74 / 116
20.劇場-1
しおりを挟む
ある貴族の男は、王城に設けられた貴族院議会の議場にいた。
議会は毎月一度定例で開催されるが、国王の招集により臨時的に開催する場合もある。今回は後者であり、前回の定例の議会から十日も経っていない急な開催だ。招集から開催までの猶予も必然的にかなり短かったが、それでも多数の議員が集まった。前回からあまりにも間が空いていないため、議員である貴族たちがまだ所領へ戻りきっていなかったことが幸いしたようだ。男もその口で、議会も終わって王都で少しゆっくりしていこうかと思っていたところに、突然招集がかかった。
特別議会の開催の目的は、南方へ続く街道が地滑りで寸断されたことを受け、その復旧のための予算案の策定だという。災害という非常事態ではあるが、人的被害は出なかったそうで、そこまで緊急性は高くないように思われる。ただ、街道の周辺にもある程度被害が及んでおり、街道以外は王家直轄領ではないため単純に街道だけを国が復旧して終わりという話にはならない。加えて該当箇所が丁度複数の貴族の所領に跨る場所で、どの部分を誰が受け持つのかという交通整理も必要だ。それを王家が折衝するのも非効率であるため、特別議会として招集してこの場で解決してしまおうということらしい。理にはかなっているが、男は何となく、大仰にも感じた。
(しかし、なぜこんなことに……)
議席は中央へ対面で扇型に並べられており、要に当たる箇所に議長の席がある。もう議員は揃っており、あとは議長である国王のイザークが来さえすれば、議会を始められる。普段は各々手元の資料を閲覧したり、隣の議員と雑談をしたりして過ごしているが、今日のこの時間、議場には異様な空気が充満していた。
多くの議員が、好奇、軽蔑、嘲笑、様々な表情を浮かべながら、男の隣の席へ視線を向けている。
それに対して男は、さっきから右隣から放たれている肌を刺すような怒気に、恐怖しか抱いていない。おそらく、右の席のもう一つ向こう隣の議員も、男と同じ気持ちだろう。
男の右側の席に着いているのは、王国貴族の筆頭であるルドヴィーク公爵であった。
この国には、他に公爵家は無い。従ってこの場の議員全員より確実に爵位が上位にあたる公爵へ、誰もがあまりに不躾な目を向けていた。それらの視線を公爵は、まだ空の議長席をひたすら睨みつけながら、押し黙って受け止める。
「まさかあの公爵閣下のご令嬢が……」
「筆頭秘書官の職も与えられたものだったのやもしれませんな。辞職は実力不足が露呈したためか……」
「いやいや、女だてらに働くより、楽な暮らしを見つけたのでしょう……」
「これで公爵家は益々栄えましょう。何せご息女が陛下の愛妾ですからな……」
公爵の隣にいるこの男の元まで届く声量での、あからさまな陰口。公爵の娘である、ベラーネク伯爵夫人にまつわるものだ。
ちらりと横目で確認すると、公爵の額には先ほどまで無かった青筋が立っている。放つ空気も、もはや殺気に近い。彼らは公爵の近くの席でないから、あのような挑発ができるのだ。
議会は毎月一度定例で開催されるが、国王の招集により臨時的に開催する場合もある。今回は後者であり、前回の定例の議会から十日も経っていない急な開催だ。招集から開催までの猶予も必然的にかなり短かったが、それでも多数の議員が集まった。前回からあまりにも間が空いていないため、議員である貴族たちがまだ所領へ戻りきっていなかったことが幸いしたようだ。男もその口で、議会も終わって王都で少しゆっくりしていこうかと思っていたところに、突然招集がかかった。
特別議会の開催の目的は、南方へ続く街道が地滑りで寸断されたことを受け、その復旧のための予算案の策定だという。災害という非常事態ではあるが、人的被害は出なかったそうで、そこまで緊急性は高くないように思われる。ただ、街道の周辺にもある程度被害が及んでおり、街道以外は王家直轄領ではないため単純に街道だけを国が復旧して終わりという話にはならない。加えて該当箇所が丁度複数の貴族の所領に跨る場所で、どの部分を誰が受け持つのかという交通整理も必要だ。それを王家が折衝するのも非効率であるため、特別議会として招集してこの場で解決してしまおうということらしい。理にはかなっているが、男は何となく、大仰にも感じた。
(しかし、なぜこんなことに……)
議席は中央へ対面で扇型に並べられており、要に当たる箇所に議長の席がある。もう議員は揃っており、あとは議長である国王のイザークが来さえすれば、議会を始められる。普段は各々手元の資料を閲覧したり、隣の議員と雑談をしたりして過ごしているが、今日のこの時間、議場には異様な空気が充満していた。
多くの議員が、好奇、軽蔑、嘲笑、様々な表情を浮かべながら、男の隣の席へ視線を向けている。
それに対して男は、さっきから右隣から放たれている肌を刺すような怒気に、恐怖しか抱いていない。おそらく、右の席のもう一つ向こう隣の議員も、男と同じ気持ちだろう。
男の右側の席に着いているのは、王国貴族の筆頭であるルドヴィーク公爵であった。
この国には、他に公爵家は無い。従ってこの場の議員全員より確実に爵位が上位にあたる公爵へ、誰もがあまりに不躾な目を向けていた。それらの視線を公爵は、まだ空の議長席をひたすら睨みつけながら、押し黙って受け止める。
「まさかあの公爵閣下のご令嬢が……」
「筆頭秘書官の職も与えられたものだったのやもしれませんな。辞職は実力不足が露呈したためか……」
「いやいや、女だてらに働くより、楽な暮らしを見つけたのでしょう……」
「これで公爵家は益々栄えましょう。何せご息女が陛下の愛妾ですからな……」
公爵の隣にいるこの男の元まで届く声量での、あからさまな陰口。公爵の娘である、ベラーネク伯爵夫人にまつわるものだ。
ちらりと横目で確認すると、公爵の額には先ほどまで無かった青筋が立っている。放つ空気も、もはや殺気に近い。彼らは公爵の近くの席でないから、あのような挑発ができるのだ。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる