【R-18】【完結】何事も初回は悪い

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
63 / 116

17.信頼の証-2

しおりを挟む
 ヴィオラが噴水の水音だけに集中していると、こつこつと誰かの靴音が近づいてきていることに気付いた。目を開け、広場の入口へ顔を向ける。
 茂みの間から姿を見せたのは、案の定イザークだった。一人だけのようだ。

 ヴィオラを攫って鎖でつないでおきながら、目が合ったイザークは奇妙なほど心安らいだ表情を浮かべている。
 近付いてきてソファの隣へ腰かけたイザークに、ヴィオラは端へ寄って身構えた。もう、この長年の友の考えが、理解できないのだ。

「陛下……。私の罪を裁くために、近衛隊へ捕縛を命じられたのですか」

 倫理的に非常に問題はあるが、姦通自体は違法行為ではない。待っているのは社会的制裁だけだ。法に基づいて逮捕したとなると、当てはまるとすれば王を誘惑して国家の混乱を招いた反逆罪だろうか。そのまま適用できるか、専門家ではないヴィオラには分からないが。
 イザークはヴィオラの問いに、ふっと笑みを零す。そして手を伸ばして、ヴィオラの頬にそっと触れた。父に打たれて腫れた箇所が、少しだけ痛む。

「何度も言わせるな。これはそなただけの罪ではない。……少し腫れているな。公爵か?」

 気遣わしげに細められた眼差しは、暗く淀んでいるように感じられる。彼はこんな目をする人間だっただろうかと、ヴィオラの不安はより高まり背筋が薄ら寒くなった。
 しかし会話はできるのだから、こうなっている理由を探らなくてはならない。罪ではないのなら、牢でなく温室という場所からしても、これは逮捕と勾留とは異なるはずだ。

「どうして私をここに繋がれたのですか。私はもう、陛下の御前に顔を出せる人間ではありません」

 ヴィオラは彼が道を踏み外すきっかけを作ってしまった。泥酔しておかしなことを口走ったのだと、あの夜必死に訴えて詫びた。
 最終的に解放されたため、その訴えが聞き入れられたのだと思っていたが、なぜ再び温室へ連れてこられて拘束されているのか。

「愛しているからだ。ここにいて欲しい」

 何も理解できない。恐ろしさすらある。それでも長年求めていた言葉は、ヴィオラの胸の中をざわめかせた。
 イザークは、口ごもるヴィオラの足首の枷をその広い手の平で優しく撫で、満足そうに眺めている。やはり彼はおかしくなったままだ。

「それに……、もう行く当てなどないだろう?」

 まるでなんでもないことのように告げられた言葉。
 ようやくヴィオラは、一つの疑問の答えに気が付いた。

「そのために、私を一度帰らせたのですか」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

処理中です...