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17.信頼の証-2
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ヴィオラが噴水の水音だけに集中していると、こつこつと誰かの靴音が近づいてきていることに気付いた。目を開け、広場の入口へ顔を向ける。
茂みの間から姿を見せたのは、案の定イザークだった。一人だけのようだ。
ヴィオラを攫って鎖でつないでおきながら、目が合ったイザークは奇妙なほど心安らいだ表情を浮かべている。
近付いてきてソファの隣へ腰かけたイザークに、ヴィオラは端へ寄って身構えた。もう、この長年の友の考えが、理解できないのだ。
「陛下……。私の罪を裁くために、近衛隊へ捕縛を命じられたのですか」
倫理的に非常に問題はあるが、姦通自体は違法行為ではない。待っているのは社会的制裁だけだ。法に基づいて逮捕したとなると、当てはまるとすれば王を誘惑して国家の混乱を招いた反逆罪だろうか。そのまま適用できるか、専門家ではないヴィオラには分からないが。
イザークはヴィオラの問いに、ふっと笑みを零す。そして手を伸ばして、ヴィオラの頬にそっと触れた。父に打たれて腫れた箇所が、少しだけ痛む。
「何度も言わせるな。これはそなただけの罪ではない。……少し腫れているな。公爵か?」
気遣わしげに細められた眼差しは、暗く淀んでいるように感じられる。彼はこんな目をする人間だっただろうかと、ヴィオラの不安はより高まり背筋が薄ら寒くなった。
しかし会話はできるのだから、こうなっている理由を探らなくてはならない。罪ではないのなら、牢でなく温室という場所からしても、これは逮捕と勾留とは異なるはずだ。
「どうして私をここに繋がれたのですか。私はもう、陛下の御前に顔を出せる人間ではありません」
ヴィオラは彼が道を踏み外すきっかけを作ってしまった。泥酔しておかしなことを口走ったのだと、あの夜必死に訴えて詫びた。
最終的に解放されたため、その訴えが聞き入れられたのだと思っていたが、なぜ再び温室へ連れてこられて拘束されているのか。
「愛しているからだ。ここにいて欲しい」
何も理解できない。恐ろしさすらある。それでも長年求めていた言葉は、ヴィオラの胸の中をざわめかせた。
イザークは、口ごもるヴィオラの足首の枷をその広い手の平で優しく撫で、満足そうに眺めている。やはり彼はおかしくなったままだ。
「それに……、もう行く当てなどないだろう?」
まるでなんでもないことのように告げられた言葉。
ようやくヴィオラは、一つの疑問の答えに気が付いた。
「そのために、私を一度帰らせたのですか」
茂みの間から姿を見せたのは、案の定イザークだった。一人だけのようだ。
ヴィオラを攫って鎖でつないでおきながら、目が合ったイザークは奇妙なほど心安らいだ表情を浮かべている。
近付いてきてソファの隣へ腰かけたイザークに、ヴィオラは端へ寄って身構えた。もう、この長年の友の考えが、理解できないのだ。
「陛下……。私の罪を裁くために、近衛隊へ捕縛を命じられたのですか」
倫理的に非常に問題はあるが、姦通自体は違法行為ではない。待っているのは社会的制裁だけだ。法に基づいて逮捕したとなると、当てはまるとすれば王を誘惑して国家の混乱を招いた反逆罪だろうか。そのまま適用できるか、専門家ではないヴィオラには分からないが。
イザークはヴィオラの問いに、ふっと笑みを零す。そして手を伸ばして、ヴィオラの頬にそっと触れた。父に打たれて腫れた箇所が、少しだけ痛む。
「何度も言わせるな。これはそなただけの罪ではない。……少し腫れているな。公爵か?」
気遣わしげに細められた眼差しは、暗く淀んでいるように感じられる。彼はこんな目をする人間だっただろうかと、ヴィオラの不安はより高まり背筋が薄ら寒くなった。
しかし会話はできるのだから、こうなっている理由を探らなくてはならない。罪ではないのなら、牢でなく温室という場所からしても、これは逮捕と勾留とは異なるはずだ。
「どうして私をここに繋がれたのですか。私はもう、陛下の御前に顔を出せる人間ではありません」
ヴィオラは彼が道を踏み外すきっかけを作ってしまった。泥酔しておかしなことを口走ったのだと、あの夜必死に訴えて詫びた。
最終的に解放されたため、その訴えが聞き入れられたのだと思っていたが、なぜ再び温室へ連れてこられて拘束されているのか。
「愛しているからだ。ここにいて欲しい」
何も理解できない。恐ろしさすらある。それでも長年求めていた言葉は、ヴィオラの胸の中をざわめかせた。
イザークは、口ごもるヴィオラの足首の枷をその広い手の平で優しく撫で、満足そうに眺めている。やはり彼はおかしくなったままだ。
「それに……、もう行く当てなどないだろう?」
まるでなんでもないことのように告げられた言葉。
ようやくヴィオラは、一つの疑問の答えに気が付いた。
「そのために、私を一度帰らせたのですか」
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