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21.帰る場所-3
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「娘がどれほどの努力を重ねて、秘書官の座をつかみ取りその地位を確立したのか、陛下ならばご存じでしょう。それをこのようなやり方で貶めるなど、惨すぎる仕打ちでは――」
「わかっている!」
脳裏に、これまでヴィオラが見せてきた、辛さを隠す笑顔が浮かんでくる。中傷にも何でもないと嘘をつき、穏やかな笑みで誤魔化していた。ヴィオラが隠そうと、イザークは知っている。彼女が骨身を削りながら努力してきたことを。
思わず公爵の言葉を遮ってから、イザークは声を落とした。
「わかっている……。だが……、なぜヴィオラと私を引き合わせたのだ……。いや、せめて……、彼女の体のことを、先に教えておいてくれさえすれば……」
公爵にぶつけるつもりのなかった恨み言が、勝手に胸の中から這い出てくる。
ヴィオラを愛している。しかしこの道ならぬ恋を最初から望んでいたわけではない。できることなら、この成就しない思いを早いうちに捨てておきたかった。そうすれば、自らの一方的な思いで、ヴィオラを取り返しのつかない程傷つけずに済んだ。彼女に恋するよりも前に、早いうちから愛してはならない相手だと教えてくれさえすれば。父と公爵へ、その理不尽な恨みを向けずにはいられない。
「まさか……。陛下は、一体、いつから……」
「もう、記憶にないほど、昔からだ……」
公爵は今度こそ目を見開き、愕然としている。
いくら公爵でも仕方のないことだ。ヴィオラを貶め手に入れるためのこの一連の策略が、イザークの近々に湧き出た欲望ではなく、少年の頃から抱え続けた恋情を発端としていると知ったのだから。
それはつまり、イザークが妃を迎えても常に心はヴィオラへ向け続け、加えて今回だけでなく、これまでの七年間の年初の行為も思いを寄せながらであったということだ。
あまりに根深い、度重なる不道徳。公爵は震える右手で目元を覆った。第二の父の呼べるほど幼いころから親しくしてきた重臣の姿に、何も感じないわけではない。だが、これも捨てると決めたものだ。
「そなたは真実を証明してみせるか? 証拠などないが、好きにするといい。残念ながら、王の不法を裁く者も、この一件だけで私を王座から引きずり下ろすべきと考える者も、十分には集わないだろうがな」
どれほど低俗な行いに手を染め侮蔑を集めようと、実害がなければ無関係な者たちは動かないだろう。公爵家だけでは王の首を取ることはできず、城へ押し入ってヴィオラを助け出すことも叶わない。強いて挙げれば王妃の祖国である北の隣国との関係悪化を害と捉えられる可能性もあるが、それは現在王妃と交渉中で、対価に心揺らぐ彼女の返答を待っている。最悪失敗しても構わない。
イザークが君主としての責務を果たしさえすれば、真実が温室の外へ蔓延しても、王位を追われることはなく、ヴィオラを傍に置き続けられる。
「……そうでしょうな。ですが、娘の名誉は回復していただきます」
公爵は手を顔から外し、テーブルの上で組み直す。その表情に決意が宿って見え、イザークは内心警戒を強めた。
「それはヴィオラを手放すということだろう。私が呑むとでも?」
これまで何を聞いていたのかと、意識して呆れたように告げてみるが、公爵はゆっくり首を振った。
「エリヌミシュ鉱山をお返ししましょう」
「何を対価にされようと、ヴィオラを手放すつもりなどない」
そんなもの欲しさに、ヴィオラを帰すはずなどない。
「わかっている!」
脳裏に、これまでヴィオラが見せてきた、辛さを隠す笑顔が浮かんでくる。中傷にも何でもないと嘘をつき、穏やかな笑みで誤魔化していた。ヴィオラが隠そうと、イザークは知っている。彼女が骨身を削りながら努力してきたことを。
思わず公爵の言葉を遮ってから、イザークは声を落とした。
「わかっている……。だが……、なぜヴィオラと私を引き合わせたのだ……。いや、せめて……、彼女の体のことを、先に教えておいてくれさえすれば……」
公爵にぶつけるつもりのなかった恨み言が、勝手に胸の中から這い出てくる。
ヴィオラを愛している。しかしこの道ならぬ恋を最初から望んでいたわけではない。できることなら、この成就しない思いを早いうちに捨てておきたかった。そうすれば、自らの一方的な思いで、ヴィオラを取り返しのつかない程傷つけずに済んだ。彼女に恋するよりも前に、早いうちから愛してはならない相手だと教えてくれさえすれば。父と公爵へ、その理不尽な恨みを向けずにはいられない。
「まさか……。陛下は、一体、いつから……」
「もう、記憶にないほど、昔からだ……」
公爵は今度こそ目を見開き、愕然としている。
いくら公爵でも仕方のないことだ。ヴィオラを貶め手に入れるためのこの一連の策略が、イザークの近々に湧き出た欲望ではなく、少年の頃から抱え続けた恋情を発端としていると知ったのだから。
それはつまり、イザークが妃を迎えても常に心はヴィオラへ向け続け、加えて今回だけでなく、これまでの七年間の年初の行為も思いを寄せながらであったということだ。
あまりに根深い、度重なる不道徳。公爵は震える右手で目元を覆った。第二の父の呼べるほど幼いころから親しくしてきた重臣の姿に、何も感じないわけではない。だが、これも捨てると決めたものだ。
「そなたは真実を証明してみせるか? 証拠などないが、好きにするといい。残念ながら、王の不法を裁く者も、この一件だけで私を王座から引きずり下ろすべきと考える者も、十分には集わないだろうがな」
どれほど低俗な行いに手を染め侮蔑を集めようと、実害がなければ無関係な者たちは動かないだろう。公爵家だけでは王の首を取ることはできず、城へ押し入ってヴィオラを助け出すことも叶わない。強いて挙げれば王妃の祖国である北の隣国との関係悪化を害と捉えられる可能性もあるが、それは現在王妃と交渉中で、対価に心揺らぐ彼女の返答を待っている。最悪失敗しても構わない。
イザークが君主としての責務を果たしさえすれば、真実が温室の外へ蔓延しても、王位を追われることはなく、ヴィオラを傍に置き続けられる。
「……そうでしょうな。ですが、娘の名誉は回復していただきます」
公爵は手を顔から外し、テーブルの上で組み直す。その表情に決意が宿って見え、イザークは内心警戒を強めた。
「それはヴィオラを手放すということだろう。私が呑むとでも?」
これまで何を聞いていたのかと、意識して呆れたように告げてみるが、公爵はゆっくり首を振った。
「エリヌミシュ鉱山をお返ししましょう」
「何を対価にされようと、ヴィオラを手放すつもりなどない」
そんなもの欲しさに、ヴィオラを帰すはずなどない。
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