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25.届く言葉-6
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オフェリアの説明は、ヴィオラの話をしているとは思えないほど、突飛なものだった。彼女の話が終わる前に、つい口を挟んでしまう。
「閉じ込められているのは事実ですが、それは、私が陛下に迫ったがために、陛下が錯乱されているからで……。不貞の現場を目撃されているはずです。なのに、どうしてそのような話に……」
「見られた不貞は、陛下があなたを凌辱している場面だったと思われています」
「そんな、陛下の名誉が……! なぜ……」
あれは、ヴィオラが思いを押しつけ、自らイザークの膝へ乗り上げたのだ。彼にはヴィオラを凌辱する理由などない。先ほどオフェリアは王家が鉱山を手に入れるためだと語ったが、王家の財政状態は良好であるし、公爵家は鉱山の収益を医療系の投資へ回して成果は王家へ無償で譲渡しており、わざわざ不法を犯してまで取り上げる必要性はない。公爵家が財力を笠に着て増長することなどないと、イザークはよく分かっているはずだ。
まさか泥酔した自分からの行いを、イザークからの強姦被害と誤認されて広まるとまでは思っておらず、ヴィオラは気が遠くなった。不貞は倫理的な問題に留まるが、強姦は犯罪行為だ。その容疑を王に着せてしまったのだ。
「いいえ。陛下があなたにしたことについては、噂の方が事実なのです」
「え……?」
眩暈がするほどの罪悪感に項垂れていたヴィオラは、思わず顔を上げた。
「あなたは酩酊して陛下に迫ったと思い込んでいるようですが、陛下があなたに飲ませたお酒は、催淫効果を持ち、しばらく記憶をなくさせるものでした。実際は、陛下が薬を盛ってあなたを凌辱したのです。その薬酒はグィリクスで入手したものと聞いています。あなたも知るものです。それを陛下に届けたと証言したものがいました。全て陛下の罠です」
あの日、ヴィオラは酒量を調整していた。にもかかわらず、葡萄酒二杯だけで記憶をなくすほど泥酔してしまった。心理的な要因で体調が優れなかったから、普段より抑えていても酔ったのだろうと思っていた。だが酒に酔ったにしては急に意識が途切れたように思う。目覚めた時、体もおかしかった。
イザークは晩餐であの酒を口にしなかった。加えて、しばらくは性行為のたび同じ酒をヴィオラへ口移しで飲ませたが、その際も自分は絶対に飲み下さないようにしていた。あれほど酒に強い彼がだ。
あの独特の風味のする葡萄酒は、グィリクスの薬酒だったのだ。あれがどれほど惨い効果をもたらすのか、ヴィオラは身をもって知っている。手近な人間に襲い掛かり、心にもない愛の言葉を吐く麻薬だ。そしてイザークも、他人に飲ませてよいものではないと理解しているはずだった。
「陛下は……、どうして、そのような……」
イザークは晩餐の後正気に戻ったヴィオラへ、こちらからの働き掛けだったと説明した。だが、グィリクスの薬酒を盛ったのであれば、ヴィオラから行為をねだり恋慕を告白し、そしてそれが心からのものなどとは、信じるはずがない。
オフェリアは戸惑うばかりのヴィオラの様子に、僅かに目を見開く。
「陛下は、このようなことも伝えないまま、あなたを閉じ込めているのですね……」
一転、オフェリアはやるせなげに微笑んだ。
「閉じ込められているのは事実ですが、それは、私が陛下に迫ったがために、陛下が錯乱されているからで……。不貞の現場を目撃されているはずです。なのに、どうしてそのような話に……」
「見られた不貞は、陛下があなたを凌辱している場面だったと思われています」
「そんな、陛下の名誉が……! なぜ……」
あれは、ヴィオラが思いを押しつけ、自らイザークの膝へ乗り上げたのだ。彼にはヴィオラを凌辱する理由などない。先ほどオフェリアは王家が鉱山を手に入れるためだと語ったが、王家の財政状態は良好であるし、公爵家は鉱山の収益を医療系の投資へ回して成果は王家へ無償で譲渡しており、わざわざ不法を犯してまで取り上げる必要性はない。公爵家が財力を笠に着て増長することなどないと、イザークはよく分かっているはずだ。
まさか泥酔した自分からの行いを、イザークからの強姦被害と誤認されて広まるとまでは思っておらず、ヴィオラは気が遠くなった。不貞は倫理的な問題に留まるが、強姦は犯罪行為だ。その容疑を王に着せてしまったのだ。
「いいえ。陛下があなたにしたことについては、噂の方が事実なのです」
「え……?」
眩暈がするほどの罪悪感に項垂れていたヴィオラは、思わず顔を上げた。
「あなたは酩酊して陛下に迫ったと思い込んでいるようですが、陛下があなたに飲ませたお酒は、催淫効果を持ち、しばらく記憶をなくさせるものでした。実際は、陛下が薬を盛ってあなたを凌辱したのです。その薬酒はグィリクスで入手したものと聞いています。あなたも知るものです。それを陛下に届けたと証言したものがいました。全て陛下の罠です」
あの日、ヴィオラは酒量を調整していた。にもかかわらず、葡萄酒二杯だけで記憶をなくすほど泥酔してしまった。心理的な要因で体調が優れなかったから、普段より抑えていても酔ったのだろうと思っていた。だが酒に酔ったにしては急に意識が途切れたように思う。目覚めた時、体もおかしかった。
イザークは晩餐であの酒を口にしなかった。加えて、しばらくは性行為のたび同じ酒をヴィオラへ口移しで飲ませたが、その際も自分は絶対に飲み下さないようにしていた。あれほど酒に強い彼がだ。
あの独特の風味のする葡萄酒は、グィリクスの薬酒だったのだ。あれがどれほど惨い効果をもたらすのか、ヴィオラは身をもって知っている。手近な人間に襲い掛かり、心にもない愛の言葉を吐く麻薬だ。そしてイザークも、他人に飲ませてよいものではないと理解しているはずだった。
「陛下は……、どうして、そのような……」
イザークは晩餐の後正気に戻ったヴィオラへ、こちらからの働き掛けだったと説明した。だが、グィリクスの薬酒を盛ったのであれば、ヴィオラから行為をねだり恋慕を告白し、そしてそれが心からのものなどとは、信じるはずがない。
オフェリアは戸惑うばかりのヴィオラの様子に、僅かに目を見開く。
「陛下は、このようなことも伝えないまま、あなたを閉じ込めているのですね……」
一転、オフェリアはやるせなげに微笑んだ。
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