【R-18】【完結】何事も初回は悪い

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
79 / 116

21.帰る場所-3

しおりを挟む
「娘がどれほどの努力を重ねて、秘書官の座をつかみ取りその地位を確立したのか、陛下ならばご存じでしょう。それをこのようなやり方で貶めるなど、惨すぎる仕打ちでは――」
「わかっている!」

 脳裏に、これまでヴィオラが見せてきた、辛さを隠す笑顔が浮かんでくる。中傷にも何でもないと嘘をつき、穏やかな笑みで誤魔化していた。ヴィオラが隠そうと、イザークは知っている。彼女が骨身を削りながら努力してきたことを。
 思わず公爵の言葉を遮ってから、イザークは声を落とした。

「わかっている……。だが……、なぜヴィオラと私を引き合わせたのだ……。いや、せめて……、彼女の体のことを、先に教えておいてくれさえすれば……」

 公爵にぶつけるつもりのなかった恨み言が、勝手に胸の中から這い出てくる。
 ヴィオラを愛している。しかしこの道ならぬ恋を最初から望んでいたわけではない。できることなら、この成就しない思いを早いうちに捨てておきたかった。そうすれば、自らの一方的な思いで、ヴィオラを取り返しのつかない程傷つけずに済んだ。彼女に恋するよりも前に、早いうちから愛してはならない相手だと教えてくれさえすれば。父と公爵へ、その理不尽な恨みを向けずにはいられない。

「まさか……。陛下は、一体、いつから……」
「もう、記憶にないほど、昔からだ……」

 公爵は今度こそ目を見開き、愕然としている。
 いくら公爵でも仕方のないことだ。ヴィオラを貶め手に入れるためのこの一連の策略が、イザークの近々に湧き出た欲望ではなく、少年の頃から抱え続けた恋情を発端としていると知ったのだから。
 それはつまり、イザークが妃を迎えても常に心はヴィオラへ向け続け、加えて今回だけでなく、これまでの七年間の年初の行為も思いを寄せながらであったということだ。
 あまりに根深い、度重なる不道徳。公爵は震える右手で目元を覆った。第二の父の呼べるほど幼いころから親しくしてきた重臣の姿に、何も感じないわけではない。だが、これも捨てると決めたものだ。

「そなたは真実を証明してみせるか? 証拠などないが、好きにするといい。残念ながら、王の不法を裁く者も、この一件だけで私を王座から引きずり下ろすべきと考える者も、十分には集わないだろうがな」

 どれほど低俗な行いに手を染め侮蔑を集めようと、実害がなければ無関係な者たちは動かないだろう。公爵家だけでは王の首を取ることはできず、城へ押し入ってヴィオラを助け出すことも叶わない。強いて挙げれば王妃の祖国である北の隣国との関係悪化を害と捉えられる可能性もあるが、それは現在王妃と交渉中で、対価に心揺らぐ彼女の返答を待っている。最悪失敗しても構わない。
 イザークが君主としての責務を果たしさえすれば、真実が温室の外へ蔓延しても、王位を追われることはなく、ヴィオラを傍に置き続けられる。

「……そうでしょうな。ですが、娘の名誉は回復していただきます」

 公爵は手を顔から外し、テーブルの上で組み直す。その表情に決意が宿って見え、イザークは内心警戒を強めた。

「それはヴィオラを手放すということだろう。私が呑むとでも?」

 これまで何を聞いていたのかと、意識して呆れたように告げてみるが、公爵はゆっくり首を振った。

「エリヌミシュ鉱山をお返ししましょう」
「何を対価にされようと、ヴィオラを手放すつもりなどない」

 そんなもの欲しさに、ヴィオラを帰すはずなどない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

女性執事は公爵に一夜の思い出を希う

石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。 けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。 それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。 本編4話、結婚式編10話です。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...