【R-18】【完結】何事も初回は悪い

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
114 / 116
おまけ

IF:絶対に起きえなかった奇跡の話-1

しおりを挟む
 イザークとヴィオラが十代半ばとなったある日。二人は王家の猟場の近くで、馬術を競って遊んでいた。
 ところが、珍しくヴィオラは覇気がない。乗りこなし方も普段より上手くない気がして、イザークは心配になった。体調が優れないのかと。

「ヴィオラ、少し休憩しよう」
「はい」

 そうして木陰へ馬を寄せて、イザークは先に降りて木の枝に馬の手綱を引っかけた。
 遅れてやってきたヴィオラも、馬を降りる。その後ろ姿を目にして、イザークは驚愕の声を上げた。

「ヴィオラ……!」

 淡い色合いの乗馬服の尻のところに、赤い染みが広がっていた。血だ。

「え? あ……」

 イザークの声に振り返ったヴィオラは、まだ自分の状態に気付いていないようだったが、眩暈がしたのか、急に崩れ落ちた。
 倒れる前に、イザークは駆け寄ってその体を受け止めた。十代の前半でとっくに背丈は追い越した。

「ヴィオラ、しっかりしろ! ――おい、医師を呼べ!」

 気を失っており、顔色も青い。
 イザークは彼女の体を横抱きにすると、何か起きたと察して駆け寄ってきていた侍従に医者を呼ぶよう命じ、自分は猟場の近くの別荘へ急いだ。



「公爵、ヴィオラは……!?」
「殿下」

 別荘の客室へ運び、彼女の父と、少しして駆けつけた医師へ任せて、イザークは廊下へ出ていた。
 やがて医者より先に客室から姿を見せた公爵に、容体を尋ねる。

「命にかかわるものではございません」

 公爵は冷静にそう答えるが、その目は潤んでいる。室内で余程の話があったのだ。

「嘘を申すな。あれほど血が出て、無事なものか」
「それは……。本人の承諾も無しに、勝手にお話しすることは憚られます」

 相当重い病なのか。公爵は命にかかわらないと言ったが、イザークは心配のあまりそれに納得できず、どうしても聞いておきたかった。

「……命令だ、公爵。すまないが、教えてくれ」

 その禁じ手に、公爵は目を瞠った。イザークはヴィオラのおかげで性根を叩き直され、横暴な命令など一切しなくなっていたのだ。
 公爵は観念したようで、渋々口を開く。

「殿下は、女性の体のことは学んでおられますか」
「ある程度は……」

 そうして説明されたのは、女性の月経の仕組みであった。子を産むための準備ができてから始まる、周期的に起きる出血。今回のヴィオラの流血は、月経だったらしい。
 基本的にどの女性にもやってくる普通のことで、今回は症状が重く出ただけという医師の見解も教わり、イザークはほっと胸を撫でおろした。

 ところが、公爵はなぜかまた目を潤ませた。

「どうした、公爵」
「……失礼しました」

 目元を隠して涙を収めてから、公爵は、これがヴィオラにとってどのような意味を持つのかを、語ってくれた。

 イザークは知らなかったが、ヴィオラは幼いころ重い病にかかっていた。そしてそれが原因で、将来子供を望めないと言われていたのだ。これまでの症例の多くから、女児がかかると生殖機能を失い、その後月経も訪れなくなることが分かっていた。そしてその通りに、成長してある程度体が出来上がってきたというのに、ヴィオラはこれまで一度も血を流したことがなかった。
 ようやく、ヴィオラが男の後継者並みの厳しい教育を受けていた理由もわかった。まともな結婚ができなくとも、一人で十分な職と地位を掴めるようにだ。

 だが、今回、彼女には月経が訪れた。本当に子供ができるのか、普通の女性よりできづらいことはないのか、まだ確かなことは分からない。だが、完全に閉ざされたものと諦めていた道が開けたのだ。

 娘が苦難の道から救われるかもしれない。その希望に、公爵は涙を浮かべていたのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...