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20.劇場-1
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ある貴族の男は、王城に設けられた貴族院議会の議場にいた。
議会は毎月一度定例で開催されるが、国王の招集により臨時的に開催する場合もある。今回は後者であり、前回の定例の議会から十日も経っていない急な開催だ。招集から開催までの猶予も必然的にかなり短かったが、それでも多数の議員が集まった。前回からあまりにも間が空いていないため、議員である貴族たちがまだ所領へ戻りきっていなかったことが幸いしたようだ。男もその口で、議会も終わって王都で少しゆっくりしていこうかと思っていたところに、突然招集がかかった。
特別議会の開催の目的は、南方へ続く街道が地滑りで寸断されたことを受け、その復旧のための予算案の策定だという。災害という非常事態ではあるが、人的被害は出なかったそうで、そこまで緊急性は高くないように思われる。ただ、街道の周辺にもある程度被害が及んでおり、街道以外は王家直轄領ではないため単純に街道だけを国が復旧して終わりという話にはならない。加えて該当箇所が丁度複数の貴族の所領に跨る場所で、どの部分を誰が受け持つのかという交通整理も必要だ。それを王家が折衝するのも非効率であるため、特別議会として招集してこの場で解決してしまおうということらしい。理にはかなっているが、男は何となく、大仰にも感じた。
(しかし、なぜこんなことに……)
議席は中央へ対面で扇型に並べられており、要に当たる箇所に議長の席がある。もう議員は揃っており、あとは議長である国王のイザークが来さえすれば、議会を始められる。普段は各々手元の資料を閲覧したり、隣の議員と雑談をしたりして過ごしているが、今日のこの時間、議場には異様な空気が充満していた。
多くの議員が、好奇、軽蔑、嘲笑、様々な表情を浮かべながら、男の隣の席へ視線を向けている。
それに対して男は、さっきから右隣から放たれている肌を刺すような怒気に、恐怖しか抱いていない。おそらく、右の席のもう一つ向こう隣の議員も、男と同じ気持ちだろう。
男の右側の席に着いているのは、王国貴族の筆頭であるルドヴィーク公爵であった。
この国には、他に公爵家は無い。従ってこの場の議員全員より確実に爵位が上位にあたる公爵へ、誰もがあまりに不躾な目を向けていた。それらの視線を公爵は、まだ空の議長席をひたすら睨みつけながら、押し黙って受け止める。
「まさかあの公爵閣下のご令嬢が……」
「筆頭秘書官の職も与えられたものだったのやもしれませんな。辞職は実力不足が露呈したためか……」
「いやいや、女だてらに働くより、楽な暮らしを見つけたのでしょう……」
「これで公爵家は益々栄えましょう。何せご息女が陛下の愛妾ですからな……」
公爵の隣にいるこの男の元まで届く声量での、あからさまな陰口。公爵の娘である、ベラーネク伯爵夫人にまつわるものだ。
ちらりと横目で確認すると、公爵の額には先ほどまで無かった青筋が立っている。放つ空気も、もはや殺気に近い。彼らは公爵の近くの席でないから、あのような挑発ができるのだ。
議会は毎月一度定例で開催されるが、国王の招集により臨時的に開催する場合もある。今回は後者であり、前回の定例の議会から十日も経っていない急な開催だ。招集から開催までの猶予も必然的にかなり短かったが、それでも多数の議員が集まった。前回からあまりにも間が空いていないため、議員である貴族たちがまだ所領へ戻りきっていなかったことが幸いしたようだ。男もその口で、議会も終わって王都で少しゆっくりしていこうかと思っていたところに、突然招集がかかった。
特別議会の開催の目的は、南方へ続く街道が地滑りで寸断されたことを受け、その復旧のための予算案の策定だという。災害という非常事態ではあるが、人的被害は出なかったそうで、そこまで緊急性は高くないように思われる。ただ、街道の周辺にもある程度被害が及んでおり、街道以外は王家直轄領ではないため単純に街道だけを国が復旧して終わりという話にはならない。加えて該当箇所が丁度複数の貴族の所領に跨る場所で、どの部分を誰が受け持つのかという交通整理も必要だ。それを王家が折衝するのも非効率であるため、特別議会として招集してこの場で解決してしまおうということらしい。理にはかなっているが、男は何となく、大仰にも感じた。
(しかし、なぜこんなことに……)
議席は中央へ対面で扇型に並べられており、要に当たる箇所に議長の席がある。もう議員は揃っており、あとは議長である国王のイザークが来さえすれば、議会を始められる。普段は各々手元の資料を閲覧したり、隣の議員と雑談をしたりして過ごしているが、今日のこの時間、議場には異様な空気が充満していた。
多くの議員が、好奇、軽蔑、嘲笑、様々な表情を浮かべながら、男の隣の席へ視線を向けている。
それに対して男は、さっきから右隣から放たれている肌を刺すような怒気に、恐怖しか抱いていない。おそらく、右の席のもう一つ向こう隣の議員も、男と同じ気持ちだろう。
男の右側の席に着いているのは、王国貴族の筆頭であるルドヴィーク公爵であった。
この国には、他に公爵家は無い。従ってこの場の議員全員より確実に爵位が上位にあたる公爵へ、誰もがあまりに不躾な目を向けていた。それらの視線を公爵は、まだ空の議長席をひたすら睨みつけながら、押し黙って受け止める。
「まさかあの公爵閣下のご令嬢が……」
「筆頭秘書官の職も与えられたものだったのやもしれませんな。辞職は実力不足が露呈したためか……」
「いやいや、女だてらに働くより、楽な暮らしを見つけたのでしょう……」
「これで公爵家は益々栄えましょう。何せご息女が陛下の愛妾ですからな……」
公爵の隣にいるこの男の元まで届く声量での、あからさまな陰口。公爵の娘である、ベラーネク伯爵夫人にまつわるものだ。
ちらりと横目で確認すると、公爵の額には先ほどまで無かった青筋が立っている。放つ空気も、もはや殺気に近い。彼らは公爵の近くの席でないから、あのような挑発ができるのだ。
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