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24.発見-1
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ロベルトが忍び込んだ王城のバルコニーにて、襲い来る不安を心の中で公爵に叫んだ時から、遡ること数刻。
王城の一角、あのバルコニーのある館の中を、ロベルトは大量の荷物を運びながら歩いていた。木製の芯に巻いた様々な種類の布地や裁縫箱などで、抱える両脇と両手にこれ以上の余力はない。
先導するのは城の侍女で、その次を仕立て屋の男、最後にロベルトが付いて行く。
この仕立て屋は王妃のドレスの仕立ても請け負う腕利きの職人で、伯爵領で生産している絹地を扱うロベルトが、商売上の縁から始まって懇意にしている男だ。
「そういえば、いつもの見習いの方はどうなさったのですか?」
歩きながら不意に侍女が振り返って、ロベルトは焦って息を詰めた。何か違和感でもあったのだろうかと。
「彼は風邪で寝込んでおりまして。今日は代理を連れてきました」
「まあ。どうぞお大事にとお伝えください」
「お気遣いありがとうございます」
だが仕立て屋は動じず、にこやかに答える。ただの世間話をしたつもりの侍女は、特段怪しむことなく再度前を向いた。
ロベルトは勿論仕立て屋の見習いに転職したわけではない。
王城へ潜入するにあたり、見習いの代理ということにして、仕立て屋に連れてきてもらったのだ。
◆
ヴィオラの救出のため、王妃への嘆願の協力を申し出たロベルトに対し、公爵は困ったように眉根を寄せ、現時点での計画を語った。それは諦めさせるためでもあった。
「まともな手段では、王妃様へ連絡を取る手だてはありません。ですので、侵入して、直接手紙を届けます」
「侵入……、ですか」
王妃へ自らの言葉を届けるために、公爵はあらゆる方法を試してきた。しかし全て王に阻まれている。王の思いもよらない方法を模索しなくてはならない。
そこで公爵が次に考えたのは、王城へ侵入して直接王妃に接触するというとんでもない計画だった。城への不法侵入など当然犯罪であるし、一般の施設へのそれとは格が違う。
「城壁を突破することは叶いませんので、身分を偽り、日中城を訪れる者の中に紛れ込むことを想定しています」
「王妃様が昼間、都合よくお一人になる時を見計らって接触するということですか? その一瞬を狙うには、身を隠したまま長時間傍で見張る必要があるのでは……」
「周りに人がいる状況でも、顔ぶれによっては問題ありません」
それまで黙っていた公爵の息子がテーブルへ広げたのは、どうやって手に入れたのか分からない城の人員名簿の一部の写しだった。
「王妃様の身辺警護からお世話まで、それぞれを担う者の名が記されています。早急に調査したところ、九割以上が北の国の出身者です。王妃様が婚姻に際して祖国よりお連れになった者が残っているだけでなく、新たに補充された人員も北の国の出身が多いようです」
こうもあからさまに出身地に偏りがあるということは、周囲へ置く人間の差配は、王妃かその側近の意向が強いものと察せられた。その影響力の強さから、序列としては国王が最上位であったとしても、王妃の周囲の人間はひとまず彼女の命令を優先すると期待できる。公爵はそう考えているらしい。
王城の一角、あのバルコニーのある館の中を、ロベルトは大量の荷物を運びながら歩いていた。木製の芯に巻いた様々な種類の布地や裁縫箱などで、抱える両脇と両手にこれ以上の余力はない。
先導するのは城の侍女で、その次を仕立て屋の男、最後にロベルトが付いて行く。
この仕立て屋は王妃のドレスの仕立ても請け負う腕利きの職人で、伯爵領で生産している絹地を扱うロベルトが、商売上の縁から始まって懇意にしている男だ。
「そういえば、いつもの見習いの方はどうなさったのですか?」
歩きながら不意に侍女が振り返って、ロベルトは焦って息を詰めた。何か違和感でもあったのだろうかと。
「彼は風邪で寝込んでおりまして。今日は代理を連れてきました」
「まあ。どうぞお大事にとお伝えください」
「お気遣いありがとうございます」
だが仕立て屋は動じず、にこやかに答える。ただの世間話をしたつもりの侍女は、特段怪しむことなく再度前を向いた。
ロベルトは勿論仕立て屋の見習いに転職したわけではない。
王城へ潜入するにあたり、見習いの代理ということにして、仕立て屋に連れてきてもらったのだ。
◆
ヴィオラの救出のため、王妃への嘆願の協力を申し出たロベルトに対し、公爵は困ったように眉根を寄せ、現時点での計画を語った。それは諦めさせるためでもあった。
「まともな手段では、王妃様へ連絡を取る手だてはありません。ですので、侵入して、直接手紙を届けます」
「侵入……、ですか」
王妃へ自らの言葉を届けるために、公爵はあらゆる方法を試してきた。しかし全て王に阻まれている。王の思いもよらない方法を模索しなくてはならない。
そこで公爵が次に考えたのは、王城へ侵入して直接王妃に接触するというとんでもない計画だった。城への不法侵入など当然犯罪であるし、一般の施設へのそれとは格が違う。
「城壁を突破することは叶いませんので、身分を偽り、日中城を訪れる者の中に紛れ込むことを想定しています」
「王妃様が昼間、都合よくお一人になる時を見計らって接触するということですか? その一瞬を狙うには、身を隠したまま長時間傍で見張る必要があるのでは……」
「周りに人がいる状況でも、顔ぶれによっては問題ありません」
それまで黙っていた公爵の息子がテーブルへ広げたのは、どうやって手に入れたのか分からない城の人員名簿の一部の写しだった。
「王妃様の身辺警護からお世話まで、それぞれを担う者の名が記されています。早急に調査したところ、九割以上が北の国の出身者です。王妃様が婚姻に際して祖国よりお連れになった者が残っているだけでなく、新たに補充された人員も北の国の出身が多いようです」
こうもあからさまに出身地に偏りがあるということは、周囲へ置く人間の差配は、王妃かその側近の意向が強いものと察せられた。その影響力の強さから、序列としては国王が最上位であったとしても、王妃の周囲の人間はひとまず彼女の命令を優先すると期待できる。公爵はそう考えているらしい。
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