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17.信頼の証-4
しおりを挟む「陛下、恐れながら……、それは気の迷いです」
「そうだろうか。私とそなたの間には共に過ごし、積み上げてきた十七年がある。きっかけさえあれば、それらも愛情の礎になるだろう」
涙ながらに訴えても、まるで響かない。全て自分の責任だ。だから、ヴィオラが一つの解決策を思いつくのは必然であった。
一方で、イザークの方もその程度は想定内だ。
「仮に、だが……、そなたが自決すれば私も後を追う。ここから逃げても同様だ」
「そのようなこと……! 陛下が、なさるはずはありません」
こんな浅はかな私情だけで、全てを投げ出すというのか。口先だけの脅しに違いない。そうあってほしいと、ヴィオラはかぶりを振って否定する。
ところがイザークは、常に持ち歩いている護身用の短剣を抜き放つと、それをヴィオラに握らせた。
「では試すといい。それか、私が先でも構わない」
「陛下……!」
イザークは握らせたままの短剣を、自らの首筋へ引き寄せた。
切先を逸らそうと変に力を込めれば、イザークと引き合いになって傷つけるかもしれない。反射的に遠ざけかけたヴィオラは、意識してすぐに力を抜いた。イザークも首へ刃を当てて、それ以降は力を入れていない。ヴィオラへ任せようとしている。
「陛下、おやめください、どうか……!」
手の震えが伝わり、今にも首の皮膚を切り裂いてしまいそうだ。
懇願するヴィオラを、イザークはただじっと見つめている。何も恐れていないその目が望む答えを、悟ってしまった。
「……逃げないと、誓います」
すぐに、ヴィオラの手ごと短剣が下ろされる。イザークは淡々とそれを取り、鞘へ納めた。
今のは脅しだった。いざとなれば本当にそうすると理解させるための。
ヴィオラが死ねば、イザークも全ての責務を放り出して死ぬ。最後の手段を封じられた現状に、ヴィオラは項垂れるしかなかった。
ヴィオラの逃亡の意思を折ったと理解したイザークは、小さな鍵を取り出し、あっさりと足枷を外した。
「温室の中は自由に出歩くといい。私の信頼の証だ」
信頼の証というが、逃げる手段と意思を封じたのは彼だ。
もう一度口づけてから、イザークはソファから立ち上がった。
「私はもう行かなくてはならないが、後で世話を任せた侍女が訪ねてくる。それから、温室の出入り口は近衛兵に守らせてある。その者たちに責任を取らせることがないよう、頼んだぞ」
壁を破って脱走するにも、温室は国宝級の価値がある建造物だ。損壊することがあってはならない。かといって侍女や近衛兵に襲い掛かって出入り口を突破しては、無関係な者に怪我をさせ、加えて彼が匂わせたようにヴィオラの脱走の責任を負わされるかもしれない。
何より、イザークが自決してしまう。
そうして何重にも脱走を防止してから、イザークは温室を後にしたのだった。
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