上 下
70 / 116

19.新たな取引-1

しおりを挟む
 ヴィオラを捕え、朝一番に顔を見てきたイザークは、温室を出てその出入り口に立つ近衛兵二人を振り返った。

「彼女を外へ出すな。それから、何を聞かれようと答えてはならない。よいな?」
「……仰せのままに」

 彼らも、ヴィオラを秘密裏に捕縛する役目を負わされた五名の一員だった。近衛隊は王の身辺警護を行うが、それ以外でも命令されれば他の指揮系統を介さずに従う。
 当初は、ヴィオラに何の罪があるのか、罪があるのならなぜ令状も取らず闇夜に紛れて誘拐するのかと、近衛兵たちはイザークを問いただした。真っ当な反応だ。だがイザークはそれらに答えを返さず、無感情に一蹴した。彼らは説明されずとも、感じ取っていただろう。これは、正義のための命令ではないと。しかし命令に背くことは許されていない。
 そして彼らは指示通りに、ヴィオラを護衛たちから引き剥がして連れ去り、主君へ身柄を渡した。すると王は、彼女を牢へ入れるでもなく、王族の私的な空間である温室へ連れていった。鎖と手枷を準備して。
 公正で厳格な王が狂ってしまったのだと、彼らの思考はその青ざめ強張った表情から如実に伝わってくる。ヴィオラへ語った通り、王の不法を裁く者はいない。その仕組み自体存在しない。王が裁かれることがあるとすれば、そもそも継承権に問題があり取り消される場合か、武力等の手段による政変だけだ。前者はイザークの知る限り該当しないし、後者も起こさせるつもりはない。
 
 この件への関与度合いに応じて、認識は大きく二つに分かれるだろう。当初の、イザークとヴィオラが年初の相手同士で姦通したという噂だけ耳にした者は、その延長で伯爵夫人が囲われることを選んだと思うはずだ。一方で、誘拐を指示された近衛兵たちや世話を任された侍女などには、ヴィオラが全く望んでいないと分かるため、イザークが彼女を軟禁しているという真実が正しく理解される。
 現時点で関与させている者たちは、皆忠誠に篤く、口も堅い。ヴィオラの帰る場所を無くすため、晩餐の時の給仕はあえて噂好きの人間を選んだが、その男は以降関わらせていない。真実が広く伝わることはない。
 それで完全に情報を封じ込められるとは限らないが、ヴィオラにさえ真相が伝わらなければ基本的に問題ないし、そもそも彼女を囲うことは秘匿し続けられることではない。隠れて犬猫を飼うのとはわけが違うのだ。

「陛下、ルドヴィーク公爵が謁見を願い出ております」

 外で待っていた侍従からの知らせ。ヴィオラの父の公爵がすぐに動くことは想定内だ。しかしまだ会うつもりはない。

「多忙だ。……貴族院の臨時招集も公爵からの申請であれば私を通せ」
「かしこまりました」

 公爵がイザークと顔を合わせるための方法は二種類。申請しての謁見か、イザークが議長、公爵が議員として出席する貴族院議会だ。六日後に定例の議会が開かれるが、少しでも早くと、何かと理由を付けて臨時招集を願い出る可能性がある。
 会ったからといって彼に何かイザークの決断を変えられるつもりはないが、であれば会う必要もない。他にやらねばならないことがある。

 イザークは温室を後にして、約束を取り付けてある相手の元へ向かった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

女性執事は公爵に一夜の思い出を希う

石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。 けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。 それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。 本編4話、結婚式編10話です。

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...