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おまけ
ボツエンド:ある王太子-1
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王太子であるカレルにとって、父王のイザークは優しいがとても厳格な人だった。そして常にこの国のことを思い、大国に接する不安定な状況を堅実に乗り越えてきた、名君だ。
その父王が倒れたのは、彼が四十になる手前、カレルが二十一の年の、秋のことだった。
王の寝室まで見舞いに訪れたカレルは、丁度中から出てきた筆頭秘書官の男に声をかけた。
「陛下は目覚めておられるか」
「王太子殿下。はい、丁度ただ今はお目覚めです」
男は脇に退いて、カレルに礼をとった。
父王は自分を律する人で、そうできない状況を他人に見せることを徹底的に断っていた。
いつからか分からないが、母を含め家族と共に眠ることはなくなった。世話をする侍従なども、必ず部屋の外から声をかけさせて目覚めるまで入らせない。酒量も明確に決め、酔いが絶対に回らない量に抑えていた様子だ。
おそらく、弱みを見せてはならないと思っていたのだろう。
そのため、病床にあり、息子のカレルが訪ねたとしても、眠っている場合は諦めて帰らなくてはならなかった。今は起きているため話ができそうだ。
入室の許可を得てから中へ入ると、父王は寝台で体を起こして座っていた。
「よく来たな」
「ご気分はいかがですか」
「悪くはない」
若い時の、王というより武人のような精悍さを、幼いながらも覚えている。そのため現在の病魔でやつれた姿は、何度見ても胸が締め付けられ、着実に近づく終わりを意識させられる。
もちろん、そのような素振りはおくびにも出さず、寝台の横に置かれた椅子へ腰かけた。
特別用事はない。ただ、いつ突然に終わりが来るのかわからない状況のため、少しでも長く一緒にいたかった。だから父の代わりに務める政務を必死にこなし、その合間に時間を捻出して他愛もない話をしに来ている。厳しい人だが、思いやりのある、愛する父だ。
今日は幼いころの、妹姫との思い出話をした。昔はお転婆だった妹と馬術を競った話をすれば、父は懐かしそうに目を細める。
「父上、王として、私が守るべきことは何でしょうか」
「そうだな……」
「教育係から聞かされる事以外で、父上の教えをいただきたいです」
父王は少し考えて、口を開いた。
「一つは、この国を、……臣民を何よりも優先すること。順位を違えるな」
それは、父が有言実行してきたことだ。それが行き過ぎ、寝食を惜しんで政務にあたった結果、父はまだ老齢を迎える前に体を壊してしまったのではないかと、カレルは考えている。
「妻や子供たちよりもですか?」
困らせてやろうと、そう尋ねた。父王にないがしろにされたと感じたことは一度もないが、どんな反応をするだろうかと、安易に尋ねた。
「ああ」
だが父王は、答えに詰まることも、考えるそぶりもなかった。
「仮に、率いる軍勢が、そなたらと民衆のいずれかしか救えないとなれば、私はそなたらを見捨てる。……口先だけではなく、心からそう答えられるようになれ」
先ほどまでの思い出話と同じ声の調子だった。
「我々王族の持つすべては、民衆のためにある。それを忘れてはならない」
頭の中にある模範的な回答をなぞるのではなく、心からの、重みある言葉。まるで、戒めのようだった。
「もう一つは……、伝統をないがしろにするな」
「なぜですか。皆が昔から大切にしているものを尊重することは重要ですが、本質はそれでしょうか。悪習も守るべきですか」
「いや……。害のある伝統なら正すことも王の役目だが、そうでなければ守れ。これは……、いつか分かる日など来ない方がよいものだ」
急に歯切れの悪くなった父は、ぼんやりと窓の外へ目を向けた。
話し過ぎて疲れたのかもしれない。
「また来ます」
労りの言葉をいくらかかけて、カレルは寝室を後にした。
その父王が倒れたのは、彼が四十になる手前、カレルが二十一の年の、秋のことだった。
王の寝室まで見舞いに訪れたカレルは、丁度中から出てきた筆頭秘書官の男に声をかけた。
「陛下は目覚めておられるか」
「王太子殿下。はい、丁度ただ今はお目覚めです」
男は脇に退いて、カレルに礼をとった。
父王は自分を律する人で、そうできない状況を他人に見せることを徹底的に断っていた。
いつからか分からないが、母を含め家族と共に眠ることはなくなった。世話をする侍従なども、必ず部屋の外から声をかけさせて目覚めるまで入らせない。酒量も明確に決め、酔いが絶対に回らない量に抑えていた様子だ。
おそらく、弱みを見せてはならないと思っていたのだろう。
そのため、病床にあり、息子のカレルが訪ねたとしても、眠っている場合は諦めて帰らなくてはならなかった。今は起きているため話ができそうだ。
入室の許可を得てから中へ入ると、父王は寝台で体を起こして座っていた。
「よく来たな」
「ご気分はいかがですか」
「悪くはない」
若い時の、王というより武人のような精悍さを、幼いながらも覚えている。そのため現在の病魔でやつれた姿は、何度見ても胸が締め付けられ、着実に近づく終わりを意識させられる。
もちろん、そのような素振りはおくびにも出さず、寝台の横に置かれた椅子へ腰かけた。
特別用事はない。ただ、いつ突然に終わりが来るのかわからない状況のため、少しでも長く一緒にいたかった。だから父の代わりに務める政務を必死にこなし、その合間に時間を捻出して他愛もない話をしに来ている。厳しい人だが、思いやりのある、愛する父だ。
今日は幼いころの、妹姫との思い出話をした。昔はお転婆だった妹と馬術を競った話をすれば、父は懐かしそうに目を細める。
「父上、王として、私が守るべきことは何でしょうか」
「そうだな……」
「教育係から聞かされる事以外で、父上の教えをいただきたいです」
父王は少し考えて、口を開いた。
「一つは、この国を、……臣民を何よりも優先すること。順位を違えるな」
それは、父が有言実行してきたことだ。それが行き過ぎ、寝食を惜しんで政務にあたった結果、父はまだ老齢を迎える前に体を壊してしまったのではないかと、カレルは考えている。
「妻や子供たちよりもですか?」
困らせてやろうと、そう尋ねた。父王にないがしろにされたと感じたことは一度もないが、どんな反応をするだろうかと、安易に尋ねた。
「ああ」
だが父王は、答えに詰まることも、考えるそぶりもなかった。
「仮に、率いる軍勢が、そなたらと民衆のいずれかしか救えないとなれば、私はそなたらを見捨てる。……口先だけではなく、心からそう答えられるようになれ」
先ほどまでの思い出話と同じ声の調子だった。
「我々王族の持つすべては、民衆のためにある。それを忘れてはならない」
頭の中にある模範的な回答をなぞるのではなく、心からの、重みある言葉。まるで、戒めのようだった。
「もう一つは……、伝統をないがしろにするな」
「なぜですか。皆が昔から大切にしているものを尊重することは重要ですが、本質はそれでしょうか。悪習も守るべきですか」
「いや……。害のある伝統なら正すことも王の役目だが、そうでなければ守れ。これは……、いつか分かる日など来ない方がよいものだ」
急に歯切れの悪くなった父は、ぼんやりと窓の外へ目を向けた。
話し過ぎて疲れたのかもしれない。
「また来ます」
労りの言葉をいくらかかけて、カレルは寝室を後にした。
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