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21.帰る場所-1

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 時は臨時の議会から遡ること五日前。イザークが王妃オフェリアに不道徳極まりない取引を持ちかけた、その日の夜。
 人気も失せた深夜でありながら、イザークは自らの寝室や執務室ではなく、それらのある棟から離れた城の外郭に近い建物の一室にいた。半分地下に作られた手狭な部屋で、手の届かない高さ、外の地上から見れば足元の低い位置に窓が一つある。そこから射し込む月明りだけでは到底足りないため、部屋の中央の簡素なテーブルには、明かりの灯されたランプが置かれている。物置のような雑然とした部屋は、内装も調度品も、ことごとく貴人のためのものではなかった。
 そんな部屋にイザークと、もう一人男が、テーブルを挟んで椅子に座り、向かい合っている。

「陛下。突然の請願にもかかわらず拝謁を賜り恐悦至極に存じます」
「かまわない。人払いはしてある。楽にしろ、……公爵」

 客人は今朝謁見の申請を却下されたはずの、ルドヴィーク公爵であった。
 これは密会で、イザークが今この場にいることは、部屋の前に立たせた近衛兵一人しか知らない。侍従は夜風に当たってくるとだけ告げて下がらせた。また、公爵が正規の手続きを踏まずに登城したことも、感知する者はごくわずかだ。イザークの手引きで、正門ではなく下働き等の利用する通用口から忍んで入ってきている。

 イザークと対峙する公爵の眼差しは、疑念に満ちていた。
 昨日の夜、イザークは限られた近衛兵に命じて、公爵家の騎士たちの手からヴィオラを誘拐させた。国王の命令でしか動かない近衛兵たちにより連れ去られたため、公爵は当然にイザークの仕業だと認識しているだろう。
 その裏にあるイザークがそうした理由までは計りかねているかと思えば、意外にも公爵は、困惑ではなく疑いの目を向けてくる。もうほとんど気が付いているのかもしれない。

「では、……娘に、何をなさったのですか?」

 単刀直入な問いかけ。やはり感付いている。
 同時にイザークは、内心安堵していた。仮に公爵が昨日ヴィオラと話したとき、即座に違和感に気付いてしまっていたら、彼はヴィオラを勘当などしなかっただろう。娘が年初の相手と姦通したという衝撃に彼が動揺していなければ、イザークの計画は思うように進まなかったはずだ。勿論、愛情深く、そして公明正大な人柄である公爵なら、道徳心と娘への親心の板挟みとなり、平静さを失うと確信していた。また、公爵はヴィオラを信頼しており、本人が罪を犯したと語ったなら、それをそのまま受け入れるだろうとも。

「ヴィオラは体調が優れなかったために、少量の酒で酩酊して陛下に迫ったのだと思い込んでおりました。しかし、親の欲目と言われるやもしれませんが、娘がたった二杯の葡萄酒で正体をなくすとは考えられません。無礼を……、いえ、処断も覚悟でお尋ねいたします。娘にお与えになった酒は、本当に、ただの葡萄酒ですか」
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