性の月経の仕組みであった。子を産むための準備ができてから始まる、周期的に起きる出血。今回のヴィオラの流血は、月経だったらしい。
基本的にどの女性にもやってくる普通のことで、今回は症状が重く出ただけという医師の見解も教わり、イザークはほっと胸を撫でおろした。
ところが、公爵はなぜかまた目を潤ませた。
「どうした、公爵」
「……失礼しました」
目元を隠して涙を収めてから、公爵は、これがヴィオラにとってどのような意味を持つのかを、語ってくれた。
イザークは知らなかったが、ヴィオラは幼いころ重い病にかかっていた。そしてそれが原因で、将来子供を望めないと言われていたのだ。これまでの症例の多くから、女児がかかると生殖機能を失い、その後月経も訪れなくなることが分かっていた。そしてその通りに、成長してある程度体が出来上がってきたというのに、ヴィオラはこれまで一度も血を流したことがなかった。
ようやく、ヴィオラが男の後継者並みの厳しい教育を受けていた理由もわかった。まともな結婚ができなくとも、一人で十分な職と地位を掴めるようにだ。
だが、今回、彼女には月経が訪れた。本当に子供ができるのか、普通の女性よりできづらいことはないのか、まだ確かなことは分からない。だが、完全に閉ざされたものと諦めていた道が開けたのだ。
娘が苦難の道から救われるかもしれない。その希望に、公爵は涙を浮かべていたのだ。
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