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19.新たな取引-1
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ヴィオラを捕え、朝一番に顔を見てきたイザークは、温室を出てその出入り口に立つ近衛兵二人を振り返った。
「彼女を外へ出すな。それから、何を聞かれようと答えてはならない。よいな?」
「……仰せのままに」
彼らも、ヴィオラを秘密裏に捕縛する役目を負わされた五名の一員だった。近衛隊は王の身辺警護を行うが、それ以外でも命令されれば他の指揮系統を介さずに従う。
当初は、ヴィオラに何の罪があるのか、罪があるのならなぜ令状も取らず闇夜に紛れて誘拐するのかと、近衛兵たちはイザークを問いただした。真っ当な反応だ。だがイザークはそれらに答えを返さず、無感情に一蹴した。彼らは説明されずとも、感じ取っていただろう。これは、正義のための命令ではないと。しかし命令に背くことは許されていない。
そして彼らは指示通りに、ヴィオラを護衛たちから引き剥がして連れ去り、主君へ身柄を渡した。すると王は、彼女を牢へ入れるでもなく、王族の私的な空間である温室へ連れていった。鎖と手枷を準備して。
公正で厳格な王が狂ってしまったのだと、彼らの思考はその青ざめ強張った表情から如実に伝わってくる。ヴィオラへ語った通り、王の不法を裁く者はいない。その仕組み自体存在しない。王が裁かれることがあるとすれば、そもそも継承権に問題があり取り消される場合か、武力等の手段による政変だけだ。前者はイザークの知る限り該当しないし、後者も起こさせるつもりはない。
この件への関与度合いに応じて、認識は大きく二つに分かれるだろう。当初の、イザークとヴィオラが年初の相手同士で姦通したという噂だけ耳にした者は、その延長で伯爵夫人が囲われることを選んだと思うはずだ。一方で、誘拐を指示された近衛兵たちや世話を任された侍女などには、ヴィオラが全く望んでいないと分かるため、イザークが彼女を軟禁しているという真実が正しく理解される。
現時点で関与させている者たちは、皆忠誠に篤く、口も堅い。ヴィオラの帰る場所を無くすため、晩餐の時の給仕はあえて噂好きの人間を選んだが、その男は以降関わらせていない。真実が広く伝わることはない。
それで完全に情報を封じ込められるとは限らないが、ヴィオラにさえ真相が伝わらなければ基本的に問題ないし、そもそも彼女を囲うことは秘匿し続けられることではない。隠れて犬猫を飼うのとはわけが違うのだ。
「陛下、ルドヴィーク公爵が謁見を願い出ております」
外で待っていた侍従からの知らせ。ヴィオラの父の公爵がすぐに動くことは想定内だ。しかしまだ会うつもりはない。
「多忙だ。……貴族院の臨時招集も公爵からの申請であれば私を通せ」
「かしこまりました」
公爵がイザークと顔を合わせるための方法は二種類。申請しての謁見か、イザークが議長、公爵が議員として出席する貴族院議会だ。六日後に定例の議会が開かれるが、少しでも早くと、何かと理由を付けて臨時招集を願い出る可能性がある。
会ったからといって彼に何かイザークの決断を変えられるつもりはないが、であれば会う必要もない。他にやらねばならないことがある。
イザークは温室を後にして、約束を取り付けてある相手の元へ向かった。
「彼女を外へ出すな。それから、何を聞かれようと答えてはならない。よいな?」
「……仰せのままに」
彼らも、ヴィオラを秘密裏に捕縛する役目を負わされた五名の一員だった。近衛隊は王の身辺警護を行うが、それ以外でも命令されれば他の指揮系統を介さずに従う。
当初は、ヴィオラに何の罪があるのか、罪があるのならなぜ令状も取らず闇夜に紛れて誘拐するのかと、近衛兵たちはイザークを問いただした。真っ当な反応だ。だがイザークはそれらに答えを返さず、無感情に一蹴した。彼らは説明されずとも、感じ取っていただろう。これは、正義のための命令ではないと。しかし命令に背くことは許されていない。
そして彼らは指示通りに、ヴィオラを護衛たちから引き剥がして連れ去り、主君へ身柄を渡した。すると王は、彼女を牢へ入れるでもなく、王族の私的な空間である温室へ連れていった。鎖と手枷を準備して。
公正で厳格な王が狂ってしまったのだと、彼らの思考はその青ざめ強張った表情から如実に伝わってくる。ヴィオラへ語った通り、王の不法を裁く者はいない。その仕組み自体存在しない。王が裁かれることがあるとすれば、そもそも継承権に問題があり取り消される場合か、武力等の手段による政変だけだ。前者はイザークの知る限り該当しないし、後者も起こさせるつもりはない。
この件への関与度合いに応じて、認識は大きく二つに分かれるだろう。当初の、イザークとヴィオラが年初の相手同士で姦通したという噂だけ耳にした者は、その延長で伯爵夫人が囲われることを選んだと思うはずだ。一方で、誘拐を指示された近衛兵たちや世話を任された侍女などには、ヴィオラが全く望んでいないと分かるため、イザークが彼女を軟禁しているという真実が正しく理解される。
現時点で関与させている者たちは、皆忠誠に篤く、口も堅い。ヴィオラの帰る場所を無くすため、晩餐の時の給仕はあえて噂好きの人間を選んだが、その男は以降関わらせていない。真実が広く伝わることはない。
それで完全に情報を封じ込められるとは限らないが、ヴィオラにさえ真相が伝わらなければ基本的に問題ないし、そもそも彼女を囲うことは秘匿し続けられることではない。隠れて犬猫を飼うのとはわけが違うのだ。
「陛下、ルドヴィーク公爵が謁見を願い出ております」
外で待っていた侍従からの知らせ。ヴィオラの父の公爵がすぐに動くことは想定内だ。しかしまだ会うつもりはない。
「多忙だ。……貴族院の臨時招集も公爵からの申請であれば私を通せ」
「かしこまりました」
公爵がイザークと顔を合わせるための方法は二種類。申請しての謁見か、イザークが議長、公爵が議員として出席する貴族院議会だ。六日後に定例の議会が開かれるが、少しでも早くと、何かと理由を付けて臨時招集を願い出る可能性がある。
会ったからといって彼に何かイザークの決断を変えられるつもりはないが、であれば会う必要もない。他にやらねばならないことがある。
イザークは温室を後にして、約束を取り付けてある相手の元へ向かった。
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